一方――

「あ、歩きづらい…」

 実行犯トリスが着せられたのは、意外にも普通のアコライトの修道服。…なのだが、それがトリスには鬼門だったりした。

「ひらひらする… それに服もぶかぶかで動きづらい…」

 普段の運動しやすいシーフ服に比べると、アコの服は拘束衣同然。歩けばスカートは足に絡まり、戦闘態勢を取ろうとすると膝が引っかかる。おまけにいつものダブルアタックをしようにも、手に持っているのは渡されたメイス。

「やるわねカヴァク… エロ衣装では動じない私の弱点を上手く突く…」

 おまけに、「アコライトなんだから装飾しない」と言う良く判らない理由でポニーテールは解かれ、実はかなり長い栗色の髪を後ろに流しており正直重い。振りかえるのも注意しないと何かに引っかかる。

 こんな調子なのでいつものトリスからは機動性が大幅にダウン、ハイドはおろかインベナムも使えない。今、使えそうにあるのは、渡されたクリップ二つ。

「ビタタcとクリーミーc… カヴァクめ、とことんまで私をコケにするつもりね…!」

 ふっふっふ、あとで覚えてなさい。ネット上にキサマのアレやコレな写真を公開しちゃると、中々に根暗な復讐方法を企みつつ、目の前の侵入者にメイスを振り下ろしている。元々器用さではカヴァクに次ぐトリスである。数度振っただけで、そのメイス捌きは本物顔負けのそれに。

「ヒール、ヒールっと… 便利ねこれー。罰ゲーム後もしばらく借りようかしら?」
「大丈夫ですわ、そんなクリップに頼らなくても、私が手取り足取り癒して差し上げます♪」
「……マーガレッタさん、いつからそこに」
「ふふふ… 可愛らしくおめかししたトリスさんが、慣れない手つきでメイスを振るってる時からですわ…」
「最初からですか… で、その手つきはなんでしょう?」

 じり、とトリス一歩下がると、じりっ、とマガレが前に出る。なんだか両手の動きが、わきわきと夢に出そうな触手っぽい混沌としたものになっている上、目の色が… セシルさんを見る目に似てないかしらん?

「どうしたのです? 離れていてはヒールがかけられませんわ?」
「い、いえ… 自分でも出来ますし結構ですぅ!? それにマガレさんは3Fが持ち場では!?」
「あらあら、遠慮しなくてもいいのよ… あと、マガレなんて他人行儀な言い方はしないでほしいですわ…?」
「ど、どうお呼びすれば…?」
「『お姉さま』って呼んでくださって結構ですわよ?」
「ちょ、それは私がちょっといやぁぁっ!?」

 180°向き変更、全速力で逃げ出したトリスに、あらあらと速度減少、おまけにレックスディビーナ。さらに自分に速度増加、軽やかなステップで逃げる子猫を捕まえようと…

「おもぉちかぁえっりっぃぃぃぃぃぃぃっ!!!(←インティミディト」
「させるか! 姫、ご無礼仕る!!ww(←砂かけ」
「きゃっ!?」

 突然の煙幕に急停止、すばやく自分にキュアーをかけて視界を確保するが、その一瞬の隙に、目的の子猫は視界から消えていた。

「くっ… エレメス、私に歯向かうとはよい度胸ですわね… あとで再教育が必要ね」

 服に付いた砂を払うと、優雅な動作で歩き出す。目指すはエベシの部屋。あんな可愛いアコライトを見てしまった以上、彼女の中の火がそうそう消えるはずもなく。

「ふふふ… 修道女にいろいろと教え込むのはやはり止められませんわ…」

 なにやらプリーストとして終わっている発言を残しながら、軽やかに闇へと消えて行く。エベシの青春のメモリーに、また姉による消えない傷が刻まれるまであと15分


 みなさんこんばんは! 生体2Fのアイドル、ヒュッケバイン・トリスです!

 え? アイドルはセニアだろうって? 困りますよお客さん、セニアにアイドルなんて肉体労働務まるはずもないじゃないですか。アイドルって言うのは常に笑顔でありながら、ライバルを蹴落とす冷酷さとスキャンダルで伸し上がる大胆さが必要なのです。純粋可憐なセニアにはアイドルより子役の方がお似合い――

「どうしたのでござる?」
「…!」

 おおっと危ない危ない。一人ナレーションで百面相してたら、目の前の兄貴に怪しまれてしまいました。アサシンというのはどうしてこう顔色を伺うのが上手いのでしょう? 卑屈はいけませんよ卑屈は。心まで捻くれてしまいます。

 なお、私は未だにマガレさんのレックスディビーナが解けず、喋れません。そこんとこヨロシク!

