「えーん、えーん」

どこからか、女の子の泣き声が聞こえます。

「お母さん、お母さーん」

どうやら、迷子のようです。

「お母さん、どこー?」

泣き止まないその迷子は、一生懸命に叫びます。
けれども、母親は姿を現しません。

とことことこ。
そこにカトリーヌが通り掛かります。
久しぶりの外出で、香ばしいクッキーの入った袋を、その手に握って。
さぁ食べようと、クッキーを口に運んだその時、ふと気がつきました。
すぐ傍で、泣いている迷子に。

姿の見えない母親を捜し、涙を拭きながらあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
しばらくすると、少女はその場にしゃがみ込んでしまいました。
10分くらい経ってから再び立ち上がった彼女は、もう涙が枯れたのか、
それとも、泣いても母親は見付からないと悟ったのか、もう泣いてはいませんでした。
少女が繰り返していた「お母さん」は段々と小さくなっていました。

そうして日が傾き始めた頃には、少女はその場から動けなくなりました。
もう、叫ぶことも、歩くこともしなくなり、ただ噴水の前に座り込んでいるだけです。
それをずぅっと見ていたカトリーヌは、もう我慢ができませんでした。
クッキーの袋を乱暴にポーチに突っ込み、少女に向かって走り出しました。

カトリーヌは走ります。
その瞳に涙を湛えながら、一歩一歩を確実に。
カトリーヌはなにもかも忘れて、少女を抱きしめました。
口下手な彼女は、少女にかける言葉が見付かりません、だから抱きしめました。
すると、少女は再び涙を流し始めました。
カトリーヌに抱きしめられた、その腕の中で。
するとカトリーヌも声をあげて泣き始めました。

「えーん、えーん」

夕方の噴水広場に、彼女と少女の泣き声が響き渡ります。
二人が泣く理由は違います、けれども二人はしっかりと互いを抱きしめあって、二人一緒に泣いていました・・・。


「ちょっと、起きるっすよ!ししょー!」

ゆさゆさと身体を揺さぶるのは、マジシャンの女の子。
赤い髪の、ポニーテールが特徴的な女の子。
そして揺さぶってる相手はハイウィザードの女性。
白金に輝く髪の毛に朝日を反射させながら、小さく唸って寝相を変える。

「んー・・・、眠〜ぃ・・・。」
「ししょー、だめっす起きるっす!起きないと朝ごはん食べちゃうっすよ!」

するとガバッと、ハイウィザードの女性は起き上がり、

「・・・だめ。」

寝間着のまま、食卓へと向かったのであった。

「ししょー、もうちょっと朝はきっちり起きてほしいっす。」
「・・・ん。(もぐもぐもぐ・・・)」

無事に金髪の女性を起こすことに成功したマジシャンは、食卓につくなりこう切り出した。
しかし金髪は聞いてるのかどうかすら判らないほど、食事に夢中である。
焼きたてのパンを片手に、スープを口に運び、グリーンサラダのレタスを口いっぱいにほうばる。
そんな食事に夢中な彼女を見てみれば、髪の毛はブラッシングせずにそのままのぼっさぼさ、寝間着にいたっては胸元がはだけてるし、
何より下半身は下着のみである。・・・まぁ彼女は毎日こうなんだが。

「ちょっとししょー、聞いてるっすか?ししょーもレディなんすから、もうちょっと身だしなみにも気を配ったほうが・・・って、あたしのハムがっ!?」
「・・・ふぇっほ(GET)・・・。」
「ちょっとー!いつも通りししょーにはハムたくさん焼いたじゃないすか!って、お皿の中身既にないし!って、あぁっまたハムがっっ!」
「もぐもぐもぐ・・・ごっくん。」
「ぎゃー!あたしのタンパク源がぁぁぁぁ!ししょー、ちょっとひどいっすよー!って、スープだけはっ、スープだけはーっ!」

