ルーンミッドガッツ王国の中心に位置する首都プロンテラ。

街の真ん中にある噴水を中心とし、10時方向にはプロンテラ騎士団があり、

6時方向には冒険者の広げる露店が数多くあり賑わっている。

そしてここは1時方向に位置する、プロンテラ大聖堂。






「プリーストソリン!どこへ行くのですか!」

「ちょっとお散歩でーす!」

響き渡る怒声を無視し、青いプリーストの服の裾を翻して銀色の髪を後ろに流しながら礼拝堂を駆け抜けて行った。

街からお祈りに来ていた人々は皆、またやっているなと微笑んでいる。

「まだ経典を読んでいる時間でしょう! あっ、礼拝堂を走るんじゃありません!」

静止の声も聞かず一気に外に飛び出す。走るペースを落とし、街の中心に足を向ける。

遥か後方になってしまった大聖堂の入り口でライナース修道女が叫んでいるが、ここまでは聞こえない。

毎日同じ経典を読むのは飽き飽きしている。いつも通りこのまま街の散策でもしよう。

小走りのまま、噴水広場に繋がる曲がり角を通り――

ドンッ

「きゃっ!」「うわっ」

そのまま誰かにぶつかってしまった。反転する視界。空が真正面に見える。

だが視点はそこで止まる。勢いよくぶつかられたはずの相手が、反動で転びそうになった私の腕を掴んでくれたのだ。

「っと、大丈夫か?」

転びかけた体勢のままの私に優しく声をかけてきたのは、騎士の鎧に身を包んだ白い髪の男だった。とりあえず体勢を整える私。

「あっ、え、えーっと……」

咄嗟に謝ろうとして思わず掴まれたままの腕に目がいってしまった。

「お、役得だねぇ」

「セイレン……不潔……」

男の後ろにいたらしい二人の男女が冷やかしと非難の声をあげた。

「なっ、違う違う! ワザとじゃないぞ!」

目の前のセイレンと呼ばれた騎士姿の男が慌てて私の腕を離す。

まだまともに言葉が出ない私の方を見て、

「いや、すまない。こちらの不注意だった。怪我はないか?」

「はっ、はいっ! こ、こちらこそすいません、急に飛び出したりして……」

そこで言葉が詰まる。

困った、こういう時はなんて言えばいいんだろうか。経典には載ってなかったと思う。

向こうも困っているのか、目を明後日の方に向け、ぽりぽりと頬をかく騎士姿の男。

気まずい沈黙。それを破ったのは、後ろにいた男女のうちニヤニヤと事の成り行きを見ていた男の方だった。

「あー、セイレン、ちょうどその人プリーストみたいだし、案内してもらっちゃどうかね」

言われて視線を逸らしていた騎士姿の男がこちらを見る。

「……プリーストの方でしたか。私達は大聖堂に向かっていたのですが、
 何分この街は不慣れなもので。よろしければご案内いただけませんか?」

「あっ、はっ、はい!おやすい御用です!」

慌てて答えた私に、ありがとうと微笑む騎士。

「よっしゃ! じゃあ行こうぜ」

「……歩くの疲れた」

飛び出してきたばかりの大聖堂に向き直り歩き出す私。後に続く騎士姿の男とその仲間らしい二人の男女。

「私はセイレン=ウィンザーといいます。後ろの二人は……」

「ブラックスミスのハワード=アルトアイゼンだ、お嬢ちゃん」

「……ウィザード……カトリーヌ=ケイロン」

道すがら自己紹介をしてくれる。緑髪のハワードさんは爽やかで豪快な人のようだ。

クリーム色の髪のカトリーヌさんは淡々としているが、可愛らしい人形のような顔立ちをしている。

「あ、私はマーガレッタ=ソリンといいます。セイレンさん達は……冒険者なんですか?」

「はい。実は今回の行き先に同行していただけるプリーストの方を探しておりまして……おぉ、これは凄い建物ですね」

