シュバツルバルト最大の企業とはいえ、そのセキュリティは意外にも杜撰な物だった。
中で働く職員が余りにも多い為か、スーツ姿に身を包み、偽造した社員証を見せるだけで
入口の警備員はあっけなく中に入れてくれた。
 社員用のトイレで素早く白衣に着替え、伊達眼鏡をつけると何事も無かったかのように外へ出る。
事前に入手した資料で、内部の構造は把握しているが、地下に関してだけは何も情報が無かった。
恐らく身内にすら秘匿したい何かを研究しているのだろう。
そこを目ざとく見つけたアサシンギルドが、飯の種にと調査へと踏み切ったのだろう。

(まるで死肉に群がるハエだ。腐ったところを見つけては増殖する。)

 自分もその増えたハエの一匹だなと自嘲し、地下への階段を下りていく。
勤務時間が終了する時刻を見計らって侵入したせいか、人とすれ違う事も無かった。
大きな会社勤めの人間というものは、得てして退社時刻を心待ちにしているものだ。
尤も、研究者というのはその例に当てはまらない人種が多いものだが…。
 扉の隙間から光の漏れていない部屋を探し、順番に調べていく。
 最初の部屋はハズレだった。沢山の薄気味悪い標本が並んでいるだけで、
研究内容を裏付ける様なモノは何も見つからなかった。
 次に入った部屋は資料室だった。机の上に読みかけの資料が散乱していて、全く整理されていない。
司書もいないのだろう。廊下から漏れ入る頼りないランプの灯りだけが、かろうじて視界を広げている。
 変装しているとはいえ、人に見られるのはまずい。
扉を閉め、携帯用のランプを取り出して火を付ける。
同時に懐から取り出した眼帯で右目を覆い、本棚の間を物色し始めた。
 どうやらこの研究所では人工生命について研究をしているらしい。
その延長線上には、当然軍事的な利用価値が見え隠れしている。
第一段階として、人工の生命体を開発し、それに現存する神に等しい力を持たせようという研究らしい。
第二段階はその量産体制についての考察が多いようだ。
一体いかほどの金額がこの研究に注ぎ込まれているのか、年月と内容を想像しただけで
国家予算級に膨れ上がることが予想される。

(これだけの研究が秘密裏に、か。とても隠し遂せるとは思えんが…ん?これは研究材料リストか)

 黄ばんだファイルに挟まれていた一枚のリスト。
ずらりと多種多様に及ぶモンスターの名前が列挙されている。

(スタラクタイトゴーレム、ラーヴァゴーレム、これは…魔族か、
 インキュバスに…ドッペルゲンガー…これはまた大層な研究材料だな)

 小さい字でびっしりと書き込まれたリストの最後の方に、ありえないものを見つける。

(なんだ、これは。カヴァク・イカルス?イレンド・エベシ?聞いたことの無いモンスターだな。
 まるで人の、名前の、ような…!?)

 そのリストの一番最後に自分の良く知る、忘れられない名前が連なっているのを見つける。


 『ヒュッケバイン・トリス』


(馬鹿な、まさか、同姓同名の、別人だ、そんな、ことが…ッ!)

 あの時、自分は同じ行き先の木箱に入り込んだと思っていた。
しかし、着いた先に彼女の入った木箱は見当たらなかった。
大地を叩いて号泣したが、どうにもならなかった。
7年の歳月を経て、風化していた感情が一気におしよせてくる。
わなないて支えを求めた手が、近くに置いてあった本の山をバサバサと音を立てて崩す。
はっと我に返ってランプを消すと、眼帯を外して闇になれた右目で入口を探る。
 間の悪い事に表を一人の研究者が通りがかったらしい。
誰もいない資料室の音を不審に思い、扉が開かれる。
 間髪入れずに本棚の影から飛び出し、入ってきた若い研究者の腹部を一撃し、
呻いた所に手刀を落とす。
小さな音を立てて一つの白衣が崩れ落ちると、エレメスは彼の身体を引きずり、奥の本棚の影に隠した。

(妹が…まだここにいるのか?)

