今日は週に一度ある冒険者の襲撃がない日。
それでも、午前中は日課の鍛錬や何かでそれなりに皆気合も入っているのだが、
昼食を摂り終えた頃からはどうしても休日特有の気怠い空気に包まれる。
自室で読書に耽る者、壊れた箇所の修繕に精を出す者、溜まった洗濯をまとめてこなす者、
皆思い思いに休日を過ごしているが、二階の一次職の女性の面々も例に漏れず、イレンドの部屋で午後のティータイムを満喫していた。

イレンド「で、やっぱり集まるのは僕の部屋なんだね。」
トリス「そういうこと。いいじゃない、折角のお休みなんだし。細かいこと気にしすぎると禿るわよ。」
セニア「毎度で申し訳ないとは思うんだけど、何か習慣になってしまっていて…」
アルマ「うーん、そうだね。やっぱり此処が集まり易いって言うか、イレンド君が一番紅茶淹れるの上手いからじゃない?」
トリス「そうねー、同じ葉っぱのはずなのに、何か違うのよねー。自分で淹れても何か物足りなくなっちゃうのよ。」
イレンド「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、僕にも、その、予定とかがあったりなかったり…」
トリス「なぁにー?こんな可愛い子が三人もいるって言うのに、何か不満あるの?」
イレンド「う、ううううん、滅相もございませんです。嬉しいなー、女の子が三人も僕の部屋に集まってくれてるなんてー、あは、あはははは。」
トリス「取ってつけたように言われてもねー。」
セニア「まぁまぁ、トリス、からかうのもそれくらいに…」
イレンド「うう、やっぱりいつもこうなるのか。」

肩を落とし逍気かえるイレンドを他所に、トリスとセニアは静かに茶の香を愉しんでいる。

アルマ「あ、そういえば…」

アルマイアが何か思い出したように席を立ち、ドアの脇に置いてあった自分のカートへ向い、中をごそごそと漁っている。

トリス「ん、アルマ、どうしたの?」
アルマ「んー、仲良くしてる取引先の人がね、季節の物でよかったらーっておすそ分けしてくれたんだけどー」

そう言って取り出したのは笊に盛られた栗の山だった。

アルマ「これ使って、何かお茶請けとか作れないかな?」
セニア「あら、栗じゃないですか。随分沢山ありますね。」
トリス「おー、アルマ、ナイスじゃない。毬ごとだったらもっと良かったんだけどな。」
セニア「トリス、毬なんて何に使うの?食べられないよね?」
トリス「決まってるじゃない。石投げみたいに投げるのよ!」

冒険者に栗の毬を投げているトリスを皆で想像し、あまりの光景に誰ともなく笑い始める。
笑われるとは思っていなかったのか、イレンドまで笑っているのが不満なのか、少しむくれていたトリスだったが、
結局釣られて笑ってしまう。

イレンド「でもさ、そんなに沢山の栗、どうしようか。姉さん達にもおすそ分けするだろうし、カトリーヌさんもいるから、食べる人手は困らないけど…」
アルマ「何を作るかが問題だよねぇ。栗を使ったもので、私たちが作れそうなものとか、食べたいものとか何かある?」
セニア「わ、私は…お料理はさっぱり作れないから……、でも、食べるのなら皆でお茶会してお茶請けにできるようなものがいいかな。」
アルマ「うーん、お茶会かぁ、楽しそう。たまには皆で集まってそういうのもいいよね。」

トリスは?という視線をアルマイアが向けると、トリスは何かを思いついたのかぽんと手をうち、

トリス「あ、私あれが食べたい!栗金団!」

イレンド「…くりきんとん?」
セニア「…何ですか、それ?」
アルマ「お茶会と激しく繋がらなさそうな語感の食べ物っぽいけど…何それ?」

トリス以外の三者が一様に怪訝な顔をしてトリスを見つめている。
勢い良く切り出したものの自分しか知らない食べ物だったようで、少し居心地が悪くなったトリスは誤魔化すように紅茶に口をつける。
どう説明しようか逡巡していると、ドアがノックも無く勢い良く開け放たれ、カトリーヌが真剣な面持ちで部屋へと入ってきた。
普段の物腰からは想像出来ない振る舞いに全員が言葉を忘れてカトリーヌを注視するが、当の本人はそんなことは歯牙にもかけず歩を進め、
椅子に座ったトリスの両肩を掴み、トリスの顔を今にも食いつかんばかりに見つめている。

