広間の中央でリースとセシルが向かい合った。

 セシルは愛用の弓を強く握った。

「さあ!勝負よ!…ってなにしてるのよ」
 セシルが訝しがるのも無理はない。リースはせっせと地面に落ちたゴミを拾っているのだ。まあ、ゴミといっても大小さまざまな石などなのだが。

「いえ、セシルさんの矢を受けるのに、地面がこんなのが落ちてたら、避けれる物も避けれなくなってしまうかもしれないじゃないですか。」

 まあ、避けれるような甘い攻撃なんて、してくれないと思いますけど。とはにかむように笑った。

 当たり前じゃない。とセシルは毒づき、ふと気がついた。

「あなた、その石を武器に使ったりする気なのかしら?」

「あはは。まさか。そんな意味のないことするはずがないじゃないですか。」

 言いながらリースは拾った石などを広間の端に置いた。

「お待たせしました。…始めましょう。」
 二人の準備が整ったのを確認あいたセイレンが手を上に上げた。

 ビリビリとした緊張感が場を支配する。それが最高潮に達した瞬間、セイレンが手を振り下ろした。

「始め!」

 刹那、セシルの右手が二本の矢を掴んだ。最短距離で弓に番え、最適の強さで弦を引き、最高のタイミングで矢を放つ。
完璧なフォームから放たれた矢は音速に届くのではないかという速度でリースの元に飛んでいく。

「我が言の葉は雷。光の如く世を駆け抜ける。鳴れ!雷鳴!!」

 しかし、矢がリースの体を吹き飛ばす前にリースの詠唱が完了した。

 リースオリジナルの詠唱短縮法。魔法名すら介さずに雷の矢が杖の先から迸った。

 物理的な圧力を持った雷は、矢の軌道を強引に捻じ曲げ、そのまま真っ直ぐ奔った。

「くっ!」

 セシルはその雷をぎりぎりで回避した。リースの詠唱が終わったのを見るや否や、直感で横っ飛びに回避したのだ。軽くかすった気もするが、肉体にダメージはない。

 魔法使いは魔法を撃った直後が二番目に隙ができる。それを知っているセシルはすかさず弓を引いた。
狙いをつけ、驚きに目を丸くする。リースは、魔法使いが一番隙を見せる瞬間だった。つまり、魔法の詠唱中。
しかも、目まで瞑っている。

「…我は氷雪を詠う者の眷属なり…」

 それはセシルも良く知る、風雪を操る大魔法。カトリーヌが使っているのを何度も見たことがあるので怖さはよく知っている。
だがその魔法には欠点がある。

 威力の代償として、詠唱時間が長いのだ。詠唱中に自分やカトリーヌ等に倒される冒険者も多い。にも関わらず、目の前のハイウィザードはその大魔法、ストームガストの呪文を唱えている。それがセシルを激昂させた。

「な、なめるんじゃないわよ!」

 ドンッ!という音と共にセシルの周りにバチバチと火花が散り、足元から赤い光が噴き出した。

 怒涛の勢いで矢を放つ。一瞬の間に放った矢の数は8。その全てが真っ直ぐリースの胸板に向かい、

 地面に勢い良く突き刺さった。

「…え?」

 セシルは目を疑った。真っ直ぐ進んでいたはずの矢が、突然方向転換をし、吸い寄せられるように地面に突き刺さったのだ。

「…今我が呼びかけに応え、純白の歌を皆に…」

 訳が分からなかった。しかし考える暇はない。その間にも呪文は進んでいく。当たらないのなら、当たるまで矢を射るまで…!

「こ…のぉ!」

引く手にいままで以上に力を込め、さらに速く、強く矢を射る。しかしそれらは全て地面に突き刺さっていった。

「…聞かせ給え…ストーム」

 機関銃のような速度で矢を射る。が、当たらない。届かない!詠唱が終わる!あの魔法が!魔力で起こされる吹雪が私の体を…!

