辺りを警戒しながら合流地点へと向かうこと五分。たどり着いたエレメス=ガ
イルとセシル=ディモンを迎えたのは、困惑顔の他のメンバーたちであった。

「おぉ、エレメス。今日も思わず抱きしめたくなるような体つきだな!」
「ええい、貴様は寄るな!?」

 いや、一名だけ偉く溌剌としてはいたが。
 壮麗な装飾がなされた大剣を肩に担いだセイレン=ウィンザーは、二人の姿に
気づき片手を上げる。

「二人ともきたか、こっちだ」
「どうしたでござるか、皆浮かない顔して」
「俺様はいつでも元気びんびんだぜ」
「貴様は元より該当されてないでござる」
「もう、あんたたちってほんと飽きないわね……で、どうしたの?」
「ん、ああ、それがだな……」

 セイレンが言い終える前に、メンバー四人が集まっていた中央へとセシルが歩
み寄った。そこには、何か塵のようなものがぶちまけられたかのように散乱して
いた。
 その塵にどこか見覚えを感じ、セシルはそこに座り込む。そして、そこに落ち
ている鉄屑を両手でかき集め、

「これ、あたしの罠……」

 と、呟いた。

「見てのとおりだ。もはや原型すらとどめてない」
「セシルの鉄は、一応俺が精錬して精製したやつだから、そう滅多に壊れること
はねぇとは思うんだが……」

 そこに落ちていたのは、よく見れば螺子や鉄片とはわかるものの、普通に見れ
ば積もりあがった塵のように散乱している鉄屑だった。エレメスが二階部へ巡回
へ行くのと同じように、毎朝欠かさずにセシルが点検、補充している対侵入者用
の罠である。
 罠は一度効力を発動すれば、形状上どうしても壊れると言うのは理解できる。
しかし、ここまで粉微塵にされることは、通常ではありえない。

「他のところも見てきたのですけれど、壊されてるのはここだけですの」
「……変」

 壁に寄りかかって腕組みをしながらこちらを見ていたハワード=アルトアイゼ
ンに続いて、マーガレッタ=ソリンが言葉を継いだ。それに同調するように、辺
りを警戒しているのか、それともただぼうっとしているのか判別がつかないカト
リーヌ=ケイロンが頷く。
 「せっかく作ったのに……」としょげてるセシルを、マーガレッタがあやす様
に頭をなでていた。

「罠にかかったのは間違いないでござろうが……」
「ここまでぶっ壊す理由が、果たしてあんのかね……」
「とりあえず、罠のことは後で考えましょ。侵入者は?」

 鉄屑を拾い上げて、「これはもう精製も無理ね」と諦めたセシルは手についた
鉄の塵と、気を許せばいつでも好き勝手に子ども扱いしようとするマーガレッタ
を払いながら皆を見渡す。ブザーが鳴ってから今で十分弱。自分たちがここに到
着した時間を逆算しても、当然全てを追い払えたとは思えない。
 全員がここに集まっていることにも、疑問に思う。

「それが……」

 言いづらそうなセイレンは、指先でこめかみを掻きつつ視線を宙に彷徨わせた。
 その視線が、亡羊と辺りを見渡していたカトリーヌとかち合い、彼女は小さく
頷いた。

「……消えた」
「消えた?」
「入ってきたのは、私たちで確認……けれど、消えたの」
「確認したのに……消えた、でござるか」
「そう、いなくなったのですわ」

 説明が中途半端なカトリーヌに疑問符を浮かべていた二人に対し、マーガレッタ
はカトリーヌの後ろに回り重苦しく息を吐いた。そのため息は確かに物憂げだった
のだが、ため息ついでにカトリーヌを幸せそうに抱きしめているため、あまり深刻
そうな様子には見えない。
 セシルに振り払われてカトリーヌに行き着いた彼女は、逃げないカトリーヌに至
福の表情を浮かべながら説明を続けた。

「入ってきたのは、おそらく少数ですわ。ここ以外に荒らされた形跡はありません
でしたし。でも、おそらく一人ではないと思いますの」
「単独では、罠を突破できない……ということでござるか?」

 その様子を羨ましそうに見つめていたエレメスであったが、流石にこういうとき
にいつものお茶ら気を出すほど腐ってはいないらしい。ただ、歯軋りしながら耐え
ている時点で逆の意味でどうしようもないのかもしれないが。

「罠にかかった者が一名、除去したものが一名。少なくとも二名による侵入、だな」

 エレメスの言葉に頷き、重々しく言うセイレン。眉は寄せられて口はへの字に結
ばれ、生真面目なその性分によるものなのか、自分に責任があると感じているらしい。

「少なくとも、ってことは……誰も姿を見てないの?」
「俺とセイレンが来たときにゃ、既にこんな感じだったぜ。マーガレッタとカトリー
ヌは俺たちの後だったしな」
「私たちも一応別ルートから探してみたのですけれど……カトリーヌのサイトにすら
引っかからなかったですわ」
「……いなかった」

