ビーッ!ビーッ!

けたたましく、研究所内に警報が鳴り響く。

『警戒レベル3!警戒レベル3!』

警報が鳴るときは、何らかが侵入したとき。しかも警戒レベル3は、対奇襲用警報―!
それを聞いたセシルは、一目散に自らが仕掛けた罠へと向かう。
対奇襲用とのことだが、もしもこの階への階段をバカ正直に上っているとするならば、自身の仕掛けた罠に引っかかっているはずである。
のだが。

「ひあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

罠にかかったやつが、ものすごい勢いでこっちへと向かってくる―!?

「え、え、ちょ・・・ちょっとこっち来ないでぇぇぇぇぇぇ!?」

普段はその強弓ゆえに強気なセシルでも、不意打ちで、しかも奇声を上げて高速で迫られればとりあえずは混乱する。
よほど度胸が据わってない限り、混乱せざるを得ないのだが。
そしてどこまでセシルが逃げても、どこまでも追いかけてくるこの闖入者は、とうとうセシルを部屋の隅に追い込み―

「いやぁぁ、ぶ、ぶつかるぅぅぅ!?」
「・・・アイス、ウォール・・・」
「ひゃぁぁぁ・・・ぶっ!?」

見事、氷壁に激突した。

「・・・セシル救出作戦・・・成功・・・。ぃぇー。」

胸を張って、誇らしげにVサインをこちらに向けるカトリーヌは、さながら英雄気分だ。
けれど。

「って、私を閉じ込めてどうするのよぉぉぉぉ!」

セシルはちょうど、部屋の角と氷壁に閉じ込められる形になっていたのだった。

「・・・うっかり・・・。」
「もぅ!氷が消えるまで30分かかったじゃないの!」
「・・・セシルが壊せば・・・もーまんたい。」
「そういう事じゃないでしょ!寒いし、矢代も馬鹿にならないんだから!」

はぁはぁと肩で息をしながら、セシルはムキになって非難の声を上げ続ける。
しかし暖簾に腕押し。
カトリーヌはセシルのクレームをまったく聞かずに、気絶している闖入者を観察し始めた。

つんつん、ふにふに。

その結果。

「・・・迷子・・・?」

そうなのだ。
冒険者にしては武器の一つも持ってないし、何より幼すぎる。
見た目だけなら大体7歳前後の女の子、というところだろうか―

つんつん、ふにふに・・・ぎゅー・・・

観察は終了したはずなのに、カトリーヌはいつまでも弄るのをやめない。

「・・・ちょっと、もう観察は終わったんじゃないの?」
「・・・この子・・・やーらかい・・・。」
「・・・もういい。」

盛大にため息を吐き出し、セシルはとりあえず諦めた。

先の騒ぎを聞きつけ、3Fにいる面子は全員合流し、その場で簡単な会議と相成った。

「ま、人間が目を覚ますまでどうしようもないでござるよ。」
「そう・・・だな。むやみやたらに傷つけていては、我らの流儀に反する。」
「んー、でもこの娘、どっから迷い込んだんだろうなぁ・・・。」
「それにしても、お人形さんみたいに可愛いわぁ〜♪」
「・・・つんつん・・・。」

これが全員の総意である。
当たり前といえば当たり前の結果だった。
むやみに傷つける必要はない。この闖入者はどう見てもただの少女だ。
ちょっとだけ、着ている服のフリフリ具合が過剰な気がするが。
マーガレッタに抱きしめられ、カトリーヌに頬をつつかれている彼女は、小さいうめき声を上げ、やっと目を覚ました。

「あれ・・・?お母さぁ〜ん・・・?」

寝ぼけていた。
すると彼女を瓦礫の上に座らせて、マーガレッタはしゃがみ込んで彼女に優しく微笑んだ。

「ね。貴女のお名前は?」
「ん・・・ステラ・・・。」
「そっか、ステラちゃんね?どうして、こんなところにきたのかなー?」
「街で遊んでたらね・・・いきなり足元が光ったの・・・。」
「そっかそっか。ありがとうね〜。」

