-0-
「ぬおおおお!?」
 ラウレル=ヴィンダーは魔術師だ。
 博識にして頭脳明晰。いつ何時でも沈着冷静を理想とし、常に自分自身がそう在る為の努力を欠かさない。そ
れが魔術師だ。
「な……な……」
 そして、その魔術師である所のラウレルは、現在、目下、混乱の極みに陥っていた。
「何じゃこりゃァァァァァァ!?」

-1-
 ラウレルの自室には小さな姿見がある。レッケンベルからの支給品の一つで、この寮の住人は皆持っている簡
素なものだ。その姿見にはラウレルが映っている。ラウレルの筈である。何故なら自分はラウレル=ヴィンダー
自身であり、その自分が姿見の前に立っているのだから。
 鏡の中に映った放心状態の――少女。赤の短髪に茶の瞳。切れ上がった目尻と凛々しい鼻筋。そして、暗黒色
のパジャマの生地を窮屈そうに押し上げる胸部。この少女は誰なのだろう。いつの間にこの部屋に居たのだろう。
何故姿見には自分が映っていないのだろう。そもそも何故自分は、普段は見もしない姿見など見る気になったの
か。疑問符が頭の中で後から後から湧いて出るが、しかし全て解っている事なのだ。朝起きたら違和感を感じた。
違和感は主に胸にあった。触って確かめると柔らかかった。突然の不安に駆られて姿見を見た。鏡の中には少女
が映っていた。それだけの事だった。
「それだけの事じゃねえええええ!!」
 自問自答で得た回答は、あまりにも突拍子が無い。だが、そこに整合性の欠如はない。いや、あるのだろうか。
いやしかし、そう思って先ほどから何度も確認してきた結果がこれではないか。朝起きた。身体に違和感を感じ
た。鏡を見た。少女が居た。自分は男のはずなのに。
「なな何だよこの姉ちゃんみてーなデケェ乳は!?」
 昨日までの自分に無かったものを実際に触って確かめる。掌と胸に感触が感じられた。掌には柔らかく、温か
く、確かな質量を持った感触、そして胸には、身体から突出した部分が下から押し当てられたものによって持ち
上げられ、その形を変える感触が。
「ありえねー……ぜッッッてーありえねー……って、オイオイ待てよ」
 衝撃的な事実に半ば放心状態で自分の胸を確かめていたラウレルは、次に一つの重大な事に気が付いた。視線
は自然と鏡に映った少女の像の、その下へと下がっていく。
「待て……待て待て待て待て、頼むぜオイ」
 重大な事、すなわち――無かったものが有る今、もとから有ったものはどうなっているのか。意識を集中した
先、両足の付け根は……心なしか、軽い。今まで有って当然であったものが、今は、感じられない。
 ラウレルは突如として巨大な不安に襲われた。胸を押し上げていた手を離し、強張った動きのまま、然るべき
箇所へ、恐る恐る伸ばそうとし、その動きは臍のあたりで止まった。
「そんなワケねーよな……なあオイ、そんなワケねーよ……」
 自分は一体何を否定しているのだろう。自分でも解らない。解らないが、確かに否定したい事がある。信じた
いことがある。そんな筈などない。そんな事はありえない。しかし、確かめるのは、怖かった。臍から下に手が
動かない。
「よしよしオイ、いいな、あるよな。ホラ、触ってみれば解るよなオイ、うん。……いくぞ!」
 意を決し、目を瞑って両手でそこを確かめる。掌の感触は――有るはずだったそれを掴めず、平坦な皮膚を感
じとった。
 時が、止まった。
 雨の様な音がした。間断なく流れる水の音だ。それが自分の、全身の血が退いていく音だと理解するのに一瞬
の、しかし無限の時間を要した。鏡に映った少女は、足の付け根を両手で庇った姿勢のまま、今にも泣き出しそ
うな顔でこちらを見ている。言い知れぬ喪失感と共に、視界が歪む。喉で何かが暴れる様な痛みを覚える。湧き
上がった感情がラウレルの何かの糸を――切った。
「ねええええええよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

-2-
 朝のレッケンベル寄宿舎。長い廊下を走る音がある。
