夕飯時。それは各々の個性がよく現れる瞬間とも言える。
 マーガレッタ=ソリンは楚々とした姿勢を崩さず、上品にナイフやフォークなどの食器を使い分けてどのような料理でも上手に平らげてしまう。肉類のステーキに始まり、和食である肉じゃがやライスなど、果てはサンドイッチすらナイフをいれるのだからその徹底振りはいっそ見事ともいえた。
 ついでに言えば、その偏食振りも見事なもので、たとえばサンドイッチの中に彼女の嫌いなものが入っていると、これまたお上品にナイフとフォークを使ってサンドイッチをかけらも崩さずにその嫌いなものだけを摘出してしまう。こればっかりには、料理担当である人がいくら頑張って彼女にそれを食べさせようと工夫を凝らすも、僅か一ミリメートルの破片にしかなってないソレですら器用に摘出してしまうからどうしようもなかった。

 それに対し、何でも食べれるのがセシル=ディモンである。というより、どんな味付けにしても平然とぺろりと咀嚼してしまうのは、味音痴である彼女にとって不幸中の幸いか。彼女ともう一人を除くメンバー全員があまりの味の壮絶さにもんどり打った中、真顔で首をかしげながら料理をもごもごと口へ運ぶ様はなかなかシュールといえる。
 食べ方はこれといって作法も何もないが、上品に食べるマーガレッタとは違い食欲を隠さないままに食べる様は作った側の顔も自然と綻んでいく。元より弓職という、他の女性陣に比べると運動量の多い職であるが故にお腹も空くのであろう。しかし、その摂取量に体の発育が伴わないのは、果たして彼女の体が原因かそれとも空の神様のお定めの通りか。時折体重計の前で発狂しそうな悲鳴が上がっているが、誰のものであるかは問わないでおこう。

 そして女性陣の最後の一人、カトリーヌ=ケイロン。マーガレッタのように楚々として食べるわけでもなく、セシルのように女性の割りに豪快に食べるわけでもなく、黙々と食べるその仕草は食の細さを匂わせている。しかし、それはあくまで見かけの問題で、その小さな口にどれだけの量のご飯が詰まっているのかと思わず問いかけたくなるように、彼女の前に置かれた皿からは食べ物が次から次へと消えていく。しかも顔はまったくの無表情のまま、ほぼ一定の超スピードで。
 当然嫌いな食材などあるはずもなく、どのような食材・調理方法・味付けを持ってしても彼女の食欲を抑えることはできず、次から次へと一定のスピードで消えていく食事の惨状はどう表現していいか非常に悩むところである。だが、そんな彼女でもやはり好物などはあるらしく、好きなものを食べるときは虚ろな表情に微かに喜色を浮かべて頬に僅かに朱を散らしているのだから、作り手としてはたまらない。むしろ、まだまだ作るからどんどん食べてくれといわんばかりに食材を無駄に減らしかねない気持ちにさえなってしまう。

 そんなわけで、今日の料理当番であるエレメス=ガイルは、今日も元気に鍋を振るっていた。
 男性陣の個性もそれなりに色々と伺えるけれど、酷な言い方だが男が自分の料理に喜んでいるという事実を頭の中で考えるほどしょっぱい思考は持ち合わせていない。というよりむしろ、自分がそんなことを考えているなどとハワード=アルトアイゼンに知られようものならば、本来持ち合わせていないはずのカートブーストを無理やり実行しながらアドレナリンラッシュを併用して超スピードで走り寄って来るだろう。

「……」

 脳内に沸いた物凄く怖気がする光景を、火が焚かれているコンロの上で鍋をもう一度振るうのと一緒に振り払った。何となく背後の扉のほうを振り返ってみるも、当然そこにハワードの姿などなかった。
 ただ、何か妙に自分の尻に視線が注がれているような気がするが、きっと気のせいであると信じたい。姿もないことなのだから。

「……気のせいでござるよな?」

 何となく自問しつつ、中華鍋の中ですっかり炒めあがった野菜を大皿の上に移した。これで完成というわけでなく、次のステップを頭の中で整理しつつ、左手で鍋にこびりついた油をぬぐい、次に使う調味料などを求めて右手があちらこちらと宙を彷徨う。
 お目当てのものが見つかり、既に切っておいた食材へとそれを振りかけようとキャップをとったとき、食堂の扉が開く音が微かに調理場まで聞こえてきた。

 おや?と思い、エレメスは調理場から食堂のほうを眺める。まだ夕飯の時間までは多少あったはずでござるが、と内心呟きながら、ついでに食堂にかかっている壁時計を見上げた。
 調理場、といえば奥のほうで閉鎖的に作られたキッチンと誤解されるかもしれないが、ここのキッチンと食堂はカウンターを通じて繋がっており、作る人と食べる人が互いに姿を見れるようになっていた。

 エレメスの思ったとおり、夕飯の時間まであと一時間ちょっと。今日は取り立てて込み入った料理を作る予定もないので、これだけの時間があれば十分に調理が終わる時間である。
 そんな彼をよそに、食堂へと入ってきた人物―――カトリーヌ=ケイロンは、食堂のテーブルに座ることなく、まっすぐにカウンター横の扉をくぐってキッチンへと入ってきた。

