その日の朝、珍しく最後に起きてきたのはラウレルだった。
 朝食当番に当たっている者と見回りがあるエレメスが一番に、早朝の修練やら礼拝やら仕入れやらがあるセイレンやセニア、イレンド、アルマイアがその次に起きてくる以外はあまり起きる時間が定まっていない。
 夜中までおっぱい画像を検索してはナニをしているのやら、ダントツで起きるのが遅いのがカヴァクであり、血圧の高いラウレルが彼に遅れをとることはまず少ないのだが、珍しいことに今日はそれが逆だった。

「うぃーす……」

 寝癖のついた赤毛をぼりぼり掻きながら食堂に入る。
 踵を踏んだブーツをぺったんぺったん引き摺り、億劫な動作でドアを押し開けたラウレルは、大あくびをかましている前方不注意な隙に目の前の誰かにぶつかった。
 謝るべき相手には、即謝罪すべし。
 特にねーちゃんとかセシルさんとか。

「――何邪魔なとこ突っ立ってんだよ」

 しかし、謝らなくてもよさそうな相手には謝らないラウレルである。
 目の前にあったのが見慣れた明るい茶の髪、自分よりも小柄なカヴァク=イカルスの頭であると気付くなり、顔を顰めてその後頭部を小突く。
 突かれたカヴァクは、ぶつかられ小突かれたことなど気にした風もなく、背後のラウレルを振り仰いだ。

「む。おはよう、ラウレル」
「はよう。で何してんだ。通れないだろうが」
「すまん、あまりのことについ夢中で観察分析してしまっていた」
「……分析?」
「ああ。見ろラウレル、奇跡の朝だ」

 にまー。
 この何かを企んでいるような悦に入っているようなカヴァクの妙な笑顔は、ラウレルには見覚えがあった。訂正、ありすぎるほどにあった。
 主に真夜中のおっぱい画像サーフィン中に見られるあれだ。
 あえて言葉で言い表すとしたら、「萌え」。
 何かカヴァクのお気に召す出来事ないし、ナイス乳があったのか。
 奇跡って何だよと言うより先に食堂の中に向き直ったカヴァクに、聞きそびれて拗ねたように眉を寄せ唇を尖らせたラウレルは、仕方なく悪友の視線を辿ってみた。

「……今日の朝飯は洋食か」

 食堂にいる人数は、朝食時間にはまだ早いためか、案外少なかった。
 まだ朝食の支度は半ばのようで、当番のハワードが完成したオムレツを運んでいて、同じく当番のイレンドがサラダをつくっていた。カウンター向こうの調理場を見遣ると、カトリーヌがぐーるぐーると鍋をゆっくりかき回している。
 ピンクの三角巾の耳元を花かんざしでとめて、これまたピンクのハート柄エプロンをつけている様は大変可愛らしい。……のだが、無表情で大鍋をかき混ぜる動作が妙に魔女っぽく見えるのはどうしてか。
 だが、ラウレルに衝撃を与えたのは、食事当番の面々ではなかった。

「どうだ。奇跡だろう」
「ああ。奇跡だな」

 神妙な顔で声をかけてくるカヴァクに、重々しく頷いて返す。

「……っていうか有り得ねーだろ!」

 ノリツッコミスキルLv7。
 半拍置いてカヴァクの頭を叩き飛ばす。

「痛い」
「痛そうに言え!」
「いたぁ〜いッらうたんひっどぉ〜い!」

 今度は手加減しなかった。
 頭を抱えてしゃがみこんだカヴァクが悶絶しているのを無視して、ラウレルは半眼で問題の人物を改めて眺める。
 くるくるとよく動く、お手伝い中らしきセニア。
 今日も愛くるしい我らがリーダー。今朝も衣服の乱れはひとつもなく、長いスカートが翻る内側に覗く白いレースも麗しく、長い髪は動くたび艶を光らせて華々しい――ではなく。

「確かに本物だったら奇跡だが」

 注目すべきは、その胸元。
 カトリーヌやマーガレッタなどの完成形乳のおとなには敵うべくもなく、およそトリスあたりにも及ばない程度ではあるものの、けしからん膨らみがそこにあったのだ。

