*   私が愛した人造人間 ♯3   *


 グレイ……もといダメ男Aに連れられて、僕は普段行きなれていない道を歩く。
 生体研究所地上一階、数多くの新鮮さを要求される材料や、あるいは日光や散歩を必要とする動植物などを育成、生成し育てるためのこの場所は、すでにあるものに手を加えて再構築しなおす地下側の人間とは少し毛色の異なる場所だった。
 生来の性格のせいか、はたまた人付き合いの多いせいか、コイツはこういった場所にも行きなれているようで、時折すれ違う人と身振りで挨拶をしながら僕を案内している。
 別段、暇を潰す恰好の理由だとか、上司部下の付き合いというわけじゃない。
 好奇心だ。
 純粋に、僕は好奇心に突き動かされて、この下僕Aと共にケルラソス博士の下へ向かっている。
「――だからですね、あの人は植物が好きなんですよ――」
「――息子さんもスクスク育っているし、奥さん美人だし? いいなあ家族って――」
 独り言が耳に聞こえる。うるさい黙れ、僕の意識はすでに、ケルラソス博士の生み出した人工生命体――ホムンクルスにある。
 父と同じ、第一級特務博士その人の、最新のホムンクルス。これに胸ときめかない科学者はいない。
「ねーねー聞いてますー室長。うわだめだこのお方は人の話聞いてやしない。おーい、こらー? 聞いてますかー見てますかー? 無視してるとキスしちゃ――ブベラッ!?」
 カトンボめ。下僕の分際で煩わしい。
 突かれた腹部を両手で押さえ屈み込む下僕Aを無視して、僕は一人スタスタと歩きだす。
 よく考えたら、コイツに先導してもらわなくても迷ったときは誰かに尋ねればいい。だからあんな奴は棄ててさっさとその実験体を見に行くべきだ。
 そう結論付け、僕は歩く。歩き、さ迷い、探す。ケルラソス博士の培養工房。それがお目当ての場所だ。
 幸いにも、地上の研究機関には天井に吊られる形で案内変わり部屋名が記されている。たいした苦もなくたどり着いた僕は、だけど何故か僕より先にたどり着いている下僕Aの姿に殺意を覚えた。お前――本当に人間か?
 だが話しかければ付け上がるコイツだ、放置プレイという名の芸人殺しの技を使い、ケルラソス博士に話しかける。
「――お久しぶりでございます、ケルラソス博士」
「おお……君か、久しいな」
 父の関係で、彼と僕とは知己の仲だ。とはいっても、出会って三ヶ月ほどの関係だが。
「やあ、聞いているよ。また一段と研究成果を伸ばしているらしいね。うちの連中にも見習って欲しいものだ。どうだね、爪の垢のサンプルでも遣してはくれんか?」
「博士、それは迷信ですから飲んでも意味はないですよ」
「ははは、だがご利益はあるかもしれない。君は、あの男に認められた数少ない人間だ。地下三階の総頭取、ナイアルの奴が養子にした男だからな。今日はその秘蔵っ子にでも、ここの成果に一つ学術的な視点で鑑定してもらおうか」
「あはは……まあ僕みたいな若造でよろしければ、喜んで」
 ちょっと引っかかる言葉があったけど、僕は顔色一つ変えずにそう答えた。
 養子……養子か。僕はどうやら、世間で"そういう"認識をされているらしい。
 僕は母の顔を知らない。物心ついたときには、父が研究に没頭する姿だけを見続けていた。
 僕の母であろう人はもう死んでいるのか、あるいは愛想をつかして離婚したのかは知らないが、僕の記憶には影形一つない。
 世間体が悪いからか養子と呼んでいるのか、あるいはケルラソス博士が言うとおりに本当に捨て子なのかは知らないが、所詮そこにはたいした違いがない。ピッキとすごいピッキ程度の差すらない。
 正直な話、僕はこの、研究所で育ったようなものだ。
 だからだろうか……不思議と他の連中とは違って、僕はどうしても彼らと"共感"してしまうきらいがある。僕には、彼ら実験体のことが他人事とは思えない。
 まるで僕が――父のサポートをする機械のような人間だからかも、しれない。
 父のために働いて、父のために生きて、父の威光を背負って、父の後姿を見続ける。研究は確かに楽しいけど、僕は……僕は……。
 ――ぺたり。
 触れられた感触が、そこにはあった。
 見下ろせば、可愛らしい――だけども人ではない子が、僕の白衣をぎゅっと握り締めて見上げている。
 三ツ口の、長い耳をしている、灰色の髪をした……少年。