 研究対象とされていた場合、五体満足な姿では再開できないだろう。
だが、それでも、彼女を探さずにはいられなかった。
 先程の研究者の懐を探ると、彼の物らしき社員証を見つけた。
偽造した自分の物と違い、何かのID認証のような帯がついている。
恐らくは奥の研究施設へと入る為に必要なものだろう。
 研究施設の中枢部を調べれば、妹の消息が分かるかもしれない…
もし、変わり果てた姿になってしまっていたら…こんな研究所は…

 潰す。

 瞳に昏い決意を宿し、廊下へと素早く躍り出ると、奥へと続く廊下を壁沿いに疾った。
100メートル程走ったところで、突き当たりに頑丈な鉄製の扉があるのが見える。
扉の両脇には青い制服の警備員。
こちらを発見して臨戦態勢を取る、が、遅い。
 彼らが腰につけた得物―――サーベルを抜く前に、エレメスは右側の警備員に咽輪を喰らわせる。
ぐぇっという呻きを聞く前に、そいつのサーベルを引き抜くと、
返す刀でもう一人のわき腹を串刺しにする。
 自分の腹から生えた刃物を、信じられないという風に見下ろす警備員その2を
後頭部への一撃で黙らせ、うずくまるその1にも踵落しを見舞う。
動かなくなった二人には目もくれず、扉の脇にあるカードリーダーらしきものに先程の社員証を通す。
ピー、という惨状に似つかわしくない間の抜けた音と共に、目の前の扉がゆっくりと開いた。

 地下とは思えない程の、とんでもなく広い空間。
立ち並ぶ硝子製のカプセルのような柱の中には、一糸纏わぬ裸体の男女が培養液に浸かって並んでいる。
青白く光るそれらは、生きているはずの彼らに一切生を感じさせない。
それらは皆一様に若く、中にはまだ幼い子供の姿も見える。
 その柱の群れに囲まれるように、中心部に複数の研究者らしき者達が立ち働いている。
と、その中の一人が気付いたのか、こちらを指差して内線電話を握っている。
エレメスは振り返り、カードリーダーを思い切り叩き割った。
セキュリティが発動し、扉が警報音と共に閉ざされる。これで暫くは時間が稼げるだろう。
 ゆっくりと中心部に向かって歩く。
脇を通り過ぎる裸体、裸体、裸体。
元は人間であったはずのそれは、目を閉じ、感情を感じることはできない。
彼らが生前、何を思い、何を感じていたのかを推し量ることはできないが、
この結果は間違いなく彼らの望む結果では無かったはずだ。

「ここの責任者は、貴様か」

 中央にいた、頭の禿げ上がった白衣の老人に向かって言霊を飛ばす。

「お前さんは何者だ?警備員はどうした!早くこいつを取り押さえろ!」

「質問には答えろ。ここの責任者はお前だな?」

 白衣の襟を掴み、凄絶な視線で凄む。

「そ、そうだ。ワシがこの部署の所長だ。な、何が、目的、だ」

「7年前、ここに一人の少女が来ただろう。名前はヒュッケバイン=トリス。
 彼女はどこにいる。どこへやった?」

 老人はひとしきり目を泳がせると、思い当たった様に言葉を紡いだ。

「あ…あぁ、あの研究材料な、"あれ"は原体として非常に優れた実験体だったよ。
 人工生命との共感率、運動能力、耐久性。"あれ"をベースにして回避性能に優れたおぶぅっ!」

「どこに居るか、と聞いているッ!!」

「はひぃ…も、もう原体は存在せんよ!データの採取に終了したから破棄し――ぐえぇぇっ!」

 言葉が終わらないうちに襟を一度きつく締めて黙らせると老人を放り出し、
後ろのカプセル達に向き直った。
 手近な硝子に目をつけると、腰に隠していたカタールを抜き放ち、刃を叩きつける。
派手な音と共に培養液が流れ出し、足元を濡らす。
中に入っていた哀れな被検体は、しゅうしゅうと音を立てて煙を上げ始めた。
 歩きながら、順番に叩き割っていく。若い女性、幼い男児…
これらは原体と呼ばれる人から培養されたものだろうか?
それとも身体に何らかの改造を施されたのだろうか?
最早、物言わなくなった彼らを次々と自然の摂理へと還してやる。
後ろで何やら先程の老人が内線を使っているが知ったことか。
追いすがってくる若い研究者を振りほどき、割る、割る、割る。
 どんどんと割っていき、行き止まりの長い髪の少女が眠る培養槽まで来た。
今、楽にしてやる。他と同じ様にカタールを振り上げた、と同時に横へと飛び退く。
 先程まで立っていた場所に、巨大な槍が轟音と共に硬い石の壁を抉って突き立った。

