「姫っ!!!www拙者、もう辛抱たまらんでござるっっ!!!www」
「あらあら♪(LD速度減少LAHLLAHLLAHL・・・)」

ルパンダイブで飛び込んできたエレメスを、マガレが容赦なく打ち落とす。

「(うはwwwいつもながら酷いでござるwww」
「ハワード、よろしかったらどうぞ」
「・・・おほっ!!うれしいこと言ってくれるじゃないの!!」


・・・アッ-!!


「あーあ、またやってるよ」
「エレメスさんも懲りないなぁ・・・」

そう、これはいつもの出来事。

いつもであれば、ただの笑い話で済むはずの事だったのに・・・



その日の深夜、巡回が終わるのを待って。たった一人で、マーガレッタ=ソリンの部屋にやってきた。
彼女の普段の言動、女の子達の間で、まことしやかにささやかれる噂が、今になって脳裏をよぎる。

それが何を意味するのか、己にどんな危険が降りかかってくるのか・・・わからない年でも無かったが、
今は、自分の身がどうなろうとも、確かめておかなければ気がすまない事がある。

いつでも逃げられるように、蝶の羽は持ってきた。腰にあるのは、目潰し用の砂袋。
私達は、誇り高い騎士ではない。
少しでも不利と見れば、即座に逃げてしまえばいい。

死なずにいれば、いつか必ず、次のチャンスがやってくる・・・というのは、この場合少し大げさかもしれないが。

逃げてもいい、隠れてもいい・・・目的を果たすためならば、どんな手でも惜しみなく使う。
それが、兄の教え・・・私達、盗賊を生業とする者にとっては、身に染み付くまで親しんだ、生活の知恵。

もう一度、懐中の蝶の羽を確認して、思わずほっと息をつく。

のどはカラカラ、動悸も早い。掌といわず背といわず、体中が嫌な汗でべとべとする。

でも大丈夫・・・これがあれば逃げられる。
その確信をくれるのは、兄に貰った幸運の剣、その柄をぐっと握り締めると、不思議と心が落ち着いた。


意を決して扉を叩くと、深夜にも関わらず、直ぐに返事が返ってきた。


「こんな夜更けに・・・何かあったの?・・・」
ネグリジェにカーディガンを引っ掛けただけのマーガレッタに、ぺこりと頭を下げる。

「夜遅くにすみません、どうしても聞いておきたい事があって・・・」

すると、マーガレッタは、ふわりと慈母のような笑みを浮かべて、大きく扉を開いた。
「あらあら、それは丁度良かったわ・・・私も、なんだか眠れなくて、誰かとお話がしたかった所なの・・・
 さ、どうぞ中へ・・・」

非常識な時間の訪問にも関わらず、マーガレッタは、不快な感情の欠片も見せない。
まるで、聖職者みたいじゃない・・・というのは、本職に対して、あまりにも失礼な感想かもしれないが。

