「まばたきするのが惜しいな」今日もあなたを見つめるのに忙しい
悩んでるあたしはだらしないな…頭ん中妄想は思ったより大きい

「ふっ!」
鋭く速く、剣を振るう。
しかしそこには、すでに標的の姿はなかった。
私の左脇に出来た死角。
大振りしたがゆえに出来てしまった死角。
そこに彼は、いつの間にか滑り込んでいたのだ。
最前の挙動が未だ終わらず、避ける事すら出来ない私の首筋に。
兄上はぴたりと、刃を突きつけた。
「ここまで、だな」
「…はい」
上がった息を落ち着けようと、大きく深呼吸をする。
剣を下ろした兄上が、わずかに笑みを浮かべて私を見つめていた。
「強くなったな、セニア…俺では敵わなくなる日も近いかもしれん」
唐突に褒められて、せっかく整いかけていた息が詰まる。
目を丸くして顔を上げると、兄上は無邪気な様子で笑っていた。
「あ…ありがとうございます」
再び顔を下に向け、礼を言う。
まったく、どうしてこう、他者の気持ちに鈍感なのだろうか。
兄上を除く誰もが…あの色恋沙汰に疎いイレンドですら、私の気持ちを知っているというのに。
だが、仕方ない。
それが兄上なのだから。
私は、そんな兄上に惹かれてしまったのだから。
気を取り直して、兄上を睨み据える。
「もう一本、お願いします」
笑みを無邪気なものから力強いものへと変えた兄上に向けて、私は走り出した。


不都合な事ばかりが続く訳じゃない明日はきっとあなたに言えるだろう

「二人とも、朝食の用意が出来たでござるよ」
不意に声が聞こえてきた。
闘技場の入り口に目をやると、扉が開いてエレメスさんが顔を出している。
私の視線に恨みがましげなものでも混じっていたのだろうか。
彼は私の方を向いて、ばつの悪そうな顔をした。
「もしかして…拙者はお邪魔だったでござるか?」
「いや、そんな事はないが?」
きょとんとして返したのは、もちろん兄上。
これが漫画だったならば、その頭上にはいくつものクエスチョンマークが描かれている事だろう。
そんな兄上に、私とエレメスさんが同時にため息を吐く。
「お主に訊いているのではござらんよ、この朴念仁」
「なに!?」
易々と挑発に乗って詰め寄ってくる兄上に、エレメスさんはあわてて背を向ける。
「セニアどのも、早く来るでござるよ」
言うが早いか、さっさと一人で走り去ってしまうエレメスさん。
一瞬追いかけようと足を踏み出した兄上だったが、すぐに力を抜き、こちらを振り返る。
「行くぞ、セニア」
「え…あ、はいっ!」
急いで駆け寄る私を、兄上は微笑んで待っていてくれた。


胸をつく想いは絶えず絶えず絶えず
あたしはこれからもきっとあなたに焦がれる
それはささいな出来事指が触れた時
小さな仕草にいつもまどわされて…。

朝食の席で私は、対面に座る兄上の顔を見られずにいた。
先程、兄上が私を待ってくれていた時から、顔が上気して静まってくれないのだ。
エレメスさんがにやにやと笑っているように感じるのは、気のせいであってほしいと心から願う。
そしてそんな私に、兄上はいつもと変わらずに接してくるのだった。
「セニア、ドレッシングを取ってくれないか」
「え!?」
思わず大声を上げてしまった私に、兄上が驚いて身を引く。
「いや、すまん…そのくらい自分で……」
「い、いえ、ドレッシングですね!?」
あわててドレッシングが入ってボトルに手を伸ばす。
にやにやが10人分にまで膨れ上がっているような気がしたが、無理やり意識の外に追い出した。
ボトルを差し出すと、兄上もこちらに手を伸ばしてくる。
そして。
指先に、ひやりとしたものが触れた。
「あっ…」
思わずボトルを落としそうになる。
私の指に触れたもの…それは、兄上の力強い手だった。
心臓が早鐘を打つ。
顔がさらに赤みを増す。
だが兄上はそんな私に気付く事なく、平然とドレッシングを受け取った。
「ありがとう、セニア」
丁寧に礼を言う兄上。
その優しい微笑みに、再び鼓動が跳ねた。


あなたを守ってあげたいな あたしなりに知らなかった感情が生まれてく

食後の雑談をしていると、不意にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
すでにこの研究所の日常となり、多い日には数十回も作動するこのサイレンの意味するところは……
「侵入者…か」
ハワードさんが眉をひそめて呟く。
他の皆ももううんざりという顔をしていた。
平穏に安らかに暮らしたいと思うのは当然だが、誰かが撃退に向かわなければならない。
「俺が行こう…食後の運動にはちょうどいい」
立ち上がったのは、兄上だった。
その顔はすでに引き締まり、先程までの温和な雰囲気は消え去っている。
それを見て、私もあわてて立ち上がる。
兄上が実戦に赴くとなれば、黙ってはいられない。
兄上を慕う妹としても、兄上を目指す一介の剣士としても、そして…兄上に想いをよせる者としても。
「私もお供してもいいですか?」
声を上げた私に、わずかに渋い顔を向ける兄上。
しかしすぐに苦笑を浮かべ、諦めたように頷く。
私が言い出したら聞かないという事を、身をもって理解しているからだろう。
「気を付けるんだぞ」
「はいっ!」
今は敵わなくても。
いつかは必ず、追いつき、追い越してみせる。
今は守られてばかりだけど。
いつかは必ず、私が兄上を……
決意を胸に秘め、兄上と共に、私は食堂を後にした。