「ななな何だよ何なんだよォこりゃあよおおおお! 一体全体どうなってんだオイオイオイオイイイイイ!?」
 ラウレルだ。パジャマ姿のラウレルが、スリッパ履きで廊下を疾走している。
 走っている自分でもどこを目指しているかは解らない。自分が自分でなくなってしまった。今までの自分が丸
ごとどこかへ行ってしまった。その計り知れない喪失感だけが、ラウレルの足を動かしていた。足の動きを阻害
するものが無く、足運びが軽い。しかし胸が重い。走る度に自分勝手に動き回るのでバランスが取りづらい。そ
れらが余計に自身の変化を意識させる。もはや何がしたいのかも、もう解らない。
「ん〜、なんですかぁうるさいですね……って……ひゃああ!?」
「うおおおお!?」
 無我夢中で走っているラウレルの前方、一枚の扉が開き、人影が出てきた。勢いのついたまま止まれず、その
まま人影を巻き込んで転がり、止まる。
「ぐあ……いってえ……。何いきなり飛び出してきや……!?」
 廊下を暴走していた自分を差し置き、飛び出してきた人影に怒りを投げたラウレルが、しかし、止まる。
「あいたたたあ……なんですかあもう、ボクが何したっていうんですかあ?」
 ラウレルが激突した時に扉にでも打ったのだろう、腰をさすりながら抗議の声を発しているのは、童顔で女顔
のイレンドだ。だが、そのイレンドは、何故か、髪が長い。明るい栗色の髪が緩やかに波打って、肩の下まで届
いている。その上彼は――純白のネグリジェを身に纏っていた。ラウレルは怒りも忘れて目の前の人物に全ての
注意を奪われた。同時に、何か言い知れぬ不安がじわじわと湧いてくる。
「い、イレンド……おま、それ、なッ……」
「? ……ボクがどうかしましたか?」
 ラウレルの視線がイレンドの目から下がる。鼻、口、顎、鎖骨、更に先へ。
 床に手を着いて座り込み、前かがみになったイレンドの寝間着の襟元、その中にあるのは、
「むっ、む、むむむむむむむ……」
 ラウレル自身のそれと比べると小さい、しかし、確かにその存在を主張する二つの――
「むぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
 脳が色々と限界を超えた様だ。頭が痛い。とりあえず目の前の受け入れがたい現実を、出てきた部屋に押し込
み、戸を閉めた。イレンドの抗議の声が聞こえたが気にしない。ドアに背をつけたまま、重力に任せて床へと腰
を落とし、座り込む。
 放心状態のまま時間が経った。数秒だろうか、数十秒なのだろうか。多分、数分までは行かないだろう。ラウ
レルの意識を呼び覚ましたのは、足音だ。一人ではない。他の同僚達が様子を見にきたのだろう。同時にラウレ
ルの第六感は告げている。――悪夢は、終わっていない、と。
「何だぁ何だぁ? えらくでっけー悲鳴だなオイ? 痴漢でも出たかぁ〜?」
「いや痴漢はお前だろ。いっつもマガレ兄貴と風呂覗いてるのは、一体どこの誰さんよ?」
「お前たちのその話は後でじっくり聞かせてもらうとして、さっきの声は誰の……」
 この階層に寄宿しているのは6人。男性と女性の比率は1:1だ。そして聞こえてきた三つの声は、全て男の
ものだった。すこし考えを纏めよう、と思った。今、自分は、何故か、いかなる理由によってか、どういう訳か、
昨日までの自分ではない、つまり……つまり女性の身体になっている。なってしまっている。そしてイレンドも、
男ではなかった。昨日まで男であった自分とイレンドが、である。残る一人の声は、いま聞こえた三つの中には
聞き取れなかった。友人の声だ、それくらいは判る。ならばあの声の主は皆、そういう事なのだろうか。
「は、ははははは……ははは……」
 多分、そういう事なのだろう。と答えを出すと、何故か胸が軽くなった。現実を受け入れたという事なのだろ
うか。今の自分は、肉体的に女だ。しかし、だからどうしたというのだ。魔術を極めるのに男も女も関係などな
い。ならば何が差し支えるというのか。重要なのは自我だ。自分の心をしっかりと保持できていれば、肉体の事
