「ちっ、逃げるぞ!」
その合図で敵が一斉にテレポートを開始する。
奇襲で始まったこの戦いももう大詰め。序盤は相手が集団だったので苦労したものの、相手のプロフェッサーが倒れてからは一方的な展開となっていた。
封じられていたカトリーヌの大魔法、ストームガストやメテオスウォームが使用できるようになり、あっさりと敵の隊列は崩壊。
ハエの羽を使って逃げ出した相手を一人ずつ仕留めるというその状況は戦いというよりも狩りの様相を呈していた。

ドサリ、という音と共に目の前に立っていた騎士が崩れ落ちる。
それを見てセニアは構えていた剣を腰に戻し、大きく息を吐きながら身近な段差の上に腰を下ろした。
「……さすがですね」
「あら、何がかしら?」
何の気なしにセニアが呟いた一言にマーガレッタが笑いながら振り向く。
「いえ、プリーストであるにも関わらずそれだけの戦闘力を併せ持っているというのは」
「うふふ。セニアちゃんったらお世辞が上手いんだからっ」
そう言うとマーガレッタは座っているセニアの後ろへと回り、ぎゅっとその頭を抱きかかえる。
柔らかい感触が後頭部に当たるのが何となく恥ずかしく、自分を抱きしめているその腕をセニアはゆっくりと解いた。
一体この細腕のどこにあれだけの力があるのかセニアはいつも聞きたくなるのだが、さすがにそれを聞くのは何となく躊躇われていつも聞けずじまいだった。
「それにしても、今日は多かったわねえ。商売じゃないんだから千客万来ってのも困ったものね」
「そうですね、ですが」
「あら。セニアちゃんは沢山相手が来たほうがいいのかしら?」
「……誰かが傷つくのは嫌ですが、私が傷つく分には。戦えば戦っただけ強くなれると信じていますから」
そのセニアの言葉にマーガレッタは目を数回瞬かせた後、堪え切れなくなったかのようにくすくすと口元を押さえながら笑い始めた。
「私、何か変なことを言いましたか?」
むっとするよりも何となく不安になり小首を傾げながら慎重に言葉を選んで発する。
マーガレッタはその言葉を聞いた後もくすくすと笑い続けていたが、さすがに度が過ぎたと反省したのかこほんと咳をすると再び口元に笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね、セイレンと同じ様な事を言うものだから。やっぱり兄妹なのね、って思ったのよ。笑ったりしてごめんなさいね」
「いえ。笑われた事に関しては別に良いのですが……。そうですか、兄上もそんな事を」
「うふふ、セニアちゃん、嬉しい?」
「なっ、そんな事は……」
「あーん、もう。可愛いわぁ。もう一度抱きしめていいかしら?」
「抱きしめながら言わないでください!」
今度は正面から抱きしめられ、胸元に顔をうずめる形となりセニアは真っ赤になりながら今度は慌ててマーガレッタの体を突き放す。
「あらあらごめんなさいね。セニアちゃんは抱きしめられるの嫌い?」
「……何となく恥ずかしいんですよ。子ども扱いされているみたいで」
「あら。カトリーヌは抱きしめられると喜ぶのにセニアちゃんは嫌なのね」
「嫌という訳では無いんですが、どうも、その。何となく恥ずかしくて」
言い訳をしている様に見えるセニアの視線を辿ったマーガレッタがくすりと上品に笑う。
自分が何を考えていたのかがあっさりとばれてしまったセニアは羞恥で更に顔を赤くした。
「あら、誰も見ていないんだからいいじゃない。女の子同士、仲良くしましょうよ」
「まだそこらにあの人達がいるかも知れないんですよ? もしかしたらハイドで隠れているとか」
「それもそうねえ」
ルアフ、とマーガレッタが唱える。
純白の光が辺りを照らし上げ、隠れている者達の姿を浮かび上がらせようとするが、そこにはやはり誰も居なかった。
「ほら、だれもいないわ」
「それは結果論です。もしかしたらさっきまで居て移動したのかもしれませんよ」
「セニアちゃんは本当に可愛いわね。生真面目というか疑り深いというか。本当にセイレンと瓜二つ」
「もう、子供扱いしないでくださいよ」
今度は頭を撫で始めたマーガレッタに恨めしげな視線を送るが「本当に可愛いわねぇ」と繰り返されるだけで何の効果も無い様だった。
「手伝いに行かなくて良いんですか?」
「別に問題ないわよ、あの程度の相手。チームワークがちょっと面倒だったけれど、一対一なら私でも全滅させられる程度の相手だったもの」
「私でも、ですか……」
「あら、セニアちゃん。もしかして落ち込んでる?」
顔を覗き込んでくるマーガレッタから視線を外し、地面をじっと見つめる。
「マーガレッタさん」
「何かしら?」
「私は弱いのでしょうか?」
「どうかしら。強い、弱いというのは何を基準にすればいいのかセニアちゃんには分かっているのかな?」
「私は今、誰かを護れるのでしょうか?」
「セニアちゃんはどう思っているの?」
「……分かりません。マーガレッタさんはあの程度の相手と仰いましたが、私にとってみれば」
「ねえ、セニアちゃん」
セニアの目の前にマーガレッタが手を差し出して途中で言葉を遮った。
「もしかしてセニアちゃんは私達と自分を比べているのかしら?」
「それはいけない事なのでしょうか?」
その言葉にマーガレッタはうんうんと数回頷いた。
「いけなくは無いわよ。でもね、セニアちゃんは高望みがすぎると思うの。私達は転生二次職で、貴方は剣士。そもそも同じ土俵にすら立っていないのよ?」
「そ、それは」
「もう一度言うわよ。それがいけないとは言わないわ。でも……っ」
マーガレッタがルアフを唱えながら慌ててセニアを押し倒す。

