「さあ姫!
 今宵こそ拙者と熱く激しいサタデーナイトフィーバーをwwwwwwwww」

「あらまあ。けど残念。全身全霊でお断り致しますわ」

 マーガレッタ=ソリンは天使の笑みを絶やすことなく、ルパンダイブで迫り来
るエレメス=ガイルの脳天を愛用の杖で的確に叩き割る。

「大変。エレメスが倒れてるわ。ハワード、介抱して差し上げて?」

「ちょwwww姫wwwwwww」

「おう、エレメス。俺が来たからにはもう大丈夫だ。三日三晩一睡もせずに看病
 して確実かつ無理矢理に治してやるぞ!」

「拙者、頭が割れているのに何で服を脱がされてるでござる!?
 ちょwwwちょwwwまずは止血www止血wwww! って、アッー!!!」

 まさに沸いた、という表現が的確なように現れたハワード=アルトアイゼンは、
顔を真っ赤に染める血が止めどなく溢れて危険が危ない有様のエレメスを、簡易
ベッド持参の上で更なる危険へと誘う。

 危険の扉を開いた張本人は「あらあら、しょうがないわね」とにこにこしなが
ら他人事のような態度でいた。

 これは生体研究所3Fのありふれた日常の一コマに過ぎないが、ヒュッケバイン
=トリスは不機嫌さを隠さない。

 他を寄せ付けぬ恐るべき暗殺者でありながら、道化の仮面を被っていいように
弄ばれている情けない兄の姿が気に入らないのだ。

 研究所2Fの面々は、このようなトリスには極力関わらないようにしている。

 毛を吹いて血を求める真似をしないのは賢明さ故だが、破裂寸前の炸裂弾を巧
みに扱うだけの経験が足りないとも言えようか。

 だが放置しておける問題ではなかった。

 現に、不機嫌極まりないトリスが連携を崩したせいでイグニゼム=セニア
(BOSS)が地を舐める羽目になっている。それも一度や二度ではない。

 ある日、食堂の隅で空のグラスを弄りながらむくれているトリスの姿があった。
 触らぬ神には何とやらで、そこだけ切り取ったように孤立している。

 セイレン=ウィンザーは遠慮なく、トリスの隣に腰掛けた。
 トリスはセイレンを一瞥すると、再びグラスへ視線を向ける。

 この頃になると3Fの面々も彼女の不機嫌に気付いていた。
 彼らにだって目もあれば耳もある。

 セイレン=ウィンザーは自ら導火線の火を揉み消す役目を買って出た。
 無論、セニアの要請もあってのことである。

「昔話をしようか」

 セイレンが唐突に話を始める。

「我々はひとつの任務を負っていた。
 とある君主を援助する、影の人物を探し出すことだった。
 君主には身辺を警護する数人の男女がいて、彼らが影の人物との連絡役を担っ
 ていることは容易に判明したが、そこで躓いた」

 トリスの反応はないが、椅子を蹴立てて去る様子もないので、そのまま続ける。

「君主にとって影の人物との密な連絡は欠かせないにも関わらず、連絡を取り合っ
 ている様子がなかったのだ。
 しかし、君主の行動はあまりに的確で、影の人物との連絡を絶やしていないの
 は間違いなかった」

 一拍置く。
 隣の少女が興味ありげに視線を送ってきたことに騎士は満足する。

「大分時間はかかったが、多少事態が動いてくれたおかげもあって、連絡役は判
 明した。
 何と、たったひとりの男が君主と影の人物の間を行き来して情報をやり取りし
 ていたのだ」

 集団の中での単独行動は白紙の上にある墨のように目立つ。
 ならば何故、連絡役を突き止めるのに時を費やしたのか。

 遂に黙っていられなくなったトリスは、その点をセイレンに問い質す。

「無論、連絡役を突き止めるにあたって、警護の男女ひとりひとりを綿密に調査
 した。
 だが尻尾は掴めなかった。
 トリス、連絡役だった男はどんな人物だったと思う?」

「……判らない」

 トリスが最初に想像したのは見るからに疑う余地のない、隙のない人物だった。

 逆に考えると、そういう人物こそ怪しいことになるのだが、3Fの面子(セイレ
 ンの仲間ならば彼らに違いない)がそれに気付かぬとは思えない。

「休みになるとぶらぶら街に出かけて、同僚の使い走りで買い物をしたり、屋台
 の怪しげな食べ物をぼーっと眺めて、時にそれを食べてずっこけて、安い酒場
 で一杯引っかけて、少し懐が温かければ売春宿で女を買う。
 そんな慎ましい羽の伸ばし方しか出来ない、吹けば飛ぶような男だった」

 話を聞いているだけで、いかにも愚鈍そうでつまらない男が容易に想像出来る。

 恐らく調査したセイレンたちは軽蔑すらしただろう。
 だが、その裏で影の人物との連絡役は見事にこなしていたわけだ。

「じゃあ、見事にコケにされてたってわけだ、セイレン様たちは」

「馬鹿にしたつもりで、こっちが馬鹿にされてたってわけだよ。
 まったく大した男だったよ。エレメス=ガイルってのは」

 トリスの唖然とした顔は見物だった。

 もっとじっくり眺めていたい、とてもいい顔だったのだが、セイレンはあっさ
り腰を上げ、カラカラと笑いながら去っていった。

「……セイレン様の言うことは分かるんだけどなぁー」

 一度腰を上げて椅子に座り直して、背もたれに全体重を預けながら呟く。

「でもやっぱり、兄貴のカッコイイところを見たいってのが妹心ってやつじゃな
 いかなー」

 けどそれは、自分だけが独占していればいい、他のやつに見せてやることはな
いんだと思うと、道化の姿にもあまり腹が立たなくなった。

 今日も例の日常は変わらないが、それでもヒュッケバイン=トリスの苛立ちが
消えたことに、生体研究所の面々は一様に安堵した。
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