など瑣末な問題なのだ。なぜ、こんな簡単な事に思い悩んでいたのだろう。馬鹿馬鹿しくて笑いが出てくる。
「よぉラウレル〜、相変わらず良い乳してんじゃねーか。ってかオイオイ今はノーブラか! 無防備コムスメで
ヤローを誘惑ですかよ!?」
「アルマイア、お前……どこをどうやったらそんな頭悪い言葉が出てくるワケよ?」
「馬ッ鹿そりゃお前、常日頃からのたゆまぬ信仰の賜物じゃねーか。お前も入信すっか? 今ならハワード姉貴
とエレメス姉ちゃんのカラミ写真つきだぜ?」
「そんな得体の知れん宗教に誰が入るか。だがその写真は貰っとく」
「き、貴様等、人の後ろで何を不埒な!」
「まーまー怒んなってイグニゼムちゃんよぉ〜。ホレ、お前にはコレやるからよ」
「こ……これは、セイレン姉様の……!」
「どうでも良いけどよ。なんか一人置いてけぼりだぜ?」
 声の主は……アルマイアと、ヒュッケバインと、イグニゼムなのだそそうだ。自分の知っている彼女達とは何
かが大きく違う様な気がするが。ともあれ、自分の声に駆けつけてきてくれたのだろう三人に言葉を返す。
「あはは……いやまあ気にすんな。で、お前……ヒュッケか?」
「んあ? 変な事聞くんだな。ってか毎日顔合わせてるじゃんよ」
「あーいや、まあな。何でもねーよ。今日のアタシはちょっと疲れてて……さ……」
 言葉が止まった。今、何かが聞こえた。自分の声だ。自分の声で、ありえない言葉が聞こえた。何と言ったの
だろう。覚えていない。思い出したくない。しかし確かにこの耳は、自分の耳は、聞き取ってしまった。自分の
口をついて出た、その言葉を。
「ラウレル……ラウレル。どうした、顔色が悪いぞ。熱でもあるのではないか?」
「あ……ああ……」
 身体が変わっても、大丈夫だと思った。自分の心をしっかり保っていれば良いと、信じた。たとえ見た目が変
わったとしても、自分自身が「俺」であるならば、と、強く自分に言い聞かせ、やっと幾ばくかの平穏を得た矢
先だったのに。それなのに。
 再び視界が涙で歪む。
「アタシって何だコラアアアアアアアアァァァァァ!?」
「あっ、お、おい!?」
「……カノジョ、昨日なんか変なモンでも食べましたかよ?」
「俺に聞かれても困るっつの」
 男どもの声を背後に流し、ラウレルは再び現実から逃げ出した。

-3-
 もう嫌だ。もう駄目だ。こんな世界は耐えられない。ラウレルはひたすら寮内を走り続けた。広い研究所の廊
下は複雑に入り組んでおり、いくら走っても果てが見えない。しかし、それは今のラウレルには救いだった。走
っている間は何も考えなくても良い。走る事に男も女もない。相変わらずしかるべき所の違和感と、胸の重量が
邪魔なだけだ。
 走って、走って、走り続けて。実際はそれほど長く走っていた訳でもないのだろう。もともと体力のある方で
はない。やがてその体力も使い果たし、どことも知れぬ廊下に大の字で転がった。苦しい。空気が足りない。足
や手が軽くて、重い。もう指先一つも動かせない。ただ空気を求め、がむしゃらに呼吸を繰り返す。
 一体どういう因果でこんな事になってしまったのだろう。朝起きれば身体が女になっていた。驚いて外に出て
みるとイレンドも女になっていた。イグニゼムと、アルマイアと、ヒュッケバインは男になっていた。そして…
…、
「ふは、はは、ははは、はは……」
 笑いが出た。激しい呼吸に途切れ途切れの、何かを押し流そうとする笑いだ。
「アタシって……アタシって何なんだよぉ、俺よぉ……」
 ごく自然な一人称として、口から出たものだった。何故、そんな言葉が出てきたのか。男であるはずの自分の
口から。女性の一人称が。
「こえーよオイ……こんなのヤだよおぉぉ……」
 身体が女性のものになった影響で、心まで女になってしまったのだろうか。嫌だ。自分は、ラウレル=ヴィン
ダーは男なのだ。女性に興味などまったく無いとは言わないが、しかし自分が女になる事などは論外だ。男のま
まが良いのに、女になどなりたくないのに、気が付けばあんな台詞が出てしまった。
「変だよこんなの……マトモじゃねーよ……」