 一同首をかしげて唸る。
 その中で、ハワードは鉄屑の前でしゃがみこんだ。

「とりあえず、一度情報を整理してみようぜ」

 鉄屑を出来るだけ表面積が広がるように薄く延ばし、大まかな生体研究所三階部の
略地図を書き込む。紙とインクでない以上細部まで当然かけるものではないが、日々
生活しているだけあって各々の頭には既に細部の地図は脳内に表示できているだろう。

 ハワードは、中央侵入口から北に一箇所、×印を作る。

「ここが今の位置だ。で、俺とセイレンは北東の……この位置、ここから通路に沿って
まっすぐここへきた。そうだよな?」
「ああ、そのとおりだ。かかった時間は二分もかからなかったはずだ」

 ×印のその北東部に、ハという文字が丸で囲まれた記号が記される。
 そして、その二つの点をつなぐ道の筋を線で書き込んだ。

「だから、この位置からここまでは、敵が通ってないことになる。尤も、俺とセイレ
ンは索敵系の技術がないから横を素通りされたかもしれねぇけど……」
「それを言われたらあたしたちだってそうよ」

 そのハワードの肩越しに、セシルが腕を伸ばして略地図の一箇所を指差す。
 それは、ちょうど北東部と線対称の位置に当たる北西部。

「あたしたちがいたのはここ。そうよね?」
「おそらくはそのぐらいの位置だったはずでござる。皆が既に索敵をしてるだろうと
いうことで、拙者たちはそのまま北上に……」

 さぁこいよ、と腕を広げて、セシルと同じように肩越しに来るのを期待して満面の
笑みを浮かべているいるハワードを軽やかにスルーして、エレメスはハワードとは反
対側の位置に回りこんで略地図に指を滑らす。

「こうして、南下して合流したでござるよ」
「私たちは確か東の位置にいましたよね、カトリーヌ」
「……うん」

 カトリーヌも同じように地図の前にしゃがみこみ、ハワードのまねをしてカと丸の
印を描いた。そしてそのまま、×印と丸カ印までを線でつなぐ。

 その図を見て、一同は再び息を呑んだ。

「……おいおい、こりゃぁ……」
「行き場はない、だと……?」

 中央侵入口から北部に描かれた×印。
 セイレンとハワードがいたとされる、北東部の丸ハ印。移動通路は西へ移動後、南
下。
 マーガレッタとカトリーヌは、東の位置からまっすぐ北部へ。
 エレメスとセシルは、北西の位置から南下、そのまま東へ。
 地図の上半分は、見事に彼らの索敵ルートと一致する。

「あるとすれば、南への通路ですけれど……北部で罠に嵌って、そこから逆走を開始
するでしょうか」
「普通ならバックアタックを警戒するでござるが……ふむ、面妖なことになったでご
ざるな」

 考え込む面々の中で、カトリーヌはやはり茫洋とした表情のまま、ポツリと呟いた。

「……撤退」
「撤退するのに、ここまで執拗に罠って壊すのかなぁ……普通は即座に逃げると思う
んだけど。また制御するの面倒なのにぃ」

 侵入者の残した痕跡は、今のところこの破壊された罠のみ。しかも、通常に踏破さ
れたものではなく、一度補足した後に壊されている。

「罠に気づいて慌てて逃げ帰った……とかはねぇかなぁ、やっぱ」
「いや、それは一理あるでござるよ。隠密時は、些細なミス一つで全員撤収もありう
るでござる」
「じゃあ、撤退したと見ていいのか……そうなると、セニアは、あ、いや、二階の皆
は大丈夫だろうか」

 撤退するときに絶対に通らなければいけない二階部のことを思い、セイレンが心配
気に言葉を零した。ただ、二階部の面々を思うというより、自分の妹であるイグニゼ
ム=セニアのことを一番心配しているようだが。

「そうでござるな、流石に皆それぞれ心配であろうし……拙者がもう一度見てくるで
ござるよ」
「ああ、頼む。何かあった場合、俺の指令だとセニアに言ってくれ」
「できるだけそうならないように願うのでござるが……承ったでござるよ」

 隠密時に用いる口を覆い隠すアサシンマスクを装着したエレメスは、その場から立
ち上がりズタ袋の中身を軽く確認した。今から自室へ装備を取りに戻るのは流石に時
間が足りないが、それでも用意不足で返り討ちにあったとなっては洒落にはならない。

