ある胸の無い少女の元にクリスマスプレゼントが届きました。
 差出人の名前は無く、それはとてもとても大きなプレゼントボックスでした。
 胸の無い少女は少し不審に思いましたが、やっぱり嬉しかったのでうきうきしながら包装リボンを解きました。

 しかし、それは恐ろしい悪夢の始まりだったのです。


「じゃーん、くりすますいぶに くりすますかとりんただいまさんじょうー」

 ばたん、ぎゅうぎゅう、ずぞぞぞぞぞぞぞ
 胸の無い少女は即座にフタを戻すと、リボンを力の限り掛けなおして部屋の外へと押し出そうとします。

「…ファイアピラー」

 灼熱の火柱が紙製の箱をいとも容易く燃え上がらせます。
 いかに歴戦のつわものである胸の無い少女でも、火傷をしてはたまりません。
さっと飛び退って難を逃れました。詠唱を見てから避けるなんて反則です。

「じゃーん、くりすますいぶに くりすまs」
「分かった、分かったからカトリ、余計なことは良いから素直に帰って…」

 胸の無い少女は懇願します。

「…くりすますかとりんただいまさんじょうー。きょういちにちはせしるんののぞみをなんでもかなえてあげますー」

 完全に無視してクリスマスカトリ略してくりとりs……略さないことにします。
とにかくカトリーヌは、いつもと変わらぬ無表情の笑顔を胸の無い少女に振りまいて言いました。

「カトリ…最近壊れすぎじゃない?何か嫌なことでもあったの?」
「さぁ、ねがいをいえ。どんなねがいもみっつまでかなえてやろう」
「…そのまま私の部屋から出て行って。何もしないで。これ以上壊れないで!」

 胸の無い少女は完全に拒否の態勢に入っています。
 それを聞いたカトリーヌは、半分涙目になって瞳をウルウルさせながら両手を拳に握って胸元でイヤイヤします。

「せしるん…そんなコトいっちゃイヤ。そんなコトいわれちゃせしるんのばんごはん全部たべちゃうかもしれないの」

 どうみても脅迫です。いくら胸の無い少女でも、食事を抜かれてはたまりません。
深く深く、諦めの溜息を吐くと、胸の無い少女、せしるんは渋々首を縦に振りました。うなだれたとも言います。


―――
「で、何でもかなえてくれるの?」

 諦めが半分、残りの半分は疑惑の眼差しでカトリーヌを見つめます。

「…うたがっていますね?ならばなんでもできることをしょうめいしてみせましょう!
 てはじめにこのへやだけをなつにしてみせましょう!」
「いや、お願い頼むからそれだけはやめて。どうせ部屋の中にファイアピラーとかファイアウォールとか
 ばら撒くんでしょ」
「ひとつめのねがい、たしかにききとどけた」
「…は?」
「…おねがいたのむからやめてと」
「はいはい、それでいいわもう」

 何ともお約束な展開です。胸の無いしょうj…そろそろ毎度こちらを睨む少女が怖くなってきたので言い直します。
セシルは、この程度で願いが終わるなら別に良いと思いました。
 正直、頼めば突拍子も無い斜め上の方向で願いをかなえてくれるのは目に見えているからです。

「それでは、ふたつめのねがいをいうがいい」
「そんなにポンポン思い浮かばないわよ」

 胸…もといセシルはそうは言ったものの、常に一つだけ気に掛けている事がありました。

「…エレメスって、いつ修練してるのかしら」

 セシルは何度か彼をはりねずみにした事はありました。
しかし、それは総じて彼がおちゃらけている時ばかりで、本気になった時の彼に勝った事は一度もありません。
本当は強いのに、いつもふざけてマーガレッタのお尻を追いかけてばかりいます。
そして時々ハワードの兄貴にとっつかまってアッー!です。
これでは修行や修練、練習どころではありません。なのに強い。理不尽だとセシルは思いました。