「ヒヘヘヘヘヘ、まだ実験段階だが仕方が無い、行け!セイレン=ウィンザー!侵入者を破壊しろ!」

 見ると、自分が居た所の丁度対角線上に虚ろな瞳の騎士が一人立っている。
自分のいる場所から、ゆうに80メートルはあろうかという距離から槍を投げたらしい。
コイツも、哀れな被検体の一人か。
 目を細めると、エレメスは腰を落として戦闘態勢を取った。


 何かが爆発するような音を立てて、白銀の鎧を纏った騎士が突進してくる。
先程投擲された槍とはまた別に、今は巨大な両手剣を携えている。
その刃をまっすぐにエレメスの眉間に向け、常人ではありえない速度で突っ込んでくる。
 馬鹿正直に受けると力負けすると見越し、エレメスは右手のカタールで剣の軌道を下方にずらす。
同時に左手の刃を閃かせ、騎士の首筋を狙う、が、ずらされた軌道をそのままに
裏拳の要領で左腕を翻し、カタールを弾くセイレン。
そのまま力任せにエレメスを吹き飛ばそうとするが、
エレメスは力に逆らわず後方へと転がり、体勢を立て直す。

(強いな。強化されたであろう腕力だけではなく、業の切れも申し分ない)

 力比べでは明らかに分が悪い、技比べでも五分五分、速度も確実に勝っているとは言い難い。

(ならば、こうだ)

 懐から紅く輝く宝珠を取り出すと、念を込めて騎士に向かって投げつける。
無表情のまま、白銀の騎士はその宝珠を剣で切り払う、と、空中で剣にぶつかった宝珠から
紫煙が噴出し、セイレンを包む。

(相手が強いならば弱らせればいい)

 むせ返る程広がった霧に紛れ、エレメスはすぅっと周囲の景色に同化する。
目潰しと猛毒により弱ったセイレンの後ろに音も無く回ると、ゆっくりとカタールを振り上げた。

(今、その苦しみから解き放ってやろう)

 振り下ろした閃きが騎士の急所に落ちる寸前、エレメスは彼が地面に刃を突き立てるのを見た。
猛烈な爆発と共に、騎士の身体全体から闘気が巻き起こり、周囲を吹き飛ばす。
 虚ろな瞳の騎士が立ち上がった周囲には、小規模なクレーターと、
吹き飛ばされて壁に身体を打ちつけ、気を失ったエレメスがいた。


――――どめを…残留思念が残っては―――
――――被検体として…し分無い…融合…ば…セイレンのように―――

(済まない…お兄ちゃんは……何もできなかった…)

 薄れ行く意識の中、彼は静かに、涙を流さずに、泣いた。





「姫、今日も侵入者を沢山排除したでござるよw」

「あら、そう。」

「アタシの方が沢山倒したわよ!つまらないことで威張らないでよね!」

「セシル…カルシウム取ろう…でもこのヨーグルトは私のだから…あげない…」

「おいおい、別に誰がどれだけ倒したかとかどうでもいいじゃないか。
 それよりもこの俺の傑作、+9ハードワーキングツーハンドアックスを見てくれ、こいつをどう思う?」

「…ん?おい、エレメス、また2Fに降りるのか。本当にシスコンだなお前は」

「セイレンに言われたくないでござるよw
 それじゃ、ちょっと階下の様子を見てくるでござるw」

「あぁ、セニアにもあまり頑張りすぎないように伝えてくれ。それと」

「なんでござるか?w」

「またいつか、やり合おうな、エレメス」

「……あぁ、そうだな」

「何の話だ?ハッ!まさかエレメス!俺というものがありながら!」
「…男同士の約束…羨ましい…」
「何何何何何?全然話が見えないんだけど!」
「セシルちゃん、後で私がゆっくりと教えてあげるからv」


「それじゃあちょっと行ってくるでござるよ〜w」








―――――おしまい
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