「今夜は時間あるか」
 ぶっきらぼうなお誘いだった。
返事をしても、そうかとだけ。
彼らしいと思う。
 夜に一緒するのは初めてだから、柄にもなく心は踊り、何かに期待している自分がいる。
 よくよく考えてみると、教会仕えになってからずっと、色恋は無縁だった。
他の僧侶は神父や司教様についてワイワイ言っていたけれど、私はとてもそんな気にはなれなかった。
本当に好きなのかは分からない。
だけどだけど、男性にお誘いを受けるなんて、やっぱり嬉しいものだ。
 でも、切なくも感じる。
 彼の仕事を、私は知ってしまった。
その現場にいなければ出会うこともなかった。
話し掛けることも、追いかけることもなかった。
 そう考えると、とても救えなかった。





 「なんだ、いつもの服なのか」
 修道服は制服だし、こんな時に着る服を思いつかなかった。
 その”いつも”は気にも留めないくせに、こんな時だけそんなことを言う。
こんな時だから、かも知れないけど。
外套はそうだけど、違うところもあるのに。
 「お互い様ですよ」
 なんだったら、仕事着(と、呼んでいいのだろうか)を着ればいいと思います。
 いつもの服なんて言う割に、目の前の人ときたら、まるでいつもの服。
ローグの方々に比べれば、マシかも知れない・・・くらいの。
 あんまりジロジロ見た所為か、いつの間にか顔をしかめている。
こんな表情になるなんて珍しいと、ついつい笑ってしまう。
そうしているうちに、彼は黙って歩き出す。
もしかして拗ねているだろうか。
そう考えると、余計に可笑しい。
あんまり笑いすぎると失礼だから、できる限り黙ってついていこう。



 いつもの服で、いつもの道を、いつものように歩く。
違うのは、ただ時間だけ。
首都が賑やかなのはいつも変わらない・・・私がアコライトの時から、たぶんずっと昔から。
お店と商品が違うけれど、私が声を落とす必要はない。
 彼は意外と、冷やかしをする。
どこかの言葉ではウィンドショッピング、なんて言うそうだ。
見て回るだけというのも、思ったよりはずっと楽しい。
お店の人だって色々なことをして買わせようとするから、いちいちその反応だって見ものに感じる。
すみません、買えるときはそうしますから。
 夜だから。
それだけで、こんなにも気分は違うものだろうか。
ほんのちょっとだけと思っていたけれど、夜の街は雰囲気が違う。
心なしか、彼の横顔も印象が違う。
癖なんだろうか、足音もしなくなってる。
そんなことに気付かなくてもいいのに。
 あれこれと目移りしていると、一つの露店が目に止まった。
お店というより、商品にだけど。
 銀の指輪。
 教会で扱う指輪なんかより、ずっと安くて、ずっとシンプルで・・・それでも、ちょっと憧れる。
指輪なんて嵌めたことがないし、その必要は全然なかった。
 気付いたら足が止まっていて、彼も少し前で待っていた。
 ねだってもいいですか。
そんな風に考えてしまうのは、今が夜だからだろうか。

 どこに行きたい、何をしたいというまでもなく、二人でブラブラと歩く。
もっと細かく言うと、彼がブラブラして、私はその後をついて行く。
 そんなこんなで時間は過ぎて、閉まる露店も見えてきた。
彼は無口だけど、私もなんとなく無口になっていく。
お祭りという訳でもないし、夜はやっぱり静かなんだと思った。





 「門の外に、素敵な場所があるんですよ」
 思い切って、以前お気に入りだった場所に誘ってみた。
彼は、何も言わず付いてきてくれた。
ここは花壇に囲まれた、小さくも大きくもない休憩所。
ちょっとだけ外れにあるのが不思議で、
その所為か、デートに使われることも多いと聞いたことがある。
 幸い・・・だろうか。
時間もあって、今は誰もいない。
彼と二人きり。
勿論、忘れてはいけないことも多かったから、まるまる嬉しいとは言えないのだけれど。

 「私も昇格する前は、プロンテラにいたんですよ」
 聞かれてもいないのに、口は勝手に動き出す。
花壇に向けた思いもあるけど、実際は、もっと・・・。
 この場所はアコライト時代の同級生に教えてもらったこと。
モロクに行って以来、訪れること自体が久しぶりなこと。
今度来るときは、誰かと一緒に来たいと思っていたこと。
普段は人気で、あまり場所が取れないこと。
今回首都に戻ってきてから、ずっと楽しみに取っておいたこと。
思い出したことの全て、思うこと全て、吐き出すように。
 彼が黙って聞いてくれたから、
身振り手振りもつけて、伝えられるだけのことを伝えたかった。

 「気付いていたのか」
 突然、彼が口を開いた。
私の全てが硬直した。
この人も、何かしまったという顔をしている。
気付かないでいると、思ったんですか。
貴方を疑ったのは、つきまとったのは誰ですか。
それは、わざわざ言うことですか?