「カトリ、お願い」
「くりすますかとりんだ。にどとまちがえるな」

 こちらも似たもので、セシルは意に介せず続けます。

「エレメスが修練しているところを一度だけ見たいの。お願い。」

 カトリーヌは鼻から大きく息をふん!とふきだすと言いました。

「よくわかった!こいするおとめね!かんどうした!」
「違うから」
「よろしい!それではえれめすのへやにしのびこもうではないか!」

 どうやら結局は自力のようです。願い事のはずなのに、現実は非情です。


「で、どうして屋根裏なの?普通修練するなら屋外でしょうに」

 埃まみれになりながら、セシルはぶつぶつ言います。

「こいするおとめのだいいっぽ。ねらったおとこのきがえはみのがすな!」
「だから違うと…」

 反論しようとしたところに、扉を開ける音をさせてエレメスが戻ってきました。
前が見えないぐらい両手いっぱいに紙袋をかかえて、上機嫌で鼻歌など歌っています。

「このにおいは…おおどおりのたいやきやさん!おのれ、ひとりじめするつもりね!
 かみのさばきをうけるがい…むぐ」
「静かにしなさいよ…バレるでしょ!」

 声を殺してセシルはカトリーヌの口を塞いで注意します。
 一方、当のエレメスは気付いたふうも無く、冷蔵庫に買ってきたらしい食材を詰め込み、
セシルたちが潜んでいるこちらの部屋にやってきました。
そして、少し考えるように首をかしげると、突然上着を脱ぎ始めます。

「せしるん、よくみておくのだ。…おー…これはー…」
「…エレメスの奴、結構…」

 無駄のない、引き締まった身体をまるで見せ付けるようにエレメスは上着とズボンを脱ぎ捨てました。
更に靴下を脱いで、下着に手をかけます。

「せ、せしるん…ほらほら…」
「う、うるさいわね…ゴクリ…」

 と、エレメスは手を止めると、着ていた衣服をまとめて、洗濯機の置いてある台所へと歩いていきました。

「えれめすめ、いいからだをしおって、けしからん」
「…ねぇカトリ、どう見てもアタシ達変態なんだけど」
「こまかいことはきにしない。さて、つぎはしゃわーのようだぞ」
「カトリ…最近ちょっとあなたについていけない…」

 いそいそとカトリーヌは天井裏から降り立ちます。
続いてセシルも点検口から這い出しますが、何故か埃まみれなのはセシルだけです。

「せーふてぃーうぉーるのおかげです」
「誰に説明してんのよ」

 エレメスは既にユニットバスへと入ってしまったようで、ザーという水の音が聞こえてきます。
カトリーヌとセシルは足音を忍ばせて、湯気で曇るバスルームの前に辿り着きます。

「せしるん、のぞいて」
「やーよ」
「ほらここ、すきまが…おぉー…えれめす、きょほう」
「きょ…きょ…何よそれ!」
「みないんでしょう?」
「見るわよ!見ればいいんでしょ!」

 カトリーヌに代わってセシルが扉の隙間から覗き込みます。どうみても田代です。
 と、突然玄関の扉がノックされて、返事も待たずに否応も無く開け放たれました。

「エレメス、いるか?良い天津の酒が手に入ったので…な…」
「ぃょーぅエレメス!今夜は飲み明かそうぜ!…って、ありゃー…」

 セシルが風呂場を覗き込んでいて、カトリーヌは…いつのまにか姿を消しています。

「あぁ、お楽しみの所すまないが…セシル、それは犯罪だぞ」
「おいおい、俺のエレメスになんて事してんだよ。俺にも見せろ!」

 頭の中を真っ白にしてあう、あうと声にならない声を発するあわれなセシル。
神は彼女を見捨てたのか!追い討ちをかけるようにエレメスが腰にバスタオルを巻いただけの格好で出てきました。

「おや、セシル殿。先ほどは天井裏に潜んでいたようでござるが…もう少し気配を消せないとバレバレでござるよ」

 どこをどうみても追い討ちをかけられました。
 疑惑と哀れみの視線がセシルに突き刺さります。
いつも矢で相手を突き刺している側のセシルですが、刺されることにはあまり慣れていません。

「人の趣味をとやかく言いたくは無いが、まさか君にこのような趣味があったとは」
「気にするな!俺は何とも思ってないぜ!」
「まさかセシル殿がそれほど拙者に好意を寄せているとは…いや御免。拙者姫一筋なもので」

 ぶちん、と、音がしてセシルの中でひときわ太いものが切れました。

「出でよ!クリスマスカトリ!」

 片手を上げて叫ぶと、ぼんっという音と共に鯛焼きを咥えたカトリーヌが現れます。
奥の部屋に潜んでいて、ファイアウォールを不発させ煙を立ててから走って現れたのは秘密です。

「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃーん、さぁせしるん、ねがいをいえ」

 ふるふるとセシルは震えながら唇を開きます。

「ここにいる、全員の、記憶を消して」


「ねがいはたしかにききとどけた」



 その日、生体研究所3階のエレメスの部屋が、突然クレーターと化した事は言うまでもない。











――おしまい
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送