セイレンの朝は一般的に比べると遅いのだが、生体研究所の中ではまだ早いほうだ。
まずは歯を磨き、顔を洗うと早々に服を着替える。
剛毛のくせっ毛はいくらブラッシングしても直らないのだが、習慣程度の気持ちで
ブラッシングする。
姿見の前でおかしいところがないかチェックして、準備が完了する。
「よし、今日も一日頑張るか!」
鎧は装着せず、帯剣もせずに部屋から出て行く。

「あ、おはようございます。セイレンさん」
「おはようございます」
日課の全員起こしの時間帯で、アルマイアが丁度イレンドを起こしたところだった。
大体毎日同じ時間である。
「おはよう、アルマ」
これより15分も早く来れば、アルマイアがエプロン下着姿で朝食を作っているところを
拝めるのだが、流石にそこまでは思いつかない。

もともと最初のうちは、セイレンも朝食から手伝おうとはしたのだが、階段に向かう
途中、エレメスが現れ、なんやかんやと説得されたので時間をずらすことにしたのだ。
エレメスも言葉に困っていたようだが、あまりに必死に説得するので、何かあるのだと
感じて一応従っている。

「いただきます」
朝食のテーブルでは、何も手伝うことが無かったが、ここからがセイレンの気合の入れ
どころである。朝食のレシピを舌で調べるのだ。そして後でアルマイアに聞いて、答え
合わせをするのである。
アルマイアからすると、何もそこまでと思うのだが、セイレンは生真面目に精進して
いるので、感心しつつも答えるのである。
(セニアもこのくらい熱心に精進すればいいのに)
なんてことはこの熱血兄貴には口が裂けても言えないのだが。

セイレンは荷受をしていた。
アルマイアとハワードが通販や食料品・日用雑貨の宅配サービスに注文した品物を
受け取り、伝票にサインをしているのだ。
外部の人にとっては畏怖の対象であるはずのこの研究所だが、ここがレッケンベルから
管理が離れる以前からずっと取引していた担当者なので慣れたものである。
「ええと、これで全部ですか?」
まだぎこちないセイレンだが、担当の人も今後スムーズに進むようにと丁寧に教えて
いたりするのが微笑ましい。
「ありがとうございました。また来週お願いします」
「はい、こちらこそ。毎度ありがとうございます」
あちらも礼儀正しく去っていくのだ。

(ふむ……あとは各自ここに取りに来るのだな)
何度かこの荷受場兼倉庫に来ているので、その仕組みはわかっている。
いつも一番手に来てたわけではないので、これほど膨大な量だとは思わなかった。
(ハワードはともかく……この量の食料をアルマが全部運んでいたのか?)
妹からこういう仕事があるというのを聞いたことがなく、ハワードの手伝いもしたことが
ないため、恐らくはその推測は当たっているのだろう。
「そして……その食事をご馳走になっていたということか、俺は」
やるせない気持ちになり、自分を殴りたい衝動に駆られ、拳を振りかぶったそのとき。

「あーきたきた。さっさと厨房に運ぶぞおめぇら」
「いわれなくてもやるって」
「じゃ支援かけますよ〜」
手際よく食料を運び出していく2階男子。当たり前といえば当たり前の光景である。
「なにしてんすか、セイレンさん?」
「あ……いやそのなんだ……うん、俺も手伝おうと思ってな」
気恥ずかしくなって一緒に運ぶのであった。

「それではこれから仕込みしますね」
アルマイアはそう言うと、厨房に届いた食料を、箱からあけ、大型の冷蔵庫に整理しつつ
しまっていく。
「もう今日は何にするか決めてるのかい?」
「ええ、今日来る材料がもうわかっていたので、検品さえあってるなら後は今夜使う食材
以外を仕舞うだけですね」
「今日は何にするつもりなんだ?」
「今日はシチューと海鮮サラダ、ブロッコリーゆがいて、それと果物を使ったデザートですね」
あとは主食のパンということだ。
「比較的楽なメニューだな」
アルマイアはくす、と笑う。
「そうですね、でもシチューって奥深いですよ?」
セイレンには意外だった。レシピ的には今回の献立はそれほど難しくない。初見の材料も
無ければ特殊な技術が必要というのでも無さそうだった。