トリス「え、ちょっと、カトリーヌさん、どうしたんですか?」
カトリ「………」
トリス「ちょ、痛い、痛いですよ。どうしたんですかっ!」
カトリ「………………」
セニア「カトリーヌさん、血相を変えてどうなさったんですか?まさか三階で何かあったのでは!」
カトリ「……くりきんとん」
アルマ「へ?」
カトリ「…くりきんとん……詳しく。」
イレンド「ああ、さっきトリスが言っていた奴のことですか?」
カトリ「………(こくり)」

無言で力強く首肯するカトリーヌ。いつに無く真剣な面持ちで、これまたいつになく熱っぽく語り始める。

カトリ「昔…本で読んだの。何でも…幸せの味がして……食べるとこの世の物とは思えない幸福感に浸れるって……
    わたし……まだたべたこと……無い。長年の研究で…栗を使った料理って言うことまではたどり着いたの…
    でも……ッ……そこから先がわからないッ……!マロングラッセとも違うみたい、マロンパイでも、タルトでも
    デニッシュでもないみたい…私の大好きなモンブランとも全然違うらしいの。……想像も出来ない。
    半分くらい………諦めていたの。だけど…ッ……!ふふ、うふふ、こんな所に知っている人がいただなんて…」

何時の間にかトリスの肩を掴んでいた手は握りしめられ、何だか何処かに向って演説している。
余りの異様さに四人とも気圧されるどころか、リミッターでも外れてしまったのだろうか。
イレンドは虚空に向って手を組み神に祈りを捧げ、アルマイアはカートをひっくり返して頭から被って隠れようとし、
セニアは剣に手をかけ「兄上兄上、助けてください…!」と呟いているし、トリスは蛇に睨まれた蛙のように顔面蒼白で椅子に座ったままだ。

カトリーヌは拳を開き、くるりとトリスへ振り返って、肩に手をかけ、じっと目を覗き込む。
トリスには、カトリーヌの黒目がちな大きな瞳の中に狂気の炎を見たような気がして息を詰めた。

カトリ「…教えて……トリス。……くりきんとん………何処で……食べたの?」
トリス「ひっ!?ええっ?…えーと、その、あれは何処で食べたんだっけ……」

トリスの肩を掴む手に更に力が込められる。

カトリ「…思い出して。」
トリス「わかっ、わかりました!思い出しますから!えーとえーとえーと…」
セニア「トリス!頑張って思い出して!」

剣の柄をを掴んだまま、涙目で叫ぶセニア。

トリス「えっとうーーーーーーんっと…」
カトリ「………思い出せないのなら」
アルマ「あああ、早く思い出して、トリス!私たちまでこーろーさーれーるー!?」

何時の間にか青白い蛍を身に纏い、何かを詠唱しようとするカトリーヌ。
被ったカートの中から様子を窺ったまま、それを見てガタガタと震えるアルマイア。

カトリ「……思い出せるようにしてあげる。」
イレンド「神よ、どうか憐れな僕達をお救い下さい…って、オーラ!?うわぁあああ、神様、トリスに早く思い出させてー!」
トリス「こ、こんな状況で思い出せるかぁあああああ!!」

今にも吹雪が吹き荒れそうになる魔力の昂まり。そんな魔法を食らってしまったら、思い出すを通り越して記憶を失うというよりも、
命まで余裕で失ってしまいそうだが、暴走したカトリーヌは気がついていない。

トリス「(ああ、栗金団だなんて言ったばっかりに、こんな所で死んじゃうなんて、何てついてないんだろう、私。ごめんね、
    お兄ちゃん。先立つ私を許して下さい。ああ、何だか今までの事が目の前ぐるぐる回ってるよ。)」

兄と慕った人の笑顔。気のいい友人達と過ごした日々。冒険者との死闘。色々なことが脳裏にまるで走馬灯のように去来して、

トリス「(って、走馬灯まんまじゃん!やばい、これは本気でやばい。美少女盗賊トリス、栗金団で死ぬ、とか、冗談じゃないよ!)」

結構余裕がありそうだが、見せつけるように、わざわざ聞かせるように詠唱していたカトリーヌの大魔法はそろそろ完了しようとしている。
魔力の密度の所為か、視界が歪んで見え、走馬灯の方がはっきり見えてくる気がする。

