―――――

彼らの住まう、生体研究所のレベルセンサーは時折不調になる。
ほとんど有り得ないことだし、そもそもセンサーに引っかかるようなレベルの人間が来ないためにその不調は気にされたことがなかった。
が。
その日は違っていた。


――――――

「ね、ねぇラウレル、何か変な声しない?」
「あぁ!?見回ってる最中に怪談すんのかテメェ、気ぃ抜くのも大概にしとけよコラァ!!」
暑さ、今朝姉に奪われたデザート、それと巻き添えで食らったアローシャワーのお陰で苛立ちマックスの彼にも、か細い声は聞こえていた。
戸惑いと、不安と、寂しさの入り混じった――そう、これは。
「泣き声ねー」
周辺を歩き回っていたアルマイアが帰ってくる。
彼女の手にはいつものように奪い取ってきた"自称"収集品がぶら下がっている。
泣き声はどうやら、どこかの部屋の中で発生している。
静かにして、ウィレスをノンアクティブモードに切り替えて徘徊させ、見つけ出す。
そう決めた彼らは全員で固まったままうろうろと廊下を警戒に歩き出した。




――――――

彼女は困っていた。どうしようもなく、ただひたすら信じる神に祈りながら泣いていた。己の出す泣き声にすら気付かないほど、追い詰められた心を抱えて。
昨日、故郷を旅立ちプロンテラへとアコライトになりにやってきた。
ノービスとして戦い、苦戦しながらやっていた。
その途中で親切な女性に連れられて、転職までもう少しのところまで引き上げてもらえたのだが。
転職のためにまた首都に戻してもらえるはずが、なぜかここリヒタルゼンに飛ばされた。
パーティは無かった。そのために、間違えて送ってしまった女性も実は彼女を探して彷徨ったがすれ違いを繰り返した。何せ、女性はただ商売のためにこの街をポータルメモしていただけに過ぎなかったためだ。どこになにがあるのかすら、理解しきっていなかったことが恐らくは悲劇であり喜劇。
知らない街、知らない人たちに囲まれておろおろと歩き回っているうちにこの場所へとやってきたのだが、怒号や悲鳴、何かのはじける嫌な音に責め立てられて今はベッドの下に隠れている。
遠くで靴の音がする。あれはきっと、ここにいるモンスターの足音に違いないのだ。見つかってしまったら。弱い自分はきっとくびり殺されて終わってしまうに違いないのだ。

見つかりませんように。見つかりませんように。
夜になって静かになったら出て行きます。殺さないで。

そう、願って。

――――――




ウィレスの発見信号が耳に響く。正確な座標を知ると皆で一気に駆ける。
侵入者は一人残らず排除すべし、が昼間の彼らの行動目的だ。ならば、泣き声をあげるモノであろうと排除しなくてはならない。
可哀想だが仕方のないことと割り切って隠れているベッドを囲い込み、武器を手に手に携えて一気に全員で蹴り上げる!

果たしてそこには。

年頃は、十にも満たぬだろう小さな少女が座り込んでいた。
卵の殻を被った、まだ手も真っ白のノービスが、怯えた目でこちらを見上げているのみだった。
傷跡すらなく、恐らくはまだ冒険を始めて日数も経っていない本当のノービスなのだろう。
武器を構えることすら出来ずに、殺気を纏う彼らを瞳に移したままぽろぽろと涙を床へ落とし続けている。
「……え……?」
リーダー格のセニアが戸惑う声を上げる。
自分よりも幼く、このように細く折れそうな少女を"排除"していいものか悩んでしまったに違いなかった。例えこの住処の治安維持のためであろうと、弱者を6人で切り刻んで外へと投げ捨てるには、彼らには冷酷さが足りていないのだから。
「なんで、ノービスがいるのよ」
「知らない……センサーが……」
「ちょっと、泣いてないで何か言いなさいよぉ」
こういう時は、率先して動くヒュッケバイン。
すんすんと命を諦めて泣くノービスを優しく抱いて肩を叩いている。彼女にも力の加減は出来るようで、痛がる様子は見えなかった。
訳を話してもらうには、数分の時が必要だった。
事情を理解した六人は頭を抱えるのみだ。
「どうしよう〜……姉さまたちに知られないうちに外に出してあげる?」
「センサーで逆戻りってオチじゃないのかなぁ……」
「転がせば勝手に帰るだろうがよぉ!」
「黙ってて、ラウレル」
各々頑張って頭を働かせていたその時、遠くから高らかに破壊音と狂ったような笑い声が聞こえてきた。
その声、その音。
六人+ノービスははっと顔を上げる。
漏れ聞こえてくるその、声、は――

