「はーいワン・ツー! ワン・ツー!」
「ハイそこでクルっとターン」

 さわやかな朝の掛け声が、澄み切った生体研究所にこだまする。
 ボルゼブ狂科学者のお庭に集うジェミニ乙・ジェミニ甲とその他たちが、今日も天使のような踊りをきめて、生体DOPたちにカップル仲をみせつけr――

「そこ、嘘つくなぁぁッ――!」


* * * * *


 日が変わって火曜日。今日も今日とてガンホー最高マンクルポとメタ世界ではメンテナンスに励む会社があったりなかったりサボってたりキムチぱーてぃ〜やってたり。
 そんな最中、週に一度の安息日となる今日、彼ら一同はそこに集まっていた。

「……てか、昨日言い出したくせによく飾りつけとか間に合ったわね」

 不機嫌そうに呟くセシルの疑問もごもっとも。ここは何処だパリかフランスか、といわんばかりに飾り付けられたそこは、どう見てもいつもの生体研究所ではございません。

「はっはっはー。実は前々から計画していたのですよ」
「スレ立ってから先、着々とスレに進出するための計画を練っていたのです」
『二人の愛でッ!』

 痛い。
 だけども流石は変人奇人の集う生体研究所、彼ら一同はもう文句すら出ないようで、あきれ果てた表情を浮かべるばかり。
 ――どちらかといえば『準備しなくても遊べれて楽チン? むしろラッキィー!?』的なふいんき(←なぜか変換できない)が漂っている。主にマーガレッタあたりに。
 ちなみに準備一切を行ったのはリムーバだったりする。報われない縁の下の力持ち、君たちは今、泣いてもいい。

「これは……、結構本格的かもしれませんね」
「えーウチはそうは思わへんけどなあ。どうせならもっとゴッツイ金塊とかで、ジャジャーンと豪華絢爛な飾りを用意してくれたらええのにな」
「……アンタ、ンな金ここにあるわけないでしょ」

 生体研究所、2Fよりエントリー。小娘三人かしまし娘、発言順にご紹介いたしましょう。
 一番ッ! イグニゼム=セニア! 小柄な体、慎ましき胸、清楚で純情、一途な恋心で胸キュンキュン♪ そんな彼女はこう見えても剣の達人。いつか実る恋を信じて、珍しくもグリーンなドレスを着て参上ッ! グリーンダヨ、イインダヨー!

「……何か今ものすごく褒めてるようで褒められていない感じを受けたんだが……」

 二番ッ! アルマイア=デュンゼ! 年齢相応の胸、そのカップは推定Cか!? 将来要有望也。お兄ちゃんからお金をせびる意地汚い子、先ほどの言葉によく表れていることだろう。この守銭奴、メマー大好きっ子め! ああ、だけど、だけど私はこの子に貢ぎたいッ! ピンクドレスで参上ッ!

「……なんかお金になりそーな気配がしたよーな……けど自分、実は貧乏やろ?」

 無粋な突っ込み切り捨て三番ッ! ヒュッケバイン=トリス! 生体二番目のこの乳! 引き締まったこの体! 最ッ高! 思うに兄貴のガイルがいぢられるのは妹トリスを持ったことへの嫉妬と予想。ンなわけはないか。そんな彼女、今日は髪をお団子にして、ちゃ、チャイナドレスだとおおおお!?

「『お嬢』ってからかったら兄さんどう思うかなぁ……」

 小悪魔だ、小悪魔がおる。だが似合ってるから良し。ちなみに駄文全開なのでそろそろ自粛することにする。今日は文のノリがきりもみ回転スパイラルだわ、マジスマソ。
 そうこうしているうちに集まる面々。ハワード・セイレン両名はビシリと着込んだタキシードが眩しい。逆に残りの生体メンバー、イレンド=エベシ、ラウレル=ヴィンダー、カヴァク=イカルスは着慣れない衣装のせいか、あるいは慣れないお祭りのせいかで少し挙動不審。
 だけど孫にも衣装といったところか、見る人が見ればきっと眉唾ものだろう。
 ――じゅるっ……。  お見苦しい音がいたしました。順をおって説明致しましょう。
 真っ赤な情熱に染め上げられた、大胆ネックのセクシードレス。その華やかな衣装に包まれた肢体は美しき女神、マーガレッタ=ソリン。
 だがしかし、今彼女には魅力はない。
 なぜならば、彼女の顔がどうしようもないほどに緩みきった、エロ親父視線だからである。突き詰めて言えば視姦罪に問われる。それでいいのか聖職者ッ!

