「はむっ」
「んっ!?」

 思考が強制的に遮られた。
 瞳を閉じてウットリする大食い魔術師が、近すぎる距離にいる。
 もう少し離れていたなら、今日の夕飯に思いを馳せているのだろうと一蹴できたはずだった。
 冗談でマーガレッタが寸前まで迫ることはあったけれど、実際に奪われるのは初めてだった。

 こういう行為は異性同士でするものだと思っていた。

――――――――――◆――――――――――

 時は、昼食のすぐ後に遡る。
 いつものように、残り一つになった焼きおにぎりを巡って、あの二人がまた騒ぎ始めた。

「おいこらっ! 貧乳はおとなしく牛乳でも飲んでろ!」
「うっさい! 食べなきゃ育つとこも育たないでしょうが!!」
「生まれてこの方ずっと育ってないお前が言っても説得力ねーっての!」
「こ、コイツ……ちょっとおとなしくしてりゃいい気になって……!!」

 結末はいつもと同じ。血だらけで全身矢だらけになった騎士が、白目を剥いて倒れる。
 それだけなら問題はなかった。問題は、たった一つ残された焼きおにぎり。

「あーあ、血と汗と(放送禁止)まみれでござる」

 がっくりと肩を落とすエレメスの視線の先には、大きな皿のド真ん中に一つ、赤黒くドロドロになった、かつては焼きおにぎりだった物体。

「せ、セシルちゃんの(放送禁止)ッ……!!」

 ため息をつきながら、既に食物とは呼べない暗黒物質をゴミ箱に入れるエレメスを他所に、彼の何気ない冗談で鼻血を出すマーガレッタ。
 ゴミ箱の前で屈んだエレメスに発情したハワードと、血を流して壁に寄りかかるセイレン。
 そして、ぷりぷりと怒りながら二階の部屋へ戻っていくセシル。ここまではいつもどおり。
 その後姿を、何か物言いたそうな表情で見つめるカトリーヌを気に留める者は、いなかった。


――――――――――◆――――――――――


 素直じゃない。傍から見ていても、そう思う。
 それも、二人揃ってだから、性質が悪い。
 二人の箸が同じ焼きおにぎりをつついたとき、一瞬だけ見つめ合ったのもつかの間

「ちょっと! あんたの騎士道にレディーファーストって言葉はないの?」
「残念ながら俺の視界に映っているレディーは二人だけだ。よって俺にこいつを諦める義務はないし義理もない!」

 最初は照れ隠し。段々エスカレートして、気がついたら大喧嘩。
 私は、怒って部屋に戻った後、セシルがいつもため息をついているのを知っている。
 セイレンのほうはわからないが、喧嘩直前の反応を見る限りはきっと二人とも同じに違いない。

 素直になれていない。

 そんなセシルを見ていると、何だか変な気持ちになってくる。
 もどかしいような、でもそのままでいてほしいような。
 マーガレッタに一度だけ聞いたことがあるが、この世界の一部の人間によると【萌え】という言葉で表現される感情らしい。

「……何よ」

 結局セシルは、夕方まで部屋に篭っていた。
 私が部屋に入る直前までは曇らせていたであろう表情を、無理やり引き締めて気丈に振舞う。
 どうしてだろう。よくわからないが、何かとてもいけないことがしたい。
 この強がっている娘を、かき乱してみたい。

 そんな感情に突き動かされて、私は、小さく尖った唇を奪った。

「はむっ」
「んっ!?」

 初めてのはレモンの味がするって聞いてたけど、全然違う。
 この強烈な興奮は、確かにレモンを食べるときのものに似ているけど。
 そういった意味では、マーガレッタの知識はデタラメではないのかもしれない。

 マーガレッタに借りた本の知識から、この先のステップへと移る。

「んっ……んんっ」
「んふっ……んっ」

 舌で舌を弄ばれながら、苦しそうな顔をする。鼻にかかった声が、耳に心地良い。
 私は息が苦しくなるまで、セシルをイジメ続けた。

「ぷはっ……。な、あ……」
「……どうしたの?」

 この驚いた顔。呼吸することさえも忘れて驚愕に言葉を奪われて。
 もっといろいろしてみたいと思ったけれど、流石にかわいそうなのでクスクスと笑うだけにとどめておいた。

「ど、どうしたのじゃ、ないでしょ……」

 もしかして、初めてだったかな。呆気に取られて、状況が理解できないことに泣きそうな顔。
 可愛い。素直にそう思えた。
 だからこそ、まだまだ苛めたくなる。

「お仕置き」
「やっ……んんっ」

 必死でもがく舌が、まるで私を求めているみたいで。
 私はしばらく、その快感を貪り続けた。

「な、何よ……お仕置きって、何!?」

 本当に泣きそうな顔だったので、せめて事情を説明してあげることにした。

「食べ物、粗末にしたから」
「あ……」

 忘れてはいなかったらしい。突然申し訳ない顔になってしまうセシルが面白くなくて、私は別の方法で苛めることにした。

「今度は、セイレンにしてこなきゃ」
「それはダメ!」

 ……え? 困ってオロオロするセシルが見たかったのに、予想外のこの反応。
 私が呆けているのがわかったのか、セシルはハッと口を噤んだ。

「え、えっと、だからその、カトリーヌは女の子なんだから、軽々しく男の人にそんなことしちゃダメって意味で……」

 必死で弁明する姿に、思わず微笑が漏れる。
 まあいいか、今日はこのくらいで許してあげる。

「……そうね。セシルが矢でお仕置きしておいてくれたし、今回は許してあげる」

 私は小さく笑いながら、部屋を出た。マーガレッタの気持ちが、少しわかった気がした。

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以下、おまけ

「マーガレッタぁ!! 純情可憐なカトリーヌになんてこと吹き込んでるのよ!!」
「あらあら、セシルちゃんも教えてほしいのかしら? 今なら手取り足取り腰取り教えて差し上げてよ?」

 矢と鈍器が飛び交う中、早くも流れ弾でセイレンが脱落。

「ハワードがうちの女性に興味を示さない理由がなんとなくわかるでござる」
「そうかそうか、わかってくれるか」
「ちょ、まっ、そんないきなりっ……アッー!!」

 物陰に隠れながらその様子を見ていたエレメスは、やはりいつものようにハワードに*された。


 ……生体は今日も平和。ぴーす
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