ぎゃーぎゃーと、毎度のごとく騒がしくも微笑ましい朝食の風景が、彼女らの朝の儀式?だ。
こんな騒がしい毎朝が繰り広げられている戦場は、金髪の彼女の工房である。

この世界には様々な職業がある。
王に仕える騎士から、日々の市民の生活を支える商人まで、その幅はとても広い。
そんな中でも彼女たちが生業としているのは世間一般で言う魔術師。
マジシャン、ウィザードなどと呼ばれるが自分の工房を持つ彼女らは、研究を主とする魔術師である。
そして、この工房の持ち主の名前はカトリーヌ=ケイロン、ハイウィザードのカトリーヌ。
魔術界では結構な有名人で、その独自のセンスと奇抜なアイディアは時折常識を覆すとか何とか。(By月刊魔術師LIFE☆)
だがしかし、そんな著名なハイウィザードも中身を開けて見れば、食欲が極めて旺盛で何事にも無頓着、
しかもかなりの無口という、なんともまぁ奇人変人大集合な人間である。

どうしてこんな変わり者の弟子になってしまったのかと、赤い髪は考える。
努力すればもう少しいい人に出会えたんじゃないか、とか、努力すれば師匠をもっとレディに仕立て上げられるんじゃないかとか・・・

「って、全部あたしの努力前提じゃないすか・・・なんだかなぁ。」

そう思うと少し萎える。
確かに師匠は魔術師として超がつくほどの一流である。
ハイウィザードなんて冒険者の中でも一部の人間のみが到達できる領域なわけだし、研究者の師匠がハイウィザードになれたのは正直凄いと思う。
けれど普段の生活が・・・なんともまぁいただけない。先ほどの朝の風景もさることながら、修行と称して家事全般押し付けてくるし。
そんなぐうたらな師匠でもなぜか食べるものには困らないし、時折王室付きの魔術師が訪ねてくるし・・・どうもつかみ所がない。
重厚な木の扉から一歩踏み出し、周りをぐるりと見渡す。朝もやが薄まり、本格的に街が目を覚まし始めたのを確認する。
裏の通りからは馬車の車輪の音が、お隣からはドアが閉まる音が。
次々と繰り広げられていく目覚ましの音の中、皿を洗うために井戸の元へと向かう。カツカツと石畳に踵を鳴らしながら。

「あらまぁ。おはよう、エリュシアちゃん。」
「あ、おはようございます。おばさん。」

朝の冷たい井戸水と格闘しながらお皿を一枚ずつ洗っていると、向かいの洋裁店のおばさんが皿の入ったかごを手にやってきた。

「今日も朝から騒がしかったわねぇ、うふふふ。」
「う・・・毎朝毎朝、申し訳ないっす・・・。」
「いいのよぉ、もう恒例になっちゃったしねぇ。それに前のカトリーヌさんの工房は静か過ぎて気味が悪いくらいだったから・・・。」
「そう・・なんすか?あたしが転がり込んでからは、毎朝あんな感じっすよ?」
「ふふ、そうね。毎朝騒がしいわ。でもおかげで前よりカトリーヌさんに頼み事もしやすくなったわ。」
「えぇ、もう!毎日騒がしいお礼に師匠が出来ることなら何でも承るっすよ!」

元気よくそう言うと、洗い終わった皿をかごに戻し、すっくとエリュシアは立ち上がる。
赤い髪のマジシャン、エリュシアはカトリーヌが唯一とった弟子である。
先ほどの紹介も含め、カトリーヌは結構とっつきにくい性格なために町の人と若干距離が開いている。
愛想はよくないし無口だし・・・まぁ実際付き合ってみるとそうでもないんだが。
かごの中の皿をかちゃかちゃと鳴らしながら、工房へと戻る。
歩きながら、目覚ましの音が街の喧騒へと姿を変えているのを体中で感じる。