最後まで口にする前に、大聖堂に着いてしまう。まぁ、元々そんなに移動していなかったので仕方ない。

しかしこんなに早く戻ってくる予定ではなかったのだが。何を言われるか分かったものではない。

荘厳な建物に圧倒されている三人を案内して、礼拝堂に向かう。

「プリーストソリン!」

礼拝堂に入った途端にライナース修道女に見つかってしまった。

決して走ってはいけない礼拝堂を驚異的なスピードで歩きながら近付いてくる。

「まったくあなたは毎日毎日! 今日と言う今日は…-…おや、そちらの方々は?」

私の後ろにいた三人を見て、瞬時に口調を静めるライナース修道女、さすがだ。

「ライナース様、こちらの冒険者様たちは同行してくれるプリーストを探していると……」

私の言葉に続いてウィンザーさんが一歩前に出て深々と頭を下げる。

「セイレン=ウィンザーと申します。私達はこれまで幾度となく冒険を続けてきましたが、
 今回はプリースト殿の手助けが必要になると話し合い、こちらに参りました」

「なるほど。それはさぞや危険な場所なのでしょう。
 灼熱の火山、ノーグロード。あるいはモロクの西にあるという呪われたピラミッド……」

「いえ、今回我々が向かうのは、グラストヘイムにそびえ立つ古き城でございます」

まぁ、と息を飲むライナース修道女。

グラストヘイムと言えばかつて千年前の戦争において滅び廃墟になったままと言われる城である。

もちろん私は書物でしかその名を見たことがない。

「確かに危険な場所ですね。ですが困ったことに、
 今はその旅に同行出来るほどの力がある者で、手が空いている者がいないのです。残念ですが……」

「私! 私が行きます!」

礼拝堂に響き渡る声。一斉に声の主――私だけど――に視線が向けられる。

「プリーストソリン、あなたの力では……」

「いえ、行きます! 行かせてください!」

いやしかし、と口ごもるライナース修道女。

「ライナース様も言ったじゃありませんか! 力を高めるには相応の経験も必要だって!」

「それとこれとは話が違います。あなたの命だけではありません、この冒険者の方々の命もかかっているのですよ」

「でもっ……! 私も行ってみたいんです! 経典や書物だけじゃなくて、自分の目で外の世界を見てみたいんです!」

「それはまた次の機会になさい、それまでしっかりと勉強していれば……」

「行くったら行くんです! 絶対行きますから!」

必死に懇願する私。ライナース修道女は諦めたようにふぅっと溜め息をつき、

「……まったく、一度言い出したら聞かないのですから。仕方ありません、困っている人を見捨てる訳にもいきませんしね」

「じゃあ……!」

「ウィンザーさんといいましたね、彼女を是非ご同行させてやって頂けないでしょうか。
 まだ未熟者ではありますが、潜在的な力は確かです」

ウィンザーさんは、はいと頷き私に手を差し出した。

「よろしく、プリーストソリン」







「えーっと、ここの宿屋のはずなんだけどな……」

手にしたメモと目の前の建物を見比べる。

あの後、準備があるだろうからとウィンザーさん達は先に宿屋に戻り、
私は支度を済ませてから彼等が泊まっているはずの宿屋を探しているのだ。

とりあえずドアを開けて入り、宿娘さんに尋ねてみる。

「ウィンザーさん達のお部屋ですね? お話は聞いていますよ、えぇっと、女性の方々のお部屋は……あちらですね」

言われた方の部屋に向かいドアをこんこんっとノックする。

女性の部屋、ということはケイロンさんがいるはずだ……ったのだが、

「カギあいてるよー。入ってきてー」

と、明るい声が返ってきた。

「じゃ、じゃあ失礼しまーす……」

不思議に思いながらもドアを開けて中を覗き込む。

