その子を見つけたのは、まったくの偶然だった。
ふらりと立ち寄っただけの、いつもの見回りでは通らない場所。
そこでその子は、悲しそうな瞳をして途方に暮れていた。
「こんなところで何をしてるの?」
できる限り優しい声になるよう気を配ったのに、それでもその子はびくりと身を震わせ後退った。
こちらを向いた顔には力一杯の威嚇を込め。
それでもその後ろ足は、寂しさと恐怖にがくがくと震え。
その双眸からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「大丈夫…怖くないよ」
目線の高さを合わせるようにしゃがみ、そっと手を伸ばす。
するとようやく、少しだけ警戒を解いてくれたのが分かった。
「一緒に、みんなのところに行こう?」
優しく、優しく、と心の中で繰り返しながら、言葉を紡ぐ。
辛抱強く待つこと数分、やっと私の方に歩み寄ってきてくれたその子を抱き上げ、帰途につく事ができた。
「かわいい子ね、どこから来たの?」
頭を撫でながら問うと、その子は頭上に「?」を浮かべながらも、はじめてその声を聞かせてくれた。
「…メェ?」


「羊のホムンクルスを拾ったぁ?」
夕食のテーブルに、トリスの素っ頓狂な声が響いた。
アルマイア特製のエサを食べていた当の本人(?)が、びくりと顔を上げる。
せっかくリラックスしてきてくれていたところだったのに、またもや驚かせてしまったらしい。
「トリス…声が大きいよ」
あわててアミストルの元に駆け寄りながら、私――イグニゼム=セニアはトリスをたしなめる。
警戒態勢に転じていた小さな羊は、頭を数度撫でてやると、安心したのか再びエサとの格闘に戻っていった。
「ごめんごめん」
振り返ると、今度はうんと小声になったトリスが、右手を立てて謝ってきた。
「セニアに懐いてるんだね、その子」
「そ、そうかな?」
掛けられた言葉ににやけそうになる顔を、必死で引き締め席に戻る。
そう言われて満更でもない…どころか、とても嬉しくなってしまう。
普段は堅物と言われる事の多い私も、やはり女の子という事なのだろうか。
「それにしても、こんなところにどうしてアミストルが?」
テーブルの反対側から、イレンドがつぶやく。
そう、そこなのだ。
ホムンクルスが自ら、親であるアルケミストから離れる事などありえない。
わざわざこんなところまでホムンクルスを捨てに来るアルケミストがいるとも思えない。
ならば答えは……
「ワープポータルに入り損ねたか、蝶の羽の魔力に乗り損ねたか……」
「もしくは、親のアルケミストが死んじゃった、とかね」
背後からの突然の声に驚いて振り返ると、6人分の夕食が山盛りになったお盆を持ってアルマイアが立っていた。
お皿をお盆から受け取りながら、たずねる。
「親が死んだ…?」
「狩りをしにここに来たんだとしたら、ありえない話じゃないでしょ」
そう言ってアルマイアは、テーブルについたみなの顔をぐるりと見渡す。
「誰か、アミストルを連れたアルケミストを見てない?」
その言葉に全員がしばらく考え込んでいたが、やがて「あ」と声を上げたのはラウレルだった。
「昼前に、カヴァクといる時に見かけた奴がそうかもしれない…なあ、カヴァク?」
「ん…ああ、あいつか」
ラウレルに言われて、カヴァクも思い当たったようだった。
「どんな人だったの!?」
思わず勢い込んで身を乗り出してしまった私。
そんな私の様子に戸惑いながらも、二人はその時の事を丁寧に教えてくれた。
「あれは3階への階段がある辺りだったかな…傷だらけのアルケミストがいたんだ」
「トドメを刺そうかとも思ったんだが、物影に隠れたところで見失っちまってな」
「血の跡が急に消えてたから、蝶の羽で帰ったんだろうと思ってたんだがな」
「おそらくはその時に、置いてけぼりを喰らったって事じゃねーか?」
「そのアルケミスト、どんな顔だった?」
「髪を頭の両側でお下げにした女アルケミストで…頭にはリボンをつけてたっけな」
「つまりまとめると…」
ひとつ、アルケミストは瀕死の重傷を負っていた。
ふたつ、おそらくは蝶の羽で帰っていった…つまり生きているものと思われる。