「ただいまー。ししょー、ちゃんと着替えたっすかー?」
「・・・。」
「あら?無反応っすね・・・ちょっと、ししょー?」

朝食後、歯ブラシをした後に自分の部屋に戻っていったはずだ、そう思い出して彼女の部屋の扉を開ける。

「・・・ぐー・・・。」
「って、寝てんのかいっ!」

思わず何もない空間にツッコミを入れたエリュシアであった。

「ししょー、今日は王室から宮廷魔術師の方が来る日じゃないっすか!寝てる場合じゃないっすよー!」
「・・・あ。」

すると再びがばっと起き上がり、着ている物をポポポーイと投げ捨てるカトリーヌ。
それをボケーっと眺めるエリュシア。

「・・・いやん。」
「『・・・いやん。』じゃなーい!脱ぎ散らかしちゃダメー!」
「・・・そこの服とって・・・。」
「・・・ハイ・・・これでいいっすか?」

後始末をするエリュシアをよそに、カトリーヌはどんどんと着替えを進めていく。
タイトなドレスにその身を包み、足には少し変わったデザインのブーツを履く。
特注のグローブに細長い指を通し、最後に威厳あるマントを羽織れば、いつもの「ハイウィザード・カトリーヌ」の完成である。
しかしまぁ、その姿を見るたびにエリュシアは思う。

「・・・毎日あれだけ食べておいて、あの細いウェストといい、胸といい・・・。」

同じ女性という視点から見てみても、まさにモデル体型。出るとこ出てるし、引っ込んでるとこは引っ込んでる。
自分と比べても月とすっぽんというか・・・険しい山脈と壮大とした平原と言ったところで・・・。
顔かたちも誰もが認める美人だし・・・見た目はパーフェクトな女性である。

「髪・・・お願い。」
「へ?あ、はいっ!いつもと同じのでいいっすか?」
「・・・ん。」

椅子に座ったカトリーヌの、その白金に輝く髪の毛に櫛をとおす。
ぼさぼさなはずなのに途中で引っかかることなく櫛がとおるのは、さすがというかなんというか。
昔からエリュシアはこの、カトリーヌの髪の毛を梳かすという作業が好きだった。
手で持ち上げるたびに、その手から零れていく美しい髪。
窓から差す光に当てれば、まるで水面が反射しているかのごとく眩く光を反射させる。
そんな神の芸術と言っても過言ではない髪の毛に櫛を通しているだけで、心から華やかになれるから。
櫛をとおし終わり、その髪から手を離すとカトリーヌはエリュシアのほうへと向きかえり、

「・・・いつもありがと・・・。」

エリュシアの緋色の髪の毛を、頭を、珍しく撫でたのだった。
程なく宮廷魔術師がやってきて、工房への一角へとカトリーヌは消えていった。
なぜだろうか、エリュシアはなんだか心のなかに風が吹き始めたと感じたのだった―。

すでに二時間になるだろうか、宮廷魔術師の人とカトリーヌが仕事の話をし始めてから。
エリュシアはまだ魔術師の中でもペーペーなので邪魔しないように自室に引っ込んでいた。
普段なら部屋にある魔術書に目を通しているところだが、なぜかさっぱり手につかない。
椅子に座って本を開いても、10分と持たずに閉じてしまう。
ベッドに寝転がっても、暇をもてあまして魔術書を手にとってしまう。
なんだろう、さっぱりだ。何もかもが。
なぜいつもどおり出来ない?本を開いて、目で文字を追っていけばそれだけで二時間なんてすぐに過ぎていったのに。
・・・やっぱり師匠のせいだ。ベッドに寝転がり、枕をぎゅうっと抱きしめ、それに顔をうずめる。
そのまま数秒、思考を停止させて、再び頭を回転させる。
するとどうだろうか、真っ白いはずの枕に数箇所、丸い斑点がくっついていた。
それに気がつくと、上からポタポタと次々に斑点が増えていく。一箇所ずつ増えていく。
エリュシアは自分が涙しているのだと気がつくまで、その場を動けないでいた。
そうしてそのまま、深い深い眠りの中へと落ちていった。

「・・・っと・・・!」

暗闇の向こうから自分を呼ぶ声がする。
その声に気がつくと、その真っ暗な世界ごと揺らされているのがわかる。
あぁそうだ、この暗闇から出る方法を自分は知っていたはずだと、ふと思い出す。
すぅっと目を開けると、そこには頬を膨らませたカトリーヌが立っていた。

「・・・ちょっと・・・もう夕方・・・ご飯・・・。」
「へっ!?ぅあ、もうこんな時間っすか!?あーっ、お買い物行ってないっすよー!?」
「・・・晩御飯無し・・・?」
「ひぃっ!?今から買い物行ってきます!だからそんなっ、手に魔力集中させないでっ!」

カトリーヌにとって食事は一日で最大かつ三回もあるイベントなのだ。
しかしエリュシアはこの時間まで寝てたということは・・・?