「わからん、教えてくれるか?」
アルマイアは少し困ったような表情を浮かべると、ゆっくりと語った。
「実際には技術的には、どの道も極めるのは難しい、上には上があるという意味での難易度
です。つまりただ作るだけなら、先ほどセイレンさんがおっしゃったとおりです」
「少しわかるが……」
「ちょっと美味しく作る程度だと、これも比較的楽だと思います。でも、とても美味しく
作るのは難しいんですよ」
「それはその料理の献立的な限界じゃないのか?」
「いいえ、どの料理も極めたものは別次元の美味しさですよ♪」

眩しい笑顔で語るアルマイアを、セイレンは正視することはできなかった。
いつもセニアに口がすっぱくなるほど教えていることを、逆に教えられているのだ。
「セニア、基本の構えや振りは、ただ振り、構えるだけなら誰でもできる」
セニアは神妙に頷く。
「だが、極めたものの構えや振りは、たとえ基礎的な構えや振りだろうと、それは絶対な
必殺技に等しいのだ」
「お兄様、それはただの……例えば上段からの斬撃が騎士団奥義ほどの技術にまでなるの
でしょうか?」
「無論奥義には奥義たる力がある。だが、基礎ですら極めてしまえば、その域にも達することが
できるのだ。俺はまだその域にはいけないが、もう少しで掴めるかもしれん。基礎の限界は
決して低くないのだ」

「どうかされましたか?ご気分でも悪いのですか?」
「いや……自分の不見識に恥じていたところだよ」
アルマイアは首をかしげて、しかし話を続けた。
「そして最後にものを言うのはやはり気持ちです。勿論ある程度の技術や品質は必要ですけど、
相手のことを考え……ええと、相手の味覚・心理状態や体調ですね、心を込めて作るのです」

「セニア、そしてものを言うのは気迫だ。そして観察力・洞察力だ。相手の気迫の揺らぎ、
癖などありとあらゆる事を知覚し、それを自分の剣に生かすのだ。剣先に精神を集中させよ」

セイレンは泣きそうになった。
こんな簡単なことを失念しているとは。それを年端もいかない少女に諭されるとは。

「アルマ……ありがとう。心が晴れた気分だよ」
胸を張り、己を見つめなおし、憑き物がおちたようなその笑顔は、確かに3階の中心に座れると
認識できるものであった。
「セイレンさん……大げさです」
アルマイアの両肩に手を置き、アルマイアを見つめながら礼を言うのは、確かに言葉を
かけられるほうは苦笑せざるを得ない。

とさっ

2人が何事かと厨房の入り口に目をやると、尻餅をつき、頬に手を当て目に涙を貯めるセニアの
姿があった。
「ふ、2人とも……そんな関係だったなんて……」
「何言ってるんだセニア?最近いつもこうだろう?」
斜め上の誤解に、気づいていないセイレンは火に油を注ぐ。
「え、いやまってセニア、これ違うから!私は全然そんなつもりじゃないから!」
「何を言っているんだアルマ。俺は君に感謝しているし、まだまだ色々教えてもらいたい」
「セイレンさん!多分、いや絶対現状認識してないから!?」
「や、やっぱりお兄様とアルマは……」

その後、トリスが燃え上がる火に火薬を吹き込むような真似をしたり、鎮火役のセシル登場で
セイレンがハリネズミになったりと大騒ぎになったりした。

「アルマぁ……本当にお兄様となんともないの?」
「知るか!」
アルマイアもいい加減投げ槍になるくらいぐったりしたのだった。


アルマ分投下。
ちょっと補給燃料足りないかな?
でもできるだけ日常を書きたいなと思ってたり。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送