「うふふふふ……いいわ、いいわいいわみんなイイワァ……どの子から味見しちゃおうかしら。
 いいえいっそ……まとめて? うふふ……お持ち帰り、おっもちかえり……。
 だ〜れ〜に〜し〜よ〜う〜か〜な〜て〜ん〜の〜か〜み〜さ〜ま〜の〜……」

 多分どこかで、神様が『の』の字を書いている姿が目撃されそうです。
 ちなみに筆者の目には、カトリーヌ=ケイロンの姿を視認することがかないません。
 ただ時折吹きすさぶ轟風が巻き起こったかと思えば、その進行方向上にある料理がたちどころに消失しているため、とりあえず大体の位置は確認できております。
 残念だったな諸君! 彼女のドレスが描写されなくてッ!
 ……。
 ……。

「はぁ……なんかいつもの休みと変わってない予感しかしないわ」
『――えーえー、こほん。テステス皆様ごきげんよう』

 ぼやくセシルの独り言を遮るように、唐突に響く声。見上げれば中央に作られた一段高めのステージに、これまた不似合いにもほどがある衣装をいつもの作業着の上に着用したリムーバが、マイク片手に司会進行を始めている。

『あーあー、どうもボルゼブ博士代理のリムーバ18歳です、こんにちわ。

"本日もお日柄が不明の中、お集まりいただきありがとうございます。
 さてさて、本日のお楽しみは一大ダンスパーティ。料理も酒もござれでございます。
 どうかこの場にでたらたちどころに八つ裂きにされるであろう私の変わりに存分にお楽しみください。"

 以上物資搬入係りのボルゼブ氏のメッセージでした。
 ……なんかご都合主義的な展開だな弟者。というわけでパーティの始まりー』

 最後のほうに締まりのない挨拶と同時に、各人パラリパラリと足を運びだした。
 同時に、曲が始まる
。演奏者は生体研究所管弦楽団、指揮者リムーバ、バイオリンAパートリムーバ、同Bパートリムーバ、チェロ担当リムーバ、以下楽器名省略して全部リムーバが奏でる、メロディ。

 ――そこに、今ひとたびの宴が始まった。


* * * * *


「……結局誰も踊ってない気がするわ……」

 気が抜けた炭酸のようなやる気のなさで呟くのはまたもやセシル。彼女の言葉のように、そこはどちらかといえばそこはかとなくただの酒宴のような何かである。
 手にしたシャンパングラス(注:中身はノンアルコールお子様。べ、別にお酒飲めないわけじゃないもんッ!)をただ飲むでもなく手持ち無沙汰に揺らしながら、彼女は視点を巡らせます。
 手をワキワキと動かしながら忍び寄るマガレの姿、食材の安っぽさにケチをつけるアルマ。
 相変わらず姿形を描写させない暴風カトリ、必死に料理を追加するリムーバとメタリン(カート付き)の姿。

「なんか私、一人取り乱したのが馬鹿みたいね」

 だったら、楽しまなくちゃね。そう一人ごちた彼女はスッと席を離れて、手ごろな料理を据えられた小皿にとって口にし始めた。
 平和な休日、いつもの血なまぐさい惨状が消え去った世界。
 ――が、これじゃ不満な奴もいる。