「まあマガレ殿に捕まらなくてよかったでござる。あの方は童女にのみならず、可愛い物には目がないでござるからなぁw」
「……」
「ところで、女性型アコライトの生体兵器など、拙者は初見でござるが…?」

 おおぅ兄貴、ダメだね気づいてないよ私ってばそんなに別人? 髪を下ろせば印象変わると言うけど、他人なマガレさんは気づいて兄貴に気づかれないってかなり悲しいよ妹は!

「ふむ… マガレ殿のLDがかなり深くかかっているようでござるな…。これでは喋る事も敵わぬか」
「…(こくこく)」

 とりあえず、そこまで顔を近づけるのは無作法だよ兄貴。メイスでぶっ飛ばされたい? アコライトホームラン一発いっとく?

「エベシ殿と同じアコライト型でござるが、体はずいぶんと発達…w あいや失礼、鍛えられているとは…。殴りアコ型でござろうか?」

 どこを見ているのか問い詰めたい、ああ小一時間問い詰めたい! アコのぶかぶか服の上から私の体格を見極めた事は凄いと思うけど、そこ、勝手に人の手を取らない! と言うか真面目に心配してくれている兄貴にどきどきしてるよ私!? やばい顔赤くなってないよね!?

「ふむ… やはり武器を持つ者の手でござるな。まぁ今日の閉門時間になれば全員集合するでござろうし、その時に、おぬしの仲間達を紹介するでござるよw」
「…(/うんうん)」
「まぁ、それまではゆっくりしているがよいでござる。拙者もこの階層にいると、妹に邪険に扱われる故、表を頻繁には歩けないでござるww」

 うん。正直2Fのエレメスは空気読んでないと思うんだ。…侵入者ぐらい、私たちで何とかするって何度も言っているんだけどね?

「…(/?)」
「ふむ、妹でござるか? 拙者と同じ盗賊系でござるよ。お嬢と違い、礼儀や作法にはとんと無縁のじゃじゃ馬でござるww」
「…(/ショック)」

 うるさい。この服じゃ正座でしか座れないんだから仕方ないじゃない! それにお嬢って何!? 普段の私からはそんなにかけ離れてる!?

「拙者もお嬢のような大人しい姫が妹であれば、まだ気も休まるのでござるのだがなあ…」
「…(/汗)」
「いやいや、謙遜する事はござらん。お嬢は十分に淑女でござるよwww」
「…(/どりどり)」
「妹のお転婆にはほとほと手を焼いておってなぁ… すぐに無茶な悪戯をしでかし、回りを困らせるでござる…」

 そこまで言われるのか私…。3Fの人たちに比べれば可愛い悪戯とは思うんだけどな…? ま、でもいつもセニアやアルマ、カヴァク、エベシ、ついでにラウレルに迷惑かけて、兄貴とかに後片付け手伝ってもらっているけど…

「む、そんな顔をしないで欲しいでござる。あいや、お嬢が悪いのではござらんっ!?」
「…(/えーん)」
「妹には手を焼いているでござるが、拙者にとっては大切なたった一人の妹なのでござる。お嬢が思うような酷い考えではござらんよ」
「…(/?)」
「お嬢も弟妹、あるいはそれに等しい子供、弟子、後輩を持つとわかるでござる。どんなに手がかかっても、自分を慕ってくれる大切な妹を嫌いになる事なぞ、ないのでござる」

 …う。そうやって真顔で言われると… なんだからこっちまで照れるんですけど。まあ、今は兄貴の本音に免じて、頭を撫でるその手も見逃してあげよう。でも女の子の髪に気軽に触るのは無礼だよ?

 まあ、ちょっと赤くなった顔を見られるのは私も恥ずかしいし、今だけのサービスをあげよう。

「他の仲間も大切であるが、やはり妹は唯一の家族でござるから… ぬぉっ!?」
「…(/はぁと)」
「む、こら、寄り掛かるのはダメでござる。拙者には既に心に誓った姫がっっ!?」
「…(/♪)」
「こらそこはダメでござる。頬ずりは危険でござrくぁwせdfrtgyふじこlp!?」

 ほーほっほ、そんな事言いながら、腰に手を置いているのは判っているんだからね。まったく、慣れてる振りして、本当に女の子に弱いんだから。マガレさんにだって、もう少し強引に行っても大丈夫なんだよ?

