君の名前を呼ぼう。
 君の名前を歌おう。

 聴こえるかい?
 聴こえるかい?
 僕は君から離れない。この手をぎゅっと握り締めて、君を感じ、僕の温もりを伝えるよ。
 間違い続けた僕らだけど……

 これも、一つの形のハッピーエンド。

 僕は永遠に……君のそばにいるよ――


     * 私が愛した人造人間 *


 こぽり、こぽり――
 不気味な泡の音、どこか鼻につく薬品の香り。
 気がつけば僕は、この研究室にいる部下の面々に顔を覗き込まれている。
 ぼやける輪郭、霞んだ目鼻立ち。むしろ天井に染み付いた汚れのほうが目に見て取れる。ん、天井?
「あー、やっと気がつかれましたか、主任」
「……んっ……?」
 安堵の色をにじませた声が、茶化すように僕をからかう。それを聞きながら、僕は身を起こしつつ頭の中で状況を整理する。
 ええと……。
 確か僕は今日朝早くから実験に手を出していた時、第一級特務博士のナイアル博士に代理を頼まれれ試験室にむかって……それで――
 ああ、そうか。得心がいった。
「そうか、たしかセイレンの特殊技能実験の最中、テスト用のアマスカス鋼製板へ攻撃させてて……それで……いつつっ」
 ずきり、思い出したと同時に襲い掛かる頭痛。頭が割れそうなほどのそれに、思わず僕は頭を抱える。
 ああ、けどダマスカス鋼の欠片が直撃しておきながらも、この程度で済んでるのは運がいいと思うしかないだろう。普通なら頭蓋骨がべきりと砕けて間違いないのだから。
 おそらく、セイレンが打ち出したボウリングバッシュの回転力が、まるで跳弾のように僕の頭から飛び跳ね直撃を免れたのだろう。我ながら運のいい男だ。
 ……僕の頭がただ単に規格外なほどに石頭だった、なんていうのは流石に嫌すぎるぞ?
 断じて違うぞ、断じて!
 だが僕の内心の突っ込みを読み取ったかのように、部下の一人――グレイ研究員がぽつり、
「いやあ博士の頭は超合金ですねえ。あーんなでっかくて鈍く黒光りする、重くてごっついブツの直撃に耐えるだなーんて。博士、博士ひょっとして貴方メタルゴーレム? おつむの中身は超高性能コ〜ンピューターですかい?」
「……うるさい。耳元で騒ぐな頭に響く……。お前――今日の試験室清掃当番決定な」
 ちょ、おま横暴、だなんて声が聞こえるが僕は無視する。
 この生意気なガキンチョ研究員にはお灸が必要だ。
 そんなことを思いながら、痛みが引いてきた頭を二三度ゆっくりと左右に振り、よしもう大丈夫だと立ち上がる。
 なんだ、ここは試験室の中なのか。まあそれもそうか、頭を強打した人間を下手に動かすのは危険だ。医者がちゃんと現場指揮をしなければ命にもかかわる。
 幸いここにいる人間は、半数以上は医学に精通したものばかりだ。むしろ大した怪我でなければその場で治療を終わらせることもあるくらいだ。
 やれやれ。もうセイレンの火力が目につくほどに過剰になってきたな。そのうち試験室の分厚い壁を容易くブチ抜きはじめるかもしれない。高いオリデオコンとエルニウムの二重構造で保護された部屋だっていうのに、それすらそのうち破壊されそうなのが、あまりにも末恐ろしい。正直、馬鹿力に育ちすぎだ。
「すまない、大丈夫だったか?」
 振り返れば件の騎士、セイレン=ウィンザー。
 威風堂々、騎士道精神の塊といって過言でもないその愚直な実験体は、だがしかし今この場においてはしょげ返っている。
「すまん、まさかあそこまで破片が飛ぶとは予想していなかった。心から謝罪する、すまない」
「あー……気にするなって。馬鹿みたいに近くで突っ立ってた俺が悪いんだから」
 実際にはセイレンの後方7メートルあたりに立っていたがな。ぶっとびすぎ。
「――というわけで、今度から手加減する」
「オイコラ。手抜いたら試験にならないだろ! ハァ……次の試験日までに防護用の壁でも用意するか、アイスウォールで即席代用するかな……」
 もう正直怒る気も失せる。
 まったく、しょうがない男だ。だがまあ、もとから叱り付けるつもりなんてさらさらないけれども。
 この男を、ここまで人でなしにしてしまった責任は僕にもあるわけだし?
 まあ、今日のこの怪我くらいは大目に見ることにする。むしろ被害が軽いうちに改善事項が判ってよかった。流石にコイツも、テスト中に誰かを巻き込んで殺してしまうのは気が咎めるだろう。
 あーもう、いつまでたっても研究研究研究三昧。前にふんわか羽毛布団で寝たのはいつのことやら。
 ……なんて、くだらないことを考えながら僕はセイレンの肩をポンポンと、親しげに叩きながら振り向いた。
 よくもまあ、自分を改造してる人間に気を許してるものだな、なんて黒い考えを悟られないように注意しながら。
「でだ、まさか僕がぶっ倒れている間、データの検出をサボってたりしないよなお前ら。さあさあキリキリ働けアリンコども、さっきのデータを判析する作業が待ってるんだからな!」
 どやしつけられた部下は、ああどうしようもないな研究馬鹿め、なんて冗談を言いながら俺に先ほどのデータらしきものが記された紙を手渡してくる。はっは、仕事が速いじゃないか。流石は僕の部下だ。
 そうとも。  僕には、誰かに心配される資格なんてないから。
 前回のデータと今回のそれを見比べながら、そう思う。