『え?』

恐る恐る覗き込んだ私と、中で”着替えていた”金髪の女性との視線がバッチリ合ってしまう。

「……きゃあぁぁぁぁぁぁあ!?」

「ちょっと! それあたしのセリフ!?」

反射的に悲鳴をあげる私、に突っ込む着替え中の女性。

「とっ、とりあえずなんか誤解を招きそうだから早く入ってよ!」

着替え中の格好のままドアの所で固まっていた私を引っ張り込む。

「あっ、あのっ、わた、私」

「その服装、プリーストよね。もしかしてセイレン達と入れ違った?」

状況がよく分からずどもってしまう私に冷静に尋ねる女性。

……とりあえず服着てくれないだろうか。

「えっと、ウィンザーさん達とご一緒することになって、ここに泊まってるって聞いて……」

「あーあー、分かったわ、完璧に入れ違ったわけね。まったく、送りもしないであいつ等どこほっつき歩いてんだか……」

ぷんすかとまだ戻ってないらしいウィンザーさん達に怒る女性。

……だから服を着てくれないだろうか。

「あぁ自己紹介がまだだったわね。私はセシル=ディモンよ。見ての通り……いやぁぁぁあ!?」

慌てて床に落ちていた服を引っ掴み、奥に消えるディモンさん。忘れてただけらしい。

と、思ったら奥の壁から顔だけ出してこちらを恨めしそうに見ている。

「……見たわね」

「へっ?」

恨みの視線がそのまま若干下がり……私の法衣の胸の辺りで止まった。

「どーせあなたよりも小さいわよ! なによなによ、カトリーヌだってそんなに大きくないくせに! 馬鹿にすんなー!」

「え? えぇぇ?」

何のことやらさっぱり分からず私が狼狽していると、不意に後ろから声がした。

「セシル、うるさい……廊下まで丸聞こえ……」

いつの間にやら後ろにケイロンさんが立っている。

「着替え……終わったらご飯……二人とも待ってる……」

二人というのはウィンザーさんとアルトアイゼンさんだろうか。

「むっ、分かってるわよっ。えーっと、そこの……」

「あ、マーガレッタです。マーガレッタ=ソリンです」

「OK、カトリ、一緒に先行ってて」

こくっと頷いて一度こちらを見たあと歩き出すケイロンさん。

これは着いてこいということだろうか。

「じゃ、じゃあ先行ってますね、ディモンさん」

「んー、セシルでいいわよー。さんもいらないー」

壁の奥から手だけ出してひらひらと振るディ……セシル。

「分かりました。ではまた後で、セシル」

「ほいほい、すぐ行くわマーガレッタ……長いわね、マガレでいいかな」

マガレ、かぁ。今までにされたことがない呼ばれ方をされてちょっと嬉しくなってしまった。

つい頬を緩ませながら歩いていると、前を歩いていたケイロンさんがいつの間にかこちらを見上げていた。

「どっ、どうしたんですか? ケイロンさん」

そんなに変な顔してたかなと不安になる私に、ふるふると首を振り、

「……カトリ……」

それだけ呟いてまた前を向いて歩き出してしまう。

「……カトリ?」

んっ、と振り向くケイロンさん。これはつまり……

「えーっと、これからよろしくお願いしますね、カトリ」

「……うん。マガレも……よろしく」

心なしかカトリの声も嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。







「お、来た来た。おーい! こっちこっち!」

宿屋の食堂兼酒場のようなスペースで、テーブルを確保して待っていたウィンザーさんとアルトアイゼンさんが手を振っている。

「セシルは?」

「セシルはまだ着替えてたので、カトリと先に来てしまいました」

一緒に来ていないのを不思議に思ったのか、質問したウィンザーさんに答える。