「あ、ああ――これは……!あに、うえ……っ!」

セニアが真っ青になり、ノービスを背に庇う形で回り込む。
もちろん他の五人もそれに倣うが、"あの"状態になったセイレンにどれだけの効果があるものか。
他の年長者たちも懸命に足止めをしているのだろう。ノビたん、ノビたんとMVP内藤モードに入ったロードナイトを気絶させるがために。
現在1Fにすら人間がいないのは、きっとあの波動に恐れをなして逃亡したせいだ。
「ね、ねぇ。ヤバイよぉ」
足音は破壊音に構うことなく近づいてくる。
囲んでいるノービスに接近されたらアウトだ。セイレンにお持ち帰りされ観賞される生活がスタートしてしまうし、何よりそんな常時内藤モードの兄を見たら、セニアが打ちひしがれて使い物にならなくなってしまう。
「ふぇぇぇぇぇぇん!」
破壊音、見知らぬ人物、タガの外れた笑い声。それら全てに怯えノービスは泣き声をより高くした。
「あ、あぁ、頼む、泣くな。居場所が知れたらお前はひどい目に遭ってしまう」
「うぇぇ……ひっ、く……」
武器は、見せないようにしてそっと部屋の隅――壁際へと皆で押し隠す。
両隣をラウレルとカヴァクに任せ、四名は前を守り危急となれば壁を破ってこの迷い子を外へと追い返すつもりだった。
弓や杖、各々の武器を構えて部屋の扉を見据え今にもやって来るかも知れないセイレン=ウィンザーを警戒する。
彼らの集中力は、どのような環境であろうと軽く数週間は持つようにと設定されているものの。心を取り戻した彼らはあの魔人の声だけで腕ががたがたと震えている。
「……いざとなったら、逃げてくれ。壁の向こうに行けばきっと先生が連れていってくれる」
壁の向こう側では、先生ことジェミニが待機している。セイレンに彼らが打ち倒された場合は速度を特化させた姿でノービスを抜け穴から帰すと約束してくれた。渋っていたため、先ほど交渉が終わったところだが。

――――

「すとーむ、がすと……」
「レックスエーテルナ!!」
破壊音の続く中、セイレン=ウィンザーは目指すもののために足を動かしている。
遠く、彼の攻撃範囲外から狙うはセシル。華奢な体に不釣合いなほどの弓を構え、頭に正確に狙いを定めている。
「もう少し……」
最高のタイミングを狙うのだ。一番ダメージの大きい瞬間を狙うのだ。高速連射が可能な様改造したこの弓なら、あのモードに突入したアレも仕留めることは理論上可能だが。
「――動きが早い……っ」
足止めをしてもらわないことには、どうにもならない。

「メマーナイト!!」
「ソニックブロー!!」
近接の二名が、己の持ち得る最高の技を繰り出し始めた。
「ゆぴてる、さんだー」
「ホーリーライト!!」
ノックバックのなくなったセイレンは、ただ足を止めて攻撃を受け続けなければならない状態となった。
最高の、ポジションで――だ。

仲間の切り開いた一瞬を、彼女は無駄にしなかった。

「ダブルストレイフィング!!」

その矢は、狙った獲物を正確に打ち落とした。
動けないように、衣服を床に縫い付けるようにアローシャワーを降らせ、ようやっとこの喜劇は幕を閉じた。

――――――

「ごめんなさいね。怖い思いをさせて」
「すまなかったなぁ、そこから先は安全だからな」
抜け穴の前、ノービスを外に出しながら皆は謝罪を口にする。
お詫びにと持たせたものは、価値にすればそこらの大富豪も頭が上がらないほどの資産となる。きっと彼女がこれから生きていく過程で、役に立つだろう。
「もう、ここには来ないでね……次は、もうこんな優しい扱いは出来ないから」
「はい」
「ここから、あなたの成長を。無事を。祈っています。お元気で」
「有難う……」
お辞儀をぺこりとして、ノービスは振り返らずに走っていく。大量の荷物を背負っているものの、なかなかいい走りっぷりで。

あの先は、カプラ前へ繋がっている。護衛にとウィレスを大量に放ったため、研究員であろうと彼女を害することはきっとできない。街の表にまではいかないようにプログラムしたので、被害は零で終わる筈だ。
「そ・れ・で・ね」
全員が振り返った先には、矢まみれになって倒れたままのセイレンがいる。切り刻まれたあと、踏まれたあと、凍傷。それらが本来の彼よりも今の彼をぐっと惨めに見せている。
「全く、ロリコンにも困ったものでござるなぁ?次回はないでござろうが、今の内に対処法を作っておかねばな」
「俺も賛成だ。――流石に体が持たん」
とりあえずは、と全員が武器を振り上げる。
何時もは穏やかなイレンドですら、憤怒を目に湛えている辺りからも今回の件への怒りが見てとれる。

――目標、セイレン=ウィンザー。
――目的、目標の" 再 教 育 "。

「ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉ!」

怒声と悲鳴と、何かの砕ける音。


後日、包帯をぐるぐるに巻いたまま冒険者を排除するロードナイトが見られた等、噂になったという。また、やけに疲れきった顔で同じく冒険者を排除する研究所内モンスターが居たとか、どうとか。



――――
セイレン支援。……になってるのかな?
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