みっつ、髪はお下げ、頭にはリボンをしている。
どうやら親は生きているらしいと分かり、私は心底からほっとした。
親がいない哀しさは…私自身がよく知っている。
良かったね、と頭を撫でると、その小さな羊はまたもや不思議そうに「メェ?」と鳴いた。
「階段の近くって事は、3階に行ってたのかな」
「まあ、そうだろうな」
「よく考えたら、僕たちの中に戦った相手がいるのなら、この子は真っ先に飛び掛っていくはずだよね」
イレンドの言葉に、なるほどとうなずく。
それにしても、アルケミストが一人で兄上たちに挑むとは、なんと無謀な。
おそらくは、3階についてものの数分で追い返されてしまったことだろう。
生きていられただけでも僥倖という他はない。
「それで…これからこの子はどうするの?」
思索にふけっていた私は、アルマイアの言葉に現実に戻される。
そうだ。
この子の親が捜しに来るまで、誰かが守ってやらねばならない。
否、守りたい。
こんな私に懐いてくれたこの子を、私の手で守ってあげたかった。
「私が預かる!」
思わず立ち上がり、叫んでいた。
そんな私を、みなが目を丸くして見つめている。
はっと我に帰る私。
その間にみなの目は、驚きからニヤニヤとした笑いに変わっていた。
「そうだよね、こんなにかわいいんだし、手元に置いておきたいよね」
「いや、私は拾ってきた者の責任として……」
「この子もすっかり懐いちゃってるし、よっぽどセニアの事が気に入ったんだね」
「そうじゃなくて、剣士としての信念ゆえに……」
「セニアのあんな大声、はじめて聞いたもんな」
「だから違うって……」
「はいはい、そういう事にしておいてあげるね」
「ああ、もう……!」
こうしてこの迷子のアミストルは、私の部屋を住処とすることに決定したのだった。

お風呂から上がって自室の扉を開けると、目の前にちょこんと、白い羊が座っていた。
私が帰ってきたのだと分かると、駆け寄って足に頭を擦り付けてくる。
その様子に私は、自分の顔がほころんでゆくのを感じていた。
「メェ〜…」
「ごめんね、寂しかったの?」
声を掛けると共に、頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
先ほどは恥ずかしくて否定してしまったが、みなの言う事はどれも当たっていた。
私はこの子が、かわいくて仕方がなかったのだ。
確かにかわいいものは嫌いではないが、ここまで心を奪われるのは、はじめてかもしれない。
だが、こんなに緩んだ顔を誰かに見られるわけにはいかない。
私はあわててアミストルを腕に抱き上げ、自室の扉を後ろ手に閉めた。
「もう夜も遅いし、一緒に寝ようか」
「メェ〜」
腕の中で気持ちよさそうにしている羊を連れて、ベッドに入る。
ふわふわした毛が暖かく、とても心地よい。
思えば、誰かと一緒に眠るなど、何年ぶりだろう。
幼い頃は兄上が隣にいてくれたものだが、もちろん今はそんな事はない。
不意に隣で眠る兄上の感触を思い出し、顔が赤く染まってゆくのを感じた。
恥ずかしさをごまかすようにアミストルをぎゅっと抱き寄せると、彼は不思議そうな瞳をして「メェ?」と鳴いた。


楽しい時間は早く過ぎるというが、それからの数日はまさにあっという間だった。
話し合いの結果、この小さな来客の名前は、シロと決まった。
理由はもちろん、体毛が白いから。
安易ねぇ、とトリスに笑われたが、それしか思い浮かばなかったのだから仕方ない。
私とシロは、見回りや冒険者との戦闘の時以外は、常に一緒にいた。
このままずっと一緒にいられれば良いのに。
本気でそんな事を考えもした。
だがもちろん、現実とはそんなに甘いものではない。
別れの日は、すぐそこまで迫ってきていたのだった……


私たち生体研究所2階の面々に新たな仲間が加わって、数週間が過ぎた頃だった。
昼食のために自室から出た時、腕の中のシロがふと顔を上げた。
突然辺りをきょろきょろと見回すシロ。
今までに見た事のないシロの様子に、私はあわてた。
「シロ…どうしたの?」
「メェ〜!」