と、アルトアイゼンさんがへぇっと感心したように声をあげる。

「セシルにカトリか。なんだなんだ、女性陣だけで俺たちがいない間に仲良くなったみたいだな」

ん、と頷くカトリ。ウィンザーさんも嬉しそうに、

「それはよかった。なにしろ命を預け合う仲間だからね。私とハワードの事も気軽に呼んでくれて構わないよ。私達もマーガレッタ、と呼ばせてもらおうかな」

「まぁ俺のことはハワード兄さんって呼んでくれてもいいぜ」

「あはははっ、それはちょっと……ではセイレンさん、ハワードさんと呼ばせていただきますね」

ハワードさんは大げさにうな垂れて残念そうにしたが、すぐには顔を上げてはっはっはと笑っていた。

それを見てセイレンさんも微笑んでいる。この二人は付き合いが長いのだろう。

カトリは相変わらず無表情だが。

「おっまたせー! あれ、まだ食べてなかったの? ごめんごめん」

そこにハンターの服装に着替えたセシルがやって来た。

「いや、折角新しい仲間も増えたことだからね。皆一緒のほうがいいだろう」

「相変わらずカタイねーセイレン。じゃ、乾杯でもする?」

「お、いいねぇ」

「……賛成」

「わっ、ありがとうございます」

それじゃ、とグラスを掲げるセイレンさん。

「新しい仲間マーガレッタと、冒険の成功を祈って、乾杯!」

『かんぱーい!』

チンッと小気味いい音をたててぶつかるグラスとグラス。

「あ、でも酒は駄目だぞ。旅立つ日に二日酔いなんかされたらたまったもんじゃないからな」

釘を刺すセイレンさんに、「えー」「カタブツはひっこめー」等とブーイングするのはハワードさんとセシル。

カトリは既にちびちびとジュースを飲んでいた。

続々とテーブルに運ばれる料理をセイレンさんとハワードさんが取り合い、セシルが横からひょいっとかっさらって行く。

私とカトリはお互いの料理を交換したりして楽しみ、歓迎会を兼ねてくれた食事は進んでいく。

グラストヘイムという行き先は不安だが、このパーティなら何とかなりそうな気がしてきた。









「ここがグラストヘイム……」

「あぁ、城の敷地内に入ったらもう気は抜けないぞ」

ぽつりと呟いた私に答えるセイレンさん。

馬車ごと通れそうな大きな城門をくぐり、中へと進むとそこは庭園になっていた。

「わぁ、綺麗……」

廃墟と聞いていたが、その庭園はいまだ花が咲き誇り、壮美な風景を描いていた。

「これ、なんていう花かしら」

ついつい固まっていたパーティから離れて見に行ってしまう。

「……危ない!」

セイレンさんが声をあげて近くに走り寄り、そのまま私を地面に押し倒して盾を掲げる。

ひゅんっと空気を裂く音が聞こえた瞬間、がきんっ、と何かを弾く音がした。

「あそこだ! 茂みの奥にいるぞ!」

しんがりを務めていたハワードさんが奥の茂みを指差す。

「ダブルストレイフィング!!」「アーススパイク!!」

ザシュッ ギィエエエエエ……

二本の瞬速の矢と地面から飛び出した土の槍に貫かれ、隠れていたガーゴイルが一瞬のうちに虚空へと消えた。

「マーガレッタ、君は言ってるそばから……」

「あ、あははー……すいません、気をつけます」

まぁまぁ、と二本の矢を瞬時に放ったセシルがセイレンをなだめる。

「気を張りすぎても続かないわよー。気楽に、とは言わないけど肩の力は抜いていきましょ」

「……フォロー、する……」

カトリも味方に回ってくれたようで、セイレンさんもやれやれといった感じで立ち上がる。

「セイレン、諦めろ。こうなった女共には男は勝てん」

みたいだな、と苦笑して先へと再び進み始めるセイレンさん。

