「ほらよ」
 手渡されたそれを、セイレンはしゃらりと刃音を立てて抜いた。眼前に翳し、透かすように見る。
「――流石だな。いい仕事だ」
「当ったり前よ。オレを誰だと思ってやがる?」
 胸一杯に吸い込んだ紫煙を満足げに吐き出して、ハワードは傲然めかしてそう言い抜けた。
「そもそもオマエほどの腕にナマクラ扱わせたとあっちゃあ、それこそ鎚持ちの恥だ。腕のいい奴はそれに見合った得物を使うべき
だからな」
「ありがたい」
 再び剣を鞘に収め、騎士は衷心から謝意を示した。おいおい、と鍛冶師は手を振る。
「かしこまるのは悪い癖だぜ、セイレン。オレらの間で遠慮は不要だ。そうだろ?」
 違いない、とセイレンも苦笑する。
「オマエは使う。オレは鍛える。持ちつ持たれつだ」
 くわえ煙草のまま、にっと白い歯を見せるハワード。思わず返した一礼に、痛くない拳が飛んできた。
「だからよ。そいつが他人行儀だっつーの」
「すまん」
「あら、仲のよろしい事」
 そこへ声がかかった。
「マーガレッタか」
 居佇まいを正して慇懃に応じたセイレンを見て、マーガレッタは嫌味のない仕草で口元に手を当ててくすりと微笑んだ。
「おう、姫さん」
「丁度お茶が入ったところなのですけれど、ご一緒にいかがですか? 殿方の口には合わないかもしれませんけど、お茶請けのお菓
子もちゃんとありますよ」
 片手を上げるハワードへも応えて、マーガレッタは食堂の方へと手招きした。
 狭い場所で常々顔を突き合わせていれば、不在の誰が何をしているか、大抵は想像がつく。
 偶然に見えるこのタイミングは、しかし皆の武器防具の手入れを一手に引き受けるハワードへの労いなのだろう。全く、この辺り
の気配りにはかなわない。
「お、ありがてェ。だがオレとしちゃア酒の方が、なんて言ったらバチが当たるか」
「いいえ。当たるのではなく当てますわ。私が」
 にっこりと、しかし聖職者にあるまじき言を紡ぐマーガレッタ。
 楚々として貴人然めいた上品な挙措を崩さないが、素の彼女はきっと、かなりのお転婆娘に違いないとセイレンは睨んでいる。特
にその棒術杖術の腕前は、一朝一夕で身についたものではないだろう。
 一々口にしないのは、淑女の過去をとやかく詮索するのが素晴らしい事ではないと感じるという、その一事に尽きた。
「そいつァ勘弁願いたいな」
 ハワードは肩を竦めて二席を引き出し一方に腰を落とす。セイレンも会釈して、やはり卓に着いた。馥郁たる香りが嗅覚をくすぐ
る。半ば実体であり、半ば思念体である彼らにとって、喫茶など所詮真似事に過ぎない。けれどマーガレッタが時折催すこの手の事
に異を唱える者はここにはいなかった。誰しもがその意を汲んでいた。あのセシルですら、声をかけられれば大人しく卓を囲む。
「あら?」
 カップに香気を注いでいたマーガレッタが、ふとその手を止めた。
 つられて男二人が目をやれば、部屋の入り口の角から、ちょこりと頭だけを覗かせたカトリーヌ。
「そんなところで見ていないで、いらっしゃいな」
 誘われて、魔術師はしかしふるふると首を振った。
 この無口で無表情な少女の思惑が、セイレンにはどうも読み取れない。その辺りが小器用なマーガレッタやエレメスは元よりとし
て、あのセシルでさえもカトリーヌとは上手く疎通しているのだが、そこは不器用者のセイレンの事だった。
 さてどうしたのかと助けを求めてハワードを見るが、このある意味大雑把な鍛冶師は供された菓子の方こそに熱心で、意外に甘党
であるのやもしれなかった。
「何を拗ねているの?」
「……拗ねてない」
 頼りにならない男どもを端から当てになぞせず、ずばりとカトリーヌの表情を読んでのけた。言下に否定されるも、マーガレッタ
はその端正な顎先に拳を当てて、しばし考え込むような姿勢をとってから、
「そう。セイレンとハワードが仲良しで、仲間外れにされたみたいな気がして拗ねてるのね?」
「……だから。拗ねて、ない」
 カトリーヌはぷぅっと頬を膨らませた。若くして無数の術を修める彼女ではあるが、その膨大な知識とそれを応用する知力とにそ
ぐわず、所作は時折ひどく幼い。
 ハワードがそっと笑った。湯気の立つ液体を造作もなさげに一息に干す。
「悪いな姫さん、オレはマナーってモンをよく知らねェんだ。ご馳走さんとだけ言っとくぜ」
 カップを戻し席を立つと、
「ん」
 カトリーヌへ向けて手を出した。
「…ん?」
「杖、出しな。鍛えてやっから」
 逡巡するカトリーヌの背を、いつの間にか席を立っていたマーガレッタが軽く押した。優雅とも言える立ち振る舞いだったが、通
りすがりにハワードの足を踏んづけていったのをセイレンの目は見逃していない。
「ほら、遠慮してはダメよ?」
「……でも」
 困惑したような、心細いような顔で背なのマーガレッタを振り仰ぐカトリーヌ。そうして、たっぷり十数秒の逡巡の末。
「――お願い」
 彼女は、そっと杖を差し出した。


「……と、いうような事があってな」
「なるほど。それがカトリーヌ殿がはしゃぎ気味の所以でござったか」
「はしゃいでない」
 心底から納得したようなエレメスの言葉に反応して、カトリーヌがぽこりとその頭を叩いた。
 叩かれたエレメスとセイレンとは、見交わして笑った。穏やかに、優しく。
 その様に、むーっとカトリーヌは口を尖らし、けれど宝物のぬいぐるみを抱き締める少女のように、愛用の杖をぎゅっと胸に抱えな
おした。


            *         *         *


「なあ、姫さんよ」
「なんでしょう?」
「オレの後をこそこそついて来るアレ、どうしたらいいと思う」
「弓、精錬してあげればいいのじゃありませんか?」
「しかしなあ。あれだけ怨念染みたオーラ出されてンと、どうにも手ェ出しにくいぞ?」
「あ、でも今のセシルちゃん、まるで告白したくてできない恋する乙女みたい」
「ちょ、ちょっとマーガレッタ! 何適当な事言ってるのよ!?」
「…聞こえてんじゃねェか。言えよ。用があるなら」
「……。うっさい! 死んじゃえっ!!」
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