お腹が空いたと言ってトボトボと台所へ向かった食欲魔人を見送り、セシルは作業を進める。
 大方、ラウレル辺りが厨房に拉致されるのだろう。

 黙々と手を進めるうちに、なんだか無性にトイレに行きたくなってきた。
 落ち着かない状態で作業を続けても仕方が無いので、編みかけのマフラーを置いて立ち上がろうとするが、思いとどまる。
 このままこれを置いて行っても良いものか。
 流石に、トイレに持ち込んで編み続けるわけにはいくまいし、かといって放置していたら誰の目に触れるとも限らない。
 あの腐れ聖職者(マーガレッタ)に見つかる可能性が、無いとは言い切れないのだ。
 トイレに行くだけの短い時間だが、侮れない。ヤツに限って、常に最悪の場合を想定せねばならないのだ。

 散々悩んだ挙句、そろそろ我慢が効かなくなってきたので、セシルはとりあえずクローゼットの中に隠して便所へ走ることにした。
 大丈夫。大丈夫。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて。


【しばらくお待ちください】


 スッキリして戻ってくると、部屋には誰もいないようだった。
 ひとまずは安心である。ドアを閉めて、クローゼットへ向かう。
 そこを開けて、彼女はマフラーを取り出す前に閉めた。閉めざるを得なかった。

 どうして? 何故? 何の因果で?
 信じられない光景を封じ込め、再びクローゼットに手をかける。
 きっと幻覚。少し疲れてるだけ。だからきっと大丈夫。次開ければ、何ともないクローゼットのはずなんだから。

 だが、現実は甘くない。

「……嫌な夢を見てる気分」

 クローゼットの中にあるのは、最近押入れから出しておいた冬用の服達である。
 それと編みかけのマフラー以外は何も入っていないはずなのだが、これはどういうことなのか。

「OK姉者。今日も良い月が出ているな」
「ええ、ムカつくくらい曇ってるけどね」

 毎度毎度、突飛な行動をする弟だとは思っていた。
 だが、用を足す僅かな時間の間に、姉の部屋のクローゼットに潜り込むなど、正に予想外。
 運良くマフラーをスルーしてくれれば良かったのだが、やはりそうは問屋が卸さない。

「なるほど、器用なはずの姉者が不細工な形でマフラーを編むと……。うむ、姉者も萌えの原則を理解し始めたようだn」

 いつものようにわけのわからないことをつぶやき始める弟の首根っこを引っつかんで、とりあえず床に押さえつける。
 立てかけておいた愛用アーバレストを持ち、至近距離で突きつけた。

「OKOK姉者マテ! 時に落ち着けって!」
「……他言は、無用よ」
「OK。俺も乙女の秘め事を明かすほど無粋な真似はしないさ」

 本当にそうだろうか。疑わしい部分はまだまだ拭いきれないが、カヴァクは妙なところで義理堅いところもある。
 とりあえずは信じておくかと、その腕を放したとき、凄まじい怒号が響いてきた。

「カヴァアアアアアク!! 俺のプリンを返しやがれえええええええ!!」

 怒りに打ち震えた赤い髪の魔術師が、バックに燃え盛る炎を背負って現れた。
 なるほど、そういうことか。カヴァクがクローゼットの中に入っていた理由がようやく理解できた。
 要するに、逃げていたのだ。姉ほどの食欲魔人ではないとは言え、あのラウレルから大好物(プリン)を奪ったのだから、仕方があるまい。
 『食べ物の恨みは怖い』を絵に描いたような姉弟だ。