私の問いに応えてではなく虚空へと鳴いたシロは、不意に私の腕から抜け出し、闇の中へと走り去ってしまった。
「ちょっと…シロ!?」
あまりにも突然のシロの行動に、思考が完全に止まってしまう。
だが今は、そんな事を言っている場合ではない。
兎にも角にも、シロを追いかける事が先決だった。
走りながら、回らない頭で考える。
いや、考えるまでもなく、一つの回答が頭に浮かんでいる。
この研究所のメンバーの中では、一番私に懐いてくれているシロ。
そのシロが、私を差し置いて駆けていった。
となれば、その先にあるものは……
「アミストル…無事だったのね!」
私の向かう方角、通路の先から聞こえてきた嬉しそうな声が、憶測を確信に変えた。
それはもちろん、喜ぶべき事。
しかし同時に、私にとっては悲しい事。
そうなってほしいと思っていた事。
しかし同時に、そうならないでほしいと思っていた事。
そう…シロは、産みの親と再会する事ができたのだった。

やっとの事で通路を抜けると、そこでは一人のアルケミストが、胸に抱いたシロに笑いかけていた。
頭にはリボン、肩より少し長い髪は顔の左右でそれぞれお下げに結われている。
間違いなくラウレルたちが見かけたアルケミスト、シロの母親だった。
悲しくないと言えば嘘になる。
しかしシロを見ていると、素直に喜ぶ事もできた。
何故って、彼女の腕の中にいるシロが、本当に嬉しそうなのだ。
あんな表情は、私には見せてはくれなかった。
格が違う…そういう事なのだろう。
複雑な思いを胸にシロたちを眺めていると、アルケミストが不意に顔を上げた。
その視線が、私を捕らえる。
刹那、空気が変わった。
「イグニゼム……セニア!」
先ほどまでの笑顔とは打って変わって、今は戦いに挑む冒険者の顔になっているアルケミスト。
全身から放たれる闘気、獲物を狙う目付き、すらりと抜き放たれたサーベル。
そのどれもが、彼女が只者ではない事を教えてくれていた。
なるほど、一人でこんなところへ来るだけの事はある。
兄上には足元にも及ばないが、私と互角以上に戦える力は充分に持っているだろう。
気を抜くと、一瞬でやられる。
手を抜けるような相手ではない。
…だが。
彼女はシロの母親なのだ。
人造生命体であるシロにとって、唯一の肉親なのだ。
私はどうしても、彼女に刃を向ける気にはなれなかった。
「私は貴女と戦うつもりはない」
「え?」
アルケミストの眉がひそめられる。
そんな彼女に向かって私は、剣を手にしていない事を示し、戦意のなさを強調する。
「メェ〜」
彼女の足元ではシロが、彼女を止めようと必死に声を上げてくれていた。
しかし。
「そんな罠にかかるものか!」
彼女は取り合わずサーベルを構え、歩を進める。
「待って…貴女とは戦いたくない!」
「黙れ!」
私の再びの説得は、彼女の叫びにあっけなく打ち消された。
「戦わないというのなら、無抵抗のまま地に伏すがいい!」
彼女の歩みが、突進に変わる。
サーベルを上段に構え、力を込めている。
その間もずっと、私は彼女を見つめていた。
彼女が攻撃をやめてくれる事を願った。
だが、当然の如く、彼女は止まらなかった。
互いの実力が拮抗している事を、気を抜けば地に伏すのは自分である事を、彼女もまた見抜いているのだろう。
その突進は一心不乱に、わき目も振らず、真っ直ぐに私に向かってきていた。
やがて私が彼女の間合いに入り、刃が振り下ろされる。
そして。
「…え!?」
本当に無抵抗のままだった私に、彼女は驚きと戸惑いが入り混じった声を上げた。
袈裟に斬られて血を溢れさす私と、それを呆然と眺めるアルケミスト。
ふと足元を見ると、シロが駆け寄ってきて、私を心配そうな瞳で見つめていた。
私は片膝をついて目線を合わせ、シロに微笑みかける。
「このくらい大丈夫だよ…心配しないで」
「メェ……」
もちろん大丈夫であるはずがない事を、シロも分かっているのだろう。
彼の瞳は相変わらず、不安げな色をたたえたままだ。
頭を撫でて安心させてやりたいところだが、生憎と私の手は、血でべっとりと汚れている。
「ほら、久しぶりなんだから、お母さんのところにお戻り」
「メェ〜…」
「離れてた分…たっぷり甘え…ないと……」