昼間の凄みが、夜の闇に溶けてしまったかのような、優しい笑み。
それが演技なのか、本心なのか・・・今のトリスには、そんな事すらも、窺い知る事ができない。

「それで、私に聞いておきたいことって、何かしら?」

ただにこにこと・・・とまどうトリスを元気付けるように、優しく優しく。

マーガレッタが淹れてくれた、必要以上に甘いココアをすすりながら、萎えそうな自分の心に活を入れる。

いいでしょう、その分厚いツラの皮・・・あたしがひっぺがしてあげるわよ・・・


「マーガレッタさんは・・・うちの兄貴の事、どう思ってるんですか?」

ずばり、単刀直入に切り出した。
相手は海千山千のハイプリースト・・・長引いたら、いいように丸めこまれてしまうに決まっている。

「あらあら、可愛らしい・・・やきもち?」
むかっときた。

「ちゃんと答えて下さい・・・いつもいつも、そうやってはぐらかして・・・そういうの、見てていらいらするんです」

長い沈黙の後で、マーガレッタの顔から、微笑が消えた。

「そう・・・貴方も、エレメスの事が好きなのね・・・」

トリスは何も答えない。ただ、歯を食いしばって、真っ直ぐにマーガレッタの目を見詰める。
その、強い視線に、気圧されてしまったとでも言うように。


「悪い事は言わないわ・・・別の人を探しなさい・・・」
先に視線を逸らしたのは、以外にも、マーガレッタの方だった。
だが、トリスは容赦なく切り込んだ。

「・・・それは、『彼には私が居るから、諦めなさい』って言う意味ですか?」


すると、マーガレッタ頬を、一筋の涙が伝って落ちた。

「・・・・・・・・・・・・・・・違うわ・・・そうじゃ、ない・・・」

「え・・・?」
けんか腰だったトリスが、思わず面食らう程・・・堰を切ったように、後から後から、涙は零れ落ちていく。

弱々しく震える肩は、思っていたよりも、ずっとずっと細い。
思わず守ってあげたくなるような・・・それまで目にした事も無い、儚げな生き物が、そこに居た。

・・・これが、本当にあの、マーガレッタ=ソリンなのだろうか?

ふてぶてしくて、腹黒で、その気も無いのに、男も女も手玉に取って玩ぶ・・・
トリスの抱いていた印象では、そんな『最悪の女』の中でも、筆頭に位置する人物だったはずなのに。

手を触れたら、壊れてしまいそうで・・・思わず伸びた手を、どうする事もできないまま、ただ、時だけが過ぎた。

「・・・ごめんなさい、見苦しい所を見せてしまったわね」
永遠とも思えるような五分間が過ぎて・・・ようやく、マーガレッタが落ち着きを取り戻した。

「いえ・・・あの、これ・・・良かったら・・・」
トリスがハンカチを差し出すと、マーガレッタは小さく「ありがとう」とつぶやいて受け取り、目頭を押さえた。
涙は、まだ乾いてはいない・・・トリスの心が、ちくちくと痛んだ。

それでも・・・聞かずには居られない。

「・・・説明、してもらえますか?」

沈黙・・・また、沈黙だ。
焦れたトリスが、更にもう一歩踏み込んだ。

「さっき、マガレさんは、『貴方も』って言いましたよね?・・・それってもしかして・・・」

マーガレッタは、観念したように、深いため息をつくと、搾り出すようにして・・・でも、はっきりと口にした。

「・・・ええ、確かに私は、エレメスを愛している・・・心から、愛しているわ・・・」


夢見るように・・・でも、酷く哀しそうに。告白を終えたマーガレッタは、何度も、深いため息をついた。


「それじゃ、なんであんなつれない仕草をするんですか?」
いかにも、承服しかねる、といったトリスの問いに、マーガレッタは泣き笑いのような顔を見せた。

「だって・・・彼は、私を愛していないもの・・・それなのに、あんな態度を取られて・・・黙っていろと?」

「・・・え?」
余りにも予想外の言葉に、トリスはわが耳を疑った。

兄貴が、マーガレッタを愛していない・・・?


「彼は、誰も愛さない・・・いいえ、愛する事ができないの・・・その事を、自分でも良く分かっているから、
 私を相手に選んだのよ・・・セシルでも、カトリでも・・・貴方でも無く・・・私を、ね・・・」

「ど・・・どういう意味ですか?」

思わず聞き返したトリスの問いを無視して、マーガレッタが逆に問いを返す。
「・・・貴方、ハイドしている時に、エレメスに見つかった事は無いかしら?」

突然、妙な事を聞かれて、少し面食らってしまった。

「そりゃあ何度もありますよ・・・見つかる度に、未熟者って言われて、悔しいですけど・・・兄貴は一流の暗殺者で、
私よりも修練も経験も多く積んでるんだから、仕方ないじゃないですか・・・それがなんだって言うんです?」

「もう一つだけ聞くわ・・・トリス・・・貴方、エレメスが眠っている姿を、見た事があるかしら?」

「そんなの当たり前じゃ・・・」

言いかけて、ふと気付く。
無い・・・無いのだ・・・兄が眠っている姿を見た事が・・・全くと言っていいほど、記憶の中に残っていない・・・

その事実に、愕然とした。

「無いでしょう?・・・あるはずが無いわ・・・だって、彼は『眠らない』のだから・・・」
マーガレッタが、静かに声を上げて笑う・・・泣きながら、悲しそうに・・・笑う、笑う、笑う。

