「よいしょ、と・・・・・・」

 どさ。

「これで全部でしょうか?」
「そうらしいな」

 ふう、と息をついたセニアに、ラウレルが浅く頷く。
 二人の目の前には、何やら大量の箱、箱、箱。見るからに頑丈な木箱から、一般的な紙箱から、見目色々違えどとにかく山積みされているのはすべて箱。
 カプラ空間輸送サービスで定期的に送り込まれてくるこれらは、彼らやその兄姉が注文した何かしらの必要物から、カヴァクが趣味で買いあさっている怪しげな通販物まで内容は多彩だ。
 毎週決まった日の決まった時間、空間輸送場所に指定された部屋にどっさり届くこの大量の箱は、各々頼んだ本人が勝手にここまで取りに来ればいいものを、何故か研究所内配達当番制などというものが――概ねものぐさ姫マーガレッタのせいで――取り決められているため、本日はセニアとラウレルが仕分けて届けなければならない。

「今日はまだ少ないほうですね」

 と、この二十はある箱を前にのんびり言うあたり、セニアも慣れている。
 その隣に立つラウレルはめんどくさそうに火の色の髪をがしがしとかいて、近いところにあったカヴァク行きの箱山を横目で睨んだ。

「カヴァクの奴またわけわかんねーモン買い込んでねえだろうな・・・・・・」

 その声に苦い響きが混じるのも、致し方ない。
 往々にして謎の購入物の被害に遭うのは、ラウレルなのだから。

「・・・・・・」

 じっと箱を見つめる――いや、睨むこと十秒あまり。

「あ、勝手に開けては!」

 カヴァク行きの箱のひとつに手をかけたラウレルに気付いたセニアが、慌てて制止の声を上げたときにはもう手遅れ。
 蓋を開けたラウレルは、真顔で中身を見つめた。
 その突然オトコマエになったラウレルの素敵な横顔を見たセニアは、いつもとのギャップに胸が突然ときめいた――りするわけもなく、単純に不思議そうな表情で首を傾げてから、そっと開いた箱の中に視線を送る。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 そして、ラウレルのそれが感染したように、憂いを帯びた真剣な表情になった。

「・・・・・・お前、これ何に見える?」
「・・・・・・ラウレルこそ、何に見えています?」

 別に聞かれてやましい問答でもないのだが、何故か小声で口早に言う二人。

「あー・・・う?」

 間の抜けた、愛らしい声。
 まさかラウレルが発するわけもなく、またセニアもそんなキャラではなく。

「・・・・・・どう見ても幼ジゴハッ!?」

 率直に見たまま感じたままの返答を口にしようとしたラウレルの顎に、頭一個半分は背の低いセニアの脳天が高速で直撃した。

「いけません! そんな言葉を使ったら兄上がどこから現れるか!!」
「だからってイキナリ顎に頭突きするか!?」
「ご、ごめんなさい、咄嗟に」

 咄嗟で出る制止が物理攻撃とは、男らしすぎる。
 下顎にクリーンヒットを貰って頭がくらくらするラウレルがその場にしゃがみこむのを横目に、セニアはもう一度箱の中身を見遣った。

「ですが、本当にこれは一体・・・・・・」

 額と顎を押さえてふらふら立ち上がったラウレルもそれに倣う。

 あまり頑丈そうには見えない木箱。
 その中には緩衝材は敷き詰められておらず、その代わりに真っ白なクッションだか布団だかが綺麗に敷かれている。
 そして、そんな箱の中に入っていたもの。
 誰がどう見ても、それは二足歩行をやっと覚えたかという程度の、小さな小さな女の子だった。





―― Baby Pink :01 ――――――





「・・・・・・」

 光を映した眼鏡のレンズは、その奥の瞳から表情を読み取らせない。
 マウスから手を放し、くるりと椅子を回して振り返ったカヴァク=イカルスは、相変わらずの無気力な無表情のまま、じっと二人を観察している。
 何故か面接試験のような緊張感を覚えつつ、おずおずとカヴァクの前に立ったセニアの腕には先ほど箱の中から出てきた小さな女の子が抱かれ、その隣には何とも言いがたい表情で両手をポケットに突っ込んだラウレル。
 たっぷり五秒は見つめたカヴァクは、肩をすくめてようやく声を発した。