 何もかもがおかしい。全てが狂っている。間違っている。せめて誰か一人、一人でも良いからまともな人間は、
まともな性別の人間は居ないのだろうか。
「あ、こんな所にいた」
「え……?」
 白い天井を見上げたラウレルの顔に影が落ちる。誰だろう、涙で目が霞んでよく見えない。が、この声には聞
き覚えがあった。
「お前……カヴァク?」
「さっきの大声、やっぱりラウレルだったんだね。イグニゼム達から聞いたよ」
 影は、ラウレルの友人であるカヴァクのものだった。泣き顔を見られていると気付き、慌てて起き上がって袖
で目を拭う。寝転んでいた床に座りなおし、改めてカヴァクを見た。見て、目を疑った。
「カヴァク……お前……」
「うん? ……何か変な所でもある?」
 いぶかる顔のカヴァクに、ラウレルは慌てて首を振った。カヴァクは、ラウレルの唯一の友人は、何も変わっ
ていない。いつもの服装、いつもの髪型、いつもの表情、いつもの声。
「お前……マトモじゃねーかあぁ……」
「うわっ、ちょ、ちょっと……ラウレル?」
 ようやく変わってない人間に出会えた。カヴァクは変わっていない。誰も彼も変わってしまった、自分自身で
すら変わってしまった世界の中で一人だけ、いつもの様に澄ました顔の、男のカヴァクが目の前に居る。ただそ
れだけの事に、これ以上ない安堵を覚えていた。力が抜けて、思わずカヴァクに抱きついてしまう。
「ラウレル、ちょっと……どうしたの?」
「え? ……うわわっ!?」
 戸惑うカヴァクに気付き、慌てて身を離す。今の自分の身体が女である事を忘れていた。幾ら普段から無表情
なカヴァクと言えど、女性にいきなり抱きつかれれば驚くだろう。
「わ、わりー。今のアタ……俺は、女だったんだよな。ビックリさせちまったな」
「いや、ちょっと驚いただけだから。別に女の子同士なんだから、どうって事もないし……」
 女の子同士なんだから。女の子同士。オンナノコドウシナンダカラ……。
「……えあ? あれ? ……ええ?」
 何か聞こえただろうか。何も聞こえない。何も聞いていない。嘘だ。聞こえた。何かが聞こえた。彼の、
「彼」であって欲しいカヴァクの口から、何か、何かが聞こえた。頭の中でその部分だけが、反響しながら音と
して残っている。オンナノコドウシナンダカラ、と。
「え? 女? あれ? ……嘘だろ? え?」
「……なんか変だとは聞いてたけど、こんなに重症だったとは思わなかった。……ええと、なんかもう、説明す
るのもややこしいよね」
 嫌だ。駄目だ。待ってくれ。いけない。やめろ。止まれ。心の中で叫ばれた幾つもの願いは、しかし、口から
出ずに消えてゆく。
「……僕はラウレルと違って自信がないんだから、あまりこういう事はさせないでくれよ?」
 どうしてカヴァクはそんなに恥ずかしそうに頬を赤らめているのだろう。どうして服の裾に手をかけているの
だろう。そういえば改めてカヴァクを見てみると、いつもと変わらないのは服装だけではないだろうか。勢い余
って抱きついたときも、随分細身で、柔らかかった様な気がする。カヴァクの手が、ゆっくりと服の裾をたくし
上げていく。見たくない。確かめたくない。しかし目が離せない。離れてくれない。もう許してくれ。ここまで
来て、やっとまともな相手に出会えたと言うのに。まともだと思っていたのに。それすら無くしては自分は、ラ
ウレル=ヴィンダーはもう……。
 そんなラウレルの葛藤を知る由もなく、目の前の弓使いは、着衣の裾を、ついに、自分の胸元までたくし上げ
てしまった。その服の下には、やはり、その下には――

-4-
「あああああぎゃあああああああああああああああああ!!」
 悲鳴が聞こえた。長い、大きな悲鳴だ。次の瞬間には自分の挙げた声だと気がついた。自分の悲鳴で目覚める
など、生まれて初めての経験だった。
「うあ……あああ……ゆ、夢……? 夢か!?」
 おぞましい夢を見ていた。思い出した瞬間背筋に寒気が走る程の夢だ。ついつい自分の胸元を確かめる。当然、
男の胸は平らなものだ。続いて手を下に伸ばす。
「つ……」