「ちっ、なんで気づかれるんだよ!」
光に映し出されたのは三つの影。
「なんだよなんだよ。剣士とプリーストなんて楽勝だっててめぇ言ったじゃねえかよ」
「うるせえ! どうせ楽勝だろうが。奇襲を失敗したからってなんだっていうんだよ」
三つの影が同時に二人に襲い掛かる。慌てて起き上がろうとするセニアにマーガレッタはセーフティウォールをかけると自身は何も魔法を使わずに横に転がった。
ギィンという甲高い音と共に光の壁に短刀が弾かれ、三つの影は舌打ちをしながら何の守りも無いマーガレッタへと襲い掛かる。
「ははっ、死ねよ糞アマが!」
カタールが転がりながら起き上がろうとしていたマーガレッタの右腕に突き刺さる。けれど、その程度ではマーガレッタは怯まなかった。
「あらあら、やってくれるわね」
いつもと同じように口元に笑みを浮かべながら高速で二つの呪文をほぼ同時に詠唱する。
レックスエーテルナとホーリーライト。
倍増された聖なる力はあっさりと暗殺者の一人の足を砕き、腕を根元から吹き飛ばす。
突き刺さっていたカタールを何事も無かったかのようにひっこぬき、開いた傷口から血を撒き散らしながら自身にヒールをかけることも無く次の呪文を詠唱する。
レックスデヴィーナ。ハイディングを封じるための魔法。
「な、なんだこいつ……」
「ちょっとまて、こいつ本当に只のプリーストか!?」
激痛に痙攣している一人はもう眼中に無いかのようにマーガレッタがゆっくりと歩をすすめてゆく。
先ほどの威勢はどこへ行ったのか、壁際まで後ずさった二人は慌てて鞄の中を引っ掻き回しハエの羽を捜している様だったが、見つけることが出来ない様だった。
いや、もしかしたらもうハエの羽は無いのかもしれない。他の面々もこいつらを探していた筈なのだから。
無いはずのものをあるはず、あるはず、と探し続けるのは決して珍しいことでは無い事をマーガレッタは良く知っている。
それはとてもとても嫌な思い出。遥か遠い日の出来事。
「ねえ、私達を殺すのではなかったの?」
一人の暗殺者の左腕をそっとマーガレッタが掴んだ。
いつもと同じように笑みを浮かべながら。
「ねえ、貴方」
「な、何だ……」
「楽しい?」
ボキリ、と嫌な音を立てて骨が砕ける。
口から悲鳴が上がり、痛みで暴れ始めたその男の腕をマーガレッタはあっさりと放した。
いつでも捕まえられるのだからずっと捕まえておく意味は無いとばかりに。
「ねえ、貴方」
もう一人の無傷な暗殺者にすっと視線を移す。
けれど、その男は恐怖でがたがたと震えながら必死に鞄を引っ掻き回しているだけで何も答えようとはしなかった。
「あら、何も答えてくださらないのね。寂しいわ」
マーガレッタの細腕がゆっくりとその男の首へと添えられる。
「遺言ぐらいなら聞いてさしあげますわ。これでも神に仕える身。何か仰いたい事は御座いませんの?」
「た、助けて、くれ………」
その言葉を聞いたマーガレッタはゆっくりとその手を首から下へと下ろし始めた。
助かったのかとその暗殺者が息を吐いたその瞬間、ボンという音と共にその男の頭はこの世から消えて無くなっていた。
魔法を使ったのは傷ついた右手。その腕に血を滴らせながら手のひらの向きだけを変えてその男を消し飛ばす。
「この世は総じて煉獄。神の威光など届く場所は無く、この地は全て苦難のためにのみ存在する。お望みどおり、助けて差し上げましたわ」
くすくす、くすくす。
押し殺した笑みが辺りに響き渡る。
這って逃げようとする男にホーリーラーイトを浴びせ絶命させ、マーガレッタが最初に攻撃した相手に視線を戻すと既にその男は息絶えていた。