トリス「(待て、ヒュッケバイン=トリス!逆に考えるんだ。走馬灯を利用して思い出すッ!これしかないッッ!
    って、あぁあ、もうダメだ…お兄ちゃんの顔しか浮かんでこないよ……。ん?お兄ちゃん!?
    ああああ!そうだっ、お兄ちゃんだ!)」
トリス「カトリーヌさん、思い出しました!思い出しましたから魔法ストーップ!」

カトリーヌの詠唱が完了しようかどうかという刹那、トリスが遮る。
途端にいままでのことが嘘のように、魔力の密度で歪みかけていた空間も吹き始めていた風も元通りになった。
トリスの肩に置かれた両手に再び力が込められ、静かにカトリーヌが問い掛ける。

カトリ「それで……何処で…食べたの?」
トリス「おにいちゃ…兄貴のところで食べました。」
カトリ「…エレ…メス?」
トリス「はい!何の機会にかは思い出せませんが、食べたのは間違いなく兄貴の所ですっ!」
カトリ「そう…エレメスが知っていたのね……ふふ、灯台…下暗し……ね?」
トリス「兄貴が作ってくれたので、多分、作り方も知ってるんじゃないかと思います。」
カトリ「ふふ…ふふふ……うふふふふふ」

何だか恍惚とした表情で、自分の両肩を抱きしめるようにしながら虚空を見つめ、怪しく笑うカトリーヌ。
今にも涎が垂れてきそうというか、もう幾分垂れているかもしれない。

アルマ「…ねぇ、トリス。カトリーヌさんってあんなキャラだっけ?」
トリス「私に聞かないでよ、アルマ…」
イレンド「何だか…よからぬことを考えてるときの姉さんをみてるみたいで嫌な予感がするんだけど。」
セニア「思い出してくれて有難う、トリス。カトリーヌさん、怖かった…怖かったよ…」

カートからはいだし、神に感謝の言葉を告げ、剣を下げ涙を拭いて、それぞれに寄り添ってくる友人達と生の喜びを互いにかみ締める一次職達。
しかし、こうなると気になってくるのが『くりきんとん』だ。
あのカトリーヌが此処まで壊れるほどに渇望するなんて、何とも興味のある逸品に思えてくる。
食べたことのあるトリスですら、自分がまだ知らない何かがくりきんとんにありそうな気がして矢も盾もたまらない。
四人ともそれは同じ考えだったようで、お互いの無事を確認し終えた後、視線を交わし互いに頷く。

イレンド「カトリーヌさん。僕らも一緒にエレメスさんのところに行ってもいいですか?」
セニア「カトリーヌさんがそんなに夢中になるなんて、とても気になります。」
アルマ「丁度此処に栗も一笊あるんです、是非御一緒させて下さい!」
カトリ「…皆で……いこ?……トリス…は?」
トリス「勿論!いかいでか!」
カトリ「…決まり。」

言うや否や、五人とも戦地に赴くかのような剣呑な気を漂わせながら、カトリーヌに至ってはオーラを噴きながら、
エレメスの部屋を目指し歩いていく。
廊下を折れ、階段を下り、エレメスの部屋の前に着く頃には、MVPカトリーヌとその取り巻きといわれても遜色が無いほど、
一行の気合は入りまくっていた。
日頃足を運ぶ冒険者がその姿を見れば裸足で逃げ出しそうな塩梅であるが、まさか理由が栗金団だなどとは夢にも思うまい。
カトリーヌがトリス達に視線をむけ、各々が力強く頷き、ここに決戦の火蓋は切って落とされた。

カトリ「エレメス。」

カトリーヌが確りと声を掛けながら数度ノックすると、中から間延びしたエレメスが返事を寄越してくる。

エレメス「おや、カトリーヌ殿でござるか?拙者今手が放せぬゆえ、鍵は開いておるのでそのまま入って───」
カトリ「…ユピテルサンダー」

やはり何処か箍が外れてしまったのか、鍵のかかっていないドアを魔法で強引に吹き飛ばして進入するカトリーヌ。

エレメス「な、何事でござるか!?おや、トリスにイレンド殿、アルマ殿にセニア殿もご一緒でござったか。
     何やら皆ただならぬ雰囲気でござるが…火急の用でござろうか?」