そこで、力尽きた。
最後の力を振り絞ってシロを避けて倒れると、もう指一本動かす事もできなかった。
ああ、このまま私は死ぬのだろうか。
研究所の仲間たち、そして兄上の顔が頭に浮かんだ。
みんな…ごめん、やられちゃった。
兄上…不出来な妹で申し訳ありませんでした。
つらつらと想いを巡らせていると、不意に顔に暖かいものが触れた。
驚いて目を開けると、私の顔を、シロが舐めてくれていた。
懸命に、一途に、まるでそうする事で私の傷が治るかのように。
その暖かい舌の感触が、シロの想いが、とても心地よかった。
ずっとこうしていたかった。
でも、シロ。
そんな事をしたら、せっかくふわふわな毛が、血で汚れちゃう。
止めようと思うも身体は動かず、私の意識は闇の中へと沈んでいった。

気が付いてからもしばらくは、視界は霞がかかったように真っ白なままだった。
やがて目が慣れてきて、ようやく視界の大半を埋めていた白いものが、シロの頭だった事に気付く。
「……シ…ロ?」
「メェ〜!」
未だにぼんやりとした私の問いに、シロは大きな声で答えてくれた。
思わず頬が緩むのを感じながら、何とか身体を起こそうと腕に力を込める。
そこでようやく、全身を覆う違和感に気付いた。
「な…なにこれえぇぇ!」
私の身体には、アルケミストギルド支給のものと思われるマントが掛けられていた。
それはいい。
問題は、その下だ。
上体を起こしたせいでマントがずり落ちた後の私は、一糸纏わぬ裸体を晒していたのだ。
華奢な肩、一向に膨らまない胸、逆に膨らんでしまわないように気を付けている腹。
トリスやアルマイアに比べても子供っぽいとコンプレックスを抱いている、私の身体。
それらが全て、余すところなく白日の下に晒されていた。
「だめだよ、まだ寝てなきゃ」
背後からの突然の声に、あわててマントを胸にかき抱く。
振り返るとそこには、シロの母…あの女アルケミストが、液体の入った小瓶を片手に立っていた。
「だいぶ傷はふさがったみたいだね…これ飲める?」
そう言って彼女は、手にしていた小瓶を差し出した。
見た目は無色透明で飲みやすそうだったが、口に含んでみると、強烈な苦味が舌を襲う。
「ゲホ…ゴホッ!」
思わず咳き込み恨めしそうな視線を向ける私に、彼女はけろりとした顔で言った。
「良薬口に苦しって言うでしょ、さっさと飲んで横になりなさい」
「うぅ〜」
涙目になりながらも瓶の中身を全て飲み干して身体を横たえる。
すると彼女は、急に神妙な顔をして私を見つめてきた。
「さっきはごめんね」
「え?」
予想もしなかった言葉が、彼女の口から飛び出した。
先ほどサーベルを手に斬りかかってきたアルケミストと、同一人物とはとても思えない。
そこにいたのは、自分の失敗を認め、反省し、うなだれている、一人の少女だった。
「あんたが、この子の面倒を見ててくれたんだよね」
そう言ってシロを見やる彼女。
シロは今は、彼女の足元で黙々とエサを食べていた。
「どうしてそれを…?」
浮かんだ疑問をそのままぶつけると、彼女は笑みを浮かべて答えてくれた。
「そりゃわかるよ…人見知りするこの子が、あんなにも懐いてたんだから」
その言葉に、胸の奥に暖かいものが広がっていくのを感じた。
そんなにも私の事を認めてくれていたのか、と。
そんなにも私の事を好いてくれていたのか、と。
少しこそばゆくて、すごく嬉しい…そんな暖かさだった。
「この子もあんたも止めてくれてたのに…本当にごめんね」
「そんな…気にしないで」
頭を下げる彼女に、こちらがあわててしまう。
冒険者が私たちを警戒するのは当然の事だ。
さもなくば、やられるのは自分自身なのだから。
どうやって励まそうか悩んでいると、ちょうどエサを食べ終えたシロが、ふと顔を上げた。
「メェ〜」
一鳴きすると共に彼女の膝の上で丸くなり、すやすやと眠ってしまうシロ。
そののどかな光景に、知らず笑みが浮かぶ。
「ほら、シロも気にするなって言ってるよ」
私たちは、場を和ませてくれた小さな羊に目をやる。
そして再び顔を見合わせると、同時にぷっと吹き出した。
「あんた…この子をシロって呼んでたの?」
