研究所に置いてある発電機の動力はディーゼルエンジンだ。
重油等の燃料を燃焼させて、その運動エネルギーを電気エネルギーに変換する。
ありふれた発電方法だが、燃料単価を考えると現状はそれほど有効な節約にはならない。
それ故、以前故障したときにこれ幸いと発電設備をバッサリと切り捨ててしまい、そのまま放置されていた。
元々非常誘導灯なんかは個別にバッテリーがあるので然程問題にはならないのだ。
 ともあれ、それだけ熱を発する施設には当然でっかい給排気設備が必要になる。
外向きについたガラリ――建物の壁についてるブラインドみたいなやつだ――から外気を取り入れて、
天井についた二つの排気ファンで建物の屋根から排出している。
 排気は設備内にある全ての部屋から吸っているので、排気のダクトは基本的に統一されている。
発電機の置いてある部屋、消化ボンベ室、そして…外部に面して設置してあるトイレ。
 排気ファン自体は止めても発電機の音で分からないだろうが、室内と外気圧に差が出来てしまう為
扉から外に流れる空気量が激しく大きくなってしまう。そこに気付かれ、行動を読まれればアウトだ。
 トイレからダクト内に侵入する時に見つかっても駄目、トイレに侵入する前に見つかっても駄目、
更に運良く侵入出来たとして、人数的に勝る連中からマーガレッタさんとイレンドさんを救い出さなければならない。
成功する確率は…計算したくもならない数字だ。
しかし、なんとかして二人を解放できれば勝算はある。あの二人は、戦闘向きではないとはいえ
俺とは桁違いの戦闘力を持っているし、俺を置いて逃げるぐらいはできるだろう。
 俺は迷いを振り切るようにかぶりを振って、行動を開始した。



「オイ、忍のダンナ」

 派手なモヒカンの男が、壁に背を預けて目を閉じている男に声を掛けた。

「アンタ、この仕事の報酬を何に使うつもりなんだい?」

 黙したまま答えないと見えたが、意外にも忍装束は声を発した。

「…姿を隠す。その為には金が要る」
「フーン、高飛びってワケね。なるほどなぁ…俺っちはさ、愛しのカノジョにプロポーズすんのよ。
 で、今回の仕事はラストの危ない橋ってワケ。これが終わったら、こんな稼業からはスッパリと足を洗って
 田舎に家と土地でも買ってゆっくりと暮らすワケよ。んでさぁ、俺っちのカノジョ、こいつがすんげぇイイコでさぁ
 優しくて可愛くて、もう俺っちみたいな奴には勿体無いぐらいの……」

 饒舌な男は延々と喋り続けている。仕事も終わりに近づいているのでテンションが上がっているのだろう。
対称的な黒ずくめの男も、敢えて口を挟むまでも無く、惚気を聞き流している。
 一方、リーダー格らしき長身の女は、捕虜である簀巻きの二人をじっと睨みつけている。
発電機の動く轟音と、ならず者のおしゃべりが、常に動いている排風機の微かな音が消えたことすらもかき消した。



 ダクトの中は狭かった。
いかに発電機室用の大きな径だとはいえ、人の大きさで中を匍匐前進する事など想定されていない。
時折響くボコンボコンという音と、接続部のひっかかりに冷や冷やしながら俺はゆっくりと進む。
あまりゆっくりとはしていられないが、急いで音を立てて見つかっては元も子もない。
 ようやく発電機室の排気口に辿り着いた頃には、出るはずの無い嫌な汗がびっしりと背中に張り付いていた。
まだ俺にも汗腺が残っていたらしい。

 排気口から覗き込むと、内部の様子が少しだけ見て取れる。
丁度俺のいる位置から降りてすぐのところに、マーガレッタさんとイレンドさんが転がされている。
どうやら眠っているようで、騒がしくおしゃべりしている男の声にも反応すらしていない。
 この状態で飛び込むのはまずいだろう。仮に二人の拘束を解けたとしても、二人が目を覚ます保証がない。
どうしたものかと逡巡していると、うるさく喋っていた男が突然会話を打ち切って扉の外へ出て行く。なんだ?
仲間が誰か捕まったわけでもないだろうし、外に誰か来たのなら忍装束の男も出て行くだろう。
所長が来るわけは無い。何故ならあの男は…いや、まずありえない。
 とすれば、男の目的は、一番可能性の高い…用足し…。
 そういえば俺は、点検口を…まずい!開けたままだ!
 点検口が開いていれば不審に思い、男は中を覗くだろう。そして、不自然に開いた排気ダクトの接合部を見つける。
それはつまり、俺がここに居る事を白状していることになる…!