その言葉には嘘が無いと・・・直感が告げていた。
心臓が、気持ち悪い程に跳ねる。からからに渇いた喉に、温くなったココアを無理やり流し込んだ。

「まさか、眠らないなんて・・・そんな事、あるわけがないじゃないですか・・・いくらうちの兄貴でも・・・」


「そうね・・・眠らないなんて、そんな事あるわけが無いわよね・・・彼が、『本当に人間ならば』」

ハイディングを見破り、眠る事すらなく、夜の闇に潜む・・・それではまるで・・・

「ハイドを見破る事が出来たのは、彼が『人間では無い』からよ・・・貴方も、本当は気付いているのでしょう?」

「それって・・・まさか・・・」
その単語を口に出したら、兄が遠い所に行ってしまうような気がした。

「安心して、彼はまだ完全に、『悪魔』になったわけじゃない・・・でも、それに近いものには、なりつつあるの」
まるで、自分自身に言い聞かせるようにして、ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。

いま彼女は、なんと言った?・・・兄貴が、悪魔・・・?
私が、言えなかった言葉、どうしても言えなかった言葉。

嘘だ、そんなの嘘だ・・・認められない、認めたくない・・・

「はは・・・そんな、バカな事が、あるわけないじゃないですか・・・うちの兄貴が、悪魔になる、なんて・・・」
願いを込めて、マーガレッタの顔を見る・・・彼女は、ゆっくりと首を横に振った。

「他の皆の目は欺けても、私の目はごまかせないわ・・・人に混じった悪魔を探し出す・・・私達は、そういう訓練も
受けているの・・・だから、わかるの・・・近くに居ると、悲しいくらいに・・・彼の変化がわかってしまう・・・」

トリスの顔から、音を立てて血の気が引いた。

信じられない、信じたくない・・・そんな思いが、手にとるようにわかるから・・・

マーガレッタは、己の両肩を強く抱きしめて、決してトリスの方を見ない。

・・・否、見る事が『できない』のかもしれない。

「我々聖職者は、悪魔を決して受け入れない・・・例えそれが、どんなに愛しい存在であっても・・・だから彼は、
私を選んだ・・・受け入れられる事は無いと、わかっていたから・・・・・・本当、酷い話・・・」

「マーガレッタさん・・・」

私は、なんてバカだったんだろう。
安っぽい正義感で・・・幼稚な嫉妬心なんかで・・・なんて酷い事を、聞いてしまったんだろう・・・
悪いのは兄貴で、この人は、ただの被害者だったのに・・・こんなに優しい人だったのに・・・

マーガレッタは、もはやトリスを見ていない・・・彼女が見ているのは、あの黒い大きな背中だけ。

その背中は、近くにあっても遠すぎて・・・手を伸ばしても、決して届く事は無い・・・

この人は、それがわかっていて・・・それなのに、まだ・・・


強い後悔が、トリスの心を締め付ける。


応える者の無いままに、マーガレッタの独白は続いた。

「彼は、力を求めた・・・自分の身がどうなろうとも、他の皆は助けようと、私達だけは守ろうと・・・そんな
安っぽい理由にね、あっさり命をかけたのよ・・・後に残される者が、それをどんな風に思うかなんて、きっと
考えもしなかったんでしょう・・・『俺の命だけで済むなら安いもんだ』なんて、格好つけながら・・・そのくせ、
必死になって隠すのよ・・・すぐばれるような嘘までついて・・・気を使わせたくない、悲しませたくないってね
・・・本当に、何にもわかっていないのよ・・・男って生き物は、どうしてこんなに馬鹿なのかしらね?」

それに惚れた私も、相当の馬鹿だけどね・・・そう付け加えて、マーガレッタが、寂しそうに笑う。
トリスは、言うべき言葉が見つからなくて、ただ下を向いていた。

重い・・・余りにも重い沈黙が、二人の間に長々と横たわっていた。


「もし、兄貴が・・・心の底まで、悪魔に染まったとしたら・・・貴方はどうするつもりですか?」
淡々と、トリスが問い掛ける。
マーガレッタの目が、正面からトリスの目を見た。

悲しい目だ・・・だけど、強い意思がある。

図らずも、二人、同じ感想を抱いた。

「もしも、彼が、最後の一欠片まで、人の心を無くし・・・私達に害を為すだけの存在に成り果てたその時は・・・」
「・・・その時は?」

マーガレッタの顔から、表情が消えた。
「殺します・・・血の一滴も、この地上に残しはしない・・・でもそれは、私が聖職者だからじゃない・・・」

その時見せた威厳と凄み・・・そして、余りにも凄絶な美しさに・・・小さく、トリスの喉が鳴る。

「私は彼を愛しているわ・・・だから、私が彼を殺すの・・・聖職者じゃない、『私』が殺すの・・・例え彼が、
私を愛していなくても、彼に選ばれたのは私だもの・・・他の誰にも渡しはしない・・・いつか必ず、私が、彼を・・・」

