1.奇妙な闖入者 「……何で……こんな……ところに……」 生体研究所地下3F。 その南東の端にある水没した4Fに行くための階段のすぐ近く。 下半身を水につけた状態でそれは倒れていた サイトの光を周囲に散らしながら、用心深くハイウィザード姿の女性……カトリーヌはそれに近寄る。 「うん……目立った…外傷は………ない…みたい」 それは、一人の少女だった。 銀色の長い髪が水に濡れて、額や首筋に貼りついている。 かわいらしい顔立ちで、まだ少女と女性の間を行き来するくらいの年齢。 成長すればさぞやきれいになるだろう。 服装から判断すると、恐らくノービスだろう。バックパックがないのは気になるところだが。 「でも……どうやって進入を……?」 研究所に進入すれば、何者であれ警報が鳴り響くはずである。 その音が、巡回に出ている自分達の耳に入るのだ。 しかし、警報は鳴ってはいない。 そしてここには、自分達の知識をコピーしただけの劣化生体兵器達もここは徘徊している。 感情と意思のある自分達ならともかく、戦闘力のみに特化されて侵入者を排除するようにプログラミングされた他の生体兵器たちに見つからなかったのは幸いとしか言い様がない。 「それに……セイレンや……マガレに見つかったら大変……」 カトリーヌはその整った顎に手を当てて、周囲を見回す。 普段は落ち着いて頼もしいのに……ロリコンでノービス好きのロードナイトと、おしとやかで優しいが……かわいい女の子には見境のないハイプリーストの姿を頭に浮かべ慌てた。 「私が保護するしかない……?」 どうやって進入したかは後で聞くとして――少なくとも発見者である自分が保護せねば、このノービスの少女にとっては死ぬよりも色々な意味で危険な目にあってしまう。 さりとて、保護するために自室に連れ帰りたくとも、非力な自分ではこの少女を抱き上げることもできない。 引きずっていくことはできそうだが、それをしてしまったら他の兵器達の目に入ることは確実。 八方塞の状態に、カトリーヌは思わず深くため息をついた。 「―――おや―――どうした?」 マントを外し、足元にかけ座り込むカトリーヌをホワイトスミスの青年……ハワードは見とがめた。 「……ハワード……ちょうどいい所に……」 「何だ?」 「この子……運んで……?」 そっと、マントを持ち上げると、その下にはびしょ濡れのノービスの少女が倒れていた。 「ノービス? なんでここに……どうやって入ってきたんだ」 「私も……わからない……けど…ほっとけない」 ギュッとマントごと少女を抱きしめて周囲を警戒しながら、ハワードを見上げる。 「ほっておいたら……兵器達に殺されるか……誰かさんたちに汚されちゃう」 「……殺されるよりも、主に後半の部分に脅威を感じるのは俺だけじゃねえよな……」 人のこと、言えないと思う……とカトリーヌは言いそうになったが、事情が事情なのでその点については黙っておくことにした。 「とりあえず……私の部屋に……」 「わかったよ。連れて行こう」 苦笑を浮かべてからカトリーヌに退くように伝え、マントごとノービスを抱えあげた。 レッケンベル社。 ガーディアンという人工生命体を作り上げ、兵器として輸出する会社。 目的は神への探求、化学の発展。そして、神、人間、過去の解明。 基本理念は、神への探求。 そのために、生体研究という倫理にも触れ、犠牲もいとわない。 搾取され犠牲となるのは弱い者達か……騙されて囚われた旅行者か……。 黒い噂はあるものの、それを現す証拠はない。 そして、その生体研究所。 それは、人工生命体を作り出すためにレッケンベルが禁忌であるはずの「人間」を研究素体として実験を繰り返して来た場所。 全ての秘密は水没した地下4Fにあり、そこに行く手立てはない。 今はただ、その秘密を隠すために……生体兵器達が徘徊する場所。 「ここなら……安全……」 一つしかない天蓋つきの寝台にノービスを寝かせた。 寝台の上はきれいになってはいるものの、足元には膨大の本が散らかり、壁一面に作りつけられた本棚には蔵書が並ぶ。 テーブルと椅子もあるのだが、その上にすら本が積み重なっているためにもはや意味を為さなくなっている。 「……カトリーヌ……お前、少しは片付けた方が居心地が良いと思うぞ?」 部屋の惨状に、ハワードはため息をつく。 「……私は…この状態が落ち着く……だから…いいの……」 とりあえず、テーブルの上と椅子の上に積み重なった本を床に下ろし、ハワードに座るようにカトリーヌは促すと、足の踏み場もないはずなのだが器用にそれらを避けて歩いて、奥の小さなキッチンからティーポットとカップを持ってきた。 彼等は、外に出ることは叶わぬことでも、研究所の侵入者を排除する代わりに、研究所内での自由が約束されている。 この部屋や他の者達が使用している部屋は、彼等のために用意された物だ。 だから、簡易的なキッチンがあったり、作り付けの本棚があったり、クローゼットがあったりとそれなりに快適にできている。 「……どうぞ……」 カトリーヌの手のポットから、カップへとお茶が注がれ、ハワードの前に置かれた。 「ああ、ありがとう。」 ノービスは目覚める気配は無いし、警報も鳴っていないようだから見回りは他の者に任せておけば大丈夫だろう。 ハワードはそう判断すると、目の前のカップを手に取り、口をつける。 「お前って……ほんと不思議だよな」 カトリーヌは食べることが好きだ。それはエネルギーを魔力に変換するため、普通の人の量よりも多い。 それならば、質より量になりそうなのだが、やはり繊細な魔法を操るせいなのか、彼女は味付けにもうるさい。 そのため、彼女の作るものは味が良くとても美味しい。 このお茶も自分や他の物がいれても、こんなに美味しくいれられない。 「ん……? ……何が?」 キョトンとした表情に、ハワードはその言葉を続けるのをあきらめた。 「あー……まあいい。それより、この娘どうするんだ? いつまでもこうしとくわけ行かねーだろう」 「起きたら……事情聞いて……帰そうかと思ってる」 「……他の誰かに見つかるんじゃねえか?」 「エレメスと……セシルには話しておいたほうがいいかな……?」 「まあ、そうだろうな。最悪、ロリコンの二人にさえばれなきゃいいんだから」 「ん……あ……責任は私がとるよ。もちろん……」 「……運んだのは俺だからな。怒鳴られる時は一緒だ」 爽やかな笑みを浮かべて、ハワードは困ったような表情を浮かべるカトリーヌの背中を叩いた。 |
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