「どうしたでござるか、カトリーヌ殿。夕飯の時間までもうちょっとかかるでござるよ?」
「……ん。エレメスだから」

 ……答えになってないでござるよ。
 思わず胸中で零したツッコミを、エレメスは苦笑いと共に打ち消した。

 エレメスは料理に再開すべくコンロのほうを向き、カトリーヌはそんなエレメスの背中を見つめる形でキッチン内にある椅子へと腰掛けた。

 カトリーヌは、端的に言えば不思議な女性、である。口数も少なく、表情も常に虚ろなまま。特に瞳なんかは綺麗な翡翠色をしているのにも関わらず、常に眠たげに半分が閉じているせいでアンニュイな面持ちになりがちで翠の色がくすんで見えてしまう。おまけに、彼女の思考能力は常人が理解できないほど演算スピードが速く、こちらの思惑を二歩三歩軽く超越してしまっているため、イエス、ノーの二択以外の質問だった場合返ってくる答えが要領を得ないことが多い。
 けれど、彼女の中ではその答えに至る道筋が完璧なまでに理論付けされているのでタチが悪い。こちらが何に理解できていないのか、カトリーヌは察することができないのだ。

「ええと。夕食の時間までもうちょっとかかるでござる。それはわかるでござるな?」
「ん」
「もしかして、もうお腹が減ったでござるか?」
「ううん」

 だから、こうやってこちらが疑問に思うことを一つずつ二択形式の質問で訊ねなければいけない。
 尤も、彼女が下した答えに至るまでにいくつ質問しなければいけないかを考えると、何となくそれも不毛に思えてくるのだけれど。
 食材に下味をつけて、軽くパン粉をまぶした後、油を注いだ鍋へと放り込んだ。

「……ん、いい匂い」
「今日はカトリーヌ殿の好物でござるよ。昨日は姫が優遇されていたでござるからな」
「ん」

 背を向けているため彼女の表情を伺いすることはできないが、普段と同じ言葉少なな返事にも関わらず、その響きには喜色が含まれていた。その声を聞きながら、エレメスは同じヤツをもう一つ、二つ、鍋へと放り込んでいく。
 からっと上がるまで若干分。その間に、と、その横であらかじめ煮込み続けていたスープの鍋の蓋を取った。蓋を開けた途端、何ともいえない芳醇な香がキッチンを満たし、カトリーヌは気持ちよさ気に細い瞳を更に細くする。その様子を少しだけ振り返りながら眺めていたエレメスは、何となく、彼女が最初に言った言葉の意味を薄く理解できた気がした。

「カトリーヌ殿も料理が上手でござるのだから、ご自分でも作ればいいのに」

 正直なところ、自分の料理の腕がカトリーヌに追いつけるとはエレメスも思っていない。舌が肥えた人は、その味を再現するために絶妙な味加減をつけることができるとはよく言ったもので、六人中トップの腕前を持つカトリーヌと、ナンバー2の腕前を持つ自分とでは、それこそ雲泥の差があった。ついでにいうと、ラストとドン2の腕前と中間層の腕前も月とすっぽんほどの差があるけれど。

 けれど、カトリーヌが自身で作った料理で頬を綻ばせていたことは、そういえば余り記憶にない。カトリーヌの料理でメンバー全員が舌鼓を打つことがあっても、彼女自身はやはりいつもと変わらず、黙々と料理を口に運ぶだけだった。
 問われたカトリーヌは、お団子が結われた金色の髪を揺らし、ゆっくりと小首をかしげた。

「エレメスは美味しい?」
「……? カトリーヌ殿の料理の腕前は皆が認めてるでござるよ。それが美味しくないはずが―――」
「ん……違う。自分の料理」
「ああ、そういうことでござるか」

 彼女の言いたかったことを理解し、エレメスはかりっと揚がった料理を一旦網の上に上げた。
 自分の料理の腕は、カトリーヌほどではないがそれなりに巧いと自負している。隠密行が主だったためほとんど料理自体はしなかったが、ここにくるまで色々な地方を歩きわたっていただけに色々な味付け、料理方法などを知っていたし、それを再現するだけの技巧は身についていた。現に、自分以外作り方を知らないだろう料理も数多く知っている。この揚げ物だってそうだ。揚げただけでも十分美味しいが、ここから一つ二つ工夫を凝らしてやることでもっと美味しくなる料理法。

 しかし、それが自分で美味しいかと言われれば、また微妙なものだ。
 美味い、不味い。それで評価するなら、美味い、だろう。
 ただ、それは。

「……なるほど。そうでござるな」
「ん。誰かに作ってもうのって、本当に美味しいから」

 エレメスは揚がったものの一つを、ペーパーの乗った皿の上に移した。そしてナイフとフォークを食器籠の中から取り出して、皿の横に沿える。
 そして、味付けも何もしていないそれを、カトリーヌが座っているテーブルの上に置いた。

「エレメス?」
「皆には内緒でござるよ?」

 不思議そうに首をかしげたカトリーヌに、エレメスは口元にそっと指を添えて悪戯に片目を伏せた。あまりカトリーヌ自体を見ない人にはわからない程度に、けれど、はっきりと彼女の顔が僅かに輝く。エレメスはそれを見て満足げに頷き、スープへと戻った。

 夕食まであと数十分。どうやら、今日の料理時間は退屈せずにすみそうだと、鍋を弱火で煮込みながらそんなことを思った。
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