うつむいたマーガレッタの横顔に、相反する、強さと儚さ・・・優しさと激しさが入り混じる。

それは、並ぶ物の無い美しさ。

あえて何かに例えるならば・・・何もかもを焼き尽くすような、照りつける砂漠の太陽。
その只中にあってなお、決して解けない雪の花・・・

沈黙の中に、想いが染みて・・・切なく、哀しく、胸の奥を締め付ける。
改めて思う・・・なんて酷い事を聞いてしまったのだろう。

同じ一人の女として、同じ一人の男を愛した・・・だから、痛いほどに良く分かる。
彼女の愛は本物だ・・・そしてそれは、自分の持っている物よりも、ずっとずっと気高く、強い。

悔しいけれど、認めざるを得ない・・・だって私は、妹だもの・・・妹にしか、なれないもの。

でも、だからって・・・彼女一人に、背負わせたりしない。


兄からもらったフォーチュン・ソードで、指先に軽く傷をつける。

「トリス!あなた、一体何を・・・」

ヒールを唱えようとするマーガレッタを手で制して。トリスは、流れ出た血を、自分のココアに注ぎ入れた。

「マーガレッタさん、私達・・・家族になりませんか?」

言い置いて、そのココアを、静かにマーガレッタの前に置く。

「・・・え?」

目的を果たすためならば、どんな手だって使っていい。兄が自分でそう言った。
そして、そのとおりにした・・・でも、私にはそれが許せない。

だから、兄が教えた方法で、真っ向から兄を否定する。
そんな悲しい決断は、絶対に、否定してみせる。

「私達シーフは、本当の家族を持たない者がほとんどで・・・力の無い者達は、なんとか生きていく為に、こうやって、
互いの血を交換して、家族の契りを結びます・・・苦難も喜びも分かち合って、共に生きる事を誓うんです・・・
そうして結びついた『家族』は、本物の家族にだって負けません」

私はこの人には敵わない・・・兄は、この人の物だ・・・兄が、選んだ人なのだから。
でも、か弱い女の身の上で、一人きりで耐えるには、この難題は辛すぎる。
手伝いくらいなら・・・ちょっと支えるくらいなら・・・私が手を貸したって、構わないはずだ。

私の愛は小さいけれど・・・それでも、真実なのだから。
想いは同じ、はずだから。

「・・・苦難も喜びも分かち合って、共に生きる為の、誓いの儀式・・・」

呆然と繰り返した後で、マーガレッタは、微笑を浮かべながら、フォーチュン・ソードにそっと指先を這わせた。
そうして、玉のように盛り上がった血を、トリスが先程したように、自分のココアに注ぎ入れ、差し出した。

交換したココアを、二人揃って、ぐっと一息で飲み干す。

冷めきったココアは、微かに涙の味がした。

無言のままでカップを置いた・・・『姉妹』の視線が、絡み合う。
互いの目に映る姿は、奇妙なほどに、良く似通っていた。

「いつか、兄貴を殺さねばならないなら・・・『義姉さん』一人に、やらせはしない・・・その時は、私も一緒です」
照れ臭そうに、でも真剣に・・・トリスがその約束の言葉を口にする。

想いが溶けて交じり合う。

あの男は『私達』の物だ・・・他の誰にも、渡したりはしない・・・例えそれが、彼自身の望みでも。
黙って死ぬ事など、誰が許してやるものか・・・『私達』を捨てていく事など、絶対に、絶対に・・・

「でも、その前に・・・あの、自分勝手な馬鹿兄貴が、本当に馬鹿な事をしでかしたって事・・・
存分に、思い知らせてやりましょうね・・・どんな手を使っても、絶対に、後悔させてやるんだから・・・」

そう言って、トリスが無理に笑顔を作ってみせた。
マーガレッタも、にっこり笑う。

そうやって、笑う端から・・・止め処なく、涙がこぼれて落ちていく。

「・・・ありがとう・・・トリス・・・」

流れる涙は、もう止めようも無く・・・後から後からあふれ続けた。


そうして、一緒に泣きながら、暖かなココアを淹れ直す。
『酷い男』の悪口を肴に、更にココアをもう一杯。

まるで、昔からそうしていたかのように、並んでベッドに横になって。
暗闇の中で話すのは、取り留めの無い事ばかり。

いつしか、眠りに落ちた時・・・二人の手は、お互いを支えあうかのように、強く絡み合っていた。
まるで、本当の姉妹のように、昔から、ずっとそうしてきたように・・・ただ強く、ただ強く・・・