「おお、ラウレル。たった今、姉者の意外な一面を……」

 とりあえず、全然義理堅くない弟にアーバレストを向け、SATSUGAI(パァンブッシュゥ!!)しておく。

「じゃ、これ借りて行きますね」
「借りると言わず、永久にお持ち帰りして良いわよ」

 すっかりノビたカヴァクを引き摺って出て行くラウレルを見送り、セシルは再び作業を続けた。


―――――――――――――――――――◆―――――――――――――――――――



「……で」

 そろそろ、セシルもうんざりしていた。
 編む作業自体は着々と進んでいくから問題ないのだが、どうも来客(ハプニング)が多すぎる。

「なんであんたがいるのよ」
「最近、セシル殿の様子がおかしいと思って見に来たのでござるが、そういうことでござったか」

 無駄に時代がかった口調の癖に、忍者ではなく暗殺者な男。
 普段はヘラヘラしているものの、伊達に暗殺者としての修行は積んでいないらしい。気配の消し方が上手すぎる。
 その技術が暗殺以外の事柄に使われるのだからタチが悪い。
 隠密行動と言えば聞こえは良いが、女の子の部屋に無断で侵入するなど変態以外の何者でもない。
 今回も、気がつかないうちに部屋に入り込んでいた。
 カトリーヌやカヴァクが来た時点では編むのに夢中になっていたが、そろそろ二度あることは三度あると警戒してはいたのだ。
 どうやら、カヴァクがラウレルに持っていかれた時点で既に入り込んでいたらしい。
 どこまでも抜け目のない男だ。

「そういうことって、何よ」
「いやいや、何も言わずともわかるでござるよ。その襟巻き(まふらぁ)贈り物(ぷれぜんと)でござろう?」
「べ、別にそんなんじゃ……。ちょっとだけあいつに借りがあるだけなんだから」

 どうしてここの連中は、手編みのマフラーを一瞬にしてプレゼントという単語に変換できるのだろうか。
 セシルは、マーガレッタと本人にさえバレなければもうどうでも良くなっていた。

「うんうん。立派な贈り物でござる。となると、空のぷれぜんとぼっくすが必要でござるな」
「そっ、そんなものいらないわよ。ただ渡せば済むことでしょ」

 そういえば、このエレメスという男は相当なお節介焼きでもあった。
 炊事洗濯掃除など家事全般がこなせて、しかもここまで気が回るのだから、きっと良い主夫になるだろう。
 それを言うととある男が興奮(はつじょう)して寄ってくるのだが。

「いやいや、これは古来よりこの大陸(みっどがるず)に続く伝統であるが故に……」
「大陸離れした口調のあんたが言っても説得力ないわよ」
「東方でもこれは同じでござる。贈り物はさぷらいずが大事なんでござるよ。
 包装を解いて箱を開けるあの瞬間! 未知への探求を彷彿とさせるあの感覚がたまらんのでござる」

 アドバイスしてくれるのは良いが、妙に真剣である。
 それだけ、いざとなったときは頼れるのかもしれないが、普段は鬱陶しくて仕方が無い。

「ま、まぁそこまで言うんなら、箱の一つくらいは用意するわよ」
「うむ。拙者は包装紙を用意いたそう」
「え、ちょ、今から!?」

 そんなわけで、セシル達はアルマイヤから安く箱と包装紙を買ってしまったのだった。
 善は急げ、とは言うものの、まだ半分くらいしか編みあがっていない状態ではいささか気が早すぎるのではなかろうか。
 いい加減、問答を繰り返すのが疲れてきたセシルは、面倒な作業が省けたとプラス思考で行くことにした。

「しかしセシル殿、今日は妙に素直でござるな」
「何よ。普段の私が素直じゃないとでも言うつもり?」
「ああいや、そういうわけでは……なくもないというか」

 お節介な上に、一言余計なのもこの男の特徴であって……。

「ハワード! エレメスが大変よ!!」
「ちょ、なんてことっ……」

 そして、処理が簡単なのもエレメスの特徴だった。

「エレメェエエエエエエス!!」
「わー! やめてっ、やめっそこだけはっ! アッー!!」

 今夜も彼らは熱い夜を過ごしていることだろう。
 毎度のことながら、暑苦しい連中だ。

 このペースで行けば、明日の夜には編みあがりそうだ。
 長くなってきたマフラーに満足して、セシルはベッドにもぐりこんだ。

―――――――――――――――――――◆―――――――――――――――――――


「出来たっ!」

 紆余曲折を経て、ようやく完成したマフラーを掲げる。
 コツを掴むまで時間がかかって、少し不恰好になってしまったが、
 エレメスも「少しくらい不恰好なのがちょうど良いのでござるよ」と言っていたことだ。問題はあるまい。