「・・・。」
「ひぃぃぃっ!?そんな無言で睨み付けないでくださいよー!」
「・・・おなかすいた・・・。」

手にためていた魔力がぽひゅんと立ち消え、その場にヘナヘナとへたり込む。
幸か不幸か、魔法が飛んでくる前にカトリーヌの方がスタミナ切れだったらしい。
エリュシアのベッドに寄りかかり、きゅーっとおなかを鳴らしてカトリーヌはダウンした。

「ちゃ、チャーンスっ!お買い物行ってきまーす!」

まさに脱兎がごとく、逃げろぴゅーと言わんばかりに財布を握って部屋を飛び出す。
後ろを振り返らず、ただ前を見て!ダダダダーッと工房の中を走り抜けて、騒がしく外へ出るとようやく一息ついた。
あたりをぐるりと見回すと、既に日が傾きかけていた。早いところは既に家の中に明かりをともしているところもある。
さっさと市場へ行って帰ってこないと、カトリーヌがそのままヤバイことになりかねない。
以前、やんごとなき事情で(普通に昼まで寝過ごした)、朝食をすっぽかしてしまった時はヤバかった。
空腹で動けないなど、そんな次元じゃない。生きる為の本能で、まさに飢えた獣状態に陥って全身から魔力を迸られていた。
そのままゆーっくりとエスケープしようとしたのだが、気がついたらカトリーヌが目の前にいて・・・。

「・・・うぅ・・・あれはヤバかったっす・・・もう少しで・・・。」

ブルブルと肩を震わせるエリュシア。もう思い出すのも鬱だ。
それに夜になってしまうと、好ましくない連中も外をうろつくようになるから早くせねば。
少し早足に、市場へと歩き出す。ところが―

「・・むぐっ!?むーっ!?むーっ!!」

後ろから羽交い絞めにされて、口に猿轡を嵌められる。
そうして、首筋にチクリと痛みが走って数秒後、エリュシアの意識はそこで途切れた。

遅い、不肖の弟子が逃げるように買い物に出かけて既に一時間。
工房から市場までは片道10分とかからない距離だし、私がおなかを空かせているという状況であの子が寄り道など出来るはずがない。
・・・それ以前に、先ほどから嫌な予感が頭から離れてくれない。
なぜなら、本日訪れた宮廷魔術師―アイツは少し変だ。
新任と言っていたが、とても前任のおっさ・・・もとい、前任の方は簡単にその地位から落ちるわけがないし、自分からドロップアウトもありえない。
そもそもあのおっさん、王様の『お気に』だし。
それに今日の依頼の内容、確かに破格の報酬だし内容もさほど難しくはないだろう。
だがなぜだ?何ゆえ『宮殿に赴き、宮殿の工房で作業されたし』などという不自然な要求が突きつけられる?
そしてもう一つ、これこそが最大の理由。不安の最大の要素。
最近巷で賑わせている『神隠し』。
既に幾人もの人がいなくなっている。中には剛勇で知られた騎士も含まれるとか・・・。
すると、ドアの郵便受けにカタンッと一つの郵便が投げ入れられた音がした。
まさか、まさかまさかまさか・・・!

『そなたの弟子は預かった。至急、指定された広場まで来られたし。』


「主任、あの魔術師はココに来ますかね?」

白い服に身を包んだ、下っ端の社員がこう切り出した。
すでに日は落ちきり、昼の喧騒とはまた違った、夜独特の喧騒が町中に広がっている。
彼らがいるのは、町外れの森の中。ぽっかりと口を開けた広場に、相当数の社員を引き連れて、ぐるりと陣形を組んでいた。