「あ、エレメス」
「ん?」

 じっと地図を見つめていたセシルが立ち上がり、矢筒の中に仕舞い込んでいた予備
の罠をいくつか取り出した。

「あたしも一緒に行っていいかな。一応、用心のために二階にも罠を仕掛けたいんだ
けど」
「んー……本来は拙者だけのお役目でござるが、どうするでござる?」

 エレメスは、ここの三階部の面々のリーダー格であるセイレンへと視線を送る。対
し、そのセイレンは口元に手を当ててしばらく何か考えているようだった。
 別に、研究所のお偉いさんから直々に指名されたわけではないのだが、この癖の強
い六人をまとめることができるのはセイレン=ウィンザー以外誰もいない。というよ
り、彼以外誰もやりたがらない。

 生真面目で率直で、何より仲間を思う心に溢れたまさに騎士の鏡のようなその精神。
 そんなリーダー格は、熟考三十秒、言葉を発した。

「本来なら俺が行きたいところだが……わかった、セシル、頼んだ」
「愛しのセニアちゃんに逢えなくて残念ですわね〜」
「そうだ、俺だって本当はセニ―――ま、マーガレッタ!?」

 耳後ろに回り、小声でひそひそと耳打ちしたマーガレッタの言葉を思わず反芻しかけ
ていたセイレンは、はっとなって言葉を途中で打ち消した。
 しかし、時既に遅しと言うべきか。熟考三十秒の中身は何だったのだ、とか、果たし
てそれはただ繰り返したのかそれとも本心なのかとか、そういう疑惑たっぷりの視線が
セシルから注がれる。

「ま、待てセシル。俺はだな、危険性などを考慮して―――」
「その危険がセニアちゃんに及ぶと危ないですわね〜」
「そうだ、だから俺がセニアを守―――マーガレッタっ!」

 きゃっきゃと楽しそうな声をあげて、顔どころか耳まで真っ赤になっている生真面目
なリーダーをからかうマーガレッタに、苦笑ともつかないため息をついてセシルは矢筒
の中を確認する。
 携帯用の罠が五つに、矢筒が数個。侵入者を撃退する程度なら余裕で持つ個数だ。

「それじゃハワード、ちょっと行ってくるわね」
「おぅ、気ぃつけてな。エレメス、何かあったらすぐに呼べよ。愛の力で三秒で駆けつ
けてやる!」
「絶対にお主だけは呼ばないよう心得たでござるよ」
「あ、ちょっと待ってくださいな、二人とも」

 中央の入り口を通って下へ降りようとした二人を、セイレンをからかうことに飽きた
のか、マーガレッタが呼び止めた。

「何でござるか、姫」

 そういえば、今日初めて姫に声かけられたでござるなぁ、などと至福の表情を浮かべ
るエレメス。
 そんなエレメスを軽やかにスルーして両手を組み合わせ、マーガレッタは神託を告げ
た。

「其の身、清らかなる御心のままに清く崇め保たれん、ただ主なる父の加護があらんこ
とを」

 フッ、と体が軽くなり、自分の体の周りに薄い壁のようなものが張られるのがわかる。
おそらく、支援魔法のブレッシング、速度増加、キリエ・エレイソンだろう。
 「ああ、姫の支援でござるぅ」などと感涙に咽びないているエレメスを放って、マー
ガレッタはセシルの頭を撫でた。

「いい、無茶しちゃダメですわよ? 何かあったら、そこにいるエレメスを盾にしてで
も戻ってきなさいね」
「ちょ、姫、それは酷いでござる!?」
「うん、わかってる」
「セシル殿も酷いでござるー!?」

 エレメスの悲鳴は何処吹く風。まったく気にしていないように、セシルはマーガレッ
タとハワードに向けて言葉を続けた。

「マーガレッタたちも、また来るかも知れないから一応警戒はしておいてね」
「おーぅ、任せとけー」
「セイレン当てにならないから、当てにしてるわよ、ハワード」
「なっ、ちょっと待ちたまえ、セシル!」

 さらりとホモ以下の信頼度と言われたセイレンは、慌てたようにセシルへと呼びかける。
しかし、セシルは引きつった笑いだけをセイレンに返し、そのまますぐ階下へとくぐって
行った。
 エレメスも、もはや何と声をかけていいのかわからず、苦笑を残して階下へとくぐって
いく。

「ち、違う、違うんだ……俺は、俺は」

 二人が下へ降りて行ったのを合図としたのか、ハワードとマーガレッタは各々の自室へ
と帰途へと着き始めた。ただ、二人ともただ帰るだけでなく、ルアフを焚いたり斧を構え
たりして、それぞれ警戒はしている。
 早い話が、セイレンのことをまったく当てにしていない。

 そんな中、取り残されたセイレンは、同じくぼうっとしたまま残っていたカトリーヌと
目が合い、

「………ロリコン?」
「ち、違う、俺は断じてそんな不純で背徳的な……!」
「………………じゃあ、シスコン?」
「違うんだあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 ぐさりと、止めを刺されていた。
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