 ならず者が扉を閉めて出て行ったのを確認すると、俺は予めビスを緩めておいた排気口から一気に飛び降りる。
金属がコンクリートの地面とぶつかり、甲高い宣戦布告の鐘を鳴らす!

「マーガレッタさん!イレンドさん!起きてください!」

 俺は叫びながら携帯している鉈で、彼女らを縛っている縄を引きちぎる。と、同時に背後に気配を感じて、
振り返らずに俺は横っ飛びに転がる。
 ずん、という鈍い感触と音。耳元で虫が鳴いている。耳を。押さえようと右手を動かす。
耳を押さえたはずの手のひらの感触が無い。
見やると、腕が肩口からばっさりと切断され、吹き飛んだ俺の腕が壁際に転がっている。
 痛い。痛覚が無いはずの、既に死んだ身であるはずの俺が。痛い。痛い。痛い。痛い。
俺の中で、何か熱いものがこみ上げてくる。慟哭か、絶叫か、はたまた憤怒か。

「う…おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 振り返ると、胸の前で印を結んだ黒装束。
次の術を放つつもりだろう。そうは、させるか。
 体当たりででも術の発動を止めようと、身体を揺すって一歩踏み出す、が、俺の動きはそこで止まった。

「おおっと、そこまでだぜ死体の消防士さんよ。ちょこっとじっとしててもらおうか?」

 先ほど出て行ったはずの悪漢が手のひらをこちらに向けて、黒い霧で俺を縛っている。何故だ。

「あんなデッカイ音立てられたら誰でも気づくっつーの」
「…五体をバラバラにすればもう動けなくなるだろう」

 黒装束の男が印を完成させ、力がこちらに向けられる。
 すいません皆さん…俺は…無力でした…。

「五体がバラバラになるのは貴様の方だ」

 突如聞こえた声と共に、黒装束の男が血飛沫を上げながら吹き飛んだ。

「貴っ様ぁ!一体どこから…ぐっ!」

 叫んだ悪漢が脇から飛んできた雷撃に吹き飛ばされて、壁に打ち付けられる。
そのままぴくぴくと痙攣したかと思うと、がっくりと事切れて動かなくなった。

「…表から…音で見張りの気が逸れたから…」

 縛めを解かれた俺は、文字通り糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。
一撃で黒装束を打ちのめしたエレメスさんが、その男に囁いている。

「貴様、抜け忍だな?追っ手を巻く為に危険な仕事を請け負うとは、本末転倒もいいところだな。
 ここで殺してやっても良いが…本業に渡した方が相応の処分をしてくれそうだ」

 動けない黒装束はその言葉を聞くと、一瞬大きく目を見開いてから意識を失った。

「く…くそっ…エレメス=ガイルにカトリーヌ=ケイロンだと…!?見張りはどうした!」
「奴等なら表で倒れているでござるよ、音に気をとられて後ろを見せるなど、三流も良い所でござる」

 長身の女はゆっくりと後ずさりながら胸の前で両手をかざす。

「まだだ!この私が貴様らを…エスト…ひぁっ!?」

 いつの間にか、目を覚ましたマーガレッタさんが女の背後に回っている。

「ウフフ…散々好き勝手にして頂いたみたいですけれど…ウフ、リンカーさんは初めてですわぁv」
「や、ちょ、やめっ…私は女っ…あぁっ!」
「クスクス…良い感度をしていらっしゃいますわ…v」


「大丈夫ですか?無理しないでくださいね」

 片膝をついて動けなくなっている俺の傍に、イレンドさんが近寄ってきてすぐさま治療を始める。
不死のはずの俺に、暖かい聖なる光が照らされてみるみるうちに傷が塞がっていく。

「すいません、僕たちが不甲斐無いせいであなたの腕が…」

 気にしないでください、イレンドさん。俺は、貴方がたが無事だっただけで…
心配そうに覗き込む彼にガスマスクの中で微笑み返すと、俺の意識は遠くなっていった。








 詰め所の扉がノックされて、エレメスさんが入ってきた。

「お主、もう腕は大丈夫でござるか?」

 既に俺の腕は修復が済み、完全にくっついている。不死種族ってのは実に適当な生き物だ。死んでるけどな。

「えぇ、ご覧の通りです」

 腕をぐるんぐるんと振り回して、顕在さをアピールする。ちょっとだけまだ痛いかもしれない。

「そうか、何よりでござる。そこで一つ提案なのでござるが…お主、三階で働いてみる気は無いでござるか?」
「私がですか?」
「お主の判断力と思考力、勇敢さがあれば、きっと三階の連中の助けになるでござる」

 あはは、と俺は笑って言った。

「御免被ります。まだ俺は『死にたく』ないですから」

 エレメスさんもニヤリと笑い返して

「それも、そうでござるな」



 今日も設備屋は暇だ。良い事じゃないか。









―――おしまい
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