ヒュッケバイン=トリス、アルマイア=デュンゼ、カヴァク=イカルス、ラウレル=ヴィンダーの4個体は焼却による損傷が激しく即時破棄。
イグニゼム=セニア、イレンド=エベシの2個体は回収成功。しかしイレンド=エベシについては若干損傷が激しく、
再生処理は成功したものの不死極性値が強まり極性最適化処理の際に極性反発に耐え切れずに崩壊、やむなく破棄が決定した。
イグニゼム=セニアについては火の極性を帯びていたため比較的損傷は少なく、再生処理に成功。制御状況は安定。

セイレン=ウィンザー、エレメス=ガイル、ハワード=アルトアイゼン、セシル=ディモン、マーガレッタ=ソリン、カトリーヌ=ケイロンの6個体は再生処理に成功。
いずれも生前は意図的に隠していたであろう戦闘技術を引き出す事に成功し、特にエレメス=ガイルからは新たに非常に高度な隠行術のデータが採取されている。
ただし6個体とも制御に若干の不安定要素が見られるため、優秀な素体を使用した新型の開発が終了しだい、戦闘データの収集も兼ねてオリジナルは再殺する。
試作型に対する戦闘データの入力と再現は7割方完成しており、残る問題は安定性とコストとなっている。尚、再殺後のオリジナルの遺体の扱いについては――



「・・・・暢気な事言いやがって。」



送られてきていた報告書を、頭に包帯を巻いた研究者は忌々しげにばさりと机に放り投げた。
ボルセブめ、一体何を考えてるんだ。自分も大概マトモじゃないが、あの男は骨の髄から狂っていると思う。
だが、きっとその狂気こそ奴を天才たらしめているひとつの要素なのだろうとも、彼は思っていた。


しかし、それにしても。


事が起こった後のボルセブの行動は、それは素早かったらしい。その日のうちに特別研究員として隣国から招いていた死霊術士とともに計画を練り始め、
保存処置が終わってから1日もしないうちに、制限区域だった3階の北部を封鎖して儀式用の祭壇も8割方完成させていたそうだ。
経過はこの報告書の通り。その狂人ぶりと仕事の速さは全くもって恐れ入るとしか言いようがない。
目の前で自分の研究室が木っ端微塵にされ、爆発に巻き込まれて大怪我をした彼としては背筋の寒くなる話だったが。


「事が済むまでに何も起こらなければいいがな・・・」


こうなった以上、自分に出来るのは1日も早く新型を完成させる努力をする事だ。どうせボルセブの方針には逆らう事が出来ないのだから。
だが、あの6体が時々見せる意志の欠片がたまらなく恐ろしい。本当にこの計画は成功するのだろうか?
我らレゲンシュルム。神の領域を踏破する翼。・・・・だがその翼は、イカロスの翼なのかもしれない。


「毒を食らわば皿までも、か・・・今更戸惑ったってもう遅いしな。」


嘆息して、研究者は喫煙室に向かった。医者には止められているが、やっと娑婆に出た体にはニコチンが必要なんだ、と彼は自分自身を診断した。
特にこんな気分の時は煙草でも吸わないと落ち着かない。・・・・大丈夫、俺は悪運が強いんだ。何が起こっても生き延びてやるさ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





未だに廃墟のようなこの場所の片隅で、私たちじゃない私たちは実験体として黙々と働いている。
私の意思はまるで拘束具の中で眠らされているようで、隠していた力も命令どおりに引き出されてしまった。
抗おうと、必死で。でも術者の命令を拒む事はできなくて。それでもまだ私は、この拘束具のカギをひとつずつ、ひとつずつ探している。
それはきっと私だけじゃない。時々感じる感情の波は、みんながこの中で闘っている証拠。

・・・・あの時私はすぐに倒れてしまって、セシルのように立ち上がることも、マーガレッタのように気丈に振舞うこともできなかった。
ハワードは私を庇って。セイレンは倒れた皆を守って。エレメスは皆を助けるために必死で走り回って。・・・・・・そして、ここにいる。

待ってて。今度は私が、みんなを助けてあげるから。きっと私がみんなの意思を解放するカギを見つけてあげるから。
こんな姿になってしまったけれど、今度こそみんなでここを出よう。