「キィィィーッ!! 目だってない踊ってないみんな無視して花より団子ッ!!」
「お前ら謝れ! 企画を博士に提出した僕らに誤れッ!」

 影の薄い――ジェミニたちである。
 彼ら彼女らは、この日のために特注で仕立ててもらった新調のスーツ・ドレスに身を包み、さあ今日こそ我らが主役の日だと言わんばかりに意気揚々と入場してきたところである。
 が、彼らの前にあるのはむしろダンスパーティなんて名ばかりの悲劇、喜劇の類。

「これじゃ苦労の甲斐がないじゃないッ!」
「恨みはらさずにおくべきか、恨みはらさずにおくべきか!」
『SATSUGAIせよ! SATSUGAIせよッ!』

 縁起でもない言葉が飛び交うのに流石に同情してか、リムーバたちがジェミニの前に集い始めた。

「リーダー、ここは我らにお任せあれ」
『何?』
「我ら一丸となって、この場を盛り上げよう。なあ兄者、弟者、妹者、姉者!」
「お前たち……」

 こういう時、どういう表情をすればいいのだろう。
 笑えば、いいと思うよ? まごころを、君に。
 そして一人(?)の勇気あるリムーバが、再びマイクを手にして立ち上がりました。

「みんな、俺らリムーバ社交ダンス応援会と一緒に踊らないか?」
『………………』

 沈黙ッ沈黙ゥーッ!
 彼の言葉と同時に静まり返る会場。あのカトリーヌですら足を止め(だがしかし口は動いているが)マイクをもったリムーバを見つめた。
 ――何を言ってるんだこいつは。
 そんなふいんき(←何故か変換が(ry )があたりを包み込んでいる。
 ――お前、そのナリで踊るのか?
 そんな突っ込みが、あたりに漂っている。
 だけどもリムーバは不敵にも、自信あふれる声で告げる。

「我々をあまり見くびらないほうがいい――」
「こう見えても我々は生体研究所でも屈指のエリート集団――」
「戦闘力、知力、技量――」
「――そう、美貌でさえ」

 光がこぼれた。
 一人が手をかけたマスクから、あふれんばかりの光芒が。
 不自然で、だけどもそれゆえ魔力的な魅力を誇る青い髪。白く透き通るような陶磁の肌。
 ふとしたことで手折れてしまいそうなくらいに、繊細に長く伸びるまつげ。それに彩られた、まばゆい宝石のような瞳。20カラットのダイアモンド。

「どうだね……?」
「どうかしら……?」

 圧倒、ただ圧倒。唖然とする面々をよそに、気障にならないように、彼ら彼女らは髪をかきあげる。
 どいつもこいつも美男美女。あらわにしたその容貌で、ふわりと微笑むは薔薇のような魔性。
 美しき、リムーバ。

「美の勝利のようね。さあ、今こそ踊れよ、ただ一心不乱のメロディと共に!」

 隠れたベールを拭い去ったリムーバ(美形)が指をパチンと鳴らせば、同時に鳴り響くスクエア・ルンバの調べ。
 奏でるのはもちろんリムーバ(美形)である。
 男女ペアになったリムーバ(美形)たちが、手に手を取って踊りだす。
 ステップ、ステップ、ステップ。リードをするのは男性。強引にならないように、だけど女性を飽きさせないように情熱的に。
 ことわざには、歩くことができればダンスは踊れる、というものがある。彼らはまさにその言葉の体現者。
 右足、左足。交互に動くのは歩く動作。左右が進めばダンスが始まる。
 ダンス・ダンス・ダンス。
 一歩一歩に重いを込めて、ウェイトをかけずに軽やかに。
 この場の支配者は、彼らだ。
 くるりくるりと円を描き、時に離れて交差をし、再び一つに回れ、回れ、回れ。
 やがて曲が終焉を向かえ、各々が最後を飾る大胆な型を極める。大輪の華のように、彼らは咲き誇る。

