そこは砂の都。  夕日が揺れ、土煙の舞う中、石畳が血を吸った。

 アサシンは、派手に殺しすぎたと思った。
首をはねるなど、言語道断。
血が出すぎ、首は転がり、倒れた時に音はする。
常に影で覆われるこの場所でも、手の抜き具合が酷かった。
 そんなミスをする時は、とことん油断しているものらしい。
後方やや遠く、人がいた。
気付いたのは事を終えた後だった。
 「貴方、そこで何をしているのです!」
自分では叫んでいるようだが、声量はそれほどでもない。
人が来るまでには間に合う。
いつも通りに始末すればいいと思い、振り向き、そして唖然とした。
恐怖や混乱、一片の迷いもなく真っ直ぐな瞳。

―――こいつ、怖くないのか?

殺人現場などに遭遇しようものなら、誰しも心と表情に乱れが表れる。
少なくとも今まではそうだった。
見つかった事こそ少ないが、全て同様であった。
 「応えなさい!」
 言いながら、プリーストは近づいてくる。
男女関係なく、それの体力は侮れない。
中には真剣に斬り合う必要のある者もいる。
ルアフを考えればハイドは使えず、そしてグリムも同じ。
 だが、それの怖さはそんな事ではなかった。
ただのプリーストなら、そこまで澄んだ目を持たない。
ただの冒険者なら、自分の命を惜しみだす。
それなりに生活すれば、人の汚さ、生活臭が滲み出す。
「それ」には全てが当てはまらなかった。

 暗殺者は駆けた。逃げるように、恐れるように。
 今回のターゲットは、名もない露店商。
抵抗される時間を与えず、またされたとしても、どうということのない相手である。
簡単な仕事だと思った。
思ってしまった。
 …その結果がこの失態。
 あと少し早く片付けていれば、去っていれば、見られることはなかった。
あんなのに会うことはなかった。
最も、今は後悔よりも事実の方が大事だ。
このままでは足がつき兼ねない。
逃げる為に合理的とはいえ、門外までバックステップすることはなかった。



 翌朝、一枚の紙切れが届いた。
「ご苦労、報酬はいつも通り宿に預ける。」
それ以上も以下もない、ただの給料明細である。
ほっとするより怪訝に思う。
あれは喋らなかったのだろうか。
 多忙に見えて、その実、アサシンの休日は多い。
このご時世だ、とだけ言えば納得もされよう。
暇になった分だけ「人類の敵」とやらを駆逐し、荒稼ぎする同業者も出てきた。
王国も半ば以上黙認し、ギルド関係者でも堂々と街中を歩けるようになった。
冒険者が溢れる時代だけに、表で準備し易いのは楽なものだ。
最も、馬鹿みたいにそれとわかる服装をしたがるのは、仕事もロクに覚えない馬鹿か、救世主気取りだけだが。
 昼になり、あれの為に道具を買い集めていた時のこと。
 当の目標が、目の前にいた。
といっても、冒険者の治療に夢中で、こちらに気付いた様子はない。
この街にいるだろうと予測はしていたが、こうも早く見かけるとは。
賑わうところには冒険者もよく集い、その冒険者はよく傷ついて戻ってくる。
考えればすぐに思いつくことだったが、失念していた。
少し考え、別の道に行くことにした。
が、何たる偶然だろう。
目標はこちらを見つけ、近づいてきた。
 「貴方、昨日の――― 「すみません、どこかでお会いしましたか」
 ほとほと困るといった表情で、全てを言わせずに返す。
見ず知らずの他人に強い口調で声をかけられば、誰だってこうなるものだ。
急いでますのでと付け加えれば、かなりの迷惑が伺えるというもの。
実際、迷惑である。
今は、アンタを始末する準備で忙しいのだから。
かくして、それは当惑しながらも謝罪し、治療に戻ることとなる。
男とは男で、邪魔は去ったからと、見せつけるように買い物することにした。



 物が揃い、今夜の寝床も決まった頃、またそれと再開した。
そして、今度はとても真剣な目つきで見られている。
確信したようだ。
 これは流石に、逃げ場はない。
実際的に考えて、速度増加と(習得しているかどうかは別として)速度減少が相手では分が悪い。
そんな距離だった。

 立ち話もなんですからと、それはカフェに誘ってきた。
目の前の男が逃げると思わないのだろうか。
一回は逃げたのに。
座って立つ、その行為がどれだけ隙を生むか。
 用意は済んだのだから、いつでも殺せる。
ただし、こんな人だかりの中では遠慮したいところ
―――折をみて、ずらかる方が良さそうだ。
アサシンはそう判断した。
 「で、どんなご用件でしょう」
 言いながらも、その男の顔は無表情である。
声もどこか棒読みだ。
やる気のない態度に面食らったのか、一時呆けるプリースト。
しかしすぐにハッとすると、”仕事”について問いただす。
動機、凶器、目的、その他洗いざらいを聞きたいらしい。
すぐに通報すればいいものを。
「それ」はおまえの仕事ではない。
顔に出てしまったのか
 ―――いや、そんな事はない筈だが―――
  馬鹿にしているのかと噛み付かれた。
ぶっちゃけ、間違っていなかった。