「心配かね?・・・彼女は来るよ。たった一人の愛弟子だ。来ないわけがない。」
「しかし・・・罠だと見破られた場合、来ないことも十分ありうるのでは?」
「くっくっく、そうだな。真に聡明ならばそれが正解だろう。だがな、人なればこそ、来るものなのだよ。」
「はぁ・・・。そういうものですか。」
「人とは生きにくいものよな。例え血のつながりがなかろうと、数年、一つ屋根の下で生活をしてしまえば情がうつってしまう。」

主任と呼ばれたその男は、ステージの真ん中に立つかのように演技じみた足運びで広場の中心に立った。

「来るよ、必ず彼女はやってくる。・・・と、もう宮廷魔術師の振りをする必要はないのだったな・・・。」
「主任、お預かりいたします。」
「・・・よい、これはもう、必要がない。そこら辺に投げておきたまえ。なんなら、目印代わりにここまでの道しるべにするのもありか。」

はっはっは、と声高々に笑い飛ばしたその男の顔が、急に真面目になる。
そうして、来訪者のほうへくるりと、その身を翻した。

「やぁ、待ちくたびれたよ、カトリーヌ。意外に早かったね。」
「っはっは・・・、エリュシアは・・・っ、どこ・・・!?」
「落ち着きたまえ、彼女は無事だ。なんなら、確認するかね?」

すると、エリュシアを抱えた白装束の人間が二人、森の奥から姿を現した。
身体からは力が抜けきっており、寝てるか気絶しているか・・・。

「無事だよ、彼女はね。なんなら神に誓ってもいい。」
「・・・。」
「はっはっは!このような大罪を犯しているのだ、神に誓っても神はその信憑性を証明してくれないか。ならば、悪魔に誓おうか。」
「・・・それなら、納得・・・!」

そうして、カトリーヌは自らの杖を抜き取り、詠唱を無視して、いきなりファイヤーボルトを解き放つ。
数本の炎の矢が、主任と呼ばれた男へと降り注ぐ―!

「慌てなくてもいい、まだ時間はある。日は落ちたばかりだ、存分に楽しもう・・・!」

その男はいつの間にかカトリーヌの横へとその姿を移していた。
まさに神速というに相応しい。だが、カトリーヌもまた超がつく魔術師なのだ。
その手のひらを男のほうへと向けるだけで、先の炎の矢と追加で3本、炎の矢が襲い掛かった―!

「お、おい・・・この作戦、成功するのか?」

すっかりモブと化してしまった一般社員の一人が、素朴な疑問を口にする。
主任からは、弱ったところで合図をするから、その合図と同時に渡した魔法具をへし折ればいいとのことだったのだが。
中央の広場では、一般人では踏み込むだけで蒸発してしまいそうな、はるかに次元が違う戦いが繰り広げられていた。
炎の矢を飛ばせば、それを目に見えぬ速度で避け、襲い掛かる。
しかしそれを魔法で防ぎ、二段三段の魔法を組み立て、再び攻勢へと転じる。
まさに一進一退の攻防。

「まぁ、主任なら大丈夫なんじゃないか?あの人・・・ほら、怪物じみた強さだし。」
「でもなぁ・・・。あの魔術師、数年前まで名前を聞くだけで魔物が逃げ出すとかいう噂だったらしいじゃないか。」
「あぁ、そうだったな・・・。確か、何とかの魔女っていう通り名があったとか・・・。」
「・・・俺ら、やばいんじゃないかな・・・。主任負けたら・・・。」

何度、このやり取りを続けただろうか。
魔法を避けた相手を、さらに魔法で追撃をする。しかしさらに魔法を避けられてしまう。
何なのだ、この相手―非常にやりづらい。

「ふ・・・ははは!さすが、さすがだよ!氷血の魔女と呼ばれただけのことはある!」
「そんな肩書き・・・っ、いらないっ・・・!」
「謙遜しなくていいのだよ!そらそらッ、捕らえてしまうぞ!!」