『Shall we DANCE?』

 見せ付けられた演舞。
 意識してしまう、この場の意味。
 ここは踊るための場。
 二人一組で咲かす、花の庭園。


* * * * *


 ――やがて。
 一人、ぎゅっと握り締めたその手が。
 一人の少女を花の一片に変える。

「あに……うえ……」
「………………」

 手を差し伸べた少女は。

「……あの、あのっ……もしもよろしければ……その――」

 胸に秘めた思いを告白するかのように。

「踊っては……いただけませんか……?」

 少女、イグニゼム=セニアが選んだのは。

「……ああ、俺は構わないぞ?」

 兄、セイレン=ウィンザー。
 彼は、内心の照れを隠すかのように小声で呟くが、少女は自分もですよと言いながら、こくり、赤らめた顔を振る。
 俺は、無学だから踊りなんてうまくないぞ、と――
 少女は、そんなこと構いません、兄上がいいのです、と――
 セイレン、セニア。二人の剣培うものが舞い踊る。
 大胆不敵、野生あふれる二人は、粗野で荒々しくも――それゆえ自由で、美しい。


* * * * *


「すごい……」

 感嘆の声すら口に出すのが罪深く思えるような光景。だけども呟かざるを得ないジレンマ。彼は今、その身を持って実感している。
 セオリーなく、打算なく、ただただ踊るがために踊る姿に、己の手をにぎしりめる。
 ああ、俺もこんな風に踊りたい。
 ――だが、自分には無理だ。諦める声が聞こえる。
 魔力という力を追い求め、肉体的な力をないがしろにした自分には、こんなものはできない。
 たった今沸き起こる後悔。彼の悲しみ、虚しさ、取り残された痛み。
 だけどもそれを、そっと掴む手がある。
 温かな手のひらの温もりが、そこにはある。

「踊ろうよ、ラウレル」

 彼――カヴァクは友人を誘う。

「お前、その格好はッ――!?」

 そこには先ほどまでの衣装はない。
 そこにいるのは着慣れないタキシード姿の彼ではない。
 そもそも――
 彼ですらない。

「踊ろうよ、ラウレル」

 もう一度、同じ言葉をする人は、彼、ラウレルの手をその胸に押し付けた。
 カヴァク=イカルスその人の、真の姿。
 いつもより三倍増しの際どい踊り子の衣装を着けた『彼女』は、大切な友と共に舞台に踊り出た。
 ――君だって、踊りたいだろ?
 最初のステップには、そんな彼女の思いが現れていた。
 だから、彼も踊った。彼自身の思いを込めて。


* * * * *


「あらあら……放っておいたらいたいけな子猫ちゃんを逃しちゃいそうね」

 マーガレッタ=ソリンは思わぬ状況に焦っている。
 このままではみんな思い思いのパートナーを選びきって、自分にはオコボレしか残らないかもしれない。
 生前のおてんぱだった頃の気風か、彼女はこういった現実にはめっぽうこだわる性質だ。
 可愛いお花が欲しい。
 一番愛されたい。
 大切なものは、すべてこの手に。
 それが彼女の願い。それが彼女の全て。
 だが、この時この場所ではそれが邪魔をする。
 自らが大切だと、欲しいものだと思うがあまり、ただ一択の選択を迫られたとき決断ができない。
 あの子がいい。だけどあの子も……。優柔不断な思いが躊躇いを生む。
 どうしよう、早く決めなくては。早く、早く――

「――ほれ」

 差し出された手があった。
 ワイングラスを掲げた手が、彼女にそれを取るように差し出されている。
 ごつごつとした手。世の男を象徴するような、無骨な手。
 到底美とはかけ離れた手が、美しい手にワインを向ける。

「また、妹に手ェだされちゃあ後で困るしな」

 苦しい言い訳。どう聞いても言い訳。

「だからほら、お前がまた何か考えないうちにな、釘を刺そうとだな……」

 そっぽを向いた顔。俺はお前のことなんか気にしてなんかいないぞと、それは語ろうとしている。
 ばればれな、嘘丸出しの顔だ。

「ぷっ……くっ、あはは、ふふふふふふっ!」
「ちょ、おま、いきなり何だ! 笑うな、ええいわ・ら・う・なッ!」

 噴出した彼女の様子に慌てふためく彼。その姿は滑稽で愛らしい。
 まあ、今回ばかりはこの醜態で目をつぶってあげようかしら。
 不器用な誘いしかできない彼だけど、彼女はそんなところも好きだった。