「あ、うん」
シロか…と、なにやらつぶやき考え込む彼女。
何か気にさわっただろうかと少し不安になるが、もちろんそんな事はなかった。
「実はこの子、産まれたばかりで、まだ名前を付けてないんだけど…」
「…?」
首を傾げる私に、彼女は驚きの言葉を浴びせかけた。
「この子も気に入ってるみたいだし…その名前、もらっちゃってもいいかな?」
びっくりもしたが、同時にとても嬉しかった。
私が考えた名前を、大好きなこの子に付けてくれるというのだ。
答えなど、考えるまでもなかった。
「もちろん!」
私と彼女の間に友情が芽生えたのは、おそらくこの時だったのだろう。
本来なら敵対するもの同士。
絶対に相容れないはずの二人。
そんな二人の仲を取り持ってくれたのは、一匹の小さな羊だった。


後日、私は二人…いや、一人と一匹を連れ、3階に向かった。
何故か彼女は渋っていたが、私が半ば強引に連れ出した。
この新しくできた友人を、兄上に紹介したかったのだ。
兄上を探して辺りを見回していると、不意にシロが低いうなり声を上げた。
警戒態勢をとり、敵意をむき出しにしている。
どうしたのかと視線を追うと、その先には兄上とマーガレッタさんがいた。
「あ…兄上!」
「ん?」
私の声に気付くと、振り返ってにこやかに笑う兄上。
しかし。
「やあ、セニア…むっ!?」
私が一人ではない事に気付くと、途端にその表情が険しくなった。
「先日のアルケミスト…性懲りもなくまたやってきたか」
「え!?」
驚いて隣に目を向けると、彼女は引きつった笑いと共に、半歩身を引いていた。
「ど、どうも……」
「えぇ!?」
ということは、まさか……
「彼女をここから追い返したのは、兄上だったのですか!?」
「その通りだ」
あっさりとうなずく兄上。
兄上の目は鋭く光り、眼前の敵をにらみすえていた。
「完膚なきまでに叩きのめしたと思っていたが…セニアを盾に戻ってくるとはいい度胸だ」
「なっ…!」
私の瞳に、怒りの炎が灯った。
いくら兄上といえども、私の友人を侮辱することは許さない。
「兄上、彼女に謝ってください!」
「…な、なに?」
意外なところから反撃を受けた兄上が、目を丸くする。
「何を言っているんだ、セニア…侵入者を排除するのは当然だろう?」
「程度というものがあります!」
彼女は、シロをここに置いていってしまった。
それほどまでに、余裕をなくしていた。
どれほど酷い仕打ちを受けたのか…想像に難くない。
そこに、今まで黙って話を聞いていたマーガレッタさんも加わってきた。
「セイレン…あの子、あんなに怯えていますわよ」
「…それがどうした」
「あんないたいけな女の子を怖がらせるなんて…万死に値しますわ」
いつもの穏やかな笑みを浮かべるマーガレッタさん。
しかしその瞳は、絶望的なまでに笑っていなかった。
もちろん、絶望的というのは兄上にとってであるが。
不意に、マーガレッタさんが兄上を背後から羽交い絞めにする。
「な、なにをする!」
抵抗する兄上だが、その動きにはいつものキレがないように思える。
もしや、背中に胸が当たっているとか、そんな理由だろうか……
私の中にある怒りの炎が、さらに激しく燃え上がるのを感じた。
「セニアちゃん、こういう男は一度、痛い目に遭わせてあげないといけませんわ」
「そうですね、そのまま押さえていてもらえますか」
「お安い御用ですわ」
すらりと剣を抜く私。
それを見た兄上の瞳に、焦りの色が浮かぶ。
「セニア、待て…話せば分かる!」
兄上の嘆願になど、もちろん耳を貸すわけもない。
愛用の剣を下段に構え、そして。
私は兄上に向けて、一直線に走り出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。
迷子話は数あれど、こういうのはなかっただろうと書いてみました。
我ながらセイレンが理不尽に酷い目に遭ってますが…まあそういう役回りということで(ぁ

2006/09/24 この物語をイグニゼム=セニアに捧ぐ
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