「明らかにおかしいじゃねーか! 昨日まで何もなかったんだぞ!?」
「うちの姉貴と並ぶ平面だったはずだな」
「冷静に考えろ。それが一晩でああなるわけないだろうが!」

 本人には聞こえない小声でボソボソ言い合う。
 これは由々しき事態だ。選り取りみどり美女美少女が取り揃えられたこの場において、ロリキャラ担当のセニアにあんな目に見える乳が発生するなど大問題だ。

「しかし、有り得ないならばアレは何だ?」
「そんなことわかるわけが……」

 ちらり、問題の乳――いやセニアを見遣る。
 幼さ全開の顔立ち。幼さ全開の体型。そこにあのボリューム。もはや犯罪である。実にけしからん。
 ロリどころか女にすら興味ないハワード。
 浮いた話を笑って流す聖職者イレンド。
 今はごはんしかみえていないカトリーヌ。
 調理当番の面々は各々の理由によって、セニアの異変になど気付いていないらしい。
 ラウレルはおもむろにカヴァクの肩に腕を回した。

「カヴァク」
「OK」

 応じてラウレルの肩に腕を回すカヴァク。
 真剣な眼差しが交差する。
 おっぱい星人のこころはひとつ。もはや言葉は必要ない。

「セニア、ちょっといいか」

 虚乳、滅するべし。
 確認するべく、タイミングを見計らって近くを通ったセニアを呼び止める。

「あ、おはようございます。何ですか?」

 ああ、いつもと違わぬ凛々しい微笑み。
 でもたまには僕らにも兄上にするような甘さとろける濃厚な笑顔を見せてくださいリーダー。

「悪いな。邪魔したか?」
「いえ、勝手にお手伝いしているだけですから」

 それとなく食堂から通路に連れ出すことに成功。
 セニアとの距離、およそ一メートル半。
 真相を確かめるべく、ラウレルとカヴァクは真剣な目つきで少女を観察する。変態と言われようと知ったことか。彼女の兄はデフォでこうなはず。
 現在は起床時間、好都合なことにこのプライベートタイムには誰も武装などしていない――いや、この兄妹に限っては鎧なくとも常に帯剣しているが。
 ともかく胸当てで覆われていないその胸元は、衣服と更に肩にかけたケープで隠されているものの、確かにこの少女には不釣合いに過ぎるボリュームを主張している。
 観察したところで判断がつくわけもなく、降参した少年たちは目をぱちくりさせているセニアに背を向けて、肩を組んだまま密談しはじめた。

「おい。わかんねーぞ」
「俺もさっぱりだ。流石セニア、手強いな」
「いや何が流石なんだよ。わけわかんねえよ」
「しかし、こうなったら触診しかないと思わないか。友よ」
「……お前まさか」
「OKそれでいこう。実行あるのみだ。あー、時にセニア。ちょっと動かないでもらえるか」
「待て!? 命が惜しければ永遠に待て!?」

 勝手に自己完結してくるりとセニアに向き直るカヴァクを追って、冷や汗飛ばしつつラウレルが振り返る。

「えっ?」

 きょとん。
 あーこういうのを無防備っていうんだろうなぁこれは確かに可愛いかもしれんっていや俺は別に年下どうこういう趣味はなく巨大な二つのモチが並んで鎮座している様がえーっと。
 ラウレルの現実逃避、リアルタイムで二秒。

「ふむ」

 空気読むどころではない馬鹿、ここにあり。
 要するに手遅れだった――何が起きたのか未だ理解出来ていない様子で硬直しているセニアの胸に、認めたくはないがカヴァク改めヴァカクの片手が乗っている。

「なるほど。これは……」

 さらに、わしっと膨らみをつかむ。
 カヴァクの挙動に石化したのはセニアばかりでなく、ラウレルも同じだった。このヴァカと肩を組み、揃ってセニアを呼び止めたラウレルも共犯だと思われて仕方がない。むしろ今も肩はがっちり組まれて離れない。離せこのヴァカク。俺は今すぐここから逃げねばならん。

