最近、やたらと寒くなった。冷たい風が入り込んでくる窓を閉める。
 毎晩、換気のために数分は開けておくのだが、この間のように風邪を引いては敵わない。
 ましてや、またセイレンに看病なんかされたらと思うと、頭が沸騰しそうになった。

 とりあえず首をブンブン振って雑念を振り払う。
 今は目先の作業に集中すべきだ。彼女の手には右左それぞれに、先端が丸くなった細長い棒が握られている。
 その棒には帯状に編みこまれた毛糸がくくりつけられている。
 彼女の傍らに広げられた本には、手順がわかりやすく図解で示されている。

 どう見ても『はじめてのマフラー』です。本当にありがとうございました。

 手先はそれなりに器用なはずの彼女だが、どうも作業がはかどらない。
 一昨日から始めたこの作業も、横幅の割に長さがちっとも伸びていないようだ。
 正に牛歩。確実に進んではいるが、帯はちっとも長くならない。

 料理も裁縫もそれなりに出来る。手先は器用だとよく言われる。
 その彼女が、マフラー一本編めないなどということがあるものかと、高をくくっていたのだ。
 弓の弦を張る作業とそれほど変わらないだろうと甘く見ていたが、この難しさはいったい何なのか。

 きっとコツがあるのだろうと思いはしたが、他人にそれを聞くわけには行かない。
 あくまで誰にも知られずに、ある人物に渡さなくてはならないのだ。
 特に、マーガレッタ辺りに知られたら、十分後には渡す相手以外の仲間達全員に知れ渡ってしまうに違いない。
 当然、マーガレッタはあることないことを交えて言いふらすはずだから、その点が一番恐ろしかった。

 そこで、『はじめてのマフラー』などという本に手が伸びてしまったわけである。
 勿論コツらしき事柄は記述されているのだが、それよりも彼女の目を引いたのは、
 彼女が今まで漠然と理解した気でいた編み方が本当は違うものだったというところだった。
 何度も解いては編み直し、解いては編み直しを繰り返して、結局長さが全然伸びない。
 三歩進んで二歩戻る感覚で作業が進み始めたのも、昨日の夜半過ぎからのことである。

 一段編み終えたことを確認して息を吐く。
 そもそも、どうしてこんなに頑張っているのか。
 答えは単純にして明快。看病の礼である。

 一応、小さな声で礼は言ったのだが、聞こえてはいないだろう。否、聞こえているはずがない。
 もしも聞こえていたらなんてことを考えると、それこそ頭が沸騰し始める。
 明確な形で礼の品を突きつけて、何事も無かったかのように日常に戻るのだ。
 要するに、セイレンに借りを作ったままの状態でいることが我慢ならないのである。
 断じて他意のある贈り物などではない。と、自分に言い聞かせ、黙々と作業を続行する。

「……まふらー?」

 ビクッと肩が跳ねた。作業に集中しすぎて、扉の開いた音に気付かなかったらしい。
 気の抜けるような声を出してぬっと現れたのは、食欲魔人(カトリーヌ)だった。
 とりあえずマーガレッタではないことに安堵しつつも、カトリーヌもなかなか侮れない。
 『食べ物を粗末にしたお仕置き』などという名目で、セシルの初めての唇を平然と奪い去ったのである。
 しかも、セイレンにも同じことをしようとしていたというのだから恐ろしい。

「そ、そう。マフラー。ほら、寒くなるから」
「……セイレンに?」

 食べ物のことしか考えていなさそうなのに、何故こういうときだけ妙に鋭いのか。
 藍色とか茶色といった地味な色の毛糸を使っているから自分用でなさそうだということはわかるかもしれないが、
 そこで即座にセイレンが出てくるのは何故か。
 事情を見透かされているとか、そういったことではあるまい。
 あんな恥ずかしい事情を他人に見られているはずがない。
 と、そこまで考えて、『恥ずかしい事情』って何だと思考ツリーが無駄に派生。
 一気に耳が熱くなる。きっと、真っ赤になっているだろう。

「あっ、あんなヤツにくれてやろうとか常軌を逸したことを考えちゃったのは、単なる気まぐれ以外の何者でもないなんだから!
 そう、気まぐれ! あのバカに、寒い中ノービス追っかけて風邪でも引かれたら迷惑で仕方ないでしょ!」
「じゃあ、どうして顔が真っ赤になるの?」
「えっ……」

 言われて、慌てて頬を押さえる。確かに熱い……のだが、全身が熱くて感覚がよくわからない。
 目の前で、カトリーヌがクスクスと笑う。この娘はいったい何なのか。
 全て見透かした上で、『素直じゃないのね』と言われているような感覚。

「あ、あはは。風邪、まだ治りきってないのかもしれないわね」
「風邪、引いてたの?」

 墓穴を掘った。適当に言い繕って誤魔化すのは、カトリーヌには通用しないらしい。
 誤魔化すどころか、ドンドンと深みにはまっているような気さえする。
 目の前の純粋で陰りのない瞳が、『誰に看病してもらったの?』と聞いているような錯覚までしてくる。

「と、とにかく! 誰にも言わないでよ」
「……うん。プレゼントは、驚かせるほうが良い」
「ぷっ、プレゼッ……んっくぅ……」

 不服な表現があったのは確かだが、これ以上カトリーヌと問答を繰り返すと結局悪い方向にしか転ばない気がしたので、彼女は口を噤むことにした。
 とりあえず黙って作業を続けていると、カトリーヌが既に編みあがっている部分を手にとって興味深げに見ている。

「……食べられないわよ」
「……編み目は、もう少しゆったりしてるほうが良い」
「え?」

 そのまま口にくわえ始めるかと思いきや、カトリーヌの口から出た言葉は意外なものだった。
 アドバイスらしい。言われてみれば、確かに今まで編んだ箇所は編み目がキツくなっていて、伸縮性に欠ける。
 ゆったりと編めば、編む毛糸の量も少なく済むし、時間も大幅に短縮できるだろう。
 正に、目から鱗が落ちるようなコツだった。

「編んだこと、あるの?」
「……ラウレルに、教わった」

 そういえば去年、ラウレルが照れながらも妙に可愛い色のマフラーを着けていた。
 あれはそういうことだったのか。
 と、そこまで考えたとき、ゴクリと唾を飲み込む不穏な音が聞こえた。
 食欲魔人が、編みあがった部分を見つめて固まっている。まさか、今度こそ……?

「おいしそうなワッフル模様だけど、毛糸はちょっと苦い」
「……食べたの?」

 昨年、犠牲者(ホトケ)になった毛糸に心の中で合掌しつつ、セシル達の夜は更けていく。

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耳掻き、小悪魔カトリ、風邪引きセシルに続く第4弾!
セイレン×セシル推奨派が、生体うpろだに帰ってきましたよ!!

最近のセシルは、「貧乳」って言われてDSするだけのキャラになっちゃってるんで、古き良きセシルスレ時代の栄光を取り戻そうと云々……。
と言いつつ、生体スレを発見したのが五代目(ガイル)スレ進行時だったという……。

まあともあれ、最近はDS以外に出番がなくなったセシルを前面に押し出してみようじゃないかということでちょっと早いがマフラーネタを放出!

というわけで、続きを読むには3回 回ってグリードグリードと唱えてください。
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