「滞在延長・・・ですか?」
「そうだ。昨日研究所を訪問したときに研究員に呼び止められてな。
何でも新型の警備システムの実戦データがほしいらしい」
「実戦データって。危険じゃないですか。そもそもわたし達は部外者ですし、
みんなが納得するとは思えません」
「だから君に頼んでるんじゃないか。貧富の差からかこの町はお世辞にも治安がいいとはいえない。
我々がデータを提供することで治安の改善に役立てるのなら安いものだろう」
「はぁ、もう、期待はしないでくださいよ」
「ありがとう。毎度すまないね。マーガレッタ」






 レッケンベル研究所地下3階。
 床に転がるゴミを避け、わたしは真紅の服を着た聖職者の頬にそっと手を触れた。
「っ!」
 言葉にならない悲鳴をあげて、といっても悲鳴すら出せないようにしているわけだけど、
彼女はかつて仲間だったものを蹴り飛ばし、後退る。
「あらあら、そちらは行き止まりですよ?」
 背を壁に着け、それでも必死に下がろうとする彼女を今度はそっと抱いてみる。
 震え、固まる彼女にわたしはささやいた。
「わたしも聖職者ですから。あなたのお願いを最期に一つだけ聞いて差し上げますわ」
 そしてわたしは続ける

『ねえ、いきたい?』

 まるで壊れた人形のように首を縦に振る彼女。
 期待と不安と恐怖の入り混じった顔にもう一つ加えるためにわたしはさらに言葉を続ける。
「わかったわ。・・・じゃあ、逝かしてあげる」
 少しばかりの力を込めて、真正面から彼女の胸を貫く。
 絶望が加えられたその顔がよく見えるように。


 
「なーんか今日のマーガレッタはいつになくえぐいわね」
「最近夢見がよくないそうよ」
「それは思わしくないな。危険だ」
「あなたたちが喧嘩をしなければいいだけのこと」
「えー、だって毎回毎回こいつ私がせっかく仕掛けた罠を踏むんだもん」
「なに?お前が毎度変な場所に罠を仕掛けるのがいけないのだろうが」
「踏まないような場所に仕掛けた罠に何の意味があるっていうのよ」
「侵入者が踏みやすい場所というものがあるだろうが」
「なによ。やる気?」
「いいだろう。望むところだ」
「何だ?何だ?さっそく我らが怒れる女神の召還の儀式が始まったか?」
「・・・はた迷惑だな」
「同意」
「あ・・・」
「う・・・」
「まあそっちの儀式はよしとして。カトリーヌ、追加オーダーが来てる。
こっちは俺達で潰しておくが、あの様子じゃマーガレッタが心配だ。そっちは頼む」
「元々そのつもりよ。再集合はその後で」



「光の加護を!セフティウォール!」
 あらわれた光の壁はわたしの杖をすんでのところではじき返した。
 光の壁に守られて、紫紺色の服を着た彼女は聖句をつむぐ。
 リザレクション?サンクチュアリ?
 もう彼女しかいないというのに。きれいな金髪を血色に染めて。
 あなたはまだ諦めないの?まだわたしを怖がらないの?
 それともこれを壊したら、あなたは絶望してくれる?
「・・・さい。あなたがそう・・・むぐ」
「神よ。戒めを。レックスディビーナ」
 聖句を唱え終わる寸前で、わたしは彼女の声を奪う。
 この邪魔な壁ももう数発でなくなるはず。ほら、数えてあげる。
 3、2、1
 緑ポーションをあおり、彼女は口早に聖句をつむぐ。
「加護を!セーフティ・・きゃあ」
 光の壁を打ち砕き、杖の一撃で彼女の華奢な体が宙を舞った。
 仲間の躯の中心で、そこであなたを殺してあげる。
 あなたが守れなかったものの中心で、あなたもその中の一つにしてあげる。
「光の加護を・・・セフティー・・・ウォール!」
 息も絶え絶えに彼女は光の壁をつむぎ出す。
 一呼吸だけ間をおいてわたしを見据え彼女は聖句をつむぐ。
 この絶望しかない中で、どうしてあなたはそんな目をできるの?
 もう死ぬしかないのに、どうしてそんなにまっすぐにわたしを見つめられるの?
 ねえ?どうして?どうしてあなたは絶望してくれないの?
 光の壁の向こうで彼女がつむぐ聖句が聞こえる。
 どこかで聞いた聖句が

太初より最も貴く神聖な方よ。

あなたへ切にお願い致します。

あなたの慈悲で私達をお助けください。

天上へ通じる光の道をお与えください。

あなたがそうなさったように、

私もまた、その道を歩みます。

「レディムプティオ!!」





「ひどい有様ね」
 わたしの周りの見回しながら、いつもの口調でハイウィザードが言った。
「わたしとしたことが、少々遊びすぎしてしまいましたわ」
 できるだけいつものようにわたしも言った。
「そのようね。セイレンでも来ていたのかと思ったわ」
 わざわざ顔を潰した死体を持ち上げ、わたしはそれを水路に放り込んだ。
紫紺色の服は薄暗い水の色に混じってすぐに見えなくなった。
「馬鹿な子達ですよね。力の差なんて歴然としているというのに。
何度も何度も。わざわざ逃げる機会まであげたのに。
仲間なんて無視して逃げれば今頃生き残れていたかもしれないのに。本当、馬鹿な子達ですよね」
「そうね」
 ハイウィザードはいつもの口調で言う。
「あ、そろそろ集合時間でしたね。皆さん待たせては悪いですし、行きましょうか」
「そうね」
 そう言いながら、ハイウィザードは動こうとしない。
「カトリーヌ?」
「別の場所で少し話でもしてから行きましょう」
「でも皆が」
「そうね。そのひどい顔を皆に見せたいというのなら、止めはしないけど」







「首尾はどうだ?」
「上々です。実験は成功。戦闘能力は十分という結果が得られております」
「ほう。で、あの雇ったやつらはどうした」
「ご安心を、一人たりとも逃がしてはおりません。
あのハイプリーストがずいぶんと粘ってくれましたが、何、転生していても所詮はプリースト、
レディムなんたらとか言う魔法は面倒でしたが、彼女以外をもう一度殺してしまえば
こちらの兵器の敵ではありませんでしたよ」
「すばらしい」
「ああ、それと、せっかく良質のサンプルが手に入ったのですから、
彼女を素体に使ってみたいのですが構いませんかね?」
「ああ構わんよ。大いに研究してくれたまえ、今後のわが社のためにも」
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