エレメスは遅い昼食を摂ろうとしていたのか、両手に鍋つかみを嵌め、エプロンをつけ、鍋を持ったまま立ち尽くしている。
普段の暗殺者の装束ではなく部屋着の為か、どこからどうみても主夫にしかみえない。

カトリ「エレメス。」
エレメス「な、なんでござる?」
トリス「兄貴。」
エレメス「だから、なんでござる?」
アルマ「エレメスさん。」
エレメス「なんなんでござるか?」
セニア「エレメスさんっ。」
エレメス「何でござるかっ!」
イレンド「エーレーメースーさーん。」
エレメス「あーもう、だから何でござる!拙者見てのとおり今から昼食でござるし、用があるのなら早く───」
カトリ「ェェエレメェェエエエエス!!」

エレメスが喋るのを遮り、カトリーヌがオーラを撒き散らしながら咆哮する。
こんな状態のカトリーヌは同じ三階の住人であるエレメスも見たことも聞いた事も無いのだろう、完全に竦み上がってしまっている。
カトリーヌはエレメスの部屋が畳敷きなので律儀に三和土に靴を脱いでエレメスに歩み寄ると、その手から鍋を奪い、一気飲みの要領でそのまま流し込んだ。
ものの数秒で鍋は空になり、ちゃぶ台の上にコトリと鍋を置き、手を合わせるカトリーヌ。
そのまま、呆気に取られているエレメスの方へ向き直り、

カトリ「エレメス。……くりきんとん。」

同僚の咆哮を初めて目にし、人間離れした鍋の一気のみを見せられ、自分の昼食を一瞬で奪われたエレメスは────
何が何やら訳が判らなくなって泣き笑いの顔のまま気絶していた。




エレメス「…なるほど。概ねの事情はわかったでござる。」

目を醒ました(ユピテルサンダーで無理矢理起こされたのだが)エレメスは、セニアとアルマイアからの説明をうけて、
漸くなんとか事情を理解していた。

エレメス「カトリーヌ殿は栗金団が大好きでござったが、召し上がられた事も無いし調理法の見当もつかぬゆえ悶々としておられた。
     そこで栗金団を作れる拙者がいるとわかり、このような暴挙に及んだのでござるな?」
カトリ「ん。……くりきんとん。」
エレメス「しかし、拙者の昼食を鍋ごと平らげてしまうのはやりすぎではござらぬか?」
アルマ「(ねぇ、トリス。エレメスさん、鍋つかみで持ってたよね。)」
トリス「(うん、アツアツっぽかった。)」
アルマ「(カトリーヌさん、なんで平気なんだろう?)」
イレンド「(魔法で冷やしたようにもみえなかった…けど。)」
セニア「(今のカトリーヌさんなら何があっても不思議じゃない気がする…)」
カトリ「…ごめん。でも……ごちそうさま。」

エプロンに鍋つかみのままのエレメスは空っぽの鍋を寂しそうに眺め、一次職達は一次職達で鍋をしげしげと見つめているが、
カトリーヌは平然としている。

エレメス「まぁ、仕方が無いでござるか。今のカトリーヌ殿にはどうやっても勝てない気がするでござるし、
     正直かなり命の危険を感じるでござる故、栗金団を皆でさっさと作ってしまうでござるよ。」

エレメスはアルマから栗を受け取ると、諦めたように立ち上がり、部屋に設えられたキッチンへと向う。
水を張った大鍋に栗をいれ火にかけると、にこりと笑って振り返るエレメス。

エレメス「量も多いことでござるから皆にも手伝ってもらうでござるよ。皆で作った方が楽しいでござる。」
カトリ「エプロン…借りる。」
エレメス「トリス、そこの箪笥の一番上の抽斗にエプロンが入ってござる故、皆に渡して欲しいでござる。」
トリス「OK、兄貴!」
アルマ「セ、セニアも料理させるのは、その、賛成しかねますけど…」
セニア「失礼な!……でも、私にも出来るのでしょうか?」
エレメス「大丈夫でござるよ。味付けとかではないでござるし、下拵えを手伝って欲しいのでござる。」
アルマ「そ、それなら…大丈夫……かな?」
セニア「任せてください!」
エレメス「はっはっは。頼もしいでござるな。」