「あなた、ちゃんとエスコートは、勤まりまして?」
「もちろんですとも、お嬢様」

 美女は野獣の手からワインを受け取り口付ける。


* * * * *


 あれ? 姉さん……?
 姉さんが……ハワードさんと……?
 一人、姉の毒牙から逃げるように隠れていた彼は、自らの目を疑っていた。
 最愛の姉が、怖い姉が、困った姉が、自身でも他の女性でもなくハワードの手を掴んだことを疑っていた。
 普段異性との係わり合いを持とうとしない姉が、今日に限っては他の人の誘いを受けている。
 彼の人生にとっては、それは衝撃だ。
 どこかほっとする感じがある。
 どこか残念に思うところもある。
 くやしくも、思えた。
 男性的な魅力のない自分はいつも彼女の玩具にされている。だから今日もそうだろうと高をくくっていて、それ故隠れ忍んでいたというのに。
 彼女は、他の手をとった――

「わっ!」
「う、うわああぁぁぁ!?」

 突如下から突き出してきた顔。
 茶目っ気たっぷりに笑う魅力的な子。
 彼の友である彼女は、おそらくここにいる人間の中でもっとも自由で、奔放で、明るい少女。

「どしたー? 元気ないぞー?」
「……あ、はは……おどろかさないで、腰、ぬけた……」

 へたり、と床に尻をつけた彼の目前には、チャイナドレスのスリットから除く白い足、艶かしい太もも。
 はっと目を逸らせば、彼に向かって屈みこんだせいで突き出される形となった、胸。

「………………」
「……? どうしたー……てっ! あんたっ!!」

「!? ご、ごめんっ! そんなつもりじゃ……ッ!」

 胸をかばうかのように腕を構える彼女。あわてて起き上がる少年。
 だけど、二の次がない。
 会話もなく、一言もしゃべらず、ただ二人俯いて、顔を赤らめる。
 だけど、このままじゃいけない。こんな雰囲気……気まずいじゃないか。

「あ……あの……」
「は、はいっ!?」

 裏返る彼女の声、その様子に決心が揺らぐ。どうしよう、どうしよう……。

「……あー、あはは。まあ、私が驚かしたんだからおあいこ、だね」
「おあい、こ……?」
「そ、おあいこ。だから……まあ、お互い気にせずに、ね?」

 先に譲歩されてしまった。後悔先に立たず。これだから、彼は男らしくないと馬鹿にされるのかもしれない。
 ――だけども、せめて。

「にしてもエベシもおっとこの子だねえ。ほれほれ、見てみ、このスリット。お兄ちゃんから貰ったんだけど、なかなか似合ってるでしょ〜?」

 ――自分にできることがあるとするなら。

「胸だって寄せてあげて――」

 ……ちょっと目が胸とか太ももに向かっちゃうのを我慢してッ!

