ぐっと両腕を上に伸ばし、大きく息を吐き出しながら全身の力を抜く。いつもの事ながら戦闘とはまた一味違ったこの程よい疲労が何と
も言えず心地良い。何というか、うまく表現することは出来ないのだけれども、今までずっと生きてきて感じたことが無かった感情が頭の
どこからか湧き出て来るというような感じだろうか。
 今日はいつかハワードが希望していたとある一品だった。そもそもここでは新鮮な食材を手に入れる機会というのが大変に少ない。自分
達が簡単に外へと出ることが出来ないのは勿論の事であるし、わざわざそんなものを持ってきてくれる親切な人が居る筈も無い。
 と、いうわけで中々材料が手に入らずにおあずけをくっていたのだが、つい先日何故か生体研究所に鶏の大群が流れ込んでくるという珍
事が起きたのだった。未だにその理由は良く分からないのだけれども、事実として自分達に捕まえられた雄鶏は朝になるとコケーとが鳴き
、雌鳥は毎朝新鮮な卵を大量に産んでくれている。始めは喜んでた面々だったが、せっかく新鮮な材料があるのだからという理由で自分が
卵料理ばかり作っていたら皆に嫌な顔をされてしまったので数羽の鶏を殺し、それを使って料理をこしらえることにしたのだった。
 
「まあ、こんなものでござるかな」
 うんうんと頷き、下味をつけるために卵を揉み込んである鶏肉を冷蔵庫の中にしまいこむ。それは少しの間寝かせておかないと味がつい
てくれないのでその間に他の料理の準備をする。とは言っても今日のメインはこの料理であるので、それはあくまでもおまけ。ちょっとし
た手間のかからない一品と言った所だろうか。
 エレメスが斜め上を見ながら何にしようかと考えていると、不意に後ろから足音が聞こえて来たので何の気なしにそちらへと振り向く。
以前の自分であればこんなにも無防備な姿を他人に見せる等ということは考えられなかったし、そもそもここまで近づかれていた事に気が
つけない事等無かった筈なのだけれども、最近の自分は緩んでいるというか何というか緊張感が少し足りないのかもしれないな、と内心で
頷く。
 足音で近づいてくるのかが誰であるかは分かるので、あくまでも確認のために目を向けるとそこには思った通りの人物、ハイウィザード
のカトリーヌ=ケイロンが居た。

「おや、カトリーヌ殿でござらんか。お腹でもすいたのでござるか?」
 そのエレメスの問いに何も答えずにカトリーヌはゆっくりと歩いてくるとエレメスの目の前で立ち止まった。
「申し訳ないのでござるが、まだ料理は完成していないのでござるよ。後半刻ぐらいで完成すると思うでござるが」
 エレメスが軽く笑いかけるが、カトリーヌからは何の反応も無い。どうしたのだろうとエレメスが首を傾げると、カトリーヌがぼそりと
小さく呟いた。
「……エレメス」
「なんでござるか……って!?」
 ぎゅっ、とカトリーヌがエレメスの体に前から抱きつき、服に頬を押し付ける。
「な、何をするでござるかカトリーヌ殿!?」
「ん………」
 自分の反応などお構い無しにカトリーヌはその姿勢のまま間動こうとはしなかった。その間、エレメスはというと一体どう反応すればい
いのかさっぱり分からずにカチンコチンとまるでフロストダイバーで固められた様に硬直したままだった。
「いい、匂い」
 カトリーヌが軽く頷くのにあわせてさらさらとした髪の毛が自分のの腕に当たり、気恥ずかしい様なこそばゆい様な感情が湧き出て動き
出したくなるのを必死に抑える。
「ちょ、カトリーヌ殿。一体何を」
「今日は………唐揚げ?」
「ああ、そういうことでござるか……」
 そういいながら軽く息を吐く。それはため息なのか安堵なのかエレメス自身にも良く分からなかった。
「確かにそうでござるよ。それにしてもよく分かったでござるなぁ」
「……私を、馬鹿にしてる?」
 服から顔を離し、カトリーヌはエレメスの瞳をじっと見つめる。女性として平均的な身長を持つカトリーヌが男性としても高い部類に入
るのであろうエレメスを見るとなると必然的にそれは見上げる様な形となってしまう。二人の距離が零に等しい今は尚のことだった。
「そんな目で見ないで欲しいでござるよ。別に馬鹿にしているわけではござらん」
「やっぱり馬鹿にしてる……」
「すねないで欲しいでござるよ。まあ、確かに感心したのは本当でござるが」
「……ほんと?」
「何で分かったでござるか? 生姜の匂いでもしたのでござるか?まだ揚げても居ないのにばれるとは思わなかったでござるよ」
 その問いにカトリーヌは小さく首を振ることで答えた。
「ちがうのでござるか。では一体……?」
「それは、秘密……。あ、わらっちゃ、いや」
 いつの間にか口元に浮かんでいた笑みをエレメスは慌てて隠す。
「だから、別に馬鹿にしているわけでは無いでござるよ。何となく微笑ましかったんでござるよ」
「……どこ?」
「いや、どの辺りと聞かれても困るんでござるが」
「……そう」
「そうでござるよ。もうすぐ完成させるからカトリーヌ殿は皆を集めておいて貰いたいでござるよ。せっかくだから揚げたてを皆に食べて
欲しいでござるからな」
「ん……わかった」
 その言葉にこくりとカトリーヌは頷くと、エレメスの後ろで組んでいた手をゆっくりと解いた。
「もういきなり抱きついたりしないで欲しいでござるよ。あんな姿を誰かに見られたらマーガレッタ殿に拙者が殺されてしまうかもしれな
いでござる」
 エレメスの言った事を理解しているのか居ないのか。カトリーヌはエレメスの言葉に微かに首を傾げただけだった。
「………エレメス」
「なんでござるか?」
「ん……なんでもないよ」
「そうでござるか。では、また後でお会いするでござるよ」
「わかった……また」

 くるりと後ろを向きながら去ってゆくカトリーヌの後姿を見ながら、エレメスは彼女は一体何をしに来たのだろうと首を傾げていたが、
時計を見て慌てて料理を再開したのだった。




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送