いそいそとエプロンをつける気合の入った女性陣を見て、エレメスは先ほどまでのことを忘れたかのように微笑んでいる。
僕の事まで忘れているんじゃないだろうか、と、エプロン姿で畳に正座していたイレンドはおずおずと手を挙げ尋ねてみる。

イレンド「あのー、僕はどうすれば?」
エレメス「おお、イレンド殿には、食堂にいって、人数分のスプーンを取ってきて貰いたいでござる。
     此処にある分では足らぬゆえ、申し訳ないが一走り御願いできるでござろうか?」
イレンド「スプーンですね。任せてください。」

小走りに食堂へ駆けて行くイレンドを見送って、エレメスは鍋の前に戻って行く。
茹で加減を確かめ、栗が柔かくなってきていることを確認すると、火を止め鍋を下ろし、笊で水を切ってちゃぶ台で待つ女性陣の元へやってきた。

エレメス「それでは皆には、イレンド殿が戻ってきたら、拙者がやるようにやって欲しいでござる。」

そう言って、エレメスは栗をナイフで半分に割り、皮と渋皮を除いた実の部分を、スプーンでほじってボウルに移し始める。
辺りには茹であがった栗の甘い匂いが立ち込め、カトリーヌでなくともお腹が鳴りそうであるが、当のカトリーヌは真剣にエレメスの手元を見つめている。

カトリ「中身…取り出せば……いいの?」
エレメス「そうでござる。沢山あるゆえ大変でござるが、イレンド殿が戻ってきたら宜しく御願いするでござるよ。」
カトリ「うん……わかった。」
エレメス「それでは、拙者は次の工程の準備に掛かるゆえ、後はよろしく頼むでござる。」

そういって、カトリーヌにナイフとスプーンを手渡し、エレメスはキッチンへ戻って天袋をゴソゴソし始める。
さてさて、裏ごしをせねばならんのでござるが、人数分もないし、どうするでござるかなぁ。等と考えて、
仕方が無いでござるな、応急処置でいくでござるか。と、茶碗や塗り物の御椀に目の粗い手拭をかぶせ、口をきつくしばって即席の裏ごし器を用意する。
裏ごし器を作っているうちにイレンドも食堂から戻ってきたのだろう、ちゃぶ台の方からは楽しそうに下拵えする一次職達の声が聞こえてきた。

トリス「何か、地味だけど嵌まっちゃいそうな作業だね、これ。」
アルマ「トリスって変な物が気に入るのねぇ。」
トリス「む、変な物とは何よ。そういうアルマだって楽しそうじゃない。」
カトリ「…(黙々)」
セニア「まぁまぁ、二人とも。それにしても、まだこんなにあるなんて、結構大変ですね。」
イレンド「僕達もついてきて正解だったかもしれませんね。」
カトリ「……(黙々)」
イレンド「って、カトリーヌさん速い!」
トリス「本当だ、私たちも負けてらんないわよ!」
アルマ「おー!」
カトリ「………(黙々)」

一斉に栗に手を伸ばし、ペースアップしてほじりだす一次職達。
カトリーヌは先ほどから一心不乱にスプーンを動かし、驚異的な速度で栗の実の山を築いている。
そこへ準備が終わったのか、人数分の即席裏ごし器を持ってエルメスが戻ってくる。

エレメス「はっはっは。カトリーヌ殿は熱心でござるな?それでは、トリス、アルマ殿、セニア殿は、こっちを手伝って欲しいでござる。」
トリス「りょーかい。で、何するの?」
エレメス「さっきのより、ちょっと力がいるのでござるがな?こうして…栗を裏ごしして欲しいのでござるよ。」
アルマ「わっかりましたー!」
エレメス「アルマ殿は元気でござるなぁ。その勢いで、しっかり裏ごしして下され。栗金団の食感の命ゆえ、丁寧にやるのがコツでござるよ。」
セニア「はい、エレメスさん。」
カトリ「…エレメス…私も…そっち……やりたい。」
エレメス「うむ、それでは、カトリーヌ殿も裏ごしを御願いするでござる。拙者とイレンド殿は栗をほじるでござるかな。」