次の瞬間だった。
カトリーヌはぴたりと攻勢の手を緩め、だらりと腕を下げてしまう。

「・・・降参のつもりかね?これからだというのに・・・興ざめだよ。」
「・・・貴方こそ・・・攻撃するつもりがないくせに・・・。」

カトリーヌは見逃さなかった、相対している男の、眉が少しだけ動くのを。
そこに見られるのは、如何様な感情か。怒り?動揺?はたまた別の何かか。

「・・・そのとおりだ、私は君を攻撃するつもりがないのだよ、カトリーヌ。」

すると、再び、広場の真ん中へと彼は歩みだした。

「我々は、囚われの身なのだよ。そして我らがおった任務は、そなたを捕まえること。」
「・・・貴方・・・何者・・・?」
「それは捕まえてから、ゆっくりと語ってあげよう。今のこの我らの戦いには関係のないことだ。」
「・・・捕まってあげるわけには・・・いかないの・・・!」

すると、広場を覆って余りある魔方陣がカトリーヌを中心に展開される―。

「これで、おわり・・・!」

杖を振りかざし、地面に突き立てる。
一瞬のうちに光が、魔方陣にそって眩く疾走してゆく。

「おや、これはストームガストかね?」
「・・・そうね、氷血の・・・由来よ・・・!」

なぜだ、彼は魔方陣の中にいるはずなのに。
どうしてそのように、余裕の表情を浮かべていられる―!?
かの敵はその余裕の表情のままで、高らかに声を上げる。
今だ、と―。
その声が響き渡った次の瞬間に、カトリーヌの魔方陣から光が掻き消えていく。

「残念だったね。我らの任務は、ココで終了だ。」

先ほどの余裕にさらに輪をかけた余裕を見せつけ、カトリーヌへと近づいてゆく男。
そうして、うなだれるカトリーヌの肩に手をかけた瞬間だった。
彼の手のひらに焼きゴテのような灼熱がほとばしった。

「残念・・・だったわね・・・!」

ふと上を見上げる、敵を掠めるかのように、一つの巨大な隕石が落下してきていた。
そのまま地面に炸裂し、周りの木々をなぎ倒す。
それを合図に次々と、隕石が雨のように降り注ぐ。
そこにあったのはただ純粋な、力の誇示。常識では考えられぬほどの数の隕石は、その敵を、全てを蹂躙してゆく―!

「っく・・・、戦いながら地面に陣を描いていたのか・・・!」

とても目を開けていられぬほどの熱気に、まるで肺の中まで焼け付きそうな感覚を覚える。
我らが対峙していた氷血の魔女は、とてもじゃないが人間ではない。常軌を逸した、魔法の使い手である。
そう思った瞬間だった。自分の全ての間違いに気づいたのである。

「・・・なるほど、なるほど・・・!甘かったのは我らだったというわけか!常識などという檻の中にいたのでは、化け物には敵わぬはずだ!」

そうして、彼らの全ては全滅、あるいは逃走していった。
カトリーヌがエリュシアの元へとたどり着く頃には、もう既に、焼け野原となった広場がただ、口を開けていただけだった。
かろうじて、隕石は制御できた。エリュシアにはキズ一つないはずだ。
いまだ眠る不肖の弟子の元へと、カトリーヌは走った。

「・・・この症状は・・・強制的に眠らされてるだけね・・・。」

するとぎゅむっとエリュシアの頬を捻った。しかも思いっきり。

「・・・ったぁぁぁぁぁぁ!?痛っ、ちょ、痛いっすよー!」
「・・・やっと起きたか・・・馬鹿弟子・・・っ。」

ぎゅうっと、カトリーヌはエリュシアを抱きしめたのだった。

「ししょー・・・。」
「貴女は・・・いつまでも、手のかかる弟子・・・なんだから・・・!」
「・・・っ、ごめん、なさい・・・。」
「・・・バカ、何で泣くのよ・・・っ。」
「だっ、てっ・・・怖か、った・・ししょー・・・ししょー・・・っ!」

カトリーヌに抱きしめられ、エリュシアは安堵から感情を爆発させた。
涙をぼろぼろと流し、まるで赤ん坊のように泣きじゃくる。
その姿はまるで、あの日のようだった。
しかし、時はそれを許さなかった。
エリュシアを抱きしめるカトリーヌの身体から、一筋の光がこぼれ始めていたのだ。

