「むぅ〜……」
奇怪なうなり声を上げながら、私――イグニゼム=セニアは、すでに半時間ほども自室の鏡とにらめっこを続けていた。
洗面所の壁に備え付けられた大きな鏡。
そこに映っているのは、いつもと変わらない私の姿だ。
飾り気のない、蒼く長い髪。
化粧などまったくしていない、まだ幼さの残る顔。
引き締まってはいても、女性らしい起伏の乏しい身体。
しかしただ一点、いつもの私とは違うところがあった。
それは…右手に握られたリボン。
「むむぅ〜……」
このリボンのせいで、私は鏡の前でうなり続ける羽目になっているのだった。
事の発端は数時間前。
アルマイアが、買出しを終えて帰ってきたときの事である。

アルマイアは週に一度、プロンテラまで買出しに出かけている。
目的はもちろん、一週間分の食料や消耗品、生活雑貨などを仕入れるためである。
「ただいま〜、今日も大漁だよ」
「いつもご苦労様」
そう言ってアルマイアを取り囲み、カートの中身を物色する。
週に一度繰り広げられる、私たちの恒例行事だった。
しかし今日は、カートの中身にわずかな違和があった。
いつものように帰ってきたアルマイアのカートの中には、しかしいつもとは違うものが紛れ込んでいたのだ。
「アルマイア…これ、なに?」
そう言ってトリスがカートから取り出したのは、五つの頭装備。
名射手のりんご、怒った口、猫耳のヘアバンド、ミスティックローズ、そして赤いリボンだった。
「ああ、それはお土産だよ」
「え……」
その場にいたアルマイア以外の五人が、一様に固まった。
アルマイアがお土産。
あの金に汚いアルマイアが。
きっと何か裏があるのではないか。
もしかしたらこの後、とんでもないお願いでも聞かされるのかもしれない……
びくびくしながら周りを見回すと、イレンドもラウレルもカヴァクも、そしてトリスも同じ事を考えているらしかった。
そんな空気に気付いたアルマイアが、途端に渋面を作る。
「なによみんな、そんなにあたしがケチだと思ってたわけ?」
思わず頷いてしまいそうになるトリスを、必死に目線で制す。
ここで頷いてしまえば、全力のメマーナイトが飛んでくる事だろう。
そんな私たちをぐるりを見渡し、アルマイアは肩をすくめる。
「タネを明かせば…広場で1zセールをやってたのよ」
「1zセール?」
首を傾げる私たちに、アルマイアは説明してくれた。
1zセールとはその名の通り、商品を1zで売る事を言う。
その店では、蝶の羽のような消耗品からメイルのような武具まで、すべて1zで買えるのだそうだ。
ただしもちろん、人気もすごい。
今回アルマイアは、人波に揉まれながらも何とか五人へのお土産を獲得したのだった。
「なんだ…全部で5zしか使ってないんじゃねえか」
ラウレルのほっとしたような呆れたような言葉に、アルマイアが敏感に反応する。
「何、ラウレルはいらないわけ?」
「い、いや……」
「そこまで言われちゃうんなら、素直に転売にまわしちゃおうかな〜」
むぐぐ…とうなるラウレルと、ニヤニヤ笑うアルマイア。
「まあまあ…二人とも仲良くしてください」
そう言ってイレンドが割って入るまでを含めて、ここではよく見られる光景だ。
ともあれ、仲裁が入ったことで場は収まり、アルマイアがお土産を配り始めた。
むしろここからが、私にとっての騒動の始まりだったわけだが……

「まずは…カヴァク!」
「OK、俺だな」
進み出たカヴァクに、アルマイアがお土産を手渡す。
「はい、カヴァクには矢りんご」
「ほう」
受け取ったカヴァクは、早速頭にそのりんごを乗せていた。
「実用的で悪くないな…GJだ」
「あんたを着飾っても仕方ないしね」
軽口を叩くアルマイアだが、カヴァクにはぴったりのものを選んでいると思う。
彼女は商人という職業のせいか、人の本質を見抜く能力が抜群に鋭いのだ。

