セニアが渾身の踏み込みで間を詰め、その足が地についたと同時に大剣を振るう。
その横薙ぎの一撃を、トリスはあっさりと数歩下がり回避すると、短剣をセニアの剣に
当て、滑らせて身を守りつつ一気に間を詰める。
「くっ!?」
剣を手放していればトリスの攻撃を避けられたかもしれない。だが一瞬の躊躇がトリスの
接近を許し、首筋に短剣を当てられる。
「ほい、詰みよ」

「うぅ〜また負けた〜」
刃が潰れた模擬剣をからん、と床に落として嘆息する。
一方のトリスは鼻歌交じりに、木で作られた模擬戦用の短剣をもてあそんでいる。
木でできてるとはいえ、中は鉛で重量、重心をきちんと計算してあり、トリス愛用の幸運を
司る短剣に寸分の違いも無いハワード渾身の一品である。
勿論セニアの木製の模擬剣も同様である。

実戦であれば、セニアはトリスに互角以上の戦いができる。持ち前のパワーとタフネスを
持ってすれば、軽症を受けつつも、彼女の剣がいつかはトリスを捉えられる、というのは
2階住人の共通見解であった。もっとも、先にトリスが急所に短剣を当てる事を考えると、
それほど差は無いのだが。
だが模擬戦ともなると、パワーとタフネスが生かせず、トリスの独壇場になる。
スピードとテクニックにおいてそれほど差があるのだ。
しかしセニアは気がついていない。
トリスは確かにパワーこそ無いものの、上位職たる新たな力を手に入れつつあった。
セニアの力は確かに上位職にこそ匹敵するが、技術は上位職のものでは無い。
一次職だけの力で勝負しているからいいものの、完全に本気でかかられると、セニアは手も
足も出ないことになる。

「次、お願いします」
イレンドが名乗りを上げる。
ちなみにカヴァクとラウレルは畑があまりにも違うので、模擬戦には参加せず、座って
見ているだけである。

イレンドはいつもの鈍器を持たず、防御のための手甲を腕につけ、拳にバンテージを巻いて
いる。
「武器持たなくていいの?」
「今はね。こっちの腕を上げたいんだ」
トリスはコクリと頷き、2人は慎重に間合いを取る。
当然ながら技量が同等なら、刃物を持っているほうが有利である。しかも技量はトリスが
上回っている。

アルマイアにはイレンドの考えがわからなかった。何故あえて不利な戦い方を選択するのか。
勝算は0に近いのではないだろうか?
ふと横を見ると、今までへらへらと笑っていたラウレルとカヴァクが真剣な眼差しで模擬戦を
凝視している。
(・・・・・・何かあるの?)
確かに模擬戦というだけあって、修練のためのもので、勝敗はそこまで重要ではない。
(何かあるとすると・・・・・・目的は勝つことじゃない?)

イレンドが考えているのは、普段のセニアと同じ、いかに重い一撃を入れるかである。
模擬戦のときのセニアとは違う。技量で圧倒されても、相打ちでも構わない、倒すという意思。
その気迫は、さっきまで余裕を見せていたトリスにも伝わり、彼女も真剣な表情に変わる。
その変化にアルマイアとセニアは驚いた。
(何・・・・・・?何があるの?)
(トリスはイレンドに何かを感じたの?)

イレンドは腰を落とし、左腕を前に出し、体の正面は横を向き、トリスからは細く見えるように
している。そして右の手を軽く曲げ腰の辺りに構えている。
(一撃必殺の構え?それともフェイク?)
トリスには避ける自信がある。しかし首の後ろがチリチリする感じがして、油断はできない。

先に動いたのはトリス。気配も予備動作も完全に消した素晴らしい突進だった。
しかしイレンドは完全にそれを読み、迎撃に出る。反応ではない。
後ろ足から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から拳と流れるような連動で足からの
力の流れを完全に拳に乗せる。
それをトリスはサイドステップで避ける。予想していたよりもずっと重そうな一撃に、つい
ステップの距離が長くなり、反撃はできそうにない。

