大好きなあの人を守りたい。
それが、私が騎士を目指す理由だった。
志半ばでここに連れてこられ、騎士になる夢は永遠に叶わなくなってしまったけれど。
その気持ちだけは、あの頃から変わらない。
守りたい、あの人を。
大好きな…兄上を。



生体工学研究所2階。
いつもの場所でいつものように、私――イグニゼム=セニアは見回りを続ける。
侵入してきた冒険者を見つけるためだ。
ほんの少し前まで、私たちは毎日実験の材料にされ、欠片の自由もない生活を送っていた。
だが、ある日を境に、そんな生活は一変した。
研究者が誰一人として居なくなってしまったのだ。
実験から開放された私たちの喜びは、しかし長くは続かなかった。
どこからともなく、毎日のように、冒険者たちが襲ってくるようになったのだ。
彼らは私たちを探し、刃を向け、そして切り刻んでゆく。
私たちが一体、何をしたというのだろう。
私たちはただ、ここで平穏に暮らしてゆきたいだけだというのに……
次から次へをやってくる冒険者に対抗するためには、定期的な見回りは欠かせない。
彼らの多くは、2階を素通りし、3階へと向かう。
そこには私の兄上――セイレン=ウィンザーが住んでいる。
こんなことで、兄上の手を煩わせるわけにはいかない。
冒険者たちが3階に達する前に、私の手で斬り伏せるのだ。
兄上は私が守る、守ってみせる…!
『イグニゼム、聞こえる!?』
不意に響いてきたヒュッケからのPTチャットに、はっと我に返る。
どうやら思索にふけってしまっていたようだ。
「どうしたの、ヒュッケ?」
『冒険者よ、早く広間に来て!』
「!」
私の身体に緊張が走る。
また性懲りもなく、兄上を狙ってきたのだろうか。
だが、そうはさせない。
3階へは絶対に行かせない。
兄上への敬愛、冒険者への憎悪、今まさに戦っているであろう仲間達への心配。
様々な感情を迸らせ、私は広間へと急いだ。

「…ん?」
鍛錬を終え、立ち上がった俺――セイレン=ウィンザーは、2階に現れた強大な気配を感じ取り、顔をしかめた。
今、俺がいるのは3階だ。
にもかかわらず、はっきりと感じ取る事が出来る…それほどまでに強い気配だった。
「また冒険者か…次から次へをまったく」
おそらく奴らの目的はここ、3階だろう。
すぐに皆を集め、戦闘に備えなければならない。
だが、それに関してはあまり心配してはいなかった。
いくら強大な気配であっても、所詮は人間。
俺たちが力をあわせれば、まったく問題なく退ける事が出来るだろう。
それよりも……
「イグニゼムの奴…無茶してなければいいが」
2階には俺の妹――イグニゼム=セニアが住んでいる。
冒険者が現れたとなれば、おそらく撃退に向かったことだろう。
だが…この気配の持ち主は、彼女たちで倒せるとは到底思えない。
「少し心配だな…様子を見に行くか」
3階の事は、ハワードにでも任せておけば大丈夫だろう。
俺は鎧を身に付け剣を取り、2階への階段へと駆け出した。