だから、待ってて。きっと、もう少しだから。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「・・・おい、そう言えばあの噂聞いたか?」

「噂ァ?」


夜食のパンを頬張りながら、宿直の警備兵は、嫌な予感を感じて相棒の言葉に怪訝な表情を返した。
怪談の類が大好きなこの男は、時々こんな調子で不意にそんな話を始めるのだ。
その時は決まってこんな、妙に真剣な声音で話を始める。その手の話は苦手ではないが、何しろここはレゲンシュルムだ。
加えて先日のあの大事件もある事だし、さすがに色々な意味でシャレにならない。


「イグニゼム=セニアの事さ。あぁ勿論オリジナルの奴なんだが・・・」

「それがどうかしたのかよ?」


思わず眉を顰める。あのオリジナル6体には同僚がかなり殺されているんだ。怪談のネタにするなんて不謹慎も甚だしい。
・・・・だが、そうではなかった。妙に真剣な、落とした声音。その奥に微かに揺れる――



恐怖。



「・・・牢の中からな。時々ぶつぶつと声が聞こえるんだ。」

「そんなバカな。あれにそんな意思なんてもうないはずだろ?」

「・・・いや、本当だ。俺以外にも何人か聞いてる。」

「・・・・・・・・・」


冗談を言っているようには見えなかった。これは単なる怪談の類などではない。
それの意味するところは、つまり――


「次が、あるかもしれねぇぞ。お前も気をつけろ。」

「・・・・・・分かった。」


今この研究所では、研究の再開が最も優先的に進められていて、一部を除けば遺体の回収も瓦礫の撤去もあまり進んではいない。
そして勿論、警備戦力の補充もそうだった。もしこの状況で"次"があったら。
それは彼ら警備兵にとって、考えたくもない悪夢だった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





いつからか、夢を見るようになった。
消え去ってしまいそうだった自我は、その夢のたびにおぼろげに目を覚ました。


それは、辛い夢だった。


私が守れなかったみんなが、私を励ましてくれる夢。それはとてもリアルな夢だった。

ヒュッケとアルマは、明るく笑い飛ばすように。
カヴァクとイレンドは、優しく労わるように。
そしてラウレルは、ぶっきらぼうに。
まるで本当にみんながそこに居るような、そんな夢。

・・・いっそ思い切りなじってくれれば、どれ程楽なことか。
でもこんな夢を見るということは――きっと私はこうして皆に許してもらいたかったのだろう。


・・・・なんて、浅ましい。


こうしてアンデッドとして蘇らされて、意思とは関係なく忌々しい実験に使われ続けることも、罰だと思って耐えようと思っていたのに。
日に日にただの化け物になっていくような自分に震えながら、いつの間にかそんな自我も消えかけていたのに。
辛い夢だと思いながらも、私は確かに救われていた。このまま潰えてしまいたくないと、思うようになり始めていた。
みんな死んでしまったのに。誰ひとり守る事ができなかったのに。


・・・・兄上、私はどうすればいいのでしょう?あなたは今何処でどうしているのですか?

兄上・・・・・逢いたいです、兄上。

・・・そんな望みを口にすることが許される私ではないけれど。一度でいいです。夢でもいいですから。

お願いです、もう一度・・・・・・










「だったら、さ。今からここを出て愛しの兄上様に逢いに行ったらどう?」




繋がれて横たわる私のすぐ側で、はっきりとアルマの声がした。
・・・そんな馬鹿な。私は今、夢なんか見ていないはずなのに。




「僕らは皆で戦ったんだから。そうやってひとりで背負い込むのは、セニアの悪いクセだよ。」




今度は、カヴァクの声。・・・・いや、声だけじゃない。
確かに気配がする。カヴァクが、そしてアルマも・・・・そこにいる?
でも、それだけじゃなかった。




「さぁ、起きて。僕らも手伝うから。」




イレンドの声もした。・・・何が起きているのかは分からない。でも、もう夢とは思えなかった。
辺りを見回そうと思うと、私の肩を何か暖かいものが包んで抱き起こしてくれる。

それは間違いなく――イレンドだった。




「ほら、掴まって。一緒に行こ?」

「・・・・・・・・・ッ」




声に導かれるように手を伸ばすと、私の手を握ってヒュッケが微笑んでいた。
どこか淡く、透き通って。でも前と変わらない、あの笑顔で。



「み・・・・・んな・・・・・?」



声が出て、涙が零れた。

術者の命令がなければ身じろぎする事も出来なかった私が、動けただけでなく自分の意志で声を出すことも出来た。
これは、夢でも幻でもない。みんなが私のそばにいる。
・・・でも何故?どうして?・・・夢だとは思えないけど、これは現実なの?