「そういえば、今度新しい素体が入るらしいな? 一体全体どこの担当に回されるんだか、お前ら知ってるか?」
 やっとのこと、今回の成長度をグラフに表し、また次回までに奴に与える課題を構築して終わってから、俺は煎りたての珈琲を手渡してくれた彼女に尋ねた。
 ミシェル=ハナエル。男性名を持つ彼女だが、その実身長がとことん低いお譲ちゃんだ。ご両親や、あんた名前のセンスが間違っていらっしゃいませんか?
 そんな彼女が手ずから淹れてこれたこれは絶品だ。久々の人間らしい飲み物、ああ、最高。
「ああ、今度はどうも弓術を使う検体サンプルの入手に成功したそうですよ。近いうち、お披露目があるかもしれませんね」
「おやおや、弓手がついに加わるのか。まったくうちの上の人らも、どうやって人材を入手してるんだかなあ」
「さあ? 知らぬが仏、知ってバフォメット、かもしれませんよ、ふふっ……」
 さもありなん、どうせ薬漬けして拉致監禁なり半死人を無理矢理引っ張り出しただとか、といったところだろう。口に出してみただけの戯言、本心としては正直そんな些細な事を気にしてない。
 僕たちは根っからの研究者。その出所だとかどうだっていい。
 ただ、実験さえれきればな。
 だけども彼女は楽しそうで、
「ふふっ……」
「……ん? なんだ、まだ他に何かあるのか?」
 何かをたくらんだ猫の瞳。
 こういった視線はどうせならベッドの上で、事が終わってからして欲しいもんだが……。
 あいや、彼女とはそういった関係じゃないからな! 僕は少女偏愛主義者じゃない。
 ……誘惑されたら抱きそうだけど。
「いえですね、それが次にくる子、どうも女の子みたいなんですよ」
「あ、女ぁ? へぇー女ハム子か。ウチにもようやく花が咲くんだなァ。みんな喜ぶゾォ」
「主任、何かエロいこと考えてませんか?」
 鋭い。もっともエロいこと考えたのはお前に対してだがな、ロリ。
 しかし、弓子か。いいものだな弓子とは。あーいやいやエロい意味じゃないぞ、実験のし甲斐があるって意味でいいものだ、とな。
 ……エロいな、この台詞も。
 まあ男のセイレンをいぢくり回すよりかはよほどに楽しめるだろう。特にガキなグレイのやつは「うはwwwきたこれwwwみwなwぎwっwてwきwたwぜwwwうぇwww」なんて言いそうだな。当分、やかましいあいつは試験室の清掃当番決定っと。
 ははっ、考えること、やることがあると楽しくてしょうがない。
 ここは、この実験場は楽園。僕の楽しみがつまった玩具箱だ。
「――嬉しそう、ですね。うふふ……」
 嬉しそう? ああそうだとも、楽しくてしょうがないね。
 僕が最初に手をつけたのは女司祭だった。だがこれは僕にはあまり楽しいものじゃなかった。
 肉体的な強度を引き上げる以上の事が、僕にはできなかったからだ。
 それにあいつは、最初は神の教えだとか人としての倫理だとか我侭をついたりと、とにかくやかましかった。だがまあ、次第に鬱病にでもかかったのかだんまりになったがな。
 ファーストサンプル、マーガレッタ。神の教えを知り、天使にすら邂逅した大司祭。
 だが彼女がいなければ始まらなかった。
 彼女がいたからこそ、この研究に火がつき鼓動を始めた。
 そういった意味では、僕は彼女に感謝している。彼女のおかげで僕はこの研究という名の恋人に出会えたのだから。
 くっく、と新しい玩具を見つけた子供のように哂う僕を、彼女はぺしりと親しげに叩いてその身を翻した。
「それでは、その楽しい研究素体が入るのですから、今日は大人しくお布団で寝てくださいね? あんまり夜更かしをしていらっしゃったら、私が添い寝しちゃいますよ? ふふっ……」
「ああ、肝に銘じておくよ……ていうかそんな事されたら逆に寝れんよ……。ああまった、最後に一つだけ」
「なんですか、まさか私に本当に添い寝をしろとでも? あらあら……」
 足取りを止め振り向いた彼女は、いたずらげに微笑む。
 その彼女に、僕は尋ねた。
「その、新しく入る素体の名前はなんていうんだ?」

「――たしか、セシル。セシル=ディモンといったわ」

     * 第二話へ続く *
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・私が愛した人造人間、略してアイジン……愛人!? [*゚д゚*] このえっちー!
・こいつぁ臭ェ、もすぬごく過去の生体話のにおいがプンプンするぜ。
・これはまだセイレンとかが調整体/試験体として改造を受けてるときのお話なりよ〜。
・あー……オリジナルなDOP出しても怒らないでね? 多分いつか出すだろうし。
・あと自分、ミシェル秘書に入れ込むなYO、萌えるなよみんなも! DOP書けDOP、セシルタソどうしたアッー!
by CrItlh(・ω・)
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