さて、いつまでも甘えてはいられない。頑張って足を引っ張らないようにしないと。







「ここから城内に入れるみたいだな」

広大なグラストヘイムの庭園を歩き回り、城の部分への入り口にあたる部分を発見した。

「外は比較的魔物は少なかったが、陽の当たらない場内は遥か昔に死んだ兵士の怨念が宿った鎧や、
 死体となったまま彷徨う者もいるらしい。みんな、気は抜くなよ」

「おう、誰にもの言ってやがる」

「中、暗いわね」

「……大丈夫」

「はいっ、頑張りますっ」

心の準備をして、それぞれ答える。

「よしっ……行くぞ」

城内に入ると辺りは闇に包まれており、あまり離れたところは見えないほどに暗かった。

「ひゃっ」

「どうしました? セシル」

突然短い悲鳴をあげたセシルに問いかける私。

「今あっちにピエロが……」

「ピエロ? どれどれ……」

セシルが指差した方向をじっと凝視すると、闇に張り付くようにピエロの顔がぼんやりと浮かび上がっている。

「うーん、確かにピエロっぽいですね……もっと近づいてみないと……セシル?」

ふと視線を戻すと、セシルが真っ青な顔をして立ち尽くしていた。

額には冷や汗のようなものも見える。

「セシル? どうした?」

ぽんっとセイレンが肩に手を置くと、びくぅっと面白いほど飛び跳ねるセシル。

「な、なによ……なにあれ!?」

今にも泣きそうな顔と声で私にしがみ付いてくるセシル。

「ちょ、ちょっとセシル!?」

「いやー! もう帰るー! なにあれわけわかんなーい!」

突然子供のように泣き叫ぶセシル。

その声に応じるかのように闇に浮かんだピエロの顔がケタケタと笑い声をあげる。

「くっ、幻覚か!?」

ハワードがピエロに近付こうとするが、ピエロは左右にスーッと動き回り、なかなか近付けない。

「……サイト」

突然、ぼうっとカトリの周囲に明るい火が浮かび上がった。

「サイトラッシャー……!!」

その火がぼわっと周りに飛び周り、周囲を明るく染める。

闇に浮かんでいたピエロの周りが照らされ、姿がさらけ出される。

それはサーカスにいるような、玉乗りをしているピエロそのものだった。

暴き出されたピエロはケタケタと笑いながら、玉を転がして一目散に逃げていった。

「あっ、あれ……?」

正気に戻ったのか、セシルは私にしがみ付いたまま不思議そうにきょろきょろと見回す。

「大丈夫ですか? セシル」

ハッと思い出したようにセシルが口を開く。

「今、ハワードが知らないアサシンの男と一緒に……」

「おぉい!? どんな幻覚見てたんだよ!?」







どうやらこの城内は二階構造になっているらしく、二階に通じる階段を発見した。

一階では落ちている本が突然噛み付いてきたり、
本を読んでいるミミズに手足が生えたような生き物(ご丁寧に帽子もかぶっていた)が魔法を唱えてきたりしたが、
油断さえしなければ危険に慣れている彼等には脅威ではなかったようだ。

しかし二階もそうであるとは限らない。







「くっ、ハワード! 後衛に敵を流すなよ!」

レイドリック、鎧に取り付いた怨霊の魔物二体の剣を捌きつつ、レイドリックアーチャーの弓を盾で弾きながらも一歩も退かないセイレンさんが声をあげる。

「分かっている! うおおお! ハンマーフォール!!」

がきぃぃぃぃん、とハワードさんが手に持ったハンマーを床に叩きつける。

これだけ離れていても伝わる震動だ。近くにいてはまともに動けないだろう。

息の合ったセイレンさんは合図と共に一瞬跳躍してやり過ごしたようだが、
ハワードさんに接近していた彷徨う者と呼ばれる魔物は一瞬足が止まり、その隙をついて放ったセシルの矢が突き刺さる。