「・・・っ、ししょ・・・?」
「・・・やっぱり、こうなった・・・。」

子供をあやすように、頭をなでながら、カトリーヌは天を見上げる。

「ししょー、これって・・・。」
「・・・ちょうどいいわ・・・最後の授業・・・。」

これまでに見せたことがないほどの笑顔で、カトリーヌはこう続けた。
自分の許容量をはるかに超える魔力を行使した場合、どうなるか、と。

「え、ししょー、嘘っすよね・・・?嘘って、嘘だって、言ってよぉッ・・・!」
「・・・ごめんね、エリス・・・。」

一際大きく、カトリーヌの身体が輝きだす。
そうして、まず手足の先から・・・存在が消えてゆく。

「ししょー!また・・・、また一人になるのは、イヤっすよ・・・!」
「・・・貴女がウィザードになるのを・・・見たかったかな・・・。」
「いやっ、だめっ・・・行かないで・・・っ!あたし、真面目に勉強する、からっ!」

すでにカトリーヌの手を握ること、かなわない。
抱きしめようと思っても、自分を満たしていた温かさが急速に奪われていく。

「・・・バイバイ、エリス・・・。貴女は、私の最高の弟子・・・。」
「いや、いやぁ・・・!一人にっ・・・しないでぇぇぇぇぇっ!!」

やさしく頭をなで、頬に口付けをし、残った力で抱きしめる。
天へと零れ落ちるように、カトリーヌの光はその輝きを散らしてゆく。
残ったのは、緋色の未熟な魔術師がただ一人・・・。


「えーん、えーん」

どこからか、女の子の泣き声が聞こえます。
どうやら、迷子のようです。
泣き止まないその迷子は、一生懸命に叫びます。
探している「   」の名前を。
しかし、姿現すはずがありません、この世界にいないのだから。

とことことこ。
そこにカトリーヌが通り掛かります。
久しぶりの外出で、香ばしいクッキーの入った袋を、その手に握って。
さぁ食べようと、クッキーを口に運んだその時、ふと気がつきました。
すぐ傍で、泣いている少女に。

姿の見えない「   」を捜し、涙を拭きながらあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
しばらくすると、少女はその場にしゃがみ込んでしまいました。
10分くらい経ってから再び立ち上がった彼女は、もう涙が枯れたのか、
それとも、泣いても「   」は見付からないと悟ったのか、もう泣いてはいませんでした。

そうして日が傾き始めた頃には、少女はその場から動けなくなりました。
もう、叫ぶことも、歩くこともしなくなり、ただ噴水の前に座り込んでいるだけです。
それをずぅっと見ていたカトリーヌは、もう我慢ができませんでした。
クッキーの袋を乱暴にポーチに突っ込み、少女に向かって走り出しました。

カトリーヌは走ります。
その瞳に涙を湛えながら、一歩一歩を確実に。
カトリーヌはなにもかも忘れて、少女を抱きしめました。
口下手な彼女は、少女にかける言葉が見付かりません、だから抱きしめました。
すると、少女は再び涙を流し始めました。
カトリーヌに抱きしめられた、その腕の中で。
するとカトリーヌも声をあげて泣き始めました。

「えーん、えーん」

夕方の噴水広場に、彼女と少女の泣き声が響き渡ります。
二人が泣く理由は違います、けれども二人はしっかりと互いを抱きしめあって、二人一緒に泣いていました・・・。


夢を見ていた。
嘘かまことか、定かではない。
むしろいつのことかもわからない。
ただ脳がリピートした、記憶の断片図。
むくりと身体を起こしたカトリーヌは、自室に立てかけられている、大きな鏡をみる。
するとどうだろう、久しく忘れていた涙が瞳から流れているのを見つけた。
次から次へと溢れて止まらない。壊れたポンプのように、とめどなく。
居たたまれなくなって、自室を飛び出し、研究所の外へ。
すると、とある広場の噴水へと自然に足が向いていた。
そこには一人のハイウィザードがいた。燃えるような緋色の髪の、ハイウィザードが。
その手にはかなり使い古された杖が握られていたのだった―。






あとがき?
勝手に想像して勝手に書きましたごめんなさい。
少しでも楽しんでいただければ、嬉しく思うのです。
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