「まぁ、そのへんに座りたまえ」
「いや結構だ。それより言いたいことがある」
「ほう? その幼子のことか?」

 ラウレルにはわかっていた。
 コイツが次に何を言い出すのか、大体わかっていた。
 だから本当はついて来たくはなかったのだ。
 ならどうして来たのかと問われると、セニアひとりでコイツのところへ行かせるような非人道な自分に絶望したくなかっただけで他意はなく、つまりカヴァクの野郎と二人きりにして無垢なセニアが何かされる心配をしているわけでは断じてないそんなことはない俺は別にそんな。

「ギネスでは五歳で出産した記録があるというからな。セニアが子供を産んでも驚きはしないが、しかしあの兄上の目をかいくぐっていつの間にそんな不届きな真似をしていたんだ? 我が友よ」
「お前ならきっとそういうことを言ってくれると思っていた。我が友よ」
「ああ、親友だからな。時に落ち着け、ラウレル。お前の背後に大量のヒトダマが見えるんだが。疲れ目のせいか?」
「そうだな、パソコン使いすぎて疲れてるんだろ。少し眠らせてやる」

 電磁波保護用なのか、かけていた眼鏡を外して目を擦るカヴァク。
 背後に疲れ目のせいで見えた錯覚でも何でもなく、ソウルストライクの呪詛によって喚びだされた無数の聖霊をその背後にもわもわと浮かべたラウレル。
 対峙する二人をおろおろとセニアが交互に見ていると、

「あー」

 ぐいっ、と小さな力でラウレルのマントが引っ張られた。

「・・・・・・」
「あうー」

 怖くないのかコイツは。
 口の中で呟いたラウレルは、あーうー言いながら手を伸ばしてくる赤ん坊をどうすればいいかわからず、とにかく気勢を削がれて杖を下ろした。
 セニアの腕の中から両手を伸ばしてくる子供を見つめて、不貞腐れたのと似た様子で唇を尖らせる。

「ふむ。よく懐いている。父親はお前に違いない」
「お前まだ言うのかコラ」

 冷静に腕を組み片手を口元にやって、どことなく探偵のように呟くカヴァクを睨む。
 いやむしろ、ように、どころかきっちり探偵帽を目深にかぶって斜に構えて気取ったポーズをとっている。

「っていうかお前どこから探偵帽出したんだ」
「その点ぬかりない。パイプタバコも用意してある」
「変装ゲームに付き合ってる場合じゃねえんだよ」

 吸うか? 間接キッス。
 などとほざきながらくわえてみせたパイプタバコを差し出してくるカヴァクの手を邪険に叩いて、ラウレルはやや後方でセニアが抱きかかえている幼女を顎で示した。

「あれは何なんだ?」
「幼女だな」
「どうしてあんなものがここにいるんだ」
「お前が産ませたからだろ――いや、すまん。OK。わかったから落ち着け」

 喉元に杖をぐりぐりと突きつけられて、無表情のまま謝罪する――流石に声はかなり苦しそうだが。

「カヴァク宛の荷物の中から出てきたのです」
「む。俺宛?」

 一向に話が進みそうにない様子に焦れたセニアが、ラウレルに代わって完結に説明を加えると、カヴァクは怪訝そうに眉を寄せた。

「俺はそんな幼女を購入する趣味はないぞ。お前の兄上宛のが俺の方に混じってたんじゃないか?」
「そ、そんなことがある筈が! 兄上に限って・・・・・・限っ・・・・・・」

 力いっぱい否定しようとしたものの、だんだん声が小さくなって消えていくセニアの気持ちはよくわかるラウレルである。
 あのセイレンなら、確かに幼女に手を出すくらいは・・・・・・

「つってもたまにキレちまう以外は自制効いてる人だろう。人身売買は流石にないと思うぞ。むしろやりそうなのっていうと」
「何故俺を見る。ラウレル」
「本当にお前じゃねーんだな?」
「違うな。俺はCカップ以下は乳と認めない。幼女など論外だ」
「断言するな」

 Cカップ以下のセニアがしょんぼりしているのは、見ていないことにして。

「しかし、だったら誰がコイツを?」
「ふむ。謎だな」
「あ、兄上はきっと違いますから・・・・・・っ」

 あー。うー。と相変わらず幼児語を発している子供を抱えたセニアが、うー。と唸りながら必死にラウレルとカヴァクを睨むものの。
 男二人からしてみると、拗ねた可愛らしい上目遣いにしか見えないわけで。

