私はカトリーヌ=ケイロンである。
 名前はまだない。
 矛盾というものは斯様にして産まれる物なのだ。気にしてはいけない。

 歩くときは右足から。私はいつもそう決めている。
理由など特に無い。強いて言うならば、ここ数年の統計で、右足から歩き始めた日と
左足から歩き始めた日で、良い事と悪い事を分類して総計してみたら
5日分程右足の方が良い事が多かったからだ。
 他愛も無い。詮無い事だと自分でも思う。
歩き出しの足によって物事が左右されるなど、非科学的甚だしい。
単純に不確かな経験則に基づく一種のオカルトなのだ。
だが、一度決めてしまったことは今更変える気も起こらない。


 両足の順番が及ぼす世界的因子の脅威について真剣に思考していると、
存在そのものが世界の脅威となる少女が食堂に顔を出した。

「あら、カトリではありませんこと。」

 見れば分かることを一々と口に出してくれる、同性愛嗜好の性職者。
私はどちらかというと苦手なタイプだ。
苦手とは言っても嫌いなわけではなく、どちらかというと仲間として非常に頼もしく思える存在である。
正確無比なニューマの張り方や嫌らしい速度減少のタイミングには、いつも見とれてしまう。
 敵に回すと厄介で、味方にするといやらしい。どっちもダメではないか。
いずれにしても、ここはとりあえず返事を返しておかねばなるまい。
彼女の欲求を刺激しないように、且つ相手を不快にさせない、単純明快なる応えを。

「…うん、お腹…減ったから…」

 完璧だ。明確な返事としての意図と、ここに居る理由、そして自分の行動についても表現できている。
然るにこのロールキャベツはどうだ。中華風のスープでひたひたにされ、
ただのミンチ巻きキャベツとは桁の違う旨みを引き出している。
これは恐らくエレメスの仕事であろう。いつものリムーバー831号ではここまではできまい。
キャベツの甘みを存分に引き出し、形も崩れぬように串刺し、落し蓋の材質等細かい技術が使われている。
そしてブイヨンに中華スープを合わせるこの絶妙なさじ加減はどうだ。
そうでなくとも手間のかかるブイヨンを贅沢にもロールキャベツに使う気骨。
正しく悪鬼の所業と言わざるを得ない。流石はエレメス。抱かれてもいい、とそこまでは思わないが。
 決してリムーバー831号が劣っているわけではない。
彼女の野菜にかける情熱には目を瞠るものがあるし、その手際の良さは流石に野菜の専門家と言わせるものがある。
ことにキャベツの千切りにかけては、他に並ぶものの無いほどのスピードだ。
惜しむらくは彼女、料理はできるものの、新しい味を開拓するために必要な独創的センスが――

「良く食べますわね。いつもながらほれぼれしてしまいますわ」

 センスがほれぼれするほど無い。
 私は別にそこまで大食いではない。周囲が食べなすぎるのだ。
日々、動く為にはエネルギーを使う。我々の動きに対するカロリー消費量を考えると、
セシルや私の摂取量でもとても足りないはずなのだ。
なのに、動くことの少ないマーガレッタは兎も角、セイレンやエレメス、ハワードは
体格を維持するのにもあの摂取量では絶対に足りないはずなのだ。
セシルに至っては栄養分足りないが故にあのようなかわいそうな姿になってしまって…
私が率先してエネルギー摂取の重要性を身を持って説明しているのに、一向に気付く気配がない。
そうだ、今度セイレンのところに押しかけて無理やり食べさせてみよう。
そうすればきっと事の重大性が分かるはずだ。そうだ、決めた。そうしよう。決定。
 ところでマーガレッタがまだこちらを見ている。また返事をしなければならない。
流石に今の思考の様なことは言えない。言えば空気を悪くするだけだ。
 もっと共通の話題で、穏やかに済ませられ、且つ栄養摂取の必要性を秘めたる言霊でなければ。

「…セシルは…たくさん動くのに食べないから…胸が大きくならないの。」
「それがいいんじゃありませんの」

 まずい、彼女の色欲を刺激してしまったかもしれない。
とはいえ突然会話の方向性を変えるのも不審に思われる。
緩やかにベクトルを変えていかなければ。

「マガレは…あんまり動かなくていいから…」
「あら、こう見えても良く動くんですのよ?ベッドの上でとか…」

 信号が一気に黄色になってしまった。
これは危険だ。身の危険を感じる。
心なしか向かい合っているマーガレッタの顔が上気しているように見える。
落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。

「…私も結構動く…ユピテルサンダーとかフロストダイバーとか…」
「ウフフ、聞いてますわよ?エレメスを吹き飛ばしたりハワードを氷漬けにしたり…
 カトリちゃんもなかなかやりますわねぇ…わたくしもそういうの、好きですわぁv」

 信号が赤に変わってしまった。いけない。このままでは私があれやこれやとされてしまう。
もう二度とあのような人の道に外れた(ピー)で(ピー)な事をされるのはごめんだ。
いやだ、マガレそんなとこ嗅いじゃダメだってば…

 『諦めたらそこで試合終了ですよ』

 そうだ、諦めてはいけない。まだ私には出来る事があるはずだ。
そうだ、あの魔人を呼び出す呪文があった。エロヒムよ、メサイムよ…じゃなかった…
なんだっけ、イア!イア!…これも違う。
……そうだ

「…ゆみっこセシル…ひんにゅー…しょうかん。」



「だぁぁぁぁぁれがひんぬーじゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 召喚に成功した。もう大丈夫。我らのせしるん、せしるんるん。
私の代わりにマーガレッタ☆ソリン♪

「…ご馳走様…エレメスのとこ…いってくる…」
「あらぁ、いってらっしゃーい。
 ウフフ、セシルちゃんいいとこに来たわ。ちょっと私、気分が優れなくて…
 お部屋まで連れて行ってもらえるかしら?」
「え…?え…?ちょっ、まっ…マガレ引っ張らないで!って気分悪いのに何その力!いやぁぁぁぁぁぁ!」

 ありがとう魔人せしるんさくりふぁいす。あなたの事は5分ぐらい忘れないわ…
 さて、エレメスにさっきのロールキャベツのレシピを聞いてこないと。



――おしまい
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