「だ、だいたいあんたね! 女の子の部屋にいきなり入ってくるってどういうことよ!」
「あーあーうるせーうるせー。声じゃなくて胸をデカくしろってんだよこのド貧乳が」
また始まった。今回は、ゴキブリを追いかけてそのままセシルの部屋に入ってしまったらしい。
引きつった顔で睨み合うのは、いつもの二人。セイレンとセシル。
当人達と、黙々と朝のジャンボトーストを頬張る約一名を除いて、その場にいた全員が盛大なため息をついた。
些細なことが原因で頻発する喧嘩だが、その終焉はいつも決まって弓矢の勝利である。
今回も、初っ端からNGワードが飛び出したため、決着は迅速に付いた。
「あいつも、学習しろよな」
「仕方ないでござる。ヤツはプランクトンと同じ単細胞でござる」
「あらあら」
「……(むしゃむしゃ)」
苦笑、優雅に砂糖たっぷりコーヒーを飲む、微笑ましそうに見つめる、ジャンボトースト八枚目を食す。
皆、思い思いの朝を満喫している。
そろそろ、敗北者の断末魔が聞こえてくる頃だ。
「ぎにゃああああああああああああああああああああ!!」
ぶつくさと収まらない怒りを吐き捨てながら二階へ昇っていくスナイパーを見届けると、彼は血まみれで安堵のため息を漏らした。
ヒールを受けたとは言え、あれほどの矢の嵐の中で生きている辺り、彼も慣れたものである。
生命力は、おそらく彼が古新聞で討ち取ったゴキブリ以上。
血を流しながらも笑顔が作れるようになったのは、ずいぶん前のことらしい。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
「うむ、楽しんでくるでござるよ」
ハワードは、マーガレッタを連れてどこかへ出かけたようだ。
そういえば行き先を聞いてないが、明日まで帰ってこないらしい。
要するにアレだろうと勝手な想像を膨らませながら、エレメスは甘ったるいコーヒーをすする。
ふと、彼の袖をクイクイと引っ張る感触。振り返れば、突き出されたのは真っ白い皿。
「どうしたでござる?」
「もう一枚」
「……お主の胃袋は宇宙でござるな」
――◆――
夜。月明かりが差し込む寝室。
その淡い光を受けて、彼女の蒼い髪は幻想的に光っていた。
「あっ……」
鼻にかかった声が、静寂の中に響いた。
凛々しい剣士として、兄と共に常に皆の戦闘に立ってきた彼女でも、やはり女性なのだ。
鼓動をすぐ近くで感じる。吐息の音さえもはっきりと聞き取れるほどの静寂。
セイレンは、照れ隠しに頭をかいた。妹とは言え、その身体はもう立派な女性に近づいてきている。
彼は深く息をついて、神経を集中させた。
「んじゃ、入れるぞ」
「は、はいっ」
やはり、緊張しているらしい。声が上ずってしまっている。
そんな初々しい反応は、素直にかわいいと思う。
蒼く長い髪を撫でると、彼女はすぐに力を抜いた。
「ッ……いたっ」
自分の中に入り込んでくる異質な感覚に、彼女の体は敏感に反応した。
ビクリと跳ねる彼女の体を押さえつけ、再び、傷物を扱うようにゆっくりと入れる。
「力、抜けよ」
「は、はい」
――◆――
「え……?」
信じられない。ドアの隙間から廊下に漏れてくるのは部屋の明かりと行為に及ぶ寸前の会話。
彼女は、動けなかった。今にも走り出してしまいたかったが、そうすれば二人に見つかってしまうだろう。
嘘だと思いたかった。
普段から彼の言動はいちいち癇に障ると思っていたが、まさか彼がこんな男だったとは。
チクリと、胸が痛む。喧嘩の後の小さな後悔にも似た、やるせなさ。
(あ、あれ……?)