「……あ、っ……」

 ようやく何をされたのか、理解が追いついたのか。
 短く声を漏らしたセニアの頬が目にも明らかに染まっていくのを見て、固まっていたラウレルも我に返った。

「っお前、この、この馬鹿野郎ァぁあああああああ!!?」
「きゃぁぁッ!!」

 咄嗟に叫んだラウレルの声は、幸運にもセニアの悲鳴をかき消した。
 何事かと食堂にいた当番の面々が通路に視線を振ってくるも、美しいアッパーフォームでカヴァクをぶん殴っているラウレルを見て「あぁいつものことか」とあっさり興味を失ってくれる。

「な、何するんですか二人とも……ッ!?」
「待てセニア! 誤解だ! コイツが変態なだけで俺は何も!!」
「……う……っ」

 じわっ。
 ショックで混乱していた様子から一変、何をされたか理解した途端に感情が爆発してきたのだろう、両腕で胸元を庇ったセニアの目が潤み出す。
 マズイ。大変マズイ。危険度を例えるとSランクの緊急事態だ。
 ラウレル自身がやったことではない。確かに虚乳かどうかは興味があったが、直接そういう手に走る気はなく、すべてはこの足元でアッパー食らって気絶している変態がしたことだ。
 幸い傷は浅い。食堂の面々は気付いていない。
 ここでセニアの誤解を解くことが出来れば或いはノーマルEDくらいのルートは開かれるかも知れない――よし、

「あのな、……ってどこ行くんだセニア!?」

 決意した途端の、脱兎。
 このまま誰かに会えば確実に強力な誤解を与えること請け合いの半泣きで駆け出していこうとするセニアの背に、懇願を込めて悲鳴に近い声を飛ばす。

「待て! 待ってくれ、話を!!」

 最悪の展開は加速する一方で、堕ちるところまで堕ちきらねば不幸の連鎖は止められないものである――ラウレルは真理を悟った。
 思考の停滞、僅か半秒足らず。
 もう終わった。確実に終わった。抜けた主題と主格補語は、勿論「俺の人生が」。
 危険度は一気にSSS。
 ノーマルEDはもう論外。このままバッドEDどころかデッドED一直線だ。
 ……走り出したセニアが、大変な人物にぶつかったのである。

「あっ……」
「っと。セニアか」

 ぶつかった衝撃で後ろに転びかけた少女を、素早く抱きとめる手。
 実に鮮やかな動作。まさに男性の鑑。こんな施設に囚われる以前は、さぞかしご婦人方にモテたことだろう。

「ちゃんと前を見て歩き――……どうした?」
「あ、兄上っ……」

 何故かいつもいつも妹の危機を察知したかのように絶妙なタイミングで現れる男、セイレン=ウィンザーを、セニアが見上げる――瞬間、身の危険を、いや命の危険を感じたラウレルは、戦慄に一歩後退った。
 引いた足が落ちているカヴァクを踏んづけたが構っていられない。むしろ諸悪の元凶はコイツだ。さりげなく踵でゴリゴリ踏んでおく。

「……」
「……」
「……」

 しかし、何も起こらなかった。
 それが逆に恐い。冷や汗なのか脂汗なのか何か違う汁なのか、硬直したラウレルの全身の毛穴から冷たいものが噴き出す。
 この静寂は実はフェイントで、時間差攻撃で爆裂スピアブとかがすっ飛んでくるんじゃねえだろうかとラウレルが疑い始めた頃、ようやくセイレンが口を開いた。
 ただし、ラウレルではなくセニアに向けて。

「セニア、それは……?」

 それ。There。指示代名詞
 人に向けて指をさす無礼な行為をするような男ではなく、両手はセニアの身体を支えたまま。訝しむような声で示した「それ」が何なのか、ラウレルは瞬時に理解した。
 今朝のセニアにある違和感。
 そんなものはひとつしかない。