そう思った瞬間、何かが私の頭をこつんと叩いた。




「とっとと起きろバカ。いつまでボケッとしてんだ?」




視線を上げると、いつもの面倒臭そうな仏頂面でラウレルが立っていた。
そして短く呪文を唱えると、今度は魔法が私を牢に繋いでいた鎖を破壊する。


あぁ・・・これは・・・・・夢じゃ、ない。


「おら立て。行くぞ。」


みんな、ここに降りてきた。みんな、本当にここにいるんだ。


「・・・・うん。」


イレンドに助け起こされ、ヒュッケに手を引かれ、私は遂に自分の意志で立ち上がった。
支配は解けているようだった。何がどうなっているのか私には分からないけれど、きっとみんなが解いてくれたんだと思う。
後ろを振り返ると、そこには私の「体」が横たわっていた。

・・・・そうか。私をアンデッドにしていた力が消えて、今ここに立っている私は・・・・


「みんな・・・ありがとう。」


みんなと同じように淡く透き通った、そして温かい体。実体を持った魂の体。
・・・・もう、きっと生きた人間には戻れない。でも――解放されたんだ。

さぁ、ここを出よう。ヒュッケがカギを解いたら、その扉を開けて――



<<緊急事態発生、緊急事態発生、集団戦闘実験中のオリジナルアンデッド6体が脱走。直ちに3階を封鎖せよ。繰り返す――>>



突然、けたたましいアラームとともに、放送が鳴り響いた。
3階。オリジナルアンデッド6体。これは、まさか・・・・・・



「・・・・そういう事なんだよ。」

「あたし達は、エレメスさんのお陰でアンデッドにはされずに済んだんだけどね・・・」

「そんな・・・・・・」


目の前が真っ暗になる思いだった。まさか・・・まさか兄上まで。
ショックだった。まさかあの兄上まで、私たちとは比べ物にならない力を持つあの人たちまで。
思わず今まで私の身に降りかかった出来事が鮮明に蘇り、それが兄上の身にまで降りかかったことを思って体が震えた。



「だから、さ。」



ふわり、と暖かく柔らかい感触が私を包み、思わず我に返る。
気がつくとヒュッケが、震える私の背中を包み込むように抱きしめてくれていた。



「だからみんなで、ここに戻ってきたんだよ。」



そんなヒュッケの明るい声が、悪夢のような回想の連鎖を吹き飛ばしてくれた。
私の顔を覗き込んで、ヒュッケは微笑んでいる。


「まぁ、やられっぱなしでサクッとおとなしく成仏できる程人間できちゃいねーって事だよ。俺はな。」

「それだけじゃないクセに、素直じゃないなぁ〜。あたしには分かってるんだから。」

「はァ!?な、何言い出すんだてめェ!?」

「わわわ、落ち着いて!」

「もー・・・」


そこで繰り広げられる相変わらずの光景に、私は少し呆気にとられて。
でもたまらなく懐かしくて、思わず涙がこぼれそうになる。
そんな私の前に、すっと手が差し出された。



「おかえり。」



手を差し出したのは、騒ぎを遠巻きに見ていたカヴァクだった。
相変わらずだろ?とでも言うように軽く苦笑してみせる彼の手を、私は強く握り返した。


「・・・ああ、ただいま。」

「さ、リーダー。早速だけど出番だよ。」


そう言って、ぎゃあぎゃあ騒いでいる4人の方へと私を促した。
・・・・ああ、私は帰ってきたんだ。みんなに手を引かれて、私の場所に。
再び込み上げてきそうな涙を打ち消すように、私は大きく息を吸った。