そんな涙の宴に幕が下り、すっかり静かになった室内に、闇の中から忽然と湧き出してくる黒い影。
影は、ベッドの横まで音も無く忍び寄ると、二人の涙をそっと拭い、はだけた布団をかけなおした。
そのまま、二人の寝顔をしばし眺めて。

「・・・すまん」

ぽつりと漏れた悲しげな囁きは、誰の耳にも届かずに。
その謎の影の姿と共に、夜明け前の闇の中へと、吸い込まれていった・・・



>>>悪魔化妄想。



「力が欲しい・・・せめて、皆を守れるだけの力が!!!」

ただ、それだけを願う、二人の男。

その心の隙間に、悪魔が、たくみに滑り込む・・・

「そなたらの力量は、既に尋常の人を越えた所にある・・・我ら魔族の中においても、一角の物ぞ?・・・
それでもまだ、力を欲するというのか・・・そこから先は、人の身では適わぬ領域・・・命がけになるのだぞ?」

「騎士とは、弱き者の盾・・・俺の命一つで皆が守れるのなら、安い物だ」
「目的のためには手段を選ばない。例えそれが、己の死であったとしても・・・それが俺の全てだ、今更何を恐れる?」

「良かろう、そこまで言うのならば・・・更なる力を授けよう・・・だが、忘れるな・・・我ら魔族は、
施す事は決してない・・・願いには代償が必要だ・・・我はそなた達の、『大切な物』をいただいていくぞ・・・」

山羊の顔を持つ巨大な影、その血のように赤い目が、ぬらぬらと怪しい輝きを放つ・・・魔王が、手にした鎌で、
鋭く大地を打つと、地の底から、闇の色を纏った暗い霧が噴出した。

霧は、瞬く間に二人の男・・・騎士と暗殺者を絡めとり、覆い隠していく・・・

夜の闇をも見通す暗殺者、その中でも超一流と呼ばれた男の目をもってしても見通せない、暗い暗い霧の中。
視界を黒一色に塗りつぶされた二人の脳裏に、割れ鐘のような声が木霊した。

「我が奪いし代償は『心』・・・人の持つべき心の一つ・・・」

二人を取り囲んでいた霧が、急速に動きを早め、ぎりぎりと体に巻きつき、締め上げる。

「なんだこれは・・・この、激しいプレッシャーは・・・」
「・・・この霧が、俺達の心を吸い取るとでも言うのか・・・?」

「安心するが良い、我は神より慈悲深い・・・全てを捧げよ等とは言わん・・・頂くのは、ただ一つだけ・・・」

霧が、ずぶりと体に突き刺さる。

何者にも屈しなかった強靭な膝が、あまりにもあっけなく、地に落ちる。
何者も恐れなかった男の口から、純然たる恐怖の叫びが迸る。

痛みは無い・・・ただ、『何か』が体の中から急激に抜け落ちていくのを感じる。
その、途方も無い喪失感が、二人の男を、歴戦の勇士を・・・完膚なきまでに打ちのめしていた。


ぐああああああああああ!!!!!!!?・・・・・・・・・・・・・・・・・


永遠とも思える時間が過ぎ、絶叫がようやく途切れた・・・そこには既に、山羊の頭を持つ、魔王の姿は無い。

「・・・心弱き者達よ・・・我ら魔族は、そなた達を歓迎する・・・」

顔を上げる事すら出来ない二人の耳に、楽しげなその声だけが、いつまでも響いていた・・・




その翌日から・・・二人は、今までとは別人のようになってしまった。

まるで、『人としての大切な何か』を、どこかに置き忘れてきてしまったかのように・・・

そして・・・今日もまた。圧倒的な力で、研究所を訪れる者たちに、絶対の恐怖を振りまき続けているという・・・






「・・・の、ノビタンハァハァ!!」

「うはwwwもう拙者には姫しか見えないでござるwww」



件の魔王は、そんな彼らの様子を伝え聞いて・・・

「ん?・・・間違ったかな・・・?」

と、首をかしげていたそうな・・・


おしまい。
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