「そんなに急いでどこいくつもり?」
 気配もなく、人影が扉の前に立ちはだかった。
「もちろんマガレたんのところでござるよwwwww」
「ふう……ん?」
 人影……きわどい服装をした女性は、どこか面白くなさそうな表情で眼前の男を見つめている。
「トリス、拙者は急いでいるのでござるwwwwwそこをどくでござるwwwww」
「通さない、と言ったら?」
 女はあざ笑うかのような、挑戦的な笑みを浮かべて答える。
「反抗期でござるかwwwwww ……という雰囲気でもなさそうだ」
 ため息をひとつ、そしてやれやれといった表情で、男はカタールを装着した。
「アタシも無駄に時間を過ごしていたわけじゃないよ。今日こそはバカアニキを越える!」

「なかなかやるでござるなwwwww」
 研究所の廊下に金属のぶつかりあう音が響く。
「このくらい、できて当たり前よねッ!」
 風を切る音、ブーツが床を踏みしめる音。常人には姿を捉えることのできぬ世界で、トリスは短剣を振るう。
「いい太刀筋でござるwwwwwイグニゼムちゃんの技術でござるなwwwww感心感心wwwww」
 エレメスはさも愉快そうに笑いながら、致命傷となりうる短剣を全て受け流す。
「おのれ、ちょこまかとッ」
 一歩迫れば一歩引き、一歩離れれば一歩つめる。両者の間合いを正確に掌握され、こちらの距離にエレメスを置くことができない。トリスは焦りを感じながらも、短剣を振るう。
「仲良きことはよきことかなwwwwwあの子はいずれ美人になるでござるからねwwwww」
「ずっと……避けてばかりじゃ……私には勝てないよ!」
 いつかは来るチャンスを信じて。
「荒事はダメでござるwwwww拙者はマガレたんのところに行くでござるからしてwwwww」
 ひときわ高い金属音を響かせて、トリスの短剣を大きく受け流す。トリスがたたらを踏んだときには、すでにエレメスの姿は消えていた。クローキング、気配を断つアサシン、エレメスの得意技だ。しかし……

「アニキのことだから、やっぱりそうくると思った……ここで決める!」
 ぼそりと、口の中で何事かを呟くと、聖なる光がトリスの周囲に現れた。正しく道を照らす光、ルアフ。
「なッ?!」
「隙ありッ!」
 光は闇を逃さない。闇を失い、物陰より姿を暴かれたエレメスめがけて、トリスはすばやくグラディウスをきらめかせた。同時に、グラディウスに封じ込まれた力を解放する。
「アニキの技、もらったよ!」
 冒険者から掠め取った、インジャスティスカードが淡く光るグラディウス。今日のために温存しておいた、取って置きだ。
 チャンスは1回。
 狙うは両肘、両膝、金的、腹、首、心臓。
 狙い澄ました必殺の連続攻撃を放つ。
 エレメスは光に幻惑され、いまだこちらを向いていない。「勝てる」トリスは、勝ちを確信した。
 しかし、
「俺の技は、そう簡単に盗めるもんじゃねえよ」
 そんな声を、聞いたような、気がした。





「……ス! ……リス! しっかりしろ、大丈夫か、トリス!」
 声が聞こえる……ッ?!
「やめろ、トリス。私だ! イグニゼムだ!」
 短剣を握りこみ、振り上げた拳は、暖かな掌に受け止められた。周囲を見回してもエレメスの姿はない。
 その瞬間に悟る。“ああ、負けたのだな”と。
 息をついた私の様子を、イグニゼムはにこにこと見つめている。
「気にしないほうがよい、私も兄上の足元にもいまだ及ばぬのだから」
「そりゃ、セイレン兄には敵わないけどさ、うちのお兄ち……アニキにはいい勝負できるかなって思ったんだけどねー」
 ぷうっと頬をふくらませて愚痴るが、イグニゼムはくすくすと笑いをこぼしている。
「エレメス『お兄ちゃん』は、私の兄上の親友なのですよ。そうやすやすと越えられるとは思いません」
 わざわざ言い方を強調され、あまりの恥ずかしさに顔の温度が上がる。
「で、でも、今日は勝ちが見えたんだよ! だから次こそは勝つッ!」
「その意気だ。では軽く一本、剣をあわせることとしようか」
 笑いながら、イグニゼムは剣を抜く。一部の隙もない、よい相手だ。
 鍛錬の果てに、いつか私もお兄ちゃんを越える日が来るのだろうか。
 そんな日が来るのかどうかはわからないが、いつまでも目標であってほしいと、剣をあわせながらふと、思った。
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