「姉ちゃん、それ違う。そうじゃない」
「何よ!普通に戻っていいんでしょ?」
お昼を少し回ったくらいの時間だろうか、姉のセシルが僕のパソコンを貸せと言ってきた。
なんでも、ちょっと欲しいものがあるので値段を調べたい・・・とか。危なっかしい手つきでマウスをいじり、難しい顔で画面を睨み付けている。
(また壊さないように見張ってないとなぁ・・・)
つい先日も姉にパソコンを貸したら、ちょっと目を離した隙に煙を吹かせてくれた。一体何をしたのやら・・・またそんなことになったら、いつも何かと相談に乗ってくれるタナトスさんにも悪いしな。
「あれ?お客さんみたいだよ?カヴァク」
小さなノックの音に姉ちゃんが顔を上げる。
(客・・・?あぁ、そうか)
「開いてるよ、どうぞ」
「失礼します・・・」と控えめな声と共にドアが開く。細くあけた間から顔を覗かせているのはセニアだった。
「あ、セシル様、いらしゃったのですか・・・」
「うん、ちょっと調べ物にね〜・・・」
どうやらセニアからは興味を失ったらしい、再び難しい顔で画面を睨み始めた。
「入ってちょっと待ってて、セニア」
小さく彼女が頷くのを確認して奧のキッチンに足を向ける。
僕達のような実動試験体はスキルを使用する際、大量のエネルギーを消耗する。多用すればそれを消費していくので、その分を補給しなければならない。
まぁ、簡単に言えばスキルを使用するとお腹がすくのだ。
この研究所にやってくる強力な冒険者達を相手に手を抜いて勝てる筈もなく、僕たちは否応なくスキルを使い続ける事になる。
そこで、巡回任務についている当番の次の順番の者が3度の食事の他に用意しておこうという取り決めになっていた。今日はセニアが巡回当番で、明日が僕というわけだ。
「じゃがいもとタマネギ沢山余ってるし、カレーでも作るか・・・」
姉ちゃんの監視ですっかりセニアの事を忘れていた。これから準備するとなると少々時間がかかってしまうけれど、まぁその間は姉ちゃんに彼女の相手をしていて貰おう。
「あの・・・カヴァク・・・・」
「ん?」
振り返ると、少し顔を赤らめたセニアがキッチンの扉を閉めるところだった。
「悪いね、姉ちゃんが来てたからまだ準備してなかったんだよ」
じゃがいものを片手で転がしながら謝っておく。
「あ・・・そ、そうなのですか・・・」
ちょっと俯き加減に肩を落とすセニア。
「いい香りがしたものですから・・・もう出来たのかと・・・」
ぼそぼそと小声で話すセニア。
ちょっとからかってやるか。
「セニア、ちょっと涎でてるよ。そんなに我慢できなかったの?」
「え!?」
慌てて口元を拭う彼女。勿論、そんなことはない。
「ひ、酷いですカヴァク・・・そんな意地悪・・・」
顔を真っ赤にしたままこちらの手元をのぞき込み、「カレーですか?」と訪ねてくる。
「姉ちゃんもいるから・・・もうちょっと我慢して」
「あの・・・それで・・・」
きゅっ、と僕の服の裾をつまみ、俯く。恥ずかしいのか耳まで真っ赤だ。
「ちょっと・・・我慢できそうにありません・・・」
く〜〜・・・と、小柄な彼女らしい小さな音。
「早く・・・それ・・・入れてください・・・」
台所の上に用意してあったカレールーを指し、僕を見上げながら。若干涙目だ。
「まだちょっと早いと思うけど、まぁセニアがそういうならいいか」
「お願いします、カヴァク・・・早く・・・」
「じゃあ、入れちゃうか」
台所の上のカレールーを手に取り、鍋に・・・・
「なにしようとしてるか〜〜〜!!」
「はぶわぁぁぁ!!」
どかぁ!!
突然の衝撃にキッチンの床に転がる。脇腹に走る激痛が体の自由を許してくれない。
「セニア、大丈夫!?」
「え?え?」
「うううううう・・・・・・」
弱々しく頭を上げると、セニアを抱き留めた姉ちゃんがもの凄い顔でこっちを睨み付けている。ついでにばちばちと、神々しいばかりのオーラが吹き上がっている。
「な・・・なんで・・・・?」
「なんでってね!あんた、今なにしてたのよ!」
「あの・・・セシル様・・・」
怖々と姉ちゃんを見上げるセニア。
「カヴァクはその・・・カレーを・・・」
「・・・・・は?」
「私、さっき入ってきた冒険者と遭遇戦になって・・・お腹が空いてしまって・・・」
「・・・・・・・」
コンロの上にはぐつぐつと音を立てる鍋。
床にはうずくまる僕。
「・・・・・・・・・・・」
しおしおと萎んでいく姉ちゃんのオーラ。
「・・・・・・・・・・・マジゴメン」
その声は、残念だけれど僕には聞こえなかった。意識を失ったから。
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