カトリーヌは真剣な表情で黙々と裏ごしをしているし、トリス、セニア、アルマイアの三人は楽しそうにおしゃべりしながら裏ごししている。
イレンドとエレメスはそんな四人をみて、互いに目を合わせ、「仕方ないで(すね)(ござるな)。」と苦笑しながら栗をほじくりはじめる。

物の十数分で下拵えの全てが終わり、エレメスが仕上げにとりかかった。
裏ごしした栗を鍋に移して砂糖を加えるのみで、弱火で水分をゆっくり飛ばしながら時間をかけて練り上げる。

エレメス「水を加えるやり方もあるのでござるが、拙者は水を加えないほうが好みでござるな。
     剥き栗からでも勿論作れるでござるしその方が見た目も綺麗でござるが、
     拙者はこうして作ったのが一番美味しいと思うでござるよ。
     …ふむ、こんなものでござるかな。後はよく冷まして茶巾に絞れば完成でござる。」
トリス「おー。お疲れ様、兄貴。それじゃぁ、冷えるまでお茶にしない?」
エレメス「ははは、何の何の。最初はびっくりしたでござるが、可愛い妹達の頼み故、大した事はござらんよ。
     お茶にするなら、折角でござるし、味見を兼ねて食べてみるでござるか?」
アルマ「えー、いいんですか?」
カトリ「…食べたい。」
エレメス「それでは頂くとするでござるかな。」

何処で手に入れたのか、エレメスは天津風のお茶の準備をし、まだ温かい栗金団を小分けに椀に盛り(カトリーヌの分はお椀いっぱいだが)、
盆に載せて持ってきた。
ちゃぶ台に並べられ、煎茶のいい香りと栗金団の甘い仄かな香りが広がる中、お椀の中を食い入るように見つめるカトリーヌ。

カトリ「…これが…くりきんとん?」
エレメス「そうでござる。天津の食べ物でござるよ。」
カトリ「夢にまで見た……くりきんとん………」
エレメス「はっはっは。ささ、食べてみるでござる。仕上げの折に味見したでござるが、良い栗だったようで、自信の仕上がりでござるよ。」
カトリ「……いただき……ます。」

恐る恐るスプーンを伸ばし栗金団を口へと運ぶカトリーヌ。
他の面々はその様子をじっと見詰めている。
一口頬張ったカトリーヌはゆっくり味わうように舌の上で転がし、スプーンを置くと湯のみのお茶を静かに口に含んで飲み下すと────

カトリ「くりきんとん!」

やおら立ち上がってそう叫んだ。

カトリ「…しつこくない栗の甘味……それでいて…後を引く味がする。まったりとした舌触りが…とてもクリーミーで……
    絹のような喉越しと相俟って……えも言われぬこの食感……!これは…正しく……幸せの味!!」

何時の間にか栗金団の入ったお椀を捧げ持ち、わずかに頬は上気し、いつに無く興奮気味の氷の魔女カトリーヌ。
そんなカトリーヌの様子を見て、セニアとトリスはお互い抱きしめあって震えているし、アルマイアはまたもやカートに手を伸ばし、
イレンドは虚空に祈りを捧げている。
な、なんだか阿鼻叫喚な地獄絵図をみているようでござるな、とエルメスは正座したままわずかに引きながら、
何処かにトリップしていそうなカトリーヌに恐る恐る声をかける。

エレメス「カ、カトリーヌ殿、美味しいでござるか?」
カトリ「……凄く……美味しい。……エレメス…ありがとう。」
エレメス「はっはっは、美味しければ何よりでござるな。ささ、皆も食べてみるでござる。」

腰をおろし栗金団を再び食べ始めるカトリーヌ。
何とか落ち着いたのか、それぞれに栗金団を口に運ぶ一次職達。

トリス「あー、うん。そうそう、これこれ。くりきんとん!」
アルマ「うわ、ほんとに美味しい。カトリーヌさんがああなるのもわかるような…わからないような?」
セニア「初めて食べるはずなのに、何だかとても懐かしいような味がします。」
イレンド「うーん、このお茶にとってもよく合ってますね。ちょっと渋いお茶だからかな?栗金団を食べるともっと甘く感じる…」