「次はラウレルね」
「なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだが……」
そうつぶやくラウレルに手渡されたのは、怒った口だった。
「…なんだこれは」
「いつもいつもブチキレてるあんたにはお似合いかと思ってね」
…なるほど、確かに。
「ふっざけんな、もっとマシなもんはねえのかよ!?」
「貸しを作っとくってのも商人としての基本なんだから、おとなしく受け取っときなさい」
「てめえ、返させる気満々じゃねえか!」
その様子を見て隣でトリスが、確かにお似合いだわ、と腹を抱えて笑っていた。
気持ちはわかるが…さすがにラウレルが気の毒ではないだろうか。

「イレンド、いらっしゃい〜」
アルマイアの声に振り返ると、イレンドが頭に猫耳を乗せられているところだった。
イレンドは少し赤くなりながらも、アルマイアにされるがままになっている。
「ありがとう…でも僕、男だよ?」
頭上に「?」を浮かべるイレンドに、アルマイアは答えた。
「いいのいいの、似合ってれば問題なしよ」
邪気もなく笑っているようだったが、しかしそこに隠し切れない黒いものが覗いているのを、私は見逃さなかった。
どうやらトリスも気付いたようで、こちらを向いて苦笑しながらつぶやいた。
「どうやら今夜は」
うん、と頷き私も返す。
「マーガレッタさんの部屋から、イレンドの悲鳴が止む事はなさそうだね」

「トリスの番だよ」
「お、何がもらえるのかな?」
喜び勇んで駆け寄ったトリスには、ミスティックローズが与えられた。
「うわ、キレイ…もらっちゃっていいの?」
「もちろん」
笑って頷くアルマイアに、感極まったトリスが思い切り抱きついた。
「アルマイア大好き、愛してる!」
しかし……
「あたしもトリスは好きだけど…トリスのお財布の方がもっと好きだな」
ぼそっとつぶやいたアルマイアに、あわててトリスがバックステップで距離を取る。
剣呑な目でにらみ合い、ふふふと不気味な笑いを漏らす二人。
冗談だから良いものの、本気でこの二人がやりあったら、この研究所は無事で済むのだろうか……

「最後はセニアだね」
トリスとの掛け合いが終わったのか、アルマイアが私の名前を呼んだ。
応えて歩み寄るが、最後である私には、自分に送られるものが何であるか、すでにわかっている。
そう、それは……
「セニアには赤いリボンね」
「…ありがとう」
わずかに戸惑いが混じった礼の言葉を発し、リボンを受け取る。
こんなものを手にするのは、はじめてかもしれない。
もちろん、つけたこともない。
なぜなら私は、剣士だから。
装飾とは無縁の、実用本位な職業だから。
そんな私の心中を察したのか、アルマイアが顔を覗き込んできた。
「セニア、もしかして気に入らなかった?」
「まさか…とっても嬉しいよ」
これは本心だった。
親友からの贈り物が、嬉しくないはずがない。
だからこれは、私の問題。
私がこのリボンに相応しい存在であるかという、ただそれだけの問題なのだ。
…我ながら、似合うとはとても思えないのではあるが。
「セニア…ねえ、セニア」
隣からの声に顔を上げると、トリスが楽しくてたまらないといった様子でこちらを見ていた。
「せっかく貰ったんだからさ、早速部屋に戻ってつけてみない?」
「そうだね、あたしも見てみたいな」
送り主であるアルマイアにまで促されては、断る事などできはしない。
私はトリスと連れ立って、各々の部屋へと戻っていった。