「あらあら、もう終わりですの。セニアちゃん、怪我はありません?」
「は、はい……」
「あらあら、怖かったかしら。ごめんなさいね。セニアちゃんが狙われるって思ったらついついやる気になってしまって」
「い、いえ。それは」
「セニアちゃん。貴方は私の様になりたいのかしら?」
私の様に。その言葉で先のマーガレッタが思い出される。
圧倒的な強さ。本来前線に立って戦う筈でないプリーストの力。
神に仕える身であると自覚していながら、あっさりと人の命を奪うその姿。
でも、それでも。
私は決めているのだ。
今私は決めたのだ。
「はい。私は、強くなりたいです」
その言葉に驚いたのか、マーガレッタはちょっと目を丸くした。
「私は、強くなりたいんです。兄様の様に。誰かを護れる様に」
そこで一度言葉を切る。
これから言う言葉は誓いであり、願い。
自らの運命を決定付けるのかもしれない言葉。
「私は力が欲しい。何者にも負けない力が。どんな事があろうとも打ち破れる力が。運命を乗り越えてゆく力が」
「セニアちゃん……」
「私は負けません。いつか、いつかこんな最低な運命ですらも切り開けると信じていますから。だから、私は強くなりたいんです」
ぎゅっと自分の体が抱きしめられるのをセニアは感じたが、今度はそれを振り払わなかった。
只単に暖かいな、と思っただけだった。
自分は弱い。自分は護られている。
それを今日私はやっと自覚した。
今までにも何度か負けた事はあった。そして誰かに助けられることもあった。
でも殆どの相手は自分ひとりの力で打ち破る事が出来ていた。
だから自分は強いと思っていた。強くなっていると思っていた。
けれどそれは間違っていた。
あれ程の力を持っているマーガレッタさんですら。恐らくはあれを遥かに凌ぐ力を持っているのであろう兄様や他の面々ですら。
結局運命を打ち破ることが出来なかったのだ。
だから私は強くなろう。
マーガレッタさんや、兄様が打ち破れなかった運命を切り開けるほどに強くなろう。
いつか。いつか。
本当の意味で皆を護れるぐらいに強くなりたい。
私はマーガレッタさんに抱きしめられながら、護られながら。
そう、思ったのだった。













////// おまけ   (本当におまけです)   ///////












「ああ、ふたりとも無事だったか……って、その腕はどうしたんだマーガレッタ」
「あらあら。気づいて下さるのがずいぶんと遅いんですわね。妹さんに目を奪われていたのかしら?」
「さすがはセイレンでゴザルwwwww妹といえども小さい子には目がないでゴザルなwwwww」
「ま、まあ。それはおいておいてだ。なあ、マーガレッタ」
「あら。何かしら」
「どうしてお前はセニアをさっきからずっと抱きしめてるんだ?」
「あら、やきもちですの?」
「……まさか兄様、自分も抱きしめて欲しいとか思っているのでは」
「むしろ拙者を抱きしめるでゴザルよ姫wwwwww」
「とりあえず死んでおきなさい!(DSDSDS)」
「ぎゃあああああああああああああ、でゴザル(バタン)」
「丁度良いところに!!!!!」
「ちょ、ハワード。持って行かないでよ」
「早いもの勝ちだな」
「早い者勝ちなら私がMVPでしょうが、って無視するなあああああっ」
「ははは、相変わらずだな。あいつらも。ちょっと俺も行ってくるぞ。惨事になる前に」
「………お腹、すいた……」
「とりあえずエレメスを捕まえるのが先だ。というかエレメスとセシルしかまともに飯作れないしな」
「別に、ご飯だけでも……いい」
「そんな栄養バランス悪そうな食事を取っているんですか、兄様達は?」
「まさか。まあ、行ってくるぞ。カトリーヌも一応着てくれるか?」
「うん、わかっ……た」


「行っちゃったわねえ」
「そうですねえ。相変わらず元気が良いというかなんというか」
「一つ聞いてもいいかしら?」
「なんでしょうか」
「どうしてセイレンは私の怪我に気がつくのがあんなに遅かったと思う?」
「えっと、それは……」
「うふふ。分からないかな?」
「はい。すみません……」
「じゃあそれは次回までの宿題って事で」
「次回って何ですか?」
「さあ? 作者の都合らしいわよ」
「???(作者?)」
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送