口々に賛辞を述べる一次職に胸をなでおろしながら、隣で黙々と栗金団を平らげつつあるカトリーヌに目を向けるエレメス。

エレメス「気に入ったようでござるな、カトリーヌ殿。」
カトリ「……(もぐもぐ)……(コクリ)………(もぐも)!……(胸を叩く)」
エレメス「あーあー、急いで食べるからでござるよ。ほら、お茶でござる。」
カトリ「…(こくこく)……ふー……(もぐもぐ)」
エレメス「仕方無いでござるなぁ、カトリーヌ殿は。」

喉に詰めるほど急いで食べずともよいでござろうに。と苦笑いしながら、一心不乱に栗金団を口に運んでいるカトリーヌの頭を優しく撫でる。
頭を撫でられても嫌がる風でもなく、引き続き栗金団を頬張るカトリーヌだが、恥ずかしかったのか頬が少し朱に染まっている。

エレメス「まだまだ沢山ある故、ゆっくり食べても大丈夫でござるよ。」
カトリ「……ごめん…なさい。」
エレメス「はっはっは、気をつけて食べるでござるよ。」
カトリ「…ううん……エレメスの…お昼ご飯とか………いろいろ……だから…ごめんなさい。」
エレメス「ああ、そのことでござるか。もう気にしていないでござる。皆の嬉しそうな顔が見れて拙者は満足でござるよ。」
カトリ「うん……私も……私も…美味しくて……嬉しい。」
エレメス「そうでござるか。何より何よりでござるな。」

栗金団を何時の間にか食べ終わったカトリーヌは、エレメスに頭を撫でられるままにさせたまま、目を閉じてエレメスの肩に頭を凭せ掛けている。
その表情がとても満ち足りて幸福そうで、ああ、たまにはこんなのも悪くないでござるな、などと思いながら、優しくカトリーヌの髪を梳くエレメス。
傍からみればそれは仲睦まじい恋人のようで、アルマイアやセニアなどは少し照れながら二人を見つめていたりするのだが、
お兄ちゃん大好きっこであるところのトリスはそれが面白くない。
むーっと頬を膨らませながら、二人の邪魔に入る。

トリス「おにい…兄貴、最後の仕上げ、するんじゃなかったの?」
エレメス「おお、もうそろそろ大分冷めている頃でござるし、皆で仕上げることにするでござるかな?」

髪を梳く手が止まり、少し名残惜しそうにエレメスを見つめていたカトリーヌだったが、すぐに微笑んで、

カトリ「皆にも……もっていこう?」
セニア「兄上達もきっと喜びますよ!」
アルマ「そうだねー、それじゃぁ、最後の仕上げやっちゃいますかっ」
イレンド「おー!」

皆で残った栗金団を楽しそうに成形している。気怠い休日の午後の空気に包まれながら、愛すべき家族ともいえる仲間に囲まれながら。
ああ、今日も平和な一日でござるなぁ。と、誰に呟くでもなくエレメスは優しい目で微笑んでいた。





☆おまけ☆


セイレン「へぇ、これが栗金団か。どれどれ、おっ、確かにこれは美味いな。」
セシル「何か美味しそうな匂いがしてるけど、一個貰ってくわよ?」
カトリ「うん……皆にもと思って………だから……食べて。」
セシル「へっへー、ありがと、カトリ。うわ、何これ!?めっちゃ美味しいじゃない!マガレ、あんたも食べたら?」
マガレ「私はもう先ほど頂きましたわ。ほらほら、皆さん、お茶も一緒に如何です?」
セイレン「すまない、頂くよ。」
セシル「ありがと、マガレ。んー、お茶も美味しいー!」
カトリ「……ハワード……は?」
エレメス「何だか嫌な予感がするでござる…」

誰かが廊下を爆走している、残るハワードしか心当たりが無いのだが、酷く嫌な予感がする。
食堂の前で急停止音が鳴り響き、勢い良く扉が開け放たれ、予想あやまたずハワードが入ってくる。

マガレ「ハワード、はしたなくてよ。」
ハワード「おう、すまん。」

マーガレッタの咎めるような視線と声音を意に介した風も無く、テーブルへ近づいてくるハワード。
やはり、とても嫌な予感がする。

ハワード「おほっ、これがわざわざエレメスが俺の為に作ってくれた栗金団か!嬉しいことしてくれるじゃないの…」
エレメス「い、いや、拙者はカトリーヌ殿に頼まれて…」
ハワード「俺はエレメスが作ったもんなら栗金団だって構わず食っちまうような男なんだぜ?」
エレメス「いいいいや、もう訳がわからんでござるよ!?話をきくでござる!」
ハワード「よし、いいこと思いついた。お礼はこの体で……」
エレメス「結局それではいつもと同じでござらぬかーって、寄るなでござる!ベルト外しながら来るなでござるーー!?」