それから半時間。
私はいまだに鏡の前で悩み続けているのだった。
だって…仕方ないではないか。
私には、こういった装飾は似合わない。
そもそも、そんな性格でもない。
それに何より…兄上に叱られはしないだろうか。
兄上は真面目で実直で、騎士である事に誇りを持っている。
こんなちゃらちゃらした格好をしていては、兄上は烈火の如くお怒りになるかもしれない。
想像してみてぞっとした。
大好きな兄上に嫌われては、私はもう生きてゆけないかもしれない。
「むぅぅ〜……」
そもそも、私よりもこのリボンに相応しい人が、他にいるのではないだろうか。
私よりもかわいくて、明るくて、このリボンが映えるような。
たとえば…そう、アルマイアとか。
「セニア、いる?」
「うわぁっ!」
ノックと共にそのアルマイアの声が聞こえてきて、心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど驚いた。
扉を開けたアルマイアが、頬を膨らませて不平をもらす。
「なによ、その怪獣にでも遭ったみたいな声は」
「ご、ごめん……」
今の自分にとっては怪獣に遭う方がまだマシな気もしたが、もちろんそんな事は言えない。
そのアルマイアは、いまだに不服そうな顔を崩さずにこちらに近づいてきた。
「なにしてるの…いつまで経っても出てこないから、みんな心配してるよ?」
「…うん」
いまいち元気のない返事をする私に、アルマイアは軽く眉をひそめる。
「どうしたの、やっぱり気に入らなかった?」
「そんな事はないけど……」
「なら、早くつけなよ」
「うん……」
歯切れの悪い私の様子に、アルマイアはやれやれとため息を吐く。
「セニアの考えてる事、当ててみようか」
「え?」
驚いて顔を上げた私に、アルマイアはニヤリと口の端を上げる。
「まず一つ、私はリボンなんかつけるガラじゃないのに……」
「う」
見事に的中。
「二つ、リボンなんかつけてたら、兄上様に叱られるんじゃ……」
「うぅ」
これまた正解。
「三つ、自分なんかよりもっと似合う人がいるよね……」
「うぅ〜!」
もはやぐうの音も出ない。
そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。
本気で落ち込む私。
その頭を、アルマイアがぽんぽんと叩いてくる。
「セニア…あんた、もっと自分に自信を持ちなさいよ」
「そんな事言われても……」
顔も、スタイルも、愛嬌も。
女性としての魅力は、自分は他の二人の足元にも及ばない。
アルマイアの愛くるしい顔があれば。
トリスのバランスの取れたスタイルがあれば。
もしかしたら、憧れの兄上も振り向いてくれるかもしれないのに。
そんな事を考えながら、己の魅力のなさに落ち込む。
それが常だった。
なのに。
「あんたに憧れてる人に失礼でしょ…例えばあたしとかね」
「…え?」
驚いて声の主を見やると、わずかに伏せたその顔はほんのりと朱に染まっていた。
「あたしだけじゃない…トリスだってあんたに憧れてるよ」
「えぇ!?」
信じられない。
私のどこに、そんな魅力があるというのだろうか。
「長いさらさらの髪、引き締まった身体、一途な心…どれもあたしが持ってないものだよ」
「そ、そんな事……」
あわてて否定しようとすると、アルマイアのチョップが飛んできた。
「結局さ、お互いに自分に無いものを羨ましがってるだけなんだよ…隣の芝は青いってやつ?」
「隣の芝……」
「だからさ、あんたももっと自信を持って…手始めにリボンでもつけてみたら?」
あんたがかわいい格好なんてしたら、セイレンさんだってイチコロだよ、とアルマイアは笑った。
なんだかその笑顔に、勇気を貰ったような気がした。
今なら何でもできるような気がした。
赤いリボンでもミスティックローズでも、どんとこいだ。
そうとも。
親友であり、憧れでもあるアルマイアが言うのだ。
疑う余地など、どこにもないではないか。
「ありがとう、アルマイア…がんばってみるね」
「それで良し」
私の復活に満足げな笑みを浮かべたアルマイアは、部屋を出て行こうとする。
「じゃあ、あたしはみんなと待ってるからね」
「あ…待って!」
が、私はあわてて彼女を呼び止めた。
訝しげに振り返ったアルマイアに、恥ずかしさで顔を赤くしながら告げる。
「…け方、………ない」
「ん?」
「つけ方、わからない…つけてくれない?」
「へ……?」
だって、仕方ないではないか。
リボンをつけた事など、一度もない。
手にした事さえ、はじめてかもしれないのだ。
つけ方を知っている方がおかしいというものだろう。
だが、そんな真摯な私の願いをようやく理解したアルマイアは、
「ぷっ……あはははは!」
真っ赤になった私の視線をものともせず、ラウドボイス級の大笑いを私の部屋に響かせたのだった……