まだ眠そうに目をこすっているステラは、寝ぼけながらもしっかりと受け答えをしていた。
しっかりとステラと同じ視点で接しているマーガレッタは流石、ハイプリーストと言えた。

「んー、冒険者が出したポータルに間違って乗っちゃって、そのまま迷子・・・って感じかしら。」
「でもよ、そうしたら普通は1Fでリムーバたちに捕まってそのまま外にほっぽり出されるだろ?」

ハワードの言うことはまったくそのとおりだ。
普通に迷子なら、大抵リムーバたちが丁重にお帰り願うだろうし、リヒタルゼンの住人はまず近づこうとしない。
だとしたら、ワープポータルが直接ここに開かれた、と考えるのが自然である。

「ちょっと厄介なことになりそうね・・・。私はポータルの開いた形跡を探してくるわ。」
「あぁ、頼む。マーガレッタ。」

まだ視点が定まっていない彼女を、とりあえず研究所の奥にある仮眠室へと連れて行こう、ということになった。

「・・・ステラ・・・立てる・・・?」
「うん・・・。」
「・・・そっか・・・手、握っててね・・・。」

ふらふらと足元がおぼつかないステラに歩調をあわせ、カトリーヌは研究所の奥へと消えていった。

「ところで、なんでこんな大騒ぎになったんだ?」
「原因はこれでござるよwwww」

そういいつつエレメスが指差した足元に、「研究所の奥へ」と強制的に移動させるようにスキッドトラップが敷いてあった。

「で、セシルはなぜか自分へと向かってくるステラにびびってぎゃーぎゃー騒いでたのか・・・。」
「う、うるさいわね!ちょっと方向間違えたのよ!」
「でも、普通気づくでござるよwwww」
「・・・うぅぅぅるさぁぁぁい!だ・・・」
「だ?」
「ダブルストレイフィング!ダブルストレイフィングゥゥゥゥ!!!」
「セシル、落ち着くんだ!仲間内でこんなことしてる場合じゃ・・・!」

ステラをベッドに寝かしつけたカトリーヌが戻ってきたとき、鬼神を宿したセシルと3つのサボテンがあったらしい。

次の日。
朝日が完全に昇る前に、ステラはすでに目を覚ましていた。
完全に目を覚ました彼女にマーガレッタは色々と質問をした。
彼女のこと。ここに来た経緯。ここで何が起こったか。
ステラの名前はステラ=ルウェイン。
プロンテラのいいところのお嬢さんで、上から2番目。最近、お父さんは再婚したらしい。
そして友達と遊んでる最中に、足元にポータルが開き、いきなり3Fへ。
そのままセシルの罠に引っかかって、セシルを追っかけまわす結果になったらしい。

「ぷ・・・あはははは!セシルったらかーわいいー!」
「ちょっと、いきなり抱きつかないで!って、どこ触ってんのよ!」
「可愛いセシルちゃんには、やっぱり意地悪したくなるものなのよぉ。いやよいやよも好きのうち、ってね♪」
「こらー!あんたたちも止めなさいよ!ちょっとエレメス!?何カメラ構えてるのよぉぉぉぉ!?」

いつものとおりに悪ふざけしていると、ステラも楽しそうに笑ってるのがすごい印象に残った。

「・・・で、この鎧着てるお兄さんがセイレンで、最後に私がマーガレッタ。」

一通り挨拶が終わると、反復するようにステラは全員の名前を確認する。

「セシルお姉ちゃん、カトリお姉ちゃん、マーガレッタお姉ちゃんに、ハワードお兄さん、エレメスお兄さんに、セイレンさんだね!」
「そうそう。ステラはいい子ね〜。」
「俺だけ、さん付け、か・・・。」