ああ、やっぱりこうなるのでござるか。と半ば諦めたように、迫り来るハワードをぼんやり眺めるエレメス。
逃げようとも思うのだが、こうなったハワードからは何故か逃げ切れないことをエレメスは身をもって知っていた。
いよいよハワードに捕まりそうになるその刹那────

セイフティウォール!! フロストダイバー!! ユピテルサンダー!!

ハワード「うおっ!?エレメスに手がとどかねぇ!へぶっ、ちょ、ちょっと待てカトリ───ぬぎゃぁああああああ。」

カトリーヌが横合いから割ってはいり、事なきをえたエレメス。
派手に吹っ飛んで壁に叩きつけられ、アフロヘッドでびくんびくんと悶絶しているハワード。

マガレ「…珍しいですわね。カトリちゃんが、エレメスを助けるなんて。」
セシル「おっどろいたー、今時アフロで痙攣とか、ドリフじゃないんだからさぁ。」
セイレン「驚く所が違う気がするんだが。」

ハワードとエレメスのやり取りは何時ものことだし、ハワードもあれくらいで死ぬタマではないので、引き続きお茶を飲みながら冷静に分析する三人組。

エレメス「カ、カトリーヌ殿!助かったでござる!ありがとうでござるよ!」
カトリ「…うん(こくり)」
エレメス「そうでござる、お礼ではないでござるが、拙者の分の栗金団はカトリーヌ殿に差し上げるでござる!」
カトリ「(目をキラキラさせながら)………わん」

涙を流しながらお礼を言うエレメスに栗金団を貰ってとても嬉しそうなカトリーヌ。
何だか頭に犬耳がついて、尻尾も生えてぶんぶか振っていそうな雰囲気である。

セシル「ちょっと、カトリがエレメスに懐いてるわよ?」
セイレン「ああ、何だかテイミングされてそうな雰囲気だな…信じられん。」
マガレ「おーのーれー、エレメス、私のカトリちゃんに何て羨まし……破廉恥な!」
セシル「本音が漏れてるわよ、マガレ。自重しなさいよ、ほんとに。」
マガレ「ああもう、悔しいですわ!傷つきましたわ!私のこのブロークンハートを癒してくれるのは、セシルちゃんしかいませんわ!
    セーシルちゃーん!!」
セシル「げっ、なんでこっちに矛先が向くのよ!マガレ、あんたも栗金団でカトリをテイムすればいいじゃないっ!」
マガレ「私、お料理なんて出来ませんもの。ですから仕方ありませんの。というわけで、セシルちゃん。私の心の傷を癒してくださいな!」
セシル「私の方が心に傷を負っちゃうわよ!っていうか、寄るなー!手をワキワキさせて近づくなー!?」

いつもの光景といえばいつもの光景がこちらでは繰り広げられている。
そんな中、最強の名を欲しいままにするロードナイトは手中の栗金団を見つめ、ぼそりと呟いた。

セイレン「むぅ、これを使えば、俺も憧れのノビたんをテイムできるかもしれん。」
全員「それは犯罪。自重しろ、セイレン。」
セイレン「…かなわぬ夢…か。」

じゃれあっていたマーガレッタとセシルはおろか、アフロで倒れたままのハワードにまで見事に息のあった突っ込みを入れられ、
がくりと肩を落とすセイレン。
天下泰平事もなし、レゲンシュルム生体研究所も今のところは常と変わらず平和なようである。











後書き

初SSにつき、乱文乱筆にてお目汚ししました点も多々あるとは思いますが、どうかご容赦願います。御代は見てのお帰りで。
甘いのが好きなはずなのですが、甘いのは味覚だけという情けない結果に終わってしまいました。
どこか一箇所でも笑って頂けたところがあれば幸いです。
しかしながら、キャラが何処かぶっ壊れてしまっている点に関しては、深く各方面にお詫びをしたい所存です。
それでは、お後が宜しいようで。これにて筆を置かせて頂きます。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送