「……フロストダイバー!!」

カトリの冷凍魔法が遠くからセイレンさんを狙撃していたレイドリックアーチャーを氷漬けにする。

「ナイスだカトリ! ボウリングバッシュ!!」

弓矢を弾く必要の無くなったセイレンさんが、いまだ震動で足の止まっていたレイドリックの内の一体に剣を横払いで叩き付ける。

ごがんっ、と吹っ飛んだレイドリックはもう一体にぶつかり、お互いに鎧ごとバラバラになってしまった。

私はと言えば先ほどからずっと、目まぐるしく変わる戦闘の流れに付いて行けず右往左往するばかりである。

「何、気にすることはない。一段落してから落ち着いてヒールをしてくれれば大丈夫だ」

と、セイレンさんは言うが、それではいざという時に困るのではないか。

「まぁ俺がいれば何とかなるからな!」

がはは、と豪快に笑うハワードさん。

「自分に出来ることを出来る範囲でやれば大丈夫よ」

「……頑張って」

「はっ、はい」

自分で頬をパンパンと叩き気合を入れる。

自分は何のためにここに居るのか。皆の負担を増やす為ではないはずだ。

「はいっ、準備オッケーです!」

何度目かの気持ちの入れ替えを済ませ、皆に向き直る。

皆は待ってましたと力強く頷いて笑い返してくれた。

「よし、もう少し奥まで行ってみよう」

「イヤ、ココマデダ」

セイレンさんの声を遮るように、薄気味悪い声が唐突に響き渡った。

「なっ、なんだ?」

ハワードさんが初めて心から不安そうな声をあげた。

「……馬の鳴き声」

耳を澄ませていたカトリが呟く。その声にハッとなるセイレンさん。

「マズいっ、皆逃げろ!」

もう遅い。と誰も言わなかったが誰もが分かっていた。

馬の嘶きと共に姿を現したのは深淵の騎士、グラストヘイムの隊長格。

漆黒の馬に跨り、暗黒の甲冑に身を固めた呪われた騎士。

「ココマデダ、ニンゲン」

心臓を直接掴むような低い声。全員が動けない中、最初に行動に出たのはセシルだった。

「何様のつもりよ! ダブルストレイフィング!!」

ヒュヒュンッ  キィンッ

一息の間に放たれた二本の矢は堅牢な鎧に阻まれあっけなく地面に落ちる。

「うそ……」

「デハ、シネ」

声と共にその巨大な剣を一振りすると、虚空からカーリッツバーグと呼ばれる、鎧を着込んだ髑髏の騎士が三匹出現した。

三匹のカーリッツバーグは剣を引きずりながら、それぞれセイレンさんとハワードさんに襲いかかった。

「ヘヴンズドライブ!!」

カトリが三匹の立つ地面をまとめて槍状にして突き刺すが、カーリッツバーグは止まらない。

カーリッツバーグが剣を振るう。剣と盾で受け止めるセイレンさんと、ハンマーで受け止めるハワードさん。

甲冑の隙間を狙って深淵の騎士に矢を放っていたセシルが唐突に声をあげる。

「セイレン! ハワード! 危ない!」

ごうっと一陣の風が吹き抜ける。

深淵の騎士がその大剣を左手に持ちかえ、右手に持った槍を大きく振り回してカーリッツバーグごと二人を薙ぎ払ったのだ。

二人はなす術もなく吹っ飛び地面に叩きつけられた。

その間に新たなカーリッツバーグを呼び出す深淵の騎士。

「くっ、このままじゃ全滅してしまう……セシル!」

やっとの事で起き上がったセイレンが叫ぶ。

「カトリーヌとマーガレッタを連れて逃げろ!」

「……分かったわ。」

立ち上がったセイレンは再びカーリッツバーグの前に立ちはだかる。

「おぉっとセイレン、お前だけにいい格好はさせないぜ」

同じく立ち上がっていたハワードがその横に並ぶ。

「ハワード……死ぬなよ!」

「はっ! 誰に言ってやがる!」

再び振るわれたカーリッツバーグの剣を受け止める二人。だが先ほどのダメージが大きいのか、受け止めきれずに体に突き刺さる剣。

「ほらっ、行くよマガレ!」