「そういえば……」
背後で髪を整えてくれているアルマイアに、私は声をかける。
「ん?」
「アルマイアは、自分の頭装備は買わなかったの?」
「もちろん買ったよ?」
そう言って彼女が見せてくれたのは……
「バ、バフォ帽!?」
「いいでしょ〜」
そう。
それは、超が付くほどの高級装備。
マジェスティックゴート、通称バフォ帽だった。
「すごい…これも1zだったの?」
感嘆と羨望の眼差しを向ける私に、しかしアルマイアは事も無げに言った。
「そんなわけないじゃん」
「…え?」
呆然とする私に、アルマイアは得意げに語り始める。
「数ある露店の中でも、これは輝いて見えたよ…これはもう買うしかないよね」
「え…え……?」
「普段から貯めこんでる分、使うときはガツンといかないとね…この瞬間のために商人やってるようなもんだよ」
「…えーと」
マジェスティックゴート、通称バフォ帽。
それは、超が付くほどの高級装備。
その相場といったら…考えるだけでも恐ろしい。
「ね、ねえ、アルマイア」
「ん?」
「それ、いくらしたの?」
聞きたくない。
しかし、聞かなければならない。
いったいそれに、いくらつぎ込んだのだと。
「んーと…50Mくらい?」
「ご…ご、ごじゅうめが〜!?」
刹那、頭の中で何かが切れたような音がした。
ああ、そうか。
セシルさんは、いつもこんな感じなのか。
どこか冷静な頭の片隅で、そんなどうでもいい事を考えていた。
「アルマイア…!」
「なに…うわっ!」
アルマイアもようやく、私の気配が変わったことに気付いたようだった。
「また無駄遣いして…50Mもあったら何年分の食費になると思ってるの!?」
「たまにはパーっと使わないと、身体に毒だよ」
「それならみんなで使いなさい…自分一人のものにしちゃだめでしょう!」
「みんなにもお土産買ってきたじゃない」
「それとこれとは話が…ってまさか、これを誤魔化すためのお土産だったとか!?」
「うわ…今日のセニアは冴えてるなぁ」
「アルマイア!」
商人…中でもアルマイアを相手に口で挑んでも、のらりくらりとかわされてしまう。
そう判断した私は、早々に実力行使に切り替えた。
「ちょっとセニア…その状態で殴り合いは不味いって!」
「うるさい、おとなしくそこになおれ!」
「いやだよ、まだ死にたくないもん!」
あわてて逃げ回るアルマイアだが、素早さでは圧倒的にこちらに分がある。
あっという間に部屋の隅に追い詰める事に成功した。
「ね、ねえセニア…あたしが悪かったよ」
「うるさい」
「反省してるからさ…許してよ、ね?」
「黙れ」
「もうしないからさ、本当だってば」
「問答無用!」
アルマイアはすでに半泣きになっているが、気にしない。
きつくお仕置きをしておかないと、何度でも無駄遣いを繰り返すに決まっている。
「覚悟は良いね?」
最後通牒を突きつけ、剣を構える。
そして剣を、
一気に、
振り下ろした。
「マグナムブレイク!」



ちなみに余談ではあるが、この事件で一番の被害を被ったのは、
「お兄ちゃん、実は今日衝動買いしちゃってお金が無いんだ…おこづかいちょーだい♪」
「いや、今月は俺も苦しくてさ…って、勝手に財布を持ってくなああああぁぁ!」
もちろん、当たり前のように、当然の如く、ハワード=アルトアイゼンその人だったそうな……


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あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。
セニア大好きなので、彼女の電波ばかり受信しています。
しかし今回は、いつの間にかアルマイア大活躍な話に……
アルマイアは私の中では、筆を取ると自分勝手に暴れだす作者泣かせなキャラです(笑

2006/09/15 この物語をイグニゼム=セニアに捧ぐ
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