私が広間に着いた時、そこではすでに他の皆が、冒険者たちと戦っていた。
…いや、戦っていたという表現はあまり適切ではないかもしれない。
それは戦いというより…一方的な虐殺に近かった。
ニューマによって矢を無効化され、為す術もなく魔法の餌食となるカヴァク。
柔らかな栗毛を血で汚し、倒れているイレンド。
レックスディビーナをかけられ、何も出来ないままになぶられているラウレル。
どこかに深手を負っているのか、膝をついて動けずにいるアルマイア
そして…
「うあああぁ!」
「ヒュッケ!」
怒りに任せて正面から突っ込んでいったヒュッケに、しかしロードナイトは眉一つ動かさずピアースの雨を降らせ、
「…!」
彼女が倒れる音がやけに大きく響き、そして彼女の服は、身体は、見る間に赤く染まっていった。
頭のどこかで、醒めた私が叫んでいる。
こいつらは強い。
勝てる相手ではない。
素直に3階に行かせて、兄上たちに片付けてもらった方がいい。
だが…目の前で大切な仲間達を傷つけられて、それでも黙っていられるほど私は冷血ではない。
愛用の剣を抜き下段に構え、状況を分析する。
相手のパーティーの構成は、ロードナイトにハイウィザード、そしてハイプリースト。
まずはハイプリーストを倒し、支援を絶ってからが勝負か。
覚悟を決めハイプリーストに切りかかろうとした瞬間、ロードナイトがこちらに気付いた。
「おっ、また雑魚が増えやがった」
その声に、私の足が止まる。
「俺たちは2階に用はないんだから、大人しく隠れてりゃいいのにな」
プロボック。
私を挑発し、攻撃の目標を自分に変えさせるつもりだ。
おそらく、後衛を先に攻撃しようというこちらの意図を見抜いたのだろう。
だがそれは、相手が後衛を狙われたくないと思っている証でもある。
挑発に乗ってはいけない。
私の狙いは間違ってはいないのだ。
…しかし、冷静でいられたのはそこまでだった。
「そうすれば、こいつみたいに…」
そう言ってロードナイトは、足元に倒れているヒュッケを見やる。
まさか……
「ヒュッケ、逃げ…!」
「血まみれで地べたに這いつくばる事もなかったのになぁ!」
言うと同時、ロードナイトはヒュッケを蹴り飛ばし、彼女の身体は宙を舞った。
ヒュッケが壁にぶつかる音。
ヒュッケが床に落ちる音。
そして、倒れたままぴくりとも動かないヒュッケ。
全てが遠い世界での出来事のように思えた。
もう、何も考えられなかった。
目の前にいるロードナイトが、憎い。
ただ、それだけだった。
殺す、絶対に殺してやる…!
挑発に乗ってしまった私は、無策に、無謀に、ロードナイトに向かって切りかかっていった。

2階に降り立つと、さらに気配が強く感じられるようになった。
同時に、2階に住む妹たちの気配を捉え、危機感をさらに強くする。
ヒュッケとイレンドの気配は弱く、ほとんど感じることが出来ない。
カヴァク、ラウレル、アルマイアは多少はマシなようだったが、それでももう戦う事は出来ないだろう。
そしてイグニゼムは…怒りに我を忘れている。
非常に不味い状況だ。
急がなければならない。
俺は気配がする方角へと走りながら、3階に向けてPTチャットを飛ばす。
「マーガレッタ、いるか?」
『なにをそんなに慌てていますの、セイレン?』
おっとりした口調で、マーガレッタが答えを返してくる。
そんないつも通りの彼女に、俺も少し落ち着く事が出来た。
「2階の連中が壊滅状態に陥っている」
『…!』
マーガレッタが息を呑む気配が伝わってくる。
2階には、彼女の弟であるイレンドもいる。
彼女も、そしてPTチャットで会話を聞いている他の4人も、気持ちは同じだろう。
「急いできてくれないか」
『…分かりましたわ』
緊張を含んだ声で、マーガレッタが答える。
彼女が来れば一安心だ。
どんな深手を負っていようと、彼女なら癒してくれるに違いない。
あとは…冒険者たちを倒すだけだ。
俺は地を蹴る足に、さらに力を込めた。