「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 襲わなかった。

「そこまで!」

 セイレンの声で我に返る。周りを見渡す。ストームガストが発動した形跡はない。

「マガレ…リースを見てやってくれ。」

「わかりましたわ。」

 マーガレッタがリースの元へ向かう。それの意味することは一つ。ダメージを受けた、ということだ。

「…当たった…の?」

「いや。」

 セシルの問いに答えたのはハワードだった。

「セシルの矢は一本もあいつには当たってねえよ。」

「じゃ、じゃあなんで…」

 その問いにはカトリーヌが答えた。

「…ストームガスト…が発動する寸前…杖で…自分の体を…打った…の」

「な、なんで…?」

 意味がわからない。そのまま発動させれば勝負はついたはずだ。それをわざわざ止めるなんて。

「…多分、セシルが…泣いてたから・・・だと・・・思う。」

「え!?」

 頬に手を触れる。そこには水が通ったらしき線が感じられた。

「…私が・・・泣いた・・・?」

 それこそ意味がわからない。普段からセシルは数え切れないほどの冒険者と戦っている。

 もっと危険な目に合ったのも一度や二度じゃない。だが、そんな時でも涙を流すことはなかった。何故?

 その問いには心の奥底の自分自身が答えた。

 怖かったのだ。あの、呪文を唱えている時のリース。その背後に、巨大な、得体の知れないモノが憑いているように見えたのだ。それがたまらなく怖かった。自分の奥深くに侵入し、内側から食い破ってきそうな感じがしたのだ。

「…これは、鎖骨が折れてますわね。」

 マーガレッタの声で我に返った。声の聞こえた方を見ると、リースがマーガレッタの治療を受けている。マーガレッタはリースの肩の辺りに手を当てていた。

「これでは杖を握ることができませんね。…僕の負けです。」

 リースは本当に負けたのかと思うほどに爽やかに笑った。

「…そうだな。…勝者!セ「待ちなさい!」

 セイレンの声をセシルが遮った。セイレンが「なんだ?」という表情を浮かべているが、それは無視した。涙の跡をゴシゴシと拭きながら言葉を続ける。

「勝者を辞退させてもらうわ。この勝負、私の負けよ。…弓手が矢を一本も当てることが出来なかった。それだけで辞退する理由は十分よ…」

その言葉を聞いて、リースは驚きの表情を、それ以外のメンバ−は驚きから笑顔、を浮かべた。

「よかったじゃねえかリース!まだここにいれるなあ!」

「は、はあ。それは嬉しいですが…いいんですか?」

 リースの問いに、セシルはそっぽを向きながらぶっきらぼうに答えた。

「いいわよ、別に。…でも一つだけ聞かせなさい!」

 いきなり詰め寄ってきたセシルにリースは笑顔を浮かべながら答えた。

「なんで矢が当たらなかったか、ですか?」

 セシルは大きく頷いた。

「そうよ。私の狙いは正確だった。あんたもライトニングボルト以降、ストームガストまで、魔法を使った様子はなかった。でも矢は吸い寄せられるように地面に刺さった。どういうこと!?」

「ああ。それは私も気になっていたんだ。どういうことなんだ。リース?」

「それはですね…カトリーヌさんはわかりますか?」

 いきなり話を振られたカトリーヌは、ほんの少しだけ考え、首を横に振った。

「そうですか。じゃあ、セニアさん、その足元にある石を持ってもらえますか?」

「あ、はい。こうです・・・んぅ〜〜〜〜〜!!?」

 セニアが持ち上げようとしたのは掌に収まる程度の大きさの石だ。しかし、セニアはそれを持ち上げることができない。

 接着剤でくっつけてあるかのように地面から離れないのだ。

「…はあ、はあ、はあ。お、重い…」

「あはは。正確には違うんですけどね。じゃあ次はセシルさん、矢筒に入っている矢を一本、あっちに投げてみてください。」

「???…わかったわ。」

 言われた通り、リースが指した方向─丁度誰もいない方向─に、矢を放り投げた。
空中を舞った矢は放物線を描く途中で突然向きを変え、真っ直ぐ地面に落ちた。

「!?」

「磁力です。」

 地面に垂直に突き刺さった矢を見ながらリースは話しはじめた。

「僕、勝負を始める前に石を拾っていましたよね?そのときに地面に電気を流したんです。
そして、勝負が始まってセシルさんの矢筒にも電気を流した。
特定の条件を揃えると、電気を流されたもの同士は、引き付けあったり、お互いを弾いたりする性質を持ちます。
それを利用したんですよ。セニアさんが石を持ち上げられなかったのは、重かったのではなく、地面と石がお互いに引き付けあっていたからです。セシルさんの矢も、それと同じという訳ですね。」

 科学の知識に乏しい生体研究所のメンバーは、リースの説明に揃って首を捻った。
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