それを見せないようにして私の腕を掴み、反対方向へ駆け出すセシル。後ろに続くカトリ。

「……ニガサン」

声と共に深淵の騎士が剣を掲げると、進行方向に突然現れるレイドリックの数々。

「くっ、こんなところで……!」

懸命に矢を撃ち続けるセシル。

「……サンダーストーム!!」

雷の魔法を降らすカトリ。

それでも止まらないレイドリックの群れはやがてセシルに剣を振るう距離に――

「マガレ……危ない……!」

「えっ?」

耳に飛び込んできたのはカトリの珍しく悲痛な声。

体に受けたのはカトリに突き飛ばされたらしい衝撃。

目に映ったのはカトリにレイドリックアーチャーの矢が突き刺さる瞬間。その口はニゲテ、と。

「えっ……?」

「アトヒトリダ」

ヒトリ、アトヒトリ。この気味の悪い声は何を言っているのだろう。

だってさっきまで五人もいた。皆私の力なんて必要ないぐらい強かった。

私、私の力、プリーストの力、癒しの力。

私は何て無力だっただろう。ここに来てから何か皆の為に出来ただろうか。

セシルは私に出来ることをやればいいと言った。でも何も出来ていない。

目の前で矢に貫かれたカトリ、最後まで私の身を案じてくれた。

私に出来ること。皆が倒れて、今の私に出来ること。

「我らが主、オーディンよ……」

「ヌ……?」

知らず、口から零れていたのはいつか見た古い経文。

「あなたの無限の慈悲と愛をお与えください……」

「ソ、ソレハ……ヤメロ!」

今の自分に出来ること。出来なければいけないこと。

「あなたの前に立った清らかな魂を哀れに思うならば、我が命を捧げます……」

奇跡がそう簡単に起こるとは思えないけれど。こんな時に起こせなくて何が奇跡だろう。

「彼等の……今一度…ら…再び生を…ること…お許しください……」

「レディム……プティオ」







最初に目覚めたのはセイレンだった。

動きを止め苦しそうにしている魔物を跳ね除けている内、カトリーヌが目を覚ました。

カトリーヌはストームガストという大魔法の詠唱を始め、次に目覚めたセシルとハワードが動きの鈍いまま襲いかかってくる魔物を倒し、セイレンは深淵の騎士の攻撃を引き受けた。

やがてカトリーヌの詠唱が終わり大魔法が発動すると、レイドリックやカーリッツバーグは全て凍結、霧散していった。

唯一残った深淵の騎士はセイレンの剣を受け、セシルの矢に貫かれて消滅した。

四人は魔物を片付けるとマーガレッタに駆け寄ったが、彼女は息をしていなかった。

セシルがイグドラシルの葉を取り出してその滴を口に含ませると、やがてマーガレッタは息を吹き返したという。

四人は意識の覚めぬマーガレッタを連れてグラストヘイムを抜け出し、プロンテラへの帰途へ着いた。









epilogue



「シュバルツバルド共和国……ですか?」

「ああ、ハワードが面白そうな仕事を見付けたらしくてね」

「ちょっと遠いけどな。セイレンには付き合ってもらうぜ」

「あーあ、じゃあこのパーティも解散ね」

「……ちょっとだけ、寂しい……」

それじゃ、と手を振り遠ざかるセイレンさんとハワードさん。

「マーガレッタは頑張ってハイプリーストになりなさいよー? そしたらまた一緒に冒険しましょ」

「……またね」

「はい、二人とも、ありがとうございました」

名残惜しそうな表情のまま、んーっと伸びをするセシル。

「それじゃあたしもぼちぼち行くわ。カトリ、フェイヨンまで一緒にどう?」

「……ゲフェン……戻るから……」

「そっか、じゃあここでお別れね。二人共、またね」

「……元気で」

「はい、次に会うときは立派なハイプリーストになってますから!」



Fin


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