 まだまだ話はあったのに。
思いついたのに。
風景がにじんで、何かで喉が詰まってきた。
喋り始めても声が続かないから、こんな声を聞いて欲しくないから、口を閉じることにした。
口は勝手に喋ろうとするけど、それでも一生懸命に、黙った
 少しすると、とにかく壁に寄りかかる彼が、こちらに近づいてきた。
声をかけられなくても、何か囁かれている気がする。
顔なんてとても見ていられない。
逆に見られたくもない。
こんな時なのに、そんなことを考える自分が可笑しいけど、笑う余裕はもうなかった。
 彼が一歩近づくたびに、緊張は強く、震えは大きくなっていく。
変だな、もう何も言う気にならない。
何か言った方がいい筈なのに。
考えていたような、考える暇もなかったような、そんな酷いくらい長い時間。
彼は、近づくごとに一言呟いた。



 「大人しくしていれば痛くはしない」
 何ですか、私は大人しくしていないんですか。
これでも我慢しているんですけど。
 「怖がることはない」
 ここで怖がらない人がいるんですか。
それはどんな人ですか。
そんな言葉で安心できますか。
 「すぐに済む」
 すぐって何時でしょう。
本当に「すぐ」なら、もうとっくに終わっているんじゃないですか。
なんで、今夜の貴方はよく喋るんですか。



 「私、怖いです!」
 どんなに待ってもやってこない、そう感じた「すぐ」に耐え切れなくなった。
私の口は暴れだした。
体全体が、私を裏切るように。
どうせなら悲鳴でもあげればいい、助けを求めればいい、そう考えるのに。
助けを求める相手が、助けてほしい怖いものだなんて。
 もう目の前にいる、他でもない暗殺者に、すがるように泣いた。
許しを請うわけでもなく、罵倒するわけでもなく、守ってほしいから。
何かを叫んだ気がするけど、自分にも、何を言っているかは、よく分からなかった。

 「大丈夫だ」
 何が大丈夫なのか分からない。
けれど、あの人は、この人は、私を抱きしめた。
信じられない。
こんな時に、こんなことを。
いつもの平坦な声が心に染みて、急に口が開かない。
その代わり、さっきとは違う詰め物が、胸の奥に入ってしまったみたいで。
 でもなんでだろう、本当に大丈夫な気がしてくる。
そんなことは絶対にないし、何がどんな風に大丈夫かも分からないのに。
分からないのに、心は落ち着いていく。

 「ご迷惑、おかけします」
  「かけるのはこっちだと思うが」
 「どうでしょう・・・。ここ数日は、そうだと思います」
  「それは確かだな」

 こんな時まで無愛想な返事で、軽口で。
彼の鼓動が落ち着いてきた思った時、いつ早くなったと気付いたのか。
色々ありすぎて、もう恥ずかしいなんて思えない。
本当、可笑しな人。
そういえば・・・
 「そういえば、まだお名前、聞いていませんでした」
 自分でも、聞いてどうするんだと思う。
繰り返し、こんな時にと。
すぐ後の自分が予想できるから、何の必要性も感じない。
けれど、自分の名前は覚えてもらいたい。
それが私にできる、唯一のわがままだと思う。
プリーストである私が、唯一かけることのできる呪いだと思う。
全てをこめて、耳へと囁く。
彼が聞き届けたことだけは、表情から、間違いない。

 「・・・エルメス。 いや、エレメスだ」
 私が教えたら、彼は素直に返してくれた。
今さっき思い出したかのような言い方で、不思議な気分になる。
無意識に復唱していたことに気付き、苦笑いでごまかす。
でも、最後に一つだけ。
これも、また呪いかも知れない。

 「エレメス、貴方に神の御慈悲を」
 無茶な。
そう聞こえた気はしたけれど、私の意識はそこで終わる。
一瞬で暗くなり、本当に痛みは感じなかった。
最後に、自分が倒れたことだけはよく分かった。









 あれから数ヶ月、仕事の調子が上がらない。
前々回など、仕事自体を失敗した。
同業のフォローがなくては、どうしても殺しきれないような状況に追い込んでしまったからだった。
命の危険もあった。
その割に、反省も、やる気もなかった。
 「以前」の俺は機械でいられた。
今はどうやら違うらしい。
寝れば毎度、ふわりと倒れるアイツを、広がる黒い水溜りを思い出す。
人を斬る時、最後の笑顔を、声を思い出す。

 そのおかげで、仕事の完成度はどんどん下回り続けた。
 八つ当たりも兼ねて、表の仕事にも手を出し始めた。
これで俺も英雄気取りの仲間入りだ。
笑うしかない。
 復調の兆しが見え始めたあくる日、ある一枚のリストが手渡された。
久しぶりの大仕事、とでも言いたいところである。
今回のターゲットは、レッケンベル社の社員、その幹部全てだった。








エレメスの過去妄想、如何でしたでしょうか。
エレメスがマガレを慕う理由は、誰かを投影しているのではないか、という説です。
一人称や二・三人称がやたら変わってるのはわざとです、校正ミスではありませんよとだけ。

※この文章は改行の為、一度手直ししてあります。
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