遊ばれている。
誰の目から見ても、それは明らかだった。
何せロードナイトは、今まで一度も攻撃をしてきていないのだ。
私がその隙を与えていないのだと思いたいが、もちろんそんな事はない。
私の攻撃は全て止められ、いなされ、跳ね返され、それでもロードナイトは、攻撃しようとはしない。
ロードナイトの仲間たちもそれを分かっているようだ。
手を出すどころか、ハイウィザードに至っては、座り込んで完全に傍観を決め込んでいる。
「ほらほらお嬢ちゃん、そんなんじゃ日が暮れちまうぜ?」
「くっ!」
ロードナイトの軽口に答える余裕など、もちろん私にはない。
全力で剣を振るい続けている私の身体はすでに疲労の限界に達しており、今にも倒れ込んでしまいそうだ。
このままでは、やられる。
そう考えた私は、ロードナイトから一旦距離をとった。
対照的に微塵も疲れを感じさせないロードナイトは、相変わらずの軽口を叩く。
「どうした、チャンバラごっこはもう終わりかい?」
「…黙れ」
神経を集中させ、残る力の全てを剣に込める。
この一撃が決まらなければ、私の負けだ。
ロードナイトを睨みすえ、一直線に走る。
走る勢い、自身の体重、全てを剣の威力に変え、相手に叩き込む必殺の一撃。
完全に油断していたロードナイトは、ようやく私の異様なまでの気迫に気付いたようだが、もう遅い。
がら空きの懐に飛び込み、私の全てをかけて剣を振り下ろす。
「バッシュ!」
「ぐ…!」
防御も回避も間に合わず、私の剣はロードナイトの身体に食い込んだ。
「ぐああぁ!」
苦悶の声をあげ、ロードナイトが倒れる。
そして私もまた、立っていられずに片膝をついた。
愛剣を持ち上げる事も出来ない。
立ち上がる事さえ出来ない。
それほどまでに、私は力を使い果たしていた。
だが、これでロードナイトは倒した。
残った二人だけでは、この先に進むことは出来ないだろう。
冒険者たちを追い払う事が出来た…兄上を守る事が出来たのだ。
そうだ、兄上は私が守る。
誰が襲ってこようとも、私が退けて見せるのだ。
だが、達成感に浸ってばかりもいられない。
あとは、ヒュッケやイレンドたちの治療をしてやらねば……
…だが。
無情にも。
その呪文は、滑らかに、淀みなく、私の耳に入ってきた。
「ヒール!」
…そうだった。
私が何のために、最初にハイプリーストを倒そうとしたのか。
ロードナイトが何故、プロボックで私の狙いを自分に向けたのか。
その答えが、この呪文だった。
「ヒール!ヒール!…一撃でごっそり持っていかれたわね」
「油断して遊んでるからやられるんだ、自業自得だな」
「うるさいな…悪かったよ!」
冒険者たちの会話も耳に入ってこない。
体力を回復して立ち上がったロードナイトの姿も、目に映らない。
唯一私が感じていたもの…それは、絶望だった。
「さて、お嬢ちゃん…あいつらがうるさいんでな、そろそろ止めを刺させてもらうぜ」
そう言ってロードナイトは、はじめて私に槍を向けた。
私はその光景を、見るともなしに見ていた。
ただぼんやりと、兄上の事を想っていた。
いつも優しくて、強くて、私の憧れだった兄上。
この冒険者たちは私を倒し、3階へと向かうだろう。
もしかしたら、兄上と戦うかもしれない。
幼い日の、あの誓いが思い出された。
兄上…不出来な妹をお許しください。
この償いは、死をもって致します。
私は、そっと目を閉じた。

広間に辿り着くと、今まさにロードナイトが槍を振り下ろそうとする瞬間だった。
その矛先には…力尽きたイグニゼムの姿。
走って行っても間に合わない。
ならば…
「スピアブーメラン!」
槍を振りかぶり、ロードナイトに向けて力いっぱい投げつける。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響き、ロードナイトの槍が弾かれて宙を舞った。
同時に走り出し、イグニゼムをかばうように背に回し、ロードナイトと正対する。
事態を把握できずに呆然としていた冒険者たちが我に帰った時。
すでにこの戦いの主導権は、こちらが握っていた。
「セ…セイレン=ウィンザー!?」
冒険者たちの驚愕をよそに、イグニゼムの様子を確認する。
「大丈夫か、イグニゼム」
「は、はい……」
目を丸くしながらもイグニゼムは、俺の問いに答えてくれた。
彼女もまた、俺の突然の乱入に驚いているのだろう。
疲労は極限に達しているようだが、見たところ外傷はほとんど無い。
ほっと息をつくものの、しかしそれはつかの間の事だった。
広間全体に目をやると、鮮やかな緋色が次々に目に飛び込んでくる。
自分と冒険者たちの他に立っている者はおらず、時折苦痛に歪んだうめき声が聞こえてくる。
ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
劣勢なのは分かっていたが、まさかここまで手ひどくやられているとは思わなかった。
これはもう、無事に帰すわけにはいかない。
妹たちを傷付けるという行為がどんな結末を招くのか…身を持って分からせてやらなければならない。
「貴様ら…覚悟は出来ているだろうな」
言うが早いか俺は、未だ混乱の最中にある冒険者たちに斬りかかっていった。