「ああ、だめじゃないかリシェ。いきなり驚かせたりしたらだめだって、いつもいってるじゃないか」
「――あー……うぁーあー? ううー?」
「君はッ……?」
 無垢な瞳の少年は、ぱっと手を離して一度僕の足に抱きつき、その後瞬く間に離れて翻る。どうにも気分屋な少年は子猫にも見え、親猫のケルラソス博士の後ろに小走りで隠れた。
 彼が――
「その子が……あなたの研究成果?」
 僕の台詞に、ウウンと彼は首を横に振り否定する。
 じゃあ、何だっていうんだ? 突然自然に発生した変異種とでも言い張るつもりか?
 彼は否定する。
「この子は、子供だよ。この工房みんなの――子供だ」
「――こども……?」
 可愛らしい少年は、周りにいる研究者……彼の父親であり母親である人々と手を繋ぎ、笑いあい。自由気ままに遊んでいる。
 それを彼は誇らしげに、愛情のつまった視線で見守っている……。
 不思議と、その後のことはあまり記憶に残っていない。
 一応、大体の流れは覚えている。彼と近況の事を二、三話したり、彼の友人であるブランチョ博士が休養と称してしばらく研究室を離れる、というような噂話をしたこと。あるいは、他にも。
 だがそれらは印象に薄い。あの瞬間において、僕が脳裏に刻み付けていたのは少年の姿のみだった!
 少年の仕草の一つ一つを、姿形をじっとじっと見続けている。
 彼はそれを察してか、途中から下僕と二人話しをしていたようだ。
 そうして自分の時間を手に入れた僕は少年を見続け、あるいは向き合い、同じ時間を共有していた。
 後にケルラソス博士は言った。この子はしゃべることができない、これ以上は余り知能は上がらなし、これ以上の成長もないと。
 また、あの少年は肉体的には人よりもむしろ虚弱な代物で、もしかしたら長生きはできないかもしれない。そう、さびしげに告げていた。
 おーけぃ、おーけぃ良いだろう。
 僕は一つ、面白いことを思いついていた。
 先ほどから、ニヤニヤ笑いが顔にへばりついて離れない。
 はははっ、これはいいぞ! 傑作だ、大傑作だ!
「さ、先ほどから何をわらっていらっしゃるのですか室長殿……」
 今は機嫌がいい。生意気な下僕の声にも答えてあげよう。
「――作るんだよ」
「へ?」
「だから――作るんだよ、僕も。ああ、大傑作の予感だ、考えるだけで、ワクワクが止まらない! これは最高傑作だ、僕の集大成――最大のッ研究に違いないッ!」
 ケルラソス博士、どうやら僕は父と同じ人間のようです。
 僕は、あなたのような人道的な研究者にはなれません。
「僕のことを、あなたは天才だとおっしゃられた! ああその通りだ、さもあらん、僕はその通りだ! 博士、博士……あなたは僕以上に心が優しすぎるようです。僕はあなたが超えることが出来なかった壁を乗り越えましょう。僕はあなたを超え、最高傑作を手にしてあなたにご覧いただこう! そして……そしてッ、父をも超えよう! あはははは、あーははははははははは!!」
 脳内麻薬は止まらない。
 僕の哄笑は止まらない。
 僕が目指すものは決まった! それはあなたのおかげですよ、ケルラソス博士。
 ええ感謝しましょう、あなたのことは感謝しても感謝しきれないでしょう。だけどもあなたは僕を批難するでしょうね、きっと。
「――戻るぞ、グレイ=マーフィ」
「……え?」
「鈍い奴だな、戻ると言っているのだ、研究室に。さあ実験が始まる。今日この日をもってして、僕は壁を越えよう!」
 僕が目指すもの――それはホムンクルス。
 人よりも賢く。強く、より強く成長する個体。
 セイレン=ウィンザー、ハワード=アルトアイゼン、ジルド=レー。
 この三体の実験体のような強靭な肉体を持ち――
 ラウレル=ヴィンダー、アルハザート。
 この二種を凌駕する魔法力を持つ――
 マーガレッタ=ソリン。
 あの天使に邂逅した大司教を容易くねじ伏せる――

 そんな生き物を。
 最高の、魔王をこの手に――

「はっはっは……ッ! あーっはっはっはっはっは! あはははははははははははははは!」

 ――その日を境に、僕の狂気が始まった。

     * 第四話へ続く *

by CrItlh
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