深く息をついた。
 精神を剣の切っ先に集中させ、目を見開く。
 心の底から全身まで、燃え滾るような熱さがこみ上げてくる。
 これほどの強者を相手にしたのは久しぶりだった。

 プロンテラ王国主催の武道大会。
 年に一度行われる恒例の大会だが、参加は自由。
 腕に覚えのある者ならば、騎士団所属だろうと賞金稼ぎだろうと身分は問われない。

 セイレンはこの大会に毎年出場して優勝を掻っ攫っていくのだが、今年は例年以上に苦戦しそうだ。

 異国を旅してきたこの盲目の男は、やはり只者ではない。
 善と名乗るこの若い男は、重装備に身を包み、鋭く輝く刃を握るセイレンに向かって、なんと素手で挑みかかってきたのだ。
 それで互角の戦いになっているのだから、恐ろしい。

「セイレン = ウィンザー。遠い異国の地でも、その名は知れ渡っていたぞ」
「へぇ、そいつは嬉しいね」

 余裕のある構えに、セイレンは内心押されていた。
 動きの妨げになるような部分を一切排除した拳法着に身を包んだ善という男は、
 その逞しい筋肉から引き出すパワーと、恐ろしいほどのスピードで対戦相手を次々に沈めてきたのだ。

 セイレンの友、ハワードもこの男によって沈められたのだという。
 それも、エレメスの話によれば「赤子の手をひねるかのように」

 戦闘の専門職ではないとは言え、ハワードもセイレンに勝るとも劣らない実力の持ち主である。
 それを、赤子の手をひねるように。
 聞いた瞬間は信じられなかったが、頭に包帯を巻いて戻ってきたハワードを見て、信じざるを得なくなった。

 セイレンの背筋を、冷たい汗が一筋伝う。
 その感覚に、セイレンがわずかな不快感を示した瞬間、善は動き出した。

「ぐうっ!!」

 騎士用の分厚い鎧に足裏が叩き込まれ、セイレンが剣を持ったまま後方へ押される。
 頑丈な鎧を貫通するような鋭い衝撃。防具なしで食らえば、アバラの二本や三本は確実にダメになってしまうだろう。
 装備の重さと足腰の強さを生かして踏みとどまり、反撃を加えようとするも、そこに善の姿はない。

「上でござる!!」

 白熱する決勝戦に沸きあがる観客の声の中から、友の声が聞こえる。
 上を向いたとき、それは既に目前にまで迫っていた。

「ッ!! ガッハ!!」

 ヘルムをつけていた前頭部だったから良かったものの、もう少し当たり所がずれていたら昏倒していたかもしれない。
 脳味噌がシェイクされるような感覚を何とか押さえ、セイレンは再び剣を握って立ち上がった。

 飛び蹴りで敵の体勢を崩し、高く飛び上がってからカカト落としをお見舞いする、善の得意戦術。
 目が潰れているとは思えぬほど正確な狙いで、敵に足を叩き込む。

「やってくれるじゃないか……!!」
「ほう、今までの連中より骨はあると見える」

 邪魔にならないように一本に縛った馬の尾のような銀髪が、日の光を受けて輝く。
 不敵に笑う善に向かって、セイレンは駆け出した。攻められる前に攻めてしまえば良いのだ。
 龍殺しの異名を持つ愛剣を脇に構え、疾駆する。

 善は動かない。セイレンは、強さを追い求める彼の性格を戦いの中で素早く看破していた。
 きっと彼は、無駄な動きを嫌うだろう。仕掛けられれば、きっとカウンターを放ってくるに違いない。

(読みどおり!!)

 セイレンのアゴに向かって、恐ろしいほどの柔軟性で足が振り上げられる。
 脳髄を突き上げるような痛みをこらえ、セイレンはそのまま距離を詰める。

「!?」

 半ば捨て身と言っても過言ではない攻撃に驚いたその隙を、百戦錬磨の騎士は見逃さない。
 無骨な刀身の剣を袈裟懸けに振り下ろし、その反動を利用して今度はセイレンが足の裏を叩き付けた。

「ガハッ!!」

 闘技場のフィールドを後ろ向きに何度か転がり、しかし善は追撃を許さぬ構えを取り直した。

「面白い。こうでなくてはな」
「まだ立てるってか。お互いしぶといな」

 先ほどのケリで口の中を斬ったらしい。
 口の端から溢れてくる真っ赤なそれを左手で乱暴に拭って、セイレンは再び剣を構えた。
 見た目の傷は、肩から腰まで斬られた善のほうが酷い。

「よっしゃー!! セイレン、そのままやっちまえー!!」

 明朗闊達な鍛冶屋の声が聞こえてくる。
 普段ならその後もマシンガンのような口調で口汚く応援(?)してくれるのだが、今回はマーガレッタにでも止められたのだろう。

 その後も剣閃と豪脚は互いにぶつかり合い、幾度も二人の体に傷をつけた。

「はぁ、はぁ……」
「へっ、豪脚の善さんとやらも流石にスタミナ切れか?」

 体力面ではセイレンに軍配が上がったかに見えるが、実のところこれは彼の強がりである。
 重たい鎧を身にまとい、さらに無骨な剣を振り回さねばならないことは、それだけでセイレンの体力を奪い続けた。

「そうだな。そろそろ終わらせてもらおうか」
「上等だ。かかって来い!」

 声を張り上げる気力はまだ残っている。まだ、闘える。
 そう気合を入れて剣を構えたセイレンの懐には、既に善の姿があった。

「んなっ!?」

 突然の浮遊感。視界の天と地がひっくり返る。
 その直後、セイレンは声にならない悲鳴を上げた。

 極限にまで振り上げられた凶器が、彼の鎧のド真ん中を貫いた。
 闘技場の白いタイルに叩きつけられたセイレンは、呼吸器がおかしくなったような感覚に陥る。
 再び落ちてくる斧のようなカカトを何とか横に転げて回避すると、闘気をこめた剣を力の限り振り下ろした。
 とっさに片足を上げて防御体制に映った善の足元のタイルを、闘気を纏った剣閃が粉々に打ち砕いた。
 ガントレットの付いた腕で、バランスを崩した善の首根っこを引っつかみ、そのままタイルに打ち付ける。

「ッガァ!!」

 まるで立場が逆転した相手の顔の真横に、太い刀身の両手剣が突き刺さる。

「勝負……あったな」

『わあああああああああああああ!!!』

 観客席から盛大な歓声が上がった。審判が善を戦闘不能とみなし、今年もセイレンは王者となった。
 タイルに突き刺さった剣を引き抜いて、天高く突き上げる。
 その姿は、さながら龍殺しの英雄。勝者の笑顔を浮かべ、彼は熱すぎる達成感に浸った。

 剣を鞘に収め、駆け寄ってくる妹達のほうへ手を上げて歩き出した。

「ま、待て……ッ」
「ん?」

 善は、尚もひざを突いて立ち上がろうとする。
 医療班に止められるものの、彼は構わずに問いかけてきた。

「お前の強さは、一体何だ?」
「そりゃあお前……」

 セイレンは、照れ隠しに頭を掻いてから一呼吸置いて、こう答えた。

「守りたいから、だろ」

 王者の笑顔に、迷いはなかった。
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