「トリス……」
「ん、どーしたのー? ちょっと刺激が強すぎちゃったかな?」
「――僕と、踊っていただけませんか?」
「……へ?」

 彼の精一杯の一言。
 ただ踊ってくれという願い。
 求婚にも似たメッセージ。
 今の自分ができる、最高の代物。

「え……私? 私と? ……え、それ、本気? 冗談とかじゃ……ないよ、ね…………?」
「僕はッ!」

「僕は本気だよ――トリス」
「……えーと……」

「――その……喜んで」

 俯いた顔の彼女は、きっと微笑んでいた。


* * * * *


 あーあーどいつもこいつもお熱いなあ。
 あーにいやん、カトリ姐さんに手ェだすなんて命知らずやね。
 ……って、エベシとヒュッケがペア!? うわ信じられへん、あの子エスコートしとるわあ。
 はぁ、周りがあのリムーバの踊りで飲み込まれとる中やけど、ウチだけ一人素にもどってん。
 退屈やわーホンマ。これなら一人積み金の計算とかしとるほうが有意義やってん。
 なーんでウチ、こんなんに出たんやろーな。
 ……はあ、愚痴ってもしゃあないわ。なんかもう男連中あまっとらんし、つまらへんね。
 見ればカトリーヌの姉御はご飯ばっか食べとるし、セシルのお姉はぽかーんとしとるままやん。あかんなあセシル姉、そんなんやから育つ胸も育たへんのんで?
 まったく、売れ残りケーキはどないしまひょか。適当におまんま食べて引き上げってーのもいいかもしらんね。
 あーもう気合いれてドレス引き出したのが馬鹿みたいやん。だれやん、こんな企画だしたやつは。
 責任者出て来い! うちに賠償金100万ゼニー出しや!
 ……なーんて、出てくるわけあらへんな。
 ううっ、一人頭ン中でブツクサ文句いってるほーがアホらし。とっとと食べるモン食べて一足先に抜かせてもらおかな?

"……マ…………アルマ……"

 ん? なんやってん、空耳かいな。あかんなあうちも。もちょっとシャキッとせな金勘定ができへんで?

"アルマ……アルマ……"
「……なんや、ウィーにレーにスーかいな。あんたらも参加しとったんやな」

 空耳やなかったんやな。顔を上に向けたらちっちゃい妖精さんがおったわ。
 ウィー・レー・スー。いつも三人……てか三匹? 妖精の数え方なんて知らへんけど、この子らはいつも一緒にパタパタとんどる陽気な子や。
 だけどこの子らどしたんやろか。なんか元気があらへんわ。
 ちょい、聞いてみたるかな?

「なあどしたん、どーも元気なさそやけど?」

 うん、ウチはストレート一本道。回りくどいのは商談のときの絡め手だけで十分や。
 大体、人の事心配するに、余計な気配りなんて逆に不親切やろ? そやろ?

"アルマ……なんか不機嫌……"
"ぷりぷりしてる……"
"……アルマ……心配……とっても…………しんぱい……"
「あ〜……違うて、そうじゃないって。ウチはいつでも元気やって、気にしすぎやない?」

 どやらウチの様子が心配だったよやな。やれやれ、健気な子やわ。一体全体誰に似たのかしらん。
 けどどやら口だけじゃ不安みたいやな。どないしょ、困ったわあ。
 こういう場合、他のメンツが勝手に話題を引っ張ってくるのに、この状態じゃああかんわ。
 あるまちゃん危機一髪。
 誰か助け舟くれへんかな。にいやん、大事な妹の一大事やて、はよ助けこんかいワレ。

「……って、何しとるん、自分ら」

 なんか一人テンパってる間に指を掴まれとるわ。
 うわちっちゃい手やなあ、かわいいなあ。セイレンの兄いにはこんなん見せたらあかんで?
 とまあ、ウチは両手に花ならぬ妖精さんとお手手つないでる状態やわ。
 んで、目の前で余ったスーがちっちゃい手叩いておはやししとる。こりゃもしかして、もしかすると――

"一緒……一緒……"
"……アルマ……踊ろ…………アルマ、ダイスキ……"
"……一緒に…………踊ろ……みんなとおどろ……"

 やれやれ、今ならセイレン兄いの気持ちもわかるわあ。
 こんな子らに頼まれたら、絶対断れへん。


* * * * *


「あれ……?」

 一組、また一組と踊りに興じるのをただ唖然と、そして感嘆を込めて見つめていたセシルは、自分が一人ぼっちなことに気がついた。
 みながみな、楽しそう。あのアルマでさえ、気づけば踊っている。