「こら、悪戯はやめるでござる! 拙者とて姫に仕える身なれど一介の男でござる。お嬢にも不貞を働かないとは限らぬ!」
「…(/ニヤニャ)」
「くっ… お嬢とて若くも女性ということでござるか… 女は魔性の生き物とはよく言ったものでござる…」
「…(/♪)」
「むぅ。このまま負けるのもアサシンとしての沽券に関わるでござるな」

 へ?

 なんでそこでいきなりシリアス顔? ってー、なんでいつの間に私は抱きつかれてるの!? なんか変なスイッチ入った!?

「己の行動がもたらした結果だ… 諦めろ」
「…(/?)」
「ふ… 逃げてもいいが、逃げれると思うのかね? アコライトのお嬢さん…」
「…(/汗)」
「聖職者は手を出されないとでも思ったのかね? 残念だが既に神も見放したこの身、神を侮辱する事など何の禁忌でもないのだよ…」
「…(/ショック)」

 うわぁぁぁっ、やっちまったぁぁぁっ!? 兄貴なんだか変なモードっつーか、マジモードっぽい!!??

 お願いだから普段のござるに戻ってよそんな兄貴怖いよ! 気障って行うか退廃的な空気がもぬすごい似合ってちょっとトキメキ感じちゃけど、そう言うのは兄貴のキャラじゃないと思うんだ…!

「今更震えるのか? 先ほどはあんなに無防備に体を預けておきながら、よくも現金なものよ…」
「…!!(xдx;;」
「安心しろ、アサシンの技術は何も殺人術だけではない… その身に至上の快楽を与え、堕落させるのも暗殺の術の一つだ。そのうち苦痛すらも悦びに変わる…」

 だからそういう台詞は私じゃなくてマガレさんに言ってぇぇぇっ!? いや私だって嬉しいって言うか、このまま最後まで突き進むのもむしろOKぇぇぇっぇぃ!! だけど、だけど…!

 やぁぁぁぁっっ!? そこ、アサシンマスク外すってまさかええぇぇぅwっうぇwww!? うはwww兄貴とキスwwwwキタコレwwww

「まぁ慈悲だ。一般的な順番どおり、口付けからにしてやろう」
「んー! んんーーーーっっ…!!」

 …あっ、声出るじゃん。

 LD解けた!? もう喋れる!? よし喋れるスキルも使える!! こんな最低の兄貴を遠慮なく罵って、メイスでぼっこぼこにして、マガレさんに突き出して…! それからそれから…

 それから…

「…バカ」
「ん? やっと喋った台詞がそれか? …む?」
「テレポート!(ひゅいーん)」

 クリップに秘められた魔力を開放すると、私の意識が暗転、広い研究所内のどこかに転移する。…はぁ。

 あれだけ妹大切なら、せめて他の女の子も少しぐらい大切にしようよ…。あー、でも私だけ大切にって言うのもアリかな…? あぅあ〜〜〜

「もぅ、こんなのトリスの役じゃない!」

 兄貴のばかぁ… いいわよ、見てなさい。自分のもたらした結果なんだから、諦めてもらうわよ!?




「あれ、トリス髪型変えた?」
「うん。ちょっと伸びてきたから、整えるついでにイメチェンしてみたの」
「そうやって髪下ろすの新鮮だねーー」
「(ドサッ)」
「あれ、兄貴? おっはよー」
「エレメスさんどうしたんですか?」
「…ま、まさか」
「どうしたの兄貴ー? そんな『アコライト』でも見るような顔して?(/ニヤニヤ)」
「あぃや… 気になさるな… 気のせいで… そうに」
「どうかな、『お嬢』っぽい?」

 ピキーン

 あ、凍結した。

「ぐああぁああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?? 拙者は、拙者はぁぁぁぁっっ!!??」
「…(/にやにや)」
「ちょ、トリス落ち着くでござる拙者達は兄妹であってくぁwせdrftgyふじこlp;!?」
「…(/ちゅ〜〜)」


 おしまい
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