「スピアブーメラン!」
そんな兄上の声が聞こえたような気がした。
遠くの敵を槍の一投で沈める、兄上の技。
兄上がいるのは3階だというのに。
ここに兄上が現れるわけがないというのに。
どうしてそんな声が聞こえるのだろう。
ああ…もしかしたら、これが走馬灯という奴なのかもしれない。
…しかし、ロードナイトの槍は、いつまで経っても振っては来なかった。
恐る恐る目を開けると…そこには、金属の壁が立っていた。
いや、違う。
これは金属でできた鎧だ。
鎧を纏った男が、私を背にかばって立っているのだ。
その背中を…私は知っていた。
幼い頃から何度も私を守ってくれたその背中の持ち主を、私は知っていた。
「セ…セイレン=ウィンザー!?」
冒険者たちの驚愕に満ちた声が聞こえた。
そう。
いつも私を守ってくれる。
いつも私をかばってくれる。
目の前の背中は、まごう事なき兄上のものだった。
「大丈夫か、イグニゼム」
「は、はい……」
あまりの驚きと、それを上回る嬉しさに、ぼんやりとした返事しか出来なかった。
だがそれでも兄上は納得してくれたようで、私から視線をはずし、広間を見やる。
再び冒険者たちに向き直った時には、すでに兄上は修羅の顔になっていた。
「貴様ら…覚悟は出来ているだろうな」
刹那、兄上の姿が消えた。
もちろん、兄上がそんな術を覚えているわけではない。
あまりの速さに、私の目がついていけなかっただけだ。
そしてそれは、冒険者たちも同じようだった。
まずはハイウィザードが、続いてハイプリーストが、声を上げる事すら出来ずに倒れてゆく。
私が何度斬りかかっても余裕の表情を崩さなかったあのロードナイトも、数瞬のうちに切り刻まれ、地に伏した。
その間、ほんの数秒。
私は、冒険者たちが倒れてゆく様を、ただただ見ているしかなかった。
これが、兄上。
私が慕い、憧れ、いつかは追い付きたいと望む騎士…セイレン=ウィンザーだった。
涙が止まらなかった。
身体が痛かったわけではない。
兄上が助けてくれた事が嬉しかったからでもない。
ただ…悔しかった。
自分の無力さが。
兄上を守るなどと言っておきながら、結局守られている自分の弱さが、悔しかったのだ。
だが、今は泣いている場合ではない。
戦闘を終えた兄上が戻ってくる。
私は、笑顔で兄上にお礼を言わなければならない。
必死で涙をこらえ、出来うる限り自然な笑みを、歩み寄ってきた兄上に向ける。
だがもちろん、そんなもので兄上を誤魔化せるはずもなく……
「!?」
不意に引き寄せられる力を感じ、気付いた時には、私は兄上の腕の中にいた。
「あ…あ、兄上!?」
慌てる私に、しかし兄上は落ち着いた口調で諭すように言う。
「無理しなくてもいいんだぞ、イグニゼム」
「…え?」
兄上の言葉に顔を上げると、すぐ近くで兄上が優しく微笑んでいた。
照れくささに慌てて視線を下げると、再び兄上の声が降ってくる。
「何を我慢しているのかは知らんが、たまには思い切り泣く事も必要だ」
そうしないといつか溢れてしまうからな、と兄上は腕に力を込める。
「だから、泣きたい時は泣け、イグニゼム…俺でよければ、いつでも胸を貸すぞ」
「兄上…」
いいのだろうか。
甘えてしまって、いいのだろうか。
弱さをさらけ出してしまって、これからも強く在れるのだろうか。
でも。
兄上がいいと言ったのだ。
ならば、いいのかもしれない。
兄上が言う事に、間違いなどある筈がない。
「では、お言葉に甘えて…失礼します」
一応断ってから、私からも兄上の背中に手を回し、力を込める。
そして。
「うわああぁ……!」
私は、泣いた。
兄上の腕の中で。
多分、私の人生の中で一番激しく。
兄上の優しさに。
自身の不甲斐なさに。
兄上という目標の大きさに。
それは。
嬉しいような。
悔しいような。
情けないような。
そんな、複雑な涙だった。