「あ、あの。そのこれは……!」

 問われたセニアの目元が赤く染まった。
 あわあわと兄から逃げるように数歩下がり、両腕で胸を抱えて隠してしまう。
 カヴァクの暴挙はともかく、兄上に面と向かって指摘されては敵わないだろう。セイレンの興味がセニアの半泣きにいかなかったことに全身で安堵し、全霊で神に感謝しつつラウレルは聞き耳を立てた。
 そう。それだ。ナイス兄。
 そもそもこんなことになったのも、それが原因なのだ。
 一体あれはどういうことなのか、真実を知らなければ死んだカヴァクも報われない――どうせあと数分も立てば何事もなかったかのように起きてくるだろうが。

「昨夜までそんなになかっただろう? 何を入れてるんだ?」

 チョット待て。
 昨夜までそんなになかったのは誰でも見ればわかることですが、貴方が言うと何か意味が大幅に違って聞こえます、セイレンさん。あとで詳細をお聞かせ願いたい。根掘り葉掘り。

「えっと、あ……んやっ……!」

 嘘のつけないタイプの苦労でうろたえていたセニアが、突然そこはかとなくアレな悲鳴を上げたのは、問いかけより数秒後。
 イキナリの悩ましい声に、ラウレルどころかセイレンまで硬直する。

「セ、セニア……?」
「っだ、だいじょうぶで、……ふぁ、んッ……」

 全然だいじょうぶじゃない。
 両手で自分の身体を抱きしめて、ふるふる震えながら床に座り込むセニアから視線を逸らすと、かける言葉も思いつかずアレな声のせいで触れることも躊躇われ、途方に暮れたらしいセイレンと目が合った。
 気持ちはわかる。よくわかる。悲鳴ならまだしも、原因不明で可愛い女の子が悶えはじめたときの対処法があるのなら是非教わりたい。

「やっ、も、だめぇっ……!」

 そういうことは通路で言ってはいけません。
 きょぬうのおねえさまのほうが好みであってひんぬうのようじょには興味を持たない主義のラウレルだが、それでも生のそういう声は勘弁願いたい健康極まるお年頃。
 気絶しているカヴァクが少々羨ましい。気絶させたのは自分だが。
 ――気を紛らわせようときょぬうばんざいきょぬうばんざいと虚空に向けて唱えていると、その場に似合わない音が聞こえてきた。

「……」
「……」

 セニアの厄介な声が止まる。
 が、はぁはぁと荒い息遣いだけが狭い通路に響いて聞こえるため、状況は大変けしからんまま。いいぞもっとやれとは口が裂けても言えない。
 妹の妙な様子にシスコン兄はどう思っているのか。
 ちらりと見てみると、セイレンは床に座り込んだセニアのそばで膝をついていた。
 別にセニアに何かしようとかそういうのではなさそうで、とりあえず様子を見ていたラウレルは、彼の手が見慣れないものを拾い上げたことに気付いた。
 よく見えなかったので、眉を寄せて目を細める。

「……どうしたんだ、これは?」

 これこそ見慣れたセニアの体型。ぺったんに戻った胸を押さえたセニアが、親の雷が落ちるのを怯えて待つ子供のように兄を見上げる。
 なるほど、それが原因か。
 やはり虚乳だったセニアの胸に詰められていたものの正体を見て、浅く息をついたラウレルは足を動かした。まだ転がっているカヴァクを起こして真相を報せるべく、脇腹を踵でくすぐる。

「ご、ごめんなさい……見つかったら、外に捨てて来いと言われると思って、それで私……」

 うるうると先ほどとは比較にならない水量で目を潤ませたセニアが俯く。
 そこでさっき聞こえてきたのと同じ、この施設に似合わない音がした。
 どんな音かと問われると、答えは「にゃー」。

「まったく……どこで拾ってきたんだ」

 兄が大きくため息をついたのも無理はない。
 その手に載っているのは、セイレンの片手に収まる大きさの仔猫。
 薄汚れた灰色の毛で覆われたそれは、どう見てもまだ自力で生きていけるような大きさではなかった。目が開いているかも怪しい。体温調節もままならないらしく、寒いのかふるふると震えている。
 再び嘆息したセイレンがそれを差し出すと、おずおずと受け取ったセニアはまたそれを服の胸元に潜り込ませた。あんなところに隠していたのは保温のためでもあったらしい。
 が、実にけしからん。猫め。よくもセニアに。
 とセイレンが思っているのかどうかはわからないが、これが清掃員たちに知れ渡ったらかなりの人数がそう思うだろうとどうでもいいことを考えるラウレルである。