セイレンは体育座りで拗ねていた。

ステラがやってきてから、すでに3日。
ここ数日、冒険者が来ないせいか3Fは非常に平和だった。
ステラはすっかりここのみんなに懐き、みんなの妹になっていた。
その中でも一番セシルに懐いていた。何かといえばセシルを頼った。

彼女がやってきて、平和になって。そんなのがすごく心地がよく思えて。
冒険者たちが訪れるようになって平和などすでに久しいが、こんなに嬉しいものだなんて、思いもしなかった。
心なしか3Fのみんなの笑顔が増えた気がするし、何より空気がとてもやわらかい。
そんなことを思いながら、すたすたと見回りをしていると、ステラがとてとてとやってきた。

「セシルお姉ちゃん!・・・見回り?」
「そうよ。ステラはスケッチブック持ってどこ行くの?」
「えへへ・・・。カトリーヌお姉ちゃんにスケッチブックもらったから、みんなの似顔絵を描くの!」
「そっかぁ・・・。ちゃんと、美人に描いてね?」
「うん!じゃあお姉ちゃん、そこに座って!」

一生懸命、セシルを描くステラ。
消しては描いて、描いては消して。1時間ほどたった頃だろうか。

「かーんせーい!」
「お。出来たの?見せて見せてー。」
「ダーメっ。みんなの分描いたら、まとめて見せてあげるね!」
「ん、そっか。じゃあ楽しみにしてるわ。」

すっくと立ち上がり、ステラの頭を撫でる。
えへへと照れくさそうに笑って、ステラはとことこと別の場所へと向かう。
はじめは地面に躓きながらここを歩いてたステラもすっかり慣れたみたいだった。

「へぶっ!?・・・あいたたた・・・。」

慣れてなかった。
急いで駆けつけると、大丈夫大丈夫と元気に立ち上がり、再び別の誰かを探しに行った。
それと入れ違いにマーガレッタがやってきて、こう伝えてきた。
近いうちにポータルを利用して、冒険者たちがたくさん乗り込んでくるかもしれない、と。

「結果は黒だったわ。」
「やはりそうか・・・。メモは消せそうか?」
「んー、無理。けれど、研究所のセキュリティを掻い潜ってメモするなんて・・・只者じゃないわね。」
「・・・やな予感・・・する・・・。」

やな予感がするとか言いながら、カトリーヌは昼寝をしているステラの頬をつつきながら幸せそうにしていた。


そして再び。

『警戒レベル3!警戒レベル3!』

再びけたたましく、警報が鳴り響いた―!

倒しても、倒しても、冒険者たちの猛攻は止まらない。
セイレンもハワードもすでに疲れが見え始めてきたし、エレメスもじりじりと戦線を下げさせられている。
研究所3Fが奇襲されてからすでに3時間。各々が連携をとり戦いを繰り返す。
だが、全員のコピーが生成されて合流するより、冒険者たちが戦線を押し上げていくのが若干早い。
この戦況をひっくり返さない限り、どうあがいてもジリ貧だ。
このままじゃいつかステラがいる仮眠室まで、踏み切られる―!
そんなときだった。

「ビィンゴ!」
「しま―っ!」

テレポートで、まさかチャンピオンが背後に回ってくるなんて―!
背後から強力な一撃が飛んでくると、ぐっと覚悟を決めて背中に全身系を集中させる。
―何も起こらない?

「だめー!お、お姉ちゃんは・・・お姉ちゃんは傷つけさせないもん!」

まさか、ステラが私をかばうなんて。
ありえない光景を目にして、セシルもチャンピオンも固まっていた。

「おいセシル、止まるな!前線を下げるぞ―」

その瞬間である。セイレンの号令がかかった刹那―

「・・・え?」

セシルの太ももをかすって、そのまま矢は、ステラへ―
背中から射抜かれ、ゆっくり前へと倒れる。

「へ、へへ・・そうだよなぁ!モンスターなんかをかばうようなガキなんて―っ!?」

とりあえず、撃ち抜いた。
まず腕、足、そして胴体へと。
久しぶりに頭の中の温度が下がってゆく。
それは加速を繰り返し0度を超え、氷点下へ。
この感覚は、やばい。

「セシルっ!大丈―!?」
「・・・!?・・・ステラ・・・が・・・。」

マーガレッタとカトリーヌが合流したらしい。
かろうじて口から出た言葉は、ステラをお願い、だった。
なんとなく背中の方からセシルお姉ちゃんと呼ぶ声が聞こえた気がした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

