*   私が愛した人造人間 ♯2   *


 第一印象は大事だ。
 人と人との出会いは最初に会ったときの印象から始まる。この時もしも相手に好印象を植え付けることが叶えば、後々も関係が続く可能性が高い。
 だが逆に相手に嫌な印象を色濃く付けてしまったら? これはもうどうしようもないほど打つ手がない。
 会うだけで嫌、こんなやつは嫌だと無視され避けられるのは序の口、最悪の場合こちらの好意を逆に不信と思い、踏みにじられてしまうこともある。だから第一印象は大事だ。
 ……まあ時として、ギャップ萌え最高ッ! ツンデレキタコレ! みたいな奇人変人の類もいるが、これは極々一部の例外だ。
 あー……つまりだな、僕が一体何を言いたいかといえばだな――
「直ちに即刻今すぐ僕と彼女の前からこの場からこの研究所から姿を消せ詫びながら失せろむしろ地獄まっ逆さまに落ちてくたばれ色ボケ色欲グレイ研究員ッー!」
 はぁー、はぁー。ぜぇー、ぜぇー。
 とまあこの長い長い文句を叩きつけられても、ヘラヘラ笑ってばかりの部下がすべて悪いのだ。
 新しく搬入された素体、その初期措置が終わったばかりの実験体が僕たちの前に送られたのは昨日のことだ。
 ――セシル=ディモン。
 手術が終わった一週間後のその日も、こんこんと眠り続けていた囚われの姫様は、僕たちの実験場の近くにある小部屋に搬送されていた。
 小部屋、といっても実際は違う。試験室並の強度を誇る厳重なその部屋は、いわば処置部屋。左右一つずつに繋がれた扉の向こうには広大な空間が広がっていて、左には彼女のために作られたプライベートルーム、右側には彼女の体を弄くりまわすための各種機材が所狭しと置かれている。
 つまり間にあるこの部屋は――改造用の手術室。
 そこ部屋の中心に備え付けられているベッドの中、彼女は眠る、眠る、眠り続けていた。
 ……つい、先ほどまでは。
 突如むくりと起き上がった彼女は、だがしかし起きぬけで頭が回らないのかぼうっと目をこすり続けていた。それをあろう事かこの馬鹿は、この馬鹿はッー!
「あれ室長、こういった子がお好みでして?」
「黙れ色欲魔人ッ! ウスラボケッ、トンマッ! 仕事の邪魔するな外道ッ!」
「うわひどいなあ室長、そんなに僕のこと罵らないでくださいよ、感じちゃうじゃないですか♪ あ、それとも焼餅ですか、やだな困ったな、僕チーフのこと、実は――」
 あーあー何も聞こえない何も聞こえない。聞こえないぞ僕にはたわごとなんて!
 幸いミシェルが気を利かせてか、問答無用にやつの股間を蹴り上げッ!? ……うわぁ……女って、こえぇ。
 気力が一瞬にして挫けた僕だが、そうもしてられない。
 僕はここの主任だ。部下の不手際は僕の責任にされるだろう。
 ……後でコロス、グレイ=マーフィ。
「――とまあ、あいつは頭の可哀想な奴だと思ってくれ、ええと……セシル。それでだな、君、ここがどういった施設なのかを正しく認知しているだろうか?」
「……うるさい、黙って」
 うわ嫌われてるよ。さすが最悪な第一印象、険悪ムードから開始ですか。
 この時点で、グレイには今後一ヶ月の試験室清掃を独りでやらせることを決めた。思い知れ無能。
 ふう……一呼吸、二呼吸。人を落ち着かせるにはまず、自分が落ち着かなければいけない。
「ここはだね、君のような有望な力をもつ人々を寄せ集め、人にある無限の可能性を引き出すために建造された場所なんだ。
 中にはあいつみたいに頭のほうを治してあげないといけない可哀想な人もいるけれど、ね。
 だから安心して欲しい、僕たちは決して、君たちを悪いようにはしないよ。僕は、味方だ」
「――嘘」
「嘘じゃない、これは本当のことさ」
「…………」
 やれやれだんまりですか、これは参ったね。どうにも彼女のご機嫌をとらなきゃ次に進まない。
 僕が振り返ってお手上げのポーズをとれば――
 股間を押さえてもだえる無能部下の姿。
 これだもんな、信憑性の欠片もない。
 仕方ない、ここはミシェルに任せて部下A――もう名前で呼ぶ気すらうせた――を連れ出すかな。女同士なら、ある程度気軽な会話だってこなせるだろう、多分。
 なあに始まったばかり、まだまだ機会だってあるさ。
 ここは彼女に任せて、僕は舞台退場といこうじゃないか、なあ?


