「ごめんなさい」
擦れて読みにくい文字が研究記録に残されていた。

人間は彼らを化け物と呼んだ、ならそれを作った人間をどう呼ぶのだろうか。


「あ゛ー…」
奇妙なうなり声を上げて私は机に突っ伏す。
よくわからない殴り書きをされたメモなどが散らかり放題の机から落ちるが気にする気にもならない。
そのまま動かなくなり眠り始めたのかと思うと勢いよく顔を上げ、また何かメモをとる。
ふと、メモを取る手を止めてため息をつく。

―どうしてこんなことになったのだろう、なぜこんなことをしているのだろう

話は数週間前に遡る。
「確かにお引き受けしますとはいいましたが、こんな研究をするとは聞いていません」
勢いよく机を叩く音と椅子が倒れる音が薄暗い研究室に響き渡る。
「そりゃあ言ってませんからね」
激昂する私に対し、白衣の男はニヤニヤと笑いながら粘着質な声で言った。
数日前、それなりに腕のいい錬金術師だった私はある話を持ちかけられた。
「人の為になる研究の手伝いをしてもらえないか」
今思えばあの時馬鹿正直に勿論なんて答えなければ良かったと心から思う。

「私には、人間に悪魔の遺伝子を組み込むことが人の為になるとは思えません理解する気にもならない
お断りします」
言葉の端々にトゲをつけ、研究室から退室しようときびすを返す。
「困るんですよねぇ、我々は悪魔については伝承でしか知らないんですよ」
「だからどうしたんですか」
粘着質な声にイライラしつつドアノブに手をかける。
一刻も早くここから立ち去りたい、狂った研究の手助けなんてしてたまるか。
その間も粘着質な声の男は喋り続ける。
「向こうの国の人間であるあなたなら我々よりもずっと詳しいでしょう?
それにあなたは錬金術の技術を向上させたくはないですか?」
「もう一度言います、お断りします」
冷たく言い捨ててドアノブを捻り今度こそ退室しようとする
キヒヒッ、という耳障りな笑い声とともに男は立ち上がる。
「いいんですか?向こうに残してきた人たちがどうなっても」
「どういうことですか」
わけの分からない男だとは思っていたが、本格的に意味が分からない。
そして、嫌な予感は的中するものだと今更ながら理解した。
わたしはただ現実と目の前で狂気に満ちた顔で笑っている男を呪った。

ゆっくりと目を開ける、視界には様々な薬品と数えるのが面倒なくらいのメモ用紙。
右を見る、所々赤黒く変色した床と散乱した一部の研究記録。
左を見る、落とした薬品がこびりついた床にお世辞にも白くは見えない「元」白衣。
なんでこんなところにいるんだろう、何日空をみていないのだろう
何度そう思ったか覚えていない、おそらく数えてたら気が狂うくらいの回数だとは思うけど。
そして一日が始まる、よくわからない理論を聞かされ反吐が出るような理論を組み立て
自分と同じ人間の身体を弄り回し、気付けば机に突っ伏したまま眠りにつくことだけを繰り返す。
我ながら最悪だった。仲間を盾に取られ、自分の信念を捨てて、他人を犠牲にして
被験体に殺してやると何回も罵られた、いっそ殺して欲しかった、それでも
仲間が何も知らずにあの場所でいつものように笑えているならそれで良かった。
それにもう引き返せるとは思ってもいなかった。

そして、何度もの失敗を繰り返しとうとう二人の被験体にそれを組み込むことに成功した。

完成したそれは残り四本、ねちっこい声の男―ボルゼブは全員にそれを組み込ませろといっていた。
目の前には六人の男女、私はそれが入った試験管を思い切り床に叩きつけた。
ガラスの割れる音がして中身がこぼれ出る。ついでに研究記録も特に重要なものから燃やした。
こんなもの…

何かが背中にぶつかったような音がした、胸の辺りを尖ったものが貫いている。
赤い液体に染まった剣だった。白衣がじわじわと赤で染まる。
痛みに叫ぶこともなく、視界がゆっくりと狭くなっていく。

―あぁ、これは、流石に死ぬな
最後にうっすらと見えた人影は、被験者の一人である騎士の姿だった。

声を絞り出して誰にあてたかも分からない謝罪の言葉を口にしたが、それが正しく伝わったかは知らない。
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