脳内温度は絶対零度を突破し、すでに前人未到の数字へと達したイメージ。
何もかもが凍てついてゆく。
撃つ、倒れる、撃つ、倒れる、撃つ、逃げる、脚を撃ち抜く。
弓を引き絞る音も、弦が突っ張る感覚も、全部がただの邪魔な情報でしかなかった。
とにかく全てを倒さねば、全てを根絶やしにしなければ―!

「おい、いい加減にしろ!」

バシャリと大量の水が浴びせられる。
だんだんと視界がクリアになってゆき、目の前に広がっていたのは、すでに敗残兵が残っているだけの広い空間だった。
そして、バケツを握ったセイレンが立っていた。

「お前、久しぶりに『下がった』な?」
「・・・ごめん。」
「悪い癖だ。一度下がると誰かが止めるか、自然に戻るまで無意識で弓を引き続ける。」
「ごめん・・・。」
「十分反省したか?・・・じゃあステラの容態を見に行こう。」

心臓が不規則に鼓動を繰り返す。
こんなのはひどく久しぶりだ。
道のりにある障害を無視して仮眠室に飛び込むと、そこにはベッドに横たわるステラがいた。
ゆっくりと目を開けるステラが視界に入ると、急いでその手を握る。
力なく握り返すステラはゆっくりと視線をセシルのほうへとやった。

「セシルお姉ちゃん・・・、大丈夫だった・・・?」
「うん、うんっ・・・ステラのおかげだよ・・・!」
「そっか・・・よかった・・・。」

だんだんと握力が抜けてゆく。人差し指からだんだんと。
だんだんとセシルの目に涙がたまってゆく。

「・・・セシルお姉ちゃん、ごめんね・・・。まだ似顔絵・・・出来てないんだ・・・。」
「そっか、じゃあ明日、また描こう?」
「うん、でもね、セシルお姉ちゃん・・・笑ってるほうが美人さんだよ・・・?だから、笑って・・・ね?」
「・・・そだね、ごめん・・・。これで、いい?」
「やっぱり、セシルお姉ちゃんは、美人さんだね・・・。」

そして、最後に小指からも力が抜けきると、腕がだらりと下がってしまった。
立ち上がり、ステラを見つめる。とても、同じ人間の手にかけられたとは思えないほど、穏やかな顔をしていた。
カトリーヌがゆっくりと背中からセシルを抱きしめる。背中から、嗚咽が聞こえる。

「私、いいお姉ちゃんだったかな、ステラ?」

ひどく悔しそうに、地面に拳をたたきつけるセイレン。

「似顔絵、楽しみにしてるからね・・・っ。」

ステラに背中を向けて、その場にたたずむエレメス。

「最後に、私・・・上手に笑えたかな?」

声を上げて涙を流すマーガレッタと、座り込んで下を向いて顔を上げないハワード。

「こんな、こんなことって・・・うわぁぁぁぁっ―!」

ぺたんと地面に腰を下ろし、泣いた。
この世界をただただ呪いながら。何の力もない、自分を恨みながら。
ひと時とはいえ、平和と笑顔を与えてくれた、ステラにお礼を言いながら―


ビーッ!ビーッ!

警報が鳴り響く。研究所内に、けたたましく。

『警報レベル2!警報レベル2!』

レベル2は、2Fの戦線がごく短時間で突破された証だ。
私たちは出撃する。
もう二度と負けない。
だって、奥の仮眠室には私たちの女神がいるのだから。
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