緊張による汗が一筋、頬を伝う。
セイレン=ウィンザーは相手を凝視して、微動だにしない。
相手は恐らくは同レベルの力量を持つ暗殺者。
言葉のやり取りは既に終わった。
あとはお互いの武が全てを決める。
お互いの間合いを球体とするならば、二つの大きさの違う球体は紙1枚ほどの隙間が
ある程度に離れていた。

セイレンは両手剣を2本の腕で握り締め、突進と威力を重視した腰を落とした前傾の
構えを取っている。
相手の暗殺者は両手にカタールと呼ばれる武器を装着し、踵を浮かし膝を軽く曲げ
姿勢を高くし、フットワーク重視の構えをとる。
お互いに高いレベルでの能力バランスを持っているが、セイレンはやや威力に優れ、
相手は速さと技術に優れている。
どっしりと構えるセイレンに対し、暗殺者は小刻みに複雑な運足をしつつ、間合いを
保っている。その状態はゆらり、ゆらりと幽鬼のように覚束ない。

セイレンの気迫は一流のものであり、半端な精神のものならば威圧され実力の半分も
出せないであろう。しかし相手の暗殺者にはなんら通用せず、その気迫は自分自身を
鼓舞する以上のものではなかった。
暗殺者はというと、流石に職柄、殺気どころか気配すら感じさせず、凝視している
今でなお、まばたきした瞬間に消えてしまいそうなほど希薄な・・・いや全く気配を
感じさせない。そこにいるのにそこにいない、という感覚はセイレンの集中力を削る
のであった。

セイレンは自身の呼吸を細く長く保ち、いつでも攻防ともに動ける状態を維持している。
暗殺者が間合いの半径を保ちつつ、セイレンの間合いの外周を左右にゆっくり牽制
しつつ歩いている。
それにあわせ、セイレンは慎重に暗殺者に向き直るが、これも少しでも大きな動作で
向きを変えたら、次の瞬間セイレンは倒されているであろう事は間違いなかった。
だが、暗殺者にとっても、運足の調整を誤れば、一気にセイレンが突進し、不利な
戦いを強いられるであろう事も間違いの無いことであった。

セイレンはブーツの中で親指の重心を慎重に1ミリほどずらした。

それが開始の合図となった。

暗殺者の姿は掻き消え、高速のステップでセイレンの間合いに入り、そのまま通り過ぎる
勢いでセイレンの左側に回りこみ、片方のカタールの一撃を首筋に滑り込ませる。
超反応でかろうじて剣を立ててその一撃を弾いたセイレンだったが、圧倒的不利を自覚
していた。
短剣では遠く、長剣では距離が近すぎる間合いに入られてしまったのである。
反対に、暗殺者にとってカタールはその中間の間合いをきっちり埋めることのできる
便利な凶器であった。
この間合いでは、セイレンにとって強力な剣戟の威力を出すことはできず、速さでも
劣るために防戦一方にまわされた。

「セニア、自分の力が相手を上回っていて、逆に速さで劣る場合、どんな戦法をとる?」
かつて妹に質問したことがある。
彼女は、わかりません、と素直に聞いてきた。
その時、自分は力任せの一撃は絶対に当たらない、相手の力を上回るぎりぎりまで
力を捨て、コンパクトに小技で崩していくのだと語ったことがある。
お互いのレベルが高く、接近していればいるほど牽制などの小技が生きてくるのだと。

(ここだ・・・!)
それでもわずかな機を狙い、脇の下を狙った僅かに軽い一撃を鎧で受け流し、体を捻り
ながら、暗殺者に向かって肩から体当たりをする。
暗殺者が半歩足を引いて避けるのは読みどおり。
体当たりと見せかけ間合いを詰め、左手の掌打で動きをとめ、ペースを掴むつもりだった。
その左手は暗殺者の鳩尾に向かい・・・あえなく空を切った。

(これをかわすだと・・・!?)
暗殺者は神業と言える見切りでセイレンの突き出した左手をかわし、横手に・・・つまり
セイレンの背後に周っていた。
「くっ!?」
勘で必死に戻した左肘が、偶然暗殺者のカタール・・・恐らく高さからして肩甲骨の
あたりを狙った一撃・・・を弾いた。
(運に助けられた!これなら!?)
振り向いたときには既に遅く、暗殺者の姿はなく、左の脇の下にカタールの先端を捻じ込まれる
一歩手前であった。

暗殺者・・・エレメス=ガイルは彼のカタールを弾いたセイレンの左腕のさらに下に沈み、
その死角から急所である脇の下に突きつけたのだ。
「詰み、でござるよセイレン殿」
「くっ・・・ござるのくせに・・・!」

「すごいよ・・・お兄ちゃん・・・」
彼の妹、ヒュッケバイン=トリスが目を輝かせて頬を紅潮させている。
「普段から真面目にやればいいのに・・・」
「普段はおちゃらけでいいのでござるよ、今回は可愛い妹の危機でござったからな」

そんなトリスと、友人の2人は気分転換に懐かしのノービス時代の服を着ていた。
そこをセイレンが嗅ぎつけたということである。
余裕を見せるエレメスだが、実は内心冷や汗ものである。
比較的相性がいいからいいようなものの、一撃でも当たれば病院送り(いやないが)コース
だからだ。彼の一撃の前には、鎧など何の役にも立たないことはわかっている。
マーガレッタに看病してもらえるなら本望なのだが、現実はそれほど甘くはない。

「不覚・・・!!」
気合はいつもいじょうだったが、目の前の餌に心が焦っていたことを自覚したセイレンは
自らの未熟を恥じるのだった。

翌日、早朝からやけに剣の稽古をしているのを3階の住人が皆目撃したが、それが純粋な
向上心と思うものは誰一人いなかったあたり、セイレンという人間の本質を熟知していたと
褒めるべきか嘆くべきか・・・


エレメスを優遇しているわけではないのですが、セイレンに勝たせると性癖上いろいろと
止められないので(苦笑)
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