 ――独りぼっち。
 ――置いてけぼり。
 ――いらない子。

「……やだ、どうしたんだろ、私……」

 忘れていた記憶の傍ら。
 仲間に見捨てられた自分。
 孤独に包まれた夜。
 囚われの身。
 ――人でなくなった、あの日。

「なんで……なんで涙なんか出てンのよッ……!」

 ここにいれば幸せだった。
 ここにいる人は私を見捨てなかい。
 信頼で結ばれた家族。
 だけども今、この瞬間においては。

「うっ……ひっく……」

 彼らの目には。

「……あ…………」

 ――映らない。





「――何、泣いているのか?」

 声がした。

「隣、座らせてもらう」

 耳朶をうつ声がした。

「やれやれ……ようやく着付けを終わらせたというのに、これじゃあ出遅れにもほどがあるな」

 衣擦れの音がした。

「エレ……メス…………」
「どうしたのかな、セシル殿は」

 海の向こうにある島国、天津。そこに伝わる能の意匠を施した着物に包んだ彼は、そっと呟く。

「あんた……ひっく、こそ…………どうしたのよ、そんな服……」
「これか? 前に、任務で天津城城主の内偵をしたことがあってな、その時に仕入れたのがこれだ。
 身に纏うには手間隙と時間がかかるのが難点だが、見栄えがいいので某は気に入っている。
 なんでも観世流とかいうやつらしい。これを着て鬼の仮面を付ければ、某は舞手に転身だ。
 天津は、神秘的で興味深い国だ。……で、再び尋ねるが、どうした?」
「…………」
「だんまりと、顔を隠されても困る。ほら、これで拭え」
「……うっ…………ありがと……」

 涙を拭うセシルに寄り添うように、じっと見守るエレメス。
 彼女が泣き止むまで、じっと。
 やがて……。

「孤独というものは厄介だ」

 ぽつりと彼は語りだす。

「独りで生きるには弱い人間だから、孤独になると何もできなくなる。
 孤独でないために集おうとすれば、再び逸れたときに絶望を知る。
 ――某のような、孤独を運命と暗殺者たろうと、同じ。独りとは……怖いものだ」
「…………」
「けど、セシル。聞いて欲しい――」





「――"俺"は、俺たちは君を独りにはさせない。
 絶望を知る俺たちは、絶対に見放したりなんかしない。
 だから……泣かないでくれ。
 君に泣かれると――俺も、辛い」
「――ッ!」

 先ほどまでの紅潮が嗚咽をこらえたせいならば、今度のそれは気恥ずかしさだろうか。
 彼女は、セシルは一層顔を赤らめつつ、エレメスが渡したナプキンに顔をうずめ、ひざを抱える。
 そんな彼女の頭を、彼は優しくなでる。
 普段ならそんなことをすれば即矢カモの刑であるが、今の彼女はそれを受け入れている。
 心地よさそうに。
 安堵するように。
 幼な子のように。

「……なんとか、落ち着いたわ……ありがと」

 返事はない。ただ黙って頷くのみ。

「――あいつらが待ってる。某らも、一つ踊りに興じるか?」
「……わたし、踊れないんだけど……」
「何、慣れればひどく簡単なものだ。セシル殿ならすぐに覚えられるさ」

 手を取り合い、輪に加わる新たな二組。
 涙の跡がのこる頬。
 だけども決して――そこに、悲哀はない。
 満面の笑み。

「ねえ、アンタは踊れるの?」



「――ああ、君となら、いつだって踊れるさ」




――――――――――――――――

注、これは専ろだ/up417の続編であり、前作を読まなければ意味が通じません。
もしこちらを先に読んだ方は……南無でありますッ!

・前半遊びすぎましたマジすみません掘らないでッ! Don’t CAVED!!
・だーれが殺したクックロービン〜。リムーバの中の人はタマネギ部隊のように美形です、きっと、多分、絶対。
・女体ネタだってあるぜ。ホント生体萌えスレは天国だぜー!!
・セシルたんの服の描写がないのはわざとです。みんな思い思い妄想汁。けど穿いてない人はもれなく暗殺されます。
・途中から作風変わってる、ていうか自由気ままに萌えを貫いたッ! ひゃっほぅ。
・長文からしてセシル萌え・トリス萌え、ついでにエレメス燃え燃えってのがバレバレ? 私の愛は偏ってます。
・ていうかガイル大佐、気障だね。ヒーローは最後に現れる法則。

……。
…………。
あれ、ジェミニは?

by CrItlh  (・ω・)ノシイッツ放置ぷれー
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