 今日は運良く来訪者も無く、作業は順調に進んだ。
 常に予想外の行動を取るカヴァクは、バンドの練習とやらでいなかった。
 一番心配だったマーガレッタも、どうやらカトリーヌが囮になってくれたらしい。
 「か、かかかかかカトリーヌちゃあああん!」などと暴走する様子が、音声だけで鮮明に伝わってきたのだ。
 カトリーヌにはそのうちバケツプリンを奢ってやらねばなるまい。

 そういえば、肝心のセイレンはどうしていたのか。ここのところ、食事の時以外顔をあわせていない。
 例の風邪の件以来、突っかかってくることも少なくなった。お陰で静かに食事が取れるのだが、妙に落ち着かない。
 ノービスでも追っかけているのだろうと思ったが、外出している様子はない。
 部屋の中でいったい何を……? まさか、室内で剣を振り回しているなんてことはないだろう。

 折りたたんで箱に入れて、包装紙をかける。
 これを渡すのだ。あいつはどんな反応を示すだろう。
 そもそも、素直に受け取ってはくれるのだろうか。
 「貧乳の編んだマフラーなんていらねーよ」と突き返されないだろうか。

 そう考えると、少しだけ胸がチクッとした。
 大丈夫。箱に入ってるんだから、このまま突きつければいいじゃないか。
 普段ならそうやって割り切れるはずなのに、今はそれが出来ない。

 気がつくと、目の前には綺麗に包装されたプレゼントボックスがあった。
 ボーっとしていたらしい。無意識のうちに包装作業を終えていたということか。

(あれ……?)

 今、何を考えていた? そうだ。この箱の中身を渡すときのことだ。
 そういえばどうしてこんなに真剣なんだろうか。これじゃあまるで……
 ブンブンと頭を振って妙な考えを振り払う。それ以上考えたらダメだ。
 そう、これはただの礼。別に特別な意味なんか、ない。

 じゃあどうしてこんな手の込んだ包装を……?
 いやいやいや、これは古来より大陸に続く伝統なんだ。そうエレメスが言ってたじゃないか。
 うん、だから、そんな特別な意味なんか、ない。

 さっきから何だか、暑い。頬を冷やそうと手で押さえるが、手も熱い。
 激しい運動をしたわけでもないのに、何故だか動悸がする。

「風邪、ぶり返しちゃったかな……」

 明日の朝一番で、これを渡そう。
 朝なら、あいつは一人で剣の稽古とやらに勤しんでいるはずだ。
 そうだ、明日になったらさっさと渡してしまおう。
 そうすれば、こんなに変なことを考えなくて済むようになる。

 明かりを消してベッドに入っても、動悸が止まらない。
 寝るんだと思って強く目を閉じても、瞼の裏側にうっすらと誰かが映る。

(何よ、これじゃまるで……)

 考えかけて、また頭を振って寝ようとする。
 数分おきに頭をもたげるその思考を振り払い続けてセシルが眠りに就くまでには、軽く小一時間を要した。

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編みこむ心、とりあえず続きうp
なんだかセシルの頭の中が大変なことになってますね。

セシルとカトリとセイレンだけじゃ寂しいので、脇キャラ達にも出演していただきました。
エレメスの退場方法がこのパターン以外なくなってきてるのが不思議。スレの魔力ってヤツですか?

続きを読むには、セシルが無事にセイレンに渡せるように祈りつつ、『貧乳万歳!』と3回唱えてください。
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