「OK。はっきりさせよう」

 女の子のそういった可愛らしい仕種に免疫のない――そして女の子には強く出られない――ラウレルが、じっとセニアに見つめられておたおたと視線を泳がせているのをとりあえず放っておいて、カヴァクはパイプタバコを構えて立ち上がった。

「要するにセイレン氏に聞いて来れば良いのだろう?」

 探偵帽の角度をものすごく微妙になおして、気取った足取りで歩き出す。

「まぁ、それが早いわけだが・・・・・・」
「チョット調査にいってくる。お前たちはここで待っていろ」

 気障ったらしく片手を振って部屋を出て行く後姿を見送って。
 ぽつーん、と漫画なら小さく書かれていそうな室内に残された二人は、立っているのも疲れるとそのあたりに適当に腰を下ろした。
 セニアが大きな瞳を揺らして呟く。

「カヴァク、大丈夫でしょうか」
「・・・・・・色々嫌な予感はするけどな」

 幼女、と聞いたセイレンがオーラで現れるだとか。
 幼女、と聞いたマーガレッタがオーラで現れるだとか。
 もしくは、その両方が争い施設を破壊しながら現れるだとか。
 でなければ――カヴァクの非情なまでに誤解を招く説明能力で何かを勘違いなさったセイレンが、ラウレルを斬り殺す勢いで現れるだとか。
 とてもセニアには言えない。
 言えないが、そんな悪寒がつのるラウレルである。

「あー。あうー・・・うぇ・・・」
「ど、どうしたの・・・・・・?」

 突然ぐずった声を上げる子供に、セニアが焦った声を上げた。
 ぼんやり天井を見上げて思案していたラウレルが見遣ると、セニアの細い腕の中で小さな女の子は今にも大泣きしそうな顔で身体をよじっている。

「あ、あっ、泣かないで・・・・・・どうしたら・・・・・・」
「そんなん俺に聞くな!」

 咄嗟に大きな声を出したのは失敗だった。

「うっ・・・・・・あぁぁぁーん!」

 しまった、とラウレルが口を押さえたときには、既に遅し。
 ぶわっと大粒の涙が浮かんだと思った途端、凄まじい声量で子供が泣き出した。

「ら、ラウレル!」
「悪い、すまん!」

 あまりの大音声に、会話もついボリュームが上がる。
 まさかラウレルが子供のあやし方など知っているわけがなく。
 自身すらまだ十歳を超えた年頃のセニアも知っているわけがなく。
 しかも悪いことに二人ともこういったことには大変不器用なタイプで、泣き出してしまった赤子をどうすればいいのかわからず、普段は見られないようなおろおろあたふた取り乱し切った挙動で泣く子を覗き込む。

「ううっ、ど、どうすれば」
「とにかくあやせ、抱いて揺するとか歌うとか!」
「そんな、私にはそういったスキルは・・・・・・」

 セニアの腕に抱かれた子供。
 二人して覗き込むと、自然と額が触れ合うほどの至近距離。
 適当に提案したラウレルは、自分の方こそ泣き出しそうな顔で見上げてきたセニアの赤らんだ頬と潤んだ瞳についドキッとする。
 が、それも一瞬で吹き飛んだ。

「ラウレルお願いします!」
「はぁ!?」

 ぐいっ。
 強引にあぐらをかいた膝の上に押し付けられたラウレルは、突然身体にかかった重量に違う意味で鼓動を跳ね上げた。
 赤ん坊の抱き方なんてもの、さっぱりわからない。
 膝の上でわぁわぁ泣いている生き物をどうすればいいかわからず、完全に硬直して見下ろしていると、セニアが腕を取って無理矢理抱きかかえさせた。

「ちゃんと抱っこしてあげてくださいっ」
「そ、そんなこと言われてもだな・・・・・・!」

 無理矢理だったとはいえ、手を放してしまうと小さい命を落としてしまう。
 どれくらい力をいれて抱えていればいいのかすら悩みながらそっと抱くと、セニアはそれを見届けて手を放した。途端、両腕にかかってくる予想以上の重さに、ラウレルは慌てて腕の力を入れなおす。