「愚直な一撃・・・・・・ね!」
そう言葉を発し、小刻みなサイドステップのフェイントを入れつつ、間合いを詰めるトリス。
そのフェイントごと薙ぎ払おうと、足払いをかけるイレンド。
(勝った!)
トリスはその愚直な一撃―――渾身の一撃を恐れたのであって、このような体勢崩しの技が
くればトリスにとっては願っても無い。
足払いを靴二つ分ほど下がりかわすと、短剣をイレンドの肩に突き刺そうと・・・・・・したが
わずかに顔を背け、横にずれる。
(・・・・・・何?今の・・・・・・?)
確かに背けた顔に風圧を感じた。後方まで何かが飛んだのも感じた。魔法的な力は感じなかった。
当たればどうなっていたか・・・・・・

―――キケン―――

そう感じた彼女は一切の気配を隠し、ギャラリーの誰もの視線を掻い潜り、イレンドの後ろに
周り、短剣をイレンドの首に当てる。
「・・・・・・あたしの勝ちよ。イレンド」
「降参だよ。流石にトリスは凄いな」
「謙遜ね。あなたがそこまで凄いとは思わなかったわ」
両手を挙げて降参するイレンドに、険しい表情を崩さずトリスは答える。

今のトリスの動きをイレンド以外、誰も理解できなかった。
2階で最強と思っていたセニアですら、トリスが目に見えないほどの動きでイレンドの後ろに
周ったのだ、としか想像つかなかった。
イレンドも見えたわけではない。反応もできないほど早かったのは事実だ。しかし、イレンドには
彼女が、彼女の兄、エレメスのような技法を使って姿を隠したのだということに気づいていた。
しかし、ルアフの詠唱すら間に合わない―――いや、思いつきもしなかったのだ。

ぎゅ

急に後ろからトリスが抱きつき、短剣を首筋に当てる。
「今の・・・・・・何?」
いつものトリスと違う、危険な声色で問い詰めてくる。
「ト、トリス?当たってる!胸当たってるってば!」
ハッと気づき、トリスは慌ててイレンドを解放する。心なしか顔が赤い。
「まあ・・・・・・おあいこね。今後を楽しみにしておくわ」

「トリス・・・・・・凄いね・・・・・・」
アルマイアは呆然と呟く。それにふるふると首を振り、
「イレンド、凄いよあの子。誰も彼に教えることはできないのに、あれだけのことができる」
「え?誰か教えたんじゃないの?」
「ううん。イレンドの動きは3階の誰とも違ったし、勿論2階のレベルじゃなくなってきてる」
「へぇ・・・・・・」
トリスの背中には冷や汗が流れている。まるで余裕なんかではなかった。

セニアは悔しかった。自分では、トリスの本気を出すことすらできなかったのだから。
イレンドにも嫉妬した。
(私はイレンドに勝てるだろうか・・・・・・?)
恐らくは勝てるだろう、と思う。しかし、イレンドの一撃は破壊力こそ見なかったが一撃必殺
だと予想がつく。つまり、勝つことはできるが、同時に負けることも充分考えられる。
先に当てたもの勝ちで、リーチの差でセニアが有利という程度の差であった。

遠くから2人の男が見ていた。
「ほう・・・・・・イレンド殿も凄いでござるな。今のトリスに冷や汗をかかせるとは」
「うむ。鈍器を持たないのは正気かと疑ったが、あれほどとは・・・・・・」
セイレンの表情は明るくない。セニアは彼の愛弟子でもある。それが師を持たないイレンドの
成長を見ると、自分の教えは下手なのだろうかと考え込んでしまうのだ。

「やったな、イレンド」
「やるじゃねぇか、よく頑張りやがったな?」
男3人は盛り上がっている。まるでここまでできるのを予想していたかのように。
それに対する女性陣は、羨ましそうにそれを見ている。
「アルマはやらないの?」
「ん。私もお願いしようかな」
そしていつもの斧ではなく、一振りの片手剣に模した木刀を手にし、

「じゃ、いくよ!」


アルマ分・・・・・・少なー。
ちょいとシリアスです。
トリスとイレンドの精進は、以前のセイレン暴走による「アルマを守りたい気持ち」から
出たものです。
イレンドは以前決意を、トリスには修練風景を書きましたが、まあ、それの風呂敷を
一時たたんだお話です。
でも2人ともお互いの目的は口に出しません。
その方がイレンドらしいし、トリスらしいと思うので。
当然そんなことアルマは気がつきません。いつか気づかせてあげたいけど。
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