頬を伝う熱い感触に一番驚いたのは、彼女自身だった。
もしかしたら、と思いかけてそんなはずはない、とぶんぶん首を振ってため息をつく。
関係ない。そうだ。彼が誰とナニをしようと、自分には関係ないじゃないか。
妹であっても、近親相姦なんて別に珍しいものじゃない。
昔から国のお偉方はそうやって血筋を途絶えさせないようにしてきたという話も残ってるし、
今の貴族だってどこかでやってるに違いない。
そんなことで自分が困ることなんて……。
(ダメ、みたい……)
考えれば考えるほど、涙が溢れてきた。今まで目をそむけ続けてきた事実に、ようやく気付かされる。
遅すぎた。なんて浅はかなんだろう。
(優しい彼の言葉を突っぱねていつも大喧嘩。本当は大好きなのに気付かないまま過ごしてきて。
それで、他の子に取られて初めて気がつくなんて……。私の、バカ)
後悔ばかりが頭の中を回る。彼女は、たまらなくなって走り出した。
――◆――
夜のカピトリーナ修道院は、人の気配のない静かな場所だった。
旧時代の遺跡跡と思われる建物の残骸に背中を預け、欠け始めた満月を眺める。
彼女自身が、ため息をついたと気付いたときには、既に三回目だった。
こういうときには、何も考えないほうがいい。ただのんびりと、月を眺めていれば。
かつて、お転婆な聖職者に教えられたことだったが、それは本当のことだった。
静かに月を見つめていると、段々と気持ちが落ち着いてきた。
心地よい風が吹きぬけ、彼女の黄金の髪を撫でる。
「よ。何黄昏てんだ?」
「何よ。あんたこそ、こんなところに何しにきたの?」
驚きはしたものの、自分でも驚くほど自然に言葉が出てきた。
いや、意思とは関係なしに口が勝手に喋ってくれた。
突然の来訪者は、いつもの口調で話し始めた。
「何しにって、どこぞの貧乳が宿から抜け出して全力疾走しやがるから、探しに来たんだよ」
「……ほっといてよ。セニアとさっきの続きでもしてくればいいじゃない」
怒っているはずなのに、いつもみたいに声を張り上げることができない。
憎たらしいすまし顔を睨みつけてやることもできない。
ただ目を伏せて、彼を拒む以外のことは出来なかった。
「は? セニアと続き……?」
「……そうやっていつまでも白を切ってなさいよ」
「いや、だから何のことだ?」
「ッ!!」
ついに、彼女はその怒りを収めることが出来なかった。
シャツの襟首を無理やり掴んで、罵声を浴びせる。
「あんたね! 妹に手を出しといてそういう態度取るの!?
騎士の前に兄として恥ずかしくないの!? このド変態!!」
「お、おいちょっ、待てって。何で俺がセニアに手出しせにゃならんのだ」
流石に穏やかな状況ではなくなってきた。
今にも弓を引いて連射してきそうなセシルをなだめるべく、とりあえず両手を挙げて降参のポーズをとる。
「こ、この男は……まだとぼける気!? ちゃんと聞いてたんだから!
妹に『入れるぞ』とか『力抜けよ』とか真面目に言っちゃってさ! バカじゃないの!?」
「え、それ……あ、あぁ」
いつの間にか、セシルの目には涙が浮かんでいる。
逆に、セイレンはようやく事の真相がはっきりしたので安心したようだった。
苦笑しながら、とりあえずセシルの肩に手を置く。
「ふ、不潔な手で触らないでよ!」
「まあ落ち着け。セシル、こいつが何だかわかるか?」
目の前に突き出されたのは、先端がへら状の細い棒。
耳の穴が何らかの原因で痒くなったときなど、人は概ね細い指である小指で掻こうとするが、穴の置くまで指が入ることはない。
そのため、細い棒状のものを利用して耳の奥を掻くことが行われる。それに用いられる道具である。
「え……あっ」
「な?」
パチッと、一度は嫌な形にくみ上げられたジグソーパズルが、全く違ったマヌケな形でぴったりとはまった。
「全く、耳掻きごときで変な想像しやがって。だからその前にその薄っぺらい胸をグハァッ」
NGワードを確認するや否や、彼女は見えない速さでセイレンの腹に怒りの鉄拳を叩き込んでいた。
愛用アーバレストに矢をセットして、至近距離で突きつける。
「……いや、あのな、だからその、ヒドラ二枚挿しはやめとけよな?」
「今日は機嫌がいいから、オリ矢じゃなくて鉄矢で許してあげる」
良い月の輝く夜の修道院に、哀れなロードナイトの断末魔が響き渡った。
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