「あの、兄上」

 立ち上がった兄をセニアが慌てて見上げる。
 表情は見るからに不安満載。二度も露骨にため息をつかれ、呆れたように言われ、セニアの性格で不安にならないほうがおかしい。
 見上げられたセイレンは、無言で視線を逸らした。
 あーこれは避けたのか? と結末が気になってその場から動けないラウレルがうめく。猫に妬いたのかどうかは知らないが、捨てて来いとは言いそうだ。勿論悪い意味ではなく、ここは危険な場所だから猫のためを思うと、という理由で。

「そんなのを外に出したところで、間も無く死ぬだろうからな」

 が、予想外にも否は出なかった。

「途中で放棄せず、人に迷惑をかけず、それに気を取られて戦闘中に集中を欠くこともない、と約束出来るな?」
「は、はいっ!」

 ラウレルの足元で、呻き声がした。
 どうやらようやくヴァカクのお目覚めらしい。まったく変なタイミングで起きてくれる――まぁラウレルとしても、ペコに蹴られて死ぬのは遠慮願いたいのでちょうどいい。

「む、俺は一体……時にラウレル、何故俺を引き摺っているんだ?」
「うっせー、このヴァカク=イカレス。お前のせいで相当迷惑被ったじゃねーか。デラックスプリンパフェ奢れ」

 デラックスプリンパフェ。
 たっぷりのフルーツとたくさんのアイスと惜しみなく盛られた生クリームにプリンが三つものった贅沢品。プリン好きラウレルの最近のブームだ。正直いくら好きでも半分くらい食ったあたりで胸が悪くなるが、ねーちゃんは十七杯平らげた。

「ありがとう、兄さまっ!」

 ずるずるとカヴァクを引き摺って歩く背後から、喜色が滲み出たセニアの声と、セイレンの苦笑が聞こえてくる。
 訂正、俺は何も聞いていない。
 襟首をつかんで引き摺っているカヴァクは後ろを見ているわけで、色々とあのセニアの様子について理由を聞いてくるが、ここは華麗にスルー。何だか自分たちの虚乳に対する葛藤もセニアの誤解による焦燥も、結局あの二人の引き立て役になっただけか、と空しくなるラウレルである。
 まぁ、それでも――

「なぁラウレル」

 ずるずる。
 まだ引き摺られるままになっているカヴァクが、真顔で正面を眺めながら声をかけてくる。

「何だ」
「今見てはならない感じのシーンを見てしまったんだが」
「忘れろ忘れろ。俺は見てない。聞いてない」
「意外にもセニ」
「あーあーあーあーあー聞こえねえ聞こえねえ聞こえねえ!」
「OK。わかった。わかったから首緩めてくれ。命に関わる」

 まぁ、それでも――
 友人が幸せそうなら引き立て役でもいいか、と思う午前。

「お、来たなガキども。そろそろ飯だぞ」
「おはようございます、ラウレル。……カヴァクどうしたんですか?」
「……スープ、ばっちり」

 食堂に入ると、笑顔と朝の挨拶が向けられる。
 まだ大鍋睨み合っていたカトリーヌは、相変わらずの無表情のままガッツポーズしていた。どうやら狙ったとおりの味に完成出来たらしい。味見をしていたらしい小皿を置いて、カウンターごしに食堂へ振り返る。
 突っ立っていたラウレルと目が合うまで、さほど時間はかからない。

「……おはよ」

 目元と口元。
 ほんの少し綻ばせた、微かな笑顔。
 朝一番から友人の幸せに貢献して気分がいい。その前に色々あったがその辺は忘れておく。思い出したくもない。記憶のゴミ箱よ速やかにクリーンアップしろ。
 ともかく、カヴァクの襟を放したラウレルは、自分の席に手をかけた。
 椅子を引きながら、珍しく上機嫌の笑みを向ける。

「おはよう」

 今日は一日、気分よく過ごせそうな気がした。










2006/12/05



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