「おいーっす! ねぇねぇ、早速だけどさ」
「やだ」
嫌らしい目つきで手をワサワサと動かしながら近づいてきたのは、綺麗な黒髪を一本に縛ってポニーテールにしているシーフの少女。
挨拶が終わる前に、彼女は早速却下判定を下した。
「ちぇー、まだ何も言ってないじゃんよ」
「どうせ揉ませろでしょ? わたしの胸は高いよ?」
軽口を叩き合えるほど、気の知れた友人だった。
彼女は得意げに胸を強調するポーズを取る。しかし、その直後にシーフが浮かべた邪悪な笑みに、凍りついた。
そう、胸を狙っているというブラフ。それに騙されている隙の早業。
「ねぇアルマ。なんだかスースーしない?」
「あ……あ……」
ヘソから下の異変に気付いた彼女は、得意げだった顔を泣きそうな顔に変化させた。
生まれて初めて、顔から火が出る気分を味わった。
シーフが目の前でブラブラさせているのは、間違いなく下に履くあれ。
「なるほど、白か」
「見るなぁ!」
「ひでぶっ!?」
アゴに手を当てて冷静に観察する弓手の少年に、とりあえず斧の柄を叩き込んで気絶させ、白い布をヒラヒラさせながら逃げるシーフを追いかける。
スピードの差は歴然。こちらは全力疾走でも、シーフは意地悪い笑みを少しも崩さないで逃げ続ける。
「アルマぁ〜。お前に足りない物、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、節約、胸のひかえめさ! そして何よりもー! 速さが足りない!!」
「待てー! トリスぅううううう!!」
最後から二つ目は絶対にひがみだ。
激しい逃走劇が繰り広げられる中、トリスの進路方向に障害物が現れた。
栗毛頭の聖職者。悪戯好きのトリスはニヤリと不気味に笑った。
「エーベーシーきゅん♪ そぉれ!」
「わわっ!?」
気弱そうな聖職者の少年の顔に、白いそれが投げられる。
一瞬だけ真っ白になった視界に驚いたエベシは、それの正体を確認するや否や……
ピュッ
鼻血を噴いて倒れた。
「あっちゃぁ、ちょっと刺激的すぎたかな?」
「トォーリィースゥウウウウウウウ!!」
下着そのものは奪還したものの、それだけで彼女の怒りが収まることはない。
その後も、追いかけっこは様々な相手を巻き込みながら続けられた。
「セニアのもいただきー!」
「ひゃうっ!? と、トリス……ッ!!」
追跡側が増えたり
「ほーれ、カルシウムの足りないラウレル君にプレゼントだっ」
「あんだと!? って、ああっ!?」
「見るなっ!!」
「うわらばっ!?」
気絶者が増えたり
「ラウレル貴様!! 見たのか!!」
「……(白目)」
「く、くそっ! これじゃ何色だったのかわからん!!」
論点がズレた変態兄貴が現れたり、どこからともなく大量の矢が飛んできたり
どこぞでアッー!!な声が聞こえてきたり、微笑ましそうにそれを見つめる者がいたり
もくもくと食の道を突き進む者がいたり。
とても楽しくて、悲しい夢だった。
――――――――――◆――――――――――
変わらない朝がまた来る。
外界との交わりがほとんどないこの牢獄では時間の概念など無意味なのだが、昔の名残である時計が壁にかけられている。
気味の悪いことに、幾度朝を迎えても、あの時計が止まることはなかった。
久々に心地よい夢を見たが、その小さすぎる喜びさえも、終わらない呪いの日々が粉々に砕く。
彼女は、オンボロのベッドから這い出た。
傍に立てかけられていた大きな――華奢な彼女には不釣合いな――斧を引き摺って、のろのろと部屋を出る。
歩くたびに金髪のショートヘアが小さく揺れ、虚ろな翡翠色の瞳がただ前を見つめる。
古くなって煤けたワンピースを着た彼女は、生気を失った死人のような足取りで一歩一歩着実に進んでいった。
研究施設と銘打った永久不変の監獄の、機械の配線が縦横無尽に駆け巡る床を、両刃の重たい斧が削っていく。
道中、赤い服とガスマスクを身に付けた人形が何体か脇を通り抜けるが、連中は少女にまるで興味を示さなかった。
たどり着いた薄暗い部屋は、やはり昔からずっと変わらない姿でそこにあった。
歪な形の無骨な機械が並ぶ広い部屋。同じ構造の機械が、全部で六セット。
薄紫色に輝く液体に満たされた、大人一人はゆうに内包してしまうほどの大きなカプセルと、その真隣にある人型の甲冑のような機械。