 部下Aをテラスから蹴りとばした僕は、やり遂げた男の顔をして一息ついた。
 はっはっは、三階から転がり落ちて墜落死だ。見ろ、ヒトがゴミのようだッ!
 ったく、あいつはちゃんと仕事だということが判っているのだろうか。時折見せる観察眼は鋭いものの、やっぱ人選を誤った予感しかしない。ひしひしとそう感じる。
 しかし、やることがないな。本来なら今日にでも彼女の初期能力テストを調べたいと思っていたのだが、どうにもやり辛くて仕方がない。やれやれ、久々にやることが無いと、僕のような仕事が趣味の人間には暇でしかない。ゆっくりと、二度寝でもするかな?
 そんな僕に、かけられた声がある。聞きなれた声が。
「どうした、ここで何をしている?」
「……ナイアル一級特務博士……」
 僕の直属の上司にして、この研究所にも五人しかいない一級特務の名を冠するその人は。
「今日、新たに入った素体を放り出して、ここで何をしているのかと問いかけている」
 研究狂で、天才で、そして輪をかけた効率主義者だ。
「ナイアル博士こそ、一体こちらで何を?」
「……はっ、不甲斐無い弟子の姿が見えたからな。お前、また半端に入れ込んでいるな?」
 その言葉に、僕は一言も返せない。
 入れ込む――つまりは、僕はここの研究員にしては過多とも呼べるくらいに温情を向けていることから、他の室長の間で僕を揶揄する際に使われる単語。
 半端すぎる情、実験動物として扱いながら、ヒトとしての尊厳を踏みにじりながら捨て去れないでいる僕のたった一つ残された良心。
 玩具は玩具らしく使い込んでやれ――それが連中の言葉だ。
 だが中には……玩具を手厚く扱う奴だっている。それが、僕というだけの話だ。
「下らんな、使いつぶすどころかそれ以前の問題だ。手を付けることすら叶わぬとはとんだ失敗作だ。お前は、私を失望させたいのか?」
「それはっ……そんなことは、ないです……」
「なら、行動することだ。それがお前がこの世に生を受けた意味だ」
 はい、はい。
 はい、言われたとおり、やれとおっしゃるのですね?
 言いたいことだけ告げた彼の背をずっとずっと眺めながら、僕は呟く。
 ……はい、判りました。それが命令ですね……父さん――


 だが結局のところ、今日の研究は進展しなかった。
 戻ってみれば、いつのまにかピンピンとしていた不死身の変態部下Aが美味そうに紅茶をすすり、その反対側では幼女な見た目をした年齢不詳のミシェルがセシルに寄り添うように座り込んでいた。
 僕が入ったとたん、ビクリとその身を震わせて縮こまるセシルの姿に、ああ……今日はもうだめだな、と断定した僕は悪くないはず。
 なので僕は問答無用とばかりに無能Aを蹴り飛ばし、ミシェルとセシルを二人きりにさせることにした。
 せめて、明日はまっとうなコミュニケーションが取れることを願いながら。
「というわけで、いくぞ無能」
「うわひどい名前でよんでくださいよー室長ー」
 無視、無視。
 後は任せた、今日は上がりにしてゆっくり休む。それだけ告げて、僕は再びこの部屋を後にした。
 ……。
「で、実際はどーなんです?」
「何がだ?」
 空気の読めない外道を睨み、僕は問う。
「だってア・ナ・タ♪ お仕事ないと不満一杯欲求不満でウッフンアッハンじゃないですかー。あ、もしかするとひょっとして、僕の体ねらってません? あンらもー嫌だぁ室長ったらぁーん」
 SATSUGAIせよ! SATSUGAIせよ!
 そんな言葉が脳裏を駆けるが必死にこらえる。こんなゴミみたいな男のせいで、僕の人生牢屋で暮らすのは流石に嫌だ。
 確実に、僕が犯人だとわからない方法で殺そう。
 密室殺人で。
 能天気なこいつは幸せそうだ。ばかめ、お前はもう僕の手の平の上で踊る道化だ。いつか死なす……ッ!
「んじゃあ室長、どうせなら暇つぶしとしてケルラソス博士の所にでも顔だしてみませんか?」
「……なんだと?」
 しまった、思わず返事をしてしまった。唐突に普通な話題を振るな道化!
 それを聞いてにんまりとする、この不快! 不快! 不快極まるこの顔!
 腹を立てる僕。だが仕返しとばかりに僕を無視したその道化はこう呟いた。
「いやね、ケルラソス一級特務博士がね、ウチにちょっとお誘いの声をかけてきたんですよ。なんでも――

 ――新たな人工生命体の生成に成功した、とかで」


     * 第三話へ続く *

by CrItlh
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