強襲! ガッツなあの娘はホワイトスミス(前編)


 生体実験研究所地下第三層――

 レッケンベル社の非道な人体実験によって造り出され、身勝手に廃棄された人造人間たちの怨嗟が響く魔窟と、多くの冒険者に知られるこの場所に、今日もまた阿鼻の地獄に相応しき悲鳴が響き渡る。

「アッー!!」

 自室で愛刀の手入れをしていたセイレン=ウィンザーは、絹を裂くような男の叫びに軽い頭痛を覚えて額に手を当てた。

「……やれやれ。またエレメスとハワードか」

 嘆息と共に手入れしたばかりの愛刀を鞘に収めると、馬鹿騒ぎを諌めるべくセイレンは部屋を出た。
 ことあるごとにハワードがエレメスの尻を掘ろうとするのは、もはや日常茶飯事のことだ。おかげで侵入者たちには、この研究所の名物とまで言われてしまっている。

(……不名誉なことだがな)

 男色が悪いというわけではない。昔の騎士たちは戦場にお稚児を連れて行ったというし、現にセイレンとて、人には言えない(公然の秘密なのだが、隠しきれていると思っているのは本人だけだが)ような趣味を持っている。
 好みは人それぞれ――もはや人ではないのだけれど――とは言うものの、少しは自重しろというのが彼の本音だ。
 なにせハワードの暴走を止められるのは自分ひとりだけなのだ。
 マーガレッタは「あらあら」と面白がるだけだし、セシルは男同士の絡みに「信じらんない、最低ッ!」とブチ切れるだけだし、カトリーヌは冷静に「ご飯までに済ませてね」としか言わないし。

(いざと言う時に、二人とも腰が砕けていました、なんてのは避けたいもんだ)

 侵入者たちは昼でも夜でもやって来る。唯一の例外は安息日の火曜だけだ。
 今、この瞬間にもこの場所へ奴らは忍び込んでいる可能性だってある。研究所が閉鎖されて以来、警報の精度は日増しに下がってきている。今はセシルの罠とエレメスの巡回で補ってはいるが、その片方が潰されていては意味が無い。
 セイレンは悲鳴が聞こえてきたハワードの寝室の方へと歩みを速めた。


■■■


 この地下研究所第三層は元々、実験体を収容・隔離する施設だったため、各部屋には重苦しく分厚い鉄扉が取り付けられている。しかもエルニウムでコーティングされているので、ちょっとやそっとのことでは傷つかない代物だ。
 それはハワードの部屋にも同じことだったのだが――
 扉が、まるで隕石の直撃でも受けたかのように、ひしゃげ砕けていた。

「――っ!」

 ただならぬ気配を感じ、セイレンは愛刀を抜いて身構えた。
 視覚を研ぎ澄まし、聴覚を拡大し、全身の筋繊維を緊張させる。
 拡大された聴覚が言い争う声と、剛体硬質の金属が軋り合う異音を拾い上げる。

「くそったれ……」
「はン! そろそろ観念しちまいなってンだよ」
「誰がっ、お前なんぞに――っ!」
「うっさいね。そろそろ大人しくヤられてくンない?」

 声の主はハワードと、聞きなれない『人間』の声。
 脳裏に浮かぶ嫌な光景に、セイレンは一直線にハワードの部屋へ飛び込んだ。

「ハワード!」

 脳に刷り込まれた戦術思考を展開。
 索敵開始。部屋の中央でハワードに馬乗りになっている『人間』を捕捉。
 敵性個体の識別を開始。職種はハワードと同じホワイトスミス。戦闘能力をクラスA+と判断。
 瞬時に全機能を増幅し、爆裂。
 
「ボウリングバッ――」

 セイレンが最大威力で必殺の一撃を見舞おうとした瞬間、侵入者は傍らに置いてあったハワードの戦斧を拾い上げ、振り下ろされる刀身へ迎え撃つように叩きつけた。

「メルトダウン!!」

 鋼が砕けたとは思えぬ涼やかで、ガラスのそれを思わせる音を立てて、セイレンの愛刀が中ほどから折れる。
 馬鹿な、とセイレンは胸中で叫んだ。
 幾多にわたって敵を屠ってきた技と手入れをしたばかりの愛刀がへし折られたのだ。それも、あんな無茶な方法で。
 驚くなという方が無理だ。

「ちっ!」

 いつものハワードとエレメスの騒動と思って補助用の武器を持たずに来たのは間違いだった。
 己の迂闊さに歯噛みしつつ、セイレンは折れた剣を侵入者に投げつけて距離を取る。
 いざとなれば素手での戦闘もやむを得まい。ボウリングバッシュは無手でも撃てる奥義だが、騎士でもそれを知っているものは意外と少ない。この相手が、そのことを知らないという保障は無いが、知っていれば牽制になるし、知らなければ切り札になる。
 セイレンは拳を固めて半身を開き――

「アタシの恋路を邪魔すンなああああああああああああっ!!」

 目の前に迫った巨大な乙女の拳に、なすすべなく吹っ飛ばされた。


■■■


「セイレン! おい、セイレンッ!」

 ハワードは、人型の穴を壁にぶち抜いて廊下に叩き出されたセイレンに呼びかけたが、屍のごとく返事は無い。
 まさかと最悪の事態を想像するが「ノビたんいっぱいうへへへへー」という呻きが聞こえてきたので、とりあえず安堵した。

「ふふふ。邪魔者はいなくなったみたいだねェ……」

 そして、絶望的な気分になった。
 背中の打撃用筋肉を生き物のように隆起させ、女ホワイトスミスは獲物のはらわたに牙を付きたてた獅子のごとき笑みを見せる。
 地上最強の生物というフレーズがピッタリな笑みだった。
 絶体絶命とは、まさにこのことか。
 愛用の斧は相手の手に握られ、自分の持つ全ての技がこの相手には通用しなかった。
 鎧破壊を食らわせる前に、自分から全裸になろうとする奴など見たこと無い。思わず脱ぐなと止めてしまったが、あれはこの女の戦略だったのだろう。
 舌打ちし、ハワードはにじり寄る女ホワイトスミスを睨み付けた。

「さァて、と……そろそろお楽しみタァァァァイムといこうかじゃない」
「そうはいかんでござるよ」

 虚空に響く男の声。
 刹那、紫色の煙が部屋に充満し、二人の視界と呼吸を塞ぐ。

「――こっちだ。ハワード」
「エレメスか!? スマン、助かった!」

 紫の濃霧の中をエレメスの声を頼りに這いずり出ると、ハワードは思いっきり息を吸い込んだ。
 研究所の新鮮とは言いがたい空気も、ベナムダストの毒粉塵に比べれば格別の美味さだった。
 
「しばらくは追ってこられないはずだ。今のうちに体勢を立て直そう」

 そういうエレメスの口調に、いつものようなおどけた調子は一切無く、心なしか緊張しているようにも見えた。
 研究所でも一、二を争う戦士であるセイレンが、一瞬の間に打ち倒されているのだから無理もないのだろう。
 ハワードは言葉少なにうなずいて、気絶したセイレンを担いで走り出した。



 ――つづく!!



☆作者の言い訳☆

9スレ目>>530氏の書き込みに触発されて書き殴りました。
ええと……この先の細かいことは全然考えてません(だめじゃん)
とりあえず、後編ではマッシブなWS姐御vs生体メンバーのバトル多めにしようかと。

皆様の萌えと燃えの燃料になれば幸いです(ぺこり)

2006/10/17
生体迷作童話の人
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