そして、排気口か何かのようにその機械から伸びる太い管――こちらも、大人の一人くらいは入っていけそうなほどの口径を持っている。
液体の中に浮かぶのは、ヒザを抱えて目を閉じる、裸体の少年少女達。
それぞれに開発コードと称された番号と名前が付けられており、それが彼女を不快にさせた。
(優しい、柔らかい笑顔が大好きだった)
一つ目。栗色の髪をした少年のカプセル。
斧を持った金髪の少女がその前に立つ。彼女は、目を伏せたまま大斧を振り上げた。
ガラスの割れる音が部屋全体に響き、生まれたままの姿で少年が毒々しい液体と共に放り出される。
まるで生まれたばかりの馬のように、彼は震える手で必死に立とうとしたが、その努力は一瞬で無に帰した。
彼の頭は見事に二分され、血液ともわからない赤黒い液体がぶちまけられた。
彼女は狂ったように、ただ静かに腕を振り続けた。
振り下ろすたびに、グシャリ、ビシャリと血肉を引き裂く音が響く。
やがて、目の前に転がるそれに人間の面影がなくなった頃、その残骸は髪の毛の先まで灰となって消えた。
証拠隠滅プログラムが作動したらしい。少年だったモノが完全に消えたことを確認すると、彼女は二つ目のカプセルの前に出た。
(悪戯好きで陽気だけど、いざという時は一番頼りになった)
二つ目。黒髪の少女。
ソレも、先ほどの少年と同じ末路をたどった。
三つ目。四つ目。五つ目。六つ目。
最後に、自らと全く同じ姿をしたソレが灰となって消えると、彼女は再び斧を振り上げた。
小さなモニターの下に付けられているネームプレートを狙って、一心不乱に振り下ろし続ける。
目を伏せたまま、斧に振られるような小柄な少女が、ただひたすらに友の名を打ち続ける。
気がつけば、瞳からは涙が溢れていた。どれだけ流しても、枯れることのない涙。
刻まれた名前を斧でズタズタにしながら、彼女は泣いていた。
喉からは、幾度となく叫び続けた言葉が勝手に出てくる。
「皆の名前を侮辱するな!! こんなふざけた機械で汚すな!!」
暖かな優しさで皆を包み込んでくれた聖職者の笑顔を冒涜するな。
冷静な判断力と確かな腕で友のために闘った弓手の力強さを引きちぎるな。
機転を利かせて友の逃げ道を上手く確保してくれた盗賊の心意気を踏みにじるな。
高らかな詠唱で友を勇気付けた魔術師の声を掻き消すな。
友の背中を守った誇り高き剣士の魂を愚弄するな。
「 !!!!!!」
幾度目になるかわからない打撃を振り下ろし、彼女は既に人語ではない叫びを上げていた。
飢えた猛獣の瞳が、文明の最果てたる忌々しい機械を睨みつけ、かつて自分が、かけがえのない友がそうされたように、何も考えずにただ嬲り続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
引きつる筋肉に、もはや痛みなどという感覚は残されていなかった。
ただ叫び続けたことの疲れと、喉元から、瞼からあふれ出していた怒りの気持ちが急激に冷めたことによって、彼女の奇行は終わりを告げた。
毒々しい液体で濡れた床を力なく歩き、壁に背中を預けて疲労した体を休める。
愛しい兄の銘が入った斧を虚ろな目で見つめ、荒い呼吸を整えながら、思う。
今日で、この行動を繰り返すのは何日目だろう。
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『友よ安らかに』
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生体工学研究書 No.0103 魔導回路Y-R(Magic Circuit Y-R)
L.D.1322 6/4
いまだ不完全ではあるが、魔導回路Y-Rをマウスに取り付けることに成功した。
***の**の効力は凄まじいものであった。
外部からは誰の目から見てもそれとわからないが、分解・構築の段階は驚くべき速度で処理される。
この技術を人間に応用するべく、我々は開発を進めていく方針である。
以下、6/15 追記
人間への応用も完璧だ。研究チームは皆、Y-Rの措置を受けた。
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