「くっそ、なんで俺がこんなことを・・・・・・!」

 本来ラウレルはガキなんていう生き物は大嫌いで、絶対に関わらない。
 が、何だか原因たる犯人はまだわからないが、こんなトラブルにひとりで巻き込まれてしまったならブチギレて誰かに押し付けるものの、セニアと一緒だということがラウレルの理性を止めていた。
 普段誰にどう見られているかは知らないが、責任感は強い男。
 こんなウザいものには絶対に自分から関わりたくないものだが、一緒に発見してしまった真面目なセニアは、ラウレルが放棄すると自分ひとりですべて抱え込むに決まっている――それをわかっていて逃げるようなみっともない真似はしたくない。
 悪いのはこんなもんを呼び込んだ元凶だ。
 見つけたら吹き飛ばしてやる――などなど。

「あ、何だか落ち着いてきました」
「え?」

 いらいらと自分に言い訳したり、犯人たる誰かを恨んでみたりしていると、セニアが声を上げた。
 それを聞いて腕の中を見下ろしてみると、あれほど大泣きしていた子供はすすり泣き程度まで落ち着いていて、大音声の泣き声から解放されたことに安堵する。

「よかった、泣き止んでくれて」
「ったく、イキナリ泣いたり止まったりわかんねー生き物だな」

 はぁ、と盛大にため息をつくラウレル。
 それを見てくすりと笑うセニアを怪訝そうに見遣ると、少女はゆるゆると藍色の頭を左右に振ってさらに笑った。
 セニアが頬をつつくと、子供は少しむずがった。
 が、すぐにきゃっきゃと笑いだして、セニアの指をつかまえようと手を動かす。

「・・・・・・もう笑ってやがるし」
「この子きっとラウレルのこと、父上だと思っているのですよ」
「はァ!?」
「だって、抱っこしただけですぐに泣き止んで、こんなに笑って」

 とんでもないことを言い出すセニアに、ぽかんと呆気にとられ。
 茫然と見下ろしているラウレルを指さして、セニアは赤ん坊に話し掛けはじめた。

「パパだと思っているのでしょう?」
「あー。う?」
「この人。わかる?」

 小さな女の子は、セニアの目とその指。
 そして複雑な――本当に複雑な表情で見下ろすラウレルの顔を、ゆっくりと何度も見回した。
 ややあって、不思議そうな顔が花開いたような笑顔に変わる。

「ぱーぱー!」

 セニアの真似をしたのかどうか。
 ラウレルを真っ直ぐに指差して。
 この小さな女の子は、確かに――パパ、と言った。

「「んなッ・・・・・・!?」」

 喉に餅でも詰まったような。
 という表現が相応しいかどうかは別として、不自然に喉がつっかえたような声を上げたラウレルは、自分の声に誰か別の人物の声が綺麗に重なっていたことに気付いてはっと視線を振った。
 勿論、部屋のドアのある方向へ。

「・・・・・・な、何と言った・・・・・・ッ!?」

 裏返る寸前の引きつった声音。
 今までこの男のこんな押し潰したような声、ラウレルは聞いたことがない。
 それを耳にしたセニアも、ラウレルの視線を辿ってドアの方を見遣る。

「兄上、カヴァク?」

 ドアは開かれていた。
 立ち尽くしていたのは、過保護率トップを誇るセイレン=ウィンザー。
 そのやや後ろ、廊下にぼろきれのようになって落ちているアレはきっとカヴァクだろうか――あの様子だと、やはり非情なまでに誤解を招く説明をしてしまったに違いないが、この際そんなことは頭の隅に追いやっておく。
 今一番問題なのは、

「・・・・・・セニア・・・・・・」

 この青白いオーラを身体からじわじわ滲み出しはじめているロードナイトだ。

「あ、兄上、ちょっと待ってください!?」
「お前・・・・・・お前、そんな、・・・――!!」

 セイレンの言葉の最後は、もはや聞き取れなかった。



 ラウレルは抱えた赤ん坊を隣のセニアにさっと押し付け。
 一体どうやってこの最狂の騎士から逃げ延びるかを、世界がスロー再生に見えるほどの高速でシミュレーションしはじめた。



 ――カヴァク=イカルスの部屋が内側からの衝撃で破砕するまで、残り五秒。










>>EXIT

分類:2F3F総合+ラウレル萌え
内容:ラウレルの子育て奮闘記
2006/09/29 公開



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送