 「どこまでついてくる気だ」
 「いつまで、の間違いですよ」
 それの行動は異常だった。
それは、「犯人かも知れない」人間に付きまとった。
質問には答えを応えない相手には、これしかないとでも思ったのだろうか。
こちらには好都合だが、実に誤った選択である。
自分の身を更なる危険にさらすなど。
ふと、馬鹿馬鹿しい疑問が湧いた。
 「プリーストは他人と寝ていいのか」
このアサシンは宿に向かっている。
今でなくても、いずれは寝床につく。
それの言い様であれば、そうまでして付いて来るということだ。
国教では姦淫を禁じていたような記憶がある。
質問を投げかけて十数歩、未だに返事はない。
振り向けば、少々うつむき気味で、それなりに顔を赤らめている。
プリーストは、相応に女らしかった。



 今夜は教会に戻ります、だそうだが、犯人が逃げないとでも思っているのだろうか。
箱入りの考えることはよく分からない。
むしろ、善人の考えることは、かも知れないが。
部屋が別でも同じ宿を取るのなら、とても楽だったのだが。
そう考えると残念でならない。
また、同衾できないことも、残念と思っているらしかった。
ベッドに腰掛けているからだろうか、どうしても寝ること全般に意識が向いてしまう。
舟を漕ぎそうになり、しかし、一瞬で現実に引き戻される。
ドア側に、気配とも呼べない気配、異質の存在感が生まれたからだった。

 「連絡します。報酬の確認と、諸注意です」
 確認は毎度だから慣れているが、注意については耳慣れなかった。
近頃の仕事について、報告の怠りを指摘された。
思い返せば、昨日に限らず、片手に達しようとしていた。
 報告には、脱退の徴候がないかという確認の意味もあると聞く。
勇者気取りならいざしらず、本業は内部の機密を多く持っている。
何しろ肉体からして機密で溢れているのだ、一人も逃がしたくないのは道理だろう。
 早い話が、報告のない者は寿命を縮める。
ミイラ取りがミイラになる、ではないが、暗殺者が暗殺されては目も当てられない。
政治家の台詞みたいだが、同じミスはしまいと思った。


 「それと・・・」
 一頻りの報告を終えたあと、一呼吸置いて、連絡員は再度口を開いた。
珍しく棒読みではない口調に違和感を覚えながら、無言で続きを催促する。
 「仲の良い人を作るのは、あまり感心しません。」
 予想だにしない内容に、頭が理解を拒む。
その言葉の意味をよく考え、顔を上げた時、自分でも分からないうちに妙な顔をしていた。
幸か不幸か、目の先には締まる寸前のドアが見えただけだった。



 連絡員との接触後、数日経った今。
未だに「プリースト殺害さる」の見出しが一面を飾ることはない。
 注意されたから反感を示したのか―――違う、自分はそんな可愛い性格をしていない。
この女に実害はないと確信した―――違う。 そうであれば、今ここに居る必要はない。
 己を分析するのが半ば癖である暗殺者は、癖ゆえに、自分が踏みとどまる理由を思いつかなかった。
久しぶりに覚える悩みという感覚に頭を抱え、 仕事が入っていないのは幸い、そう思わざるを得ない日々が続いた。

 場所がどこであろうと、例えそれが首都の喧騒の中でも、プリーストは喧しかった。
声質から言えば、よく囀るとでも言えばいいのか。
尻尾をつかむまではと言いつつも、本来の性格が出てきているか、あれこれと世話を焼く。
 「ちゃんとした食事をとりなさい」
 「人と話すときは相手の目を見て話しなさい」
 「いつも同じ時間に起きなさい」
聖職者とはそういう生き物なのかと思えるほど、説教がましく、話が長い。
ただ、煩わしいとは感じない自分が不思議でもあった。
 この数日の間、女はよく自分を語った。
 神々は偉大です、聖書以外にもよく本を読むんですよ、教会に篭っているだけでは何も救えなかった、
などなど。
話の種は尽きる様子がなく、暇な時は色々教えたくなるようだった。
 また、こちらから話し掛けることが少ないからだろう、質問も少なくなかった。
普段は必要以上のことを喋らないからか、短い受け答えだけでも存外に新鮮だった。
懐かしくも感じた。
 もうずっと長い間、ゼロかイチかという価値観で生きてきた。
そんな自分が、本当に様々な事を思い出している。
新しく知ったことも多く、それはこれからもどんどん増えることだろう。
振り回されつつも、たまに、僅かながら楽しんでいる自分を理解した。

そんな毎日を過ごしている最中、またギルドの連絡が届いた。
新しい仕事と、勧告だった。



 仕事をするのはギルドの一員として当然のことだ。 ⇒だから、仕事をしなければならない。
 ⇒仕事を成功させるには、邪魔が居ない方が良い。
  ⇒当面、邪魔になるのはアイツだ。
   ⇒アイツが邪魔できなくするには、色々な方法がある。 そこまで考えて、思考が停止した。
―――どうやって止める?

 一番楽な方法がチラつく。
その方法は、仕事に似合った、合理的な手段だ。
そして、一番最初に選んだ方法だ。
何てことはない、それこそ自分の仕事であり、今まで数こなしてきた所業だ。
問題ない。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送