 ついている。両手は確かに、ラウレルのラウレルをしっかりと把握していた。今度こそ、体中の全ての力が抜
けた。自分は、今、たった今、自分だ。顔を上げると窓から朝日が差し込んでいる。綺麗な光だと思った。いま
だかつて、こんなにも晴れ晴れとした気分で朝を迎えられた日があっただろうか。自分が自分であるという事、
それがとてもかけがえの無い事だと学んだ気がした。この朝日の照らす全ての大地に幸あれ。ラウレルは心から
そう祈る事ができた。
「うわああああ……ん」
 安らかな気持ちで暫し、朝日を堪能していると、部屋の外から声と、走り回る足音が聞こえた。大方アルマイ
アあたりに女装でもさせられて遊ばれているのだろう。極めていつも通りの、平和な一日だった。足音が段々近
づいてくる。逃げている様子の足音は、ラウレルの部屋の前まで来て、扉を開ける音に変わった
「ら、ラウレルさん、助けてくださいぃ……」
 扉を開けて入ってきた声は、やはりイレンドだった。人の部屋にノックもなしに入るとは不躾だが、今の自分
はとても晴れやかな気分なので気にしない。イレンドに顔をむけ、ラウレルは――言葉を失った。
「アルマイアさんが……無理矢理……」
 イレンドは、やはり女物の修道服を着ている。そこまではいつもの事だ。普通の事だ。
 何故イレンドの髪が長いのだろうか。明るい栗色の、肩の下まで届くウェーブの髪だ。普段のイレンドは、女
装をさせられるにしても、髪は弄られていなかったはずだ。これでは、この姿では、夢に出てきたイレンドと変
わらないではないか。その夢からはたった今、目覚めたはずなのに。その証拠として今、自分は、紛れもなく男
だ。ならばイレンドは何故、こんな格好なのだろうか。何故なのだろうか、抜け出したはずの悪夢が、すぐ背後
から迫ってくる様な不安は。部屋の外から続けて聞こえてきた二つの足音から感じられる嫌な予感は。
 これではまるで。さっきの夢の続きではないか。いや、これが現実なのだろうか。今度は自分を残した皆が狂
ってしまったのだろうか。
「そーれ捕まえたぜオラー」
「へっへっへー、観念するんだなあカワイコちゃんよぉ〜」
「あわわ……き、来たあ……!」
 部屋に入ってきたのは、男の、男性の服を着た、黒い髪を総髪に流して後ろで纏めた盗賊と、毛皮の帽子を目
深に被った商人だ。どちらもサングラスをかけていて、目元は見えない。女の格好をしたイレンドが慌ててベッ
ドに上がりこみ、ラウレルの背後に隠れたが、気付かなかった。男の格好の盗賊と商人は、ラウレルを見るなり
片手を挙げて挨拶をしてきた。
「よ。ヒュッケバインだぜ」
「へーいラウレル〜。オレサマはアルマイア様なのよゥ。今日も一日、シマっていこーぜぃ!」
 有り得ない。無茶苦茶だ。ありっこない。ヒュッケバインもアルマイアも男であった記憶なんか無い。これは
何かの間違いだ。誰かこの状況を説明してくれ。誰か……
「……嘘だ……」
 頭に殴られた様な衝撃を感じた。ああ、これは頭が理解を拒否しているのだな。と妙に冷静な気分で分析をし
ながら、ラウレルは再び意識を失った。


-*-
「……ら、ラウレルさん? あれ?」
「何なに? なんでラウレルったら気絶しちゃってるのよ〜。折角アタシが珍しいもの仕入れて来たってのにさ
ぁ〜」
「ヘン、まだまだ修行が足りねえぜー」
「ヒュッケバインさん……もう良いんじゃないかな」
「えへへ、なんかやりだしたら面白くなっちゃって。……それにしてもよく出来てるよね、この服とかカツラと
か。イレンドなんて本当の女の子みたいだし」
「そ、そそそんな!? ボクは男ですよぅ!」
「イレンド、多分だけど……そういう所が女の子みたいなんじゃないかな」
「ええっ、か、カヴァクさんまで……!?」
「ねーねー、所でアルマイアー。――ラウレルって女装、似合うかな?」
「――ヒューッケ、なぁーいすアイデアー。目が覚めたときのコイツの反応が楽しみだわ〜、ウッフッフッフッフ」
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