喜びも涙さえも覚えたならば明日はきっと信じて言えるだろう

兄上と共に戦っている。
その事実が、私の精神を高揚させていた。
今ならどんな敵にも打ち勝てる。
そんな万能感が、私にはあった。
私がロードナイトを引き付けている間に、兄上がハイプリーストを一気に葬り去る。
回復の術を失ったロードナイトを、二人で取り囲む。
全て、作戦通りに事が運んでいた。
ロードナイトの体力も残り少ない。
私は、勝利を確信した。
…だが。
現実という名の魔物は、そう甘くはなかった。
高揚感ゆえの、油断。
万能感ゆえの、慢心。
それらが私の目を狂わせ、隙を作っていたのだ。
「がは…っ!」
苦悶の声を漏らしたのは、ロードナイトではなく、私だった。
私の腹を鎧ごと突き破っているのは、ロードナイトが渾身の力で放ったピアース。
身体中の力が傷口から流れ出ていくような感覚に、私は膝をついた。
「セニア!」
どうやらそれが最後の一撃だったらしく、兄上の刺突にあっさりと崩れ落ちるロードナイト。
地に伏した敵には目もくれず、兄上は私の元へと駆け寄ってきてくれた。
「セニア…しっかりしろ、セニア!」
私の上半身を抱きかかえ、必死で呼びかける兄上の声。
返事をしようと口を開くが、ごぽり、と血の泡が漏れるばかりでうまく喋ることが出来ない。
ああ、また兄上に心配を掛けてしまった。
あまりの悔しさに、涙がにじみ出る。
兄上、私は大丈夫ですから。
だからどうか、そんな顔をしないでください。
私の願いは届いたのだろうか。
涙で霞んだ視界では確かめる事も叶わず、そのまま私は意識を失った。


息を飲む想いは絶えず絶えず絶えず
とどまる事のない気持ちに心が溢れる
不器用なりにわざと指に触れた時
小さなあたしの体は熱くなる

目を覚まして最初に見えたものは、視界いっぱいを埋め尽くすほど近くにあった兄上の顔。
寝起きの呆けた頭では状況の理解が追いつかず、ぼんやりしたままその顔を眺めていた。
「…セニア?」
が、痺れを切らしたような兄上の声に、はっと我に返る。
「あ、兄上!?」
完全に意識が覚醒してしまえば、もうそのままの体勢ではいられない。
兄上が戻っていくのを眺めながら、それが少し残念に思えた。
先程の兄上の顔を思い出す。
あんなにも近くに兄上の顔を見たのは、はじめてかもしれない。
そう、それはまさに、唇が触れ合わんばかりに近く……
「…ニア、セニア!」
「は、はい!」
兄上の声に、現実に引き戻される。
見ると兄上の手には、小さな錠剤がのせられていた。
「マーガレッタからもらった薬だ…飲めるか?」
「あ、ありがとうございます……」
薬を受け取ろうとして、ふと悪戯を思いつく。
兄上はどんな反応を示すのだろう。
予想はつくが、実際にやってみなければわからない…と自分を慰める。
そして。
薬の受け取り際、兄上の指にわざと触れた。
触れた場所から、身体中に熱が広がってゆく。
鼓動は高鳴り、頬は赤く染まっている事だろう。
さて、兄上は……
上目遣いに視線を向けると、兄上は何も考えていないような顔をして笑っていた。
「それを飲んだら、もう一度眠るといい」
「……はい」
まったく予想と違わぬ兄上の様子。
私はそんなに魅力がないのだろうか、と軽く落ち込む。
半ばヤケになった私は、渡された薬を一気にあおった。


胸をつく想いは絶えず絶えず絶えず
あたしはこれからもきっとあなたに焦がれる
それはささいな出来事指が触れた時
深く想う強く想うあなたの事が好き

「眠ってしまった…かな?」
兄上のその声で、目が覚めた。
眠った事を確認する声で相手を起こしてしまうなんて、ちょっと間が抜けていておかしくなる。
なんとか笑いをかみ殺してタヌキ寝入りを続けると、兄上が私の顔を覗き込む気配がした。
「すまんな、セニア…俺が未熟なせいでこんな怪我を……」
漏れ聞こえてきた呟きに、思わず跳ね起きそうになる。
あれは私の油断が招いた、自業自得の怪我だ。
兄上が責任を感じる必要など、どこにもない。
しかし、兄上の独白は続く。
「俺はもっと強くなる…強くなって、お前を守り抜いてみせる」
その言葉には、すでに充分な強さが込められていた。
兄上の名に恥じない、強い強い力が。
「だから、待っていてくれ…何の心配もせずに暮らせる、その日を」
言って兄上は、私の頭を優しく撫でた。
触れた部分から、兄上の決意、兄上の想いが伝わってくるような気がする。
しばらくそうして私を撫でていた兄上だったが、気が済んだのか、おやすみ、と言い残して部屋を出て行った。
暗い部屋の中で、私は瞳を開ける。
その顔に、ゆっくりと微笑が広がってゆく。
兄上…私も負けませんよ。
もっともっと強くなって、私が兄上を守ってみせます。
その時には…私の想いを、受け取ってもらえますか?
目頭が熱くなる。
だがそれは、決して悲しみからくるものではない。
嬉しくて、暖かくて、心地よくて。
願わくば何度でも流したくなるような…そんな涙だった。

あたしは今日も気付かれない様にあなたの歩幅ついてゆく
これ以上もう2人に距離が出来ない様に…。


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作中の引用文は、「初恋」(唄 aiko)によりました。


あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。
ただの思いつきなんです、ハイ。
こんな特殊な形式ははじめてなので、出来がちょっと不安ですが……
なにはともあれ、楽しんでいただければ幸いです。

2006/12/01 この物語をイグニゼム=セニアに捧ぐ
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