「あら?」
全員に癒しの呪文をかけ終えたマーガレッタが、戻ってくるなり首を傾げた。
彼女の視線の先には、座って休んでいる俺と…その膝に頭を預けて眠るイグニゼム。
「どうした、マーガレッタ?」
「いえいえ」
マーガレッタは柔らかい、しかしどこかからかうような笑みを浮かべる。
「普段は堅物な貴方も、やはり妹には弱いのですわね」
「…放っておいてくれないか」
大きなお世話だとばかりに、憮然とした表情を作る。
マーガレッタはもちろん意に介さず、イグニゼムの寝顔を覗き込み、その髪を優しく撫でている。
「気持ちは分かりますわ…こんなに可愛い子、私がお持ち帰りしたいくらいですもの」
「…敵わないとは分かっているが、その時は全力で阻止させてもらう」
冗談ですわ、と微笑むマーガレッタ。
本当だろうか…さっきの彼女は限りなく本気に近いように見えたのだが……
もしかしたら、冒険者よりも手強い敵を作ってしまったのかもしれない。
背筋に冷たい汗が流れる。
だが…俺の気持ちは変わらない。
誰が相手だろうと、関係ない。
幼い日のあの決意は、今も俺の胸に生きている。
「俺が騎士に、ロードナイトになったのは…」
「?」
マーガレッタがこちらを見上げてくる。
俺の真剣さを感じ取ったのだろう、彼女も普段はあまり見せないような神妙な顔をしていた。
そんな彼女を見つめながら少し迷ったが、やはりやめた。
こういう事は、軽々しく口にするものではないだろう。
「…なんでもない、忘れてくれ」
「へ……?」
この話はもう終わったとばかりに俺が目をそらすと、マーガレッタは猛烈に抗議してきた。
「なんですの、それは!?」
「なにと言われても…だから忘れてくれ」
「納得いきませんわ…男らしく最後まで続けなさい!」
「いや、だから…」
「煮え切らない男ですわね…!」
マーガレッタは胸の前で手を組み、何やら呪文を唱え始めた。
まさか…その呪文は……
「レックスエーテルナ!」
「な…っ!」
「さあ、ホーリーライトを浴びたくなければ、続きを話しなさい」
そう言って彼女は天使のような、しかし俺には悪魔のようにしか見えない笑みをこちらに向ける。
まずい。
いくら俺でも、2倍に増幅された彼女のホーリーライトを喰らえば命が危ない。
「ま、待て、落ち着け!」
「貴方が素直に喋れば、げんこつで許して差し上げますわよ」
「これ以上騒ぐと、イグニゼムが起きてしまうぞ!」
「心配しなくとも、イグニゼムちゃんの面倒は私がちゃんと見ますわ…兄上様?」
「ふざけるな、一番の危険人物に任せられるわけが…」
「……なんですって?」
…しまった。
慌てて口を押さえるが、一度発せられた言葉は、もちろん元には戻らない。
口は災いの元とは、よく言ったものだ。
「そうですわね、いっそ力ずくで奪い取ってしまえば…ふふふ……」
「ちょっと待て、話せば分かる!」
「問答無用!」
マーガレッタが、再び胸の前で手を組む。
俺は動けない、動くわけにはいかない。
膝の上でイグニゼムが眠っているからだ。
こんな時、俺を助けてくれるお姫さまは、現れてはくれないのだろうか。
そんな考えが浮かんで膝に目をやるが、期待のお姫さまは、相変わらず幸せそうに眠りこけていた。
マーガレッタは、どうやら手加減する気はなさそうだ。
しかし…
いくらマーガレッタといえども、ロードナイトのHPを削り切る事は出来ないだろう……たぶん。
たとえ削り切られたとしても、気が済めばちゃんと起こしてくれるだろう……きっと。
万が一放っておかれたとしても、本当にイグニゼムに手を出したりはしないだろう……おそらく。
……ええい、どうにでもなれ!
俺は覚悟を決め、目をつむった。
そして。
詠唱が、始まった。



大好きなあの子を守りたい。
それが、俺が騎士になった理由だった。
こんな場所に連れてこられ、すでに人の身は失ってしまったけれど。
その気持ちだけは、あの頃から変わらない。
守りたい、あの子を。
大好きな…イグニゼムを。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送