「さぁ、そこまで!」


みんなが私の方を向いて、にっと笑った。
どこか遠くで響く爆発音も、私たちを呼んでいる。


「私たちもここを出よう!まずは3階入り口の封鎖を制圧して、兄上たちと合流を!」

「じゃあまずは景気づけに一発!派手にかまして行こうぜ!」


杖の先に炎を灯し、ラウレルが扉の前に進み出た。
いつものように、にやりと口の端をつり上げて、その杖を振りかぶる。


「ファイアーボール!!」


派手な爆音とともに鋼鉄の扉に火球が激突した。でも鋼鉄の扉は、壊れかけてはいるものの完全には吹っ飛んでいない。
ラウレルは渋い顔をして杖をくるくると弄ぶ。


「・・・クソ、やっぱり前みたいなパワーは出せねェな。」

「いや、もう大丈夫。ちょっと下がって。」


私は拳を振りかぶり、歪んだ扉の中央を思い切り殴りつけた。
がごん、と音がして壊れかけの扉が今度こそ外れて吹っ飛んだ。


「うわ、コイツやっぱ変わってねェ!」

「さっすが〜」


異変に気づき、報告中だった看守がこちらを見てぎくりと固まった。
息を呑んで表情を引き攣らせ、よろよろと後ずさりする。


「な、なな、何だこれは!?何で・・・何でこいつらまで・・・ッ!?」

「うるせェェーーーッ!!!」


一瞬で氷付けになった看守が雷を浴びて黒コゲになり、それを乱れ飛ぶ光弾がバラバラに吹っ飛ばす。
早くも完全に戦闘モードのラウレルは、今にも先頭を切って牢の外へと走って行きそうな勢いだ。
そんなラウレルをひとまずなだめ、敵から武器を奪って体勢を整える。この牢獄を出ればもう、3階の入り口はすぐそこだ。


「さぁ、行くぞ!!」

『おお!!』


私たちは走りだした。一度死して尚、再び自由をこの手に取り戻すために。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「大変ですボルセブ所長!!」

「ウガーーーッ!!今度は何だッ!!どうしたんだッ!!!」


頭を掻き毟って叫び散らすボルセブに、研究員がデータと画像を見せた。
その画像に写っているのは、亡霊のようにぼやけた人影が6体。
真紅のマントを羽織った人物を先頭に隊伍を組んだその一団が、警備隊を蹴散らしている画像だった。
そして、それらを解析したデータの記録を見て、ボルゼブの顔色が変わる。


「術式が解けて離脱した幽体が・・・・すぐに実体化して動いているだと!?〜〜〜〜ッ、一体どうなってるッ!!」

「それと、もう1つ・・・・」


今度は、2階の画像。先ほど脱走の報告が入ったイグニゼム=セニアだ。
こちらも先ほどの画像の一団と同じ状態が見てとれるが・・・・単独のはずのイグニゼム=セニアの周りにも同じような人影が見てとれた。
それはどう見ても、使用に耐えず破棄されたはずの、他の5体の"オリジナル"の姿だった。


「ギギ・・・これは一体どういう事だ!?」

「ここの数値を見て下さい。イグニゼム=セニア以外の5体も同じように実体化していますが、値は遥かに不安定です。」


だが、ボルゼブにとってこの分野は専門外。
このデータの解析は例の客員研究班に回すとして、それよりもまずボルゼブは優先すべき事を優先した。


「このデータは後で検証させる!それより・・・データだけ回収したらすぐ研究所を封鎖しろ!!誰も出すんじゃないぞ・・・キヒヒヒッ」

「え、それはどういう」

「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁぁ今研究所に残ってる貧民街出身のゴミみたいな警備員どもは囮にして、データだけ回収しろと言ってるんだよッッ!!!」

「し、しかし・・・・」

「ガアアアァァァァァァッ!!!」


戸惑う研究員の発言に、ボルセブは頭を掻き毟って叫び、椅子を蹴り倒した。
思わず後ずさる研究員に、狂気を宿した目で怒鳴り散らす。


「俺に意見するなアァァァァァアア!!!!やれッ!!封鎖させろッ!!!完膚無きまでにだッ!!!お前も切り刻むぞ切り刻むぞ切り刻むぞ切り刻むぞァァァァ!!!!」

「・・・・・・・・」


もはや何を言っても無駄だ。彼はさっさとボルセブの部屋を出た。
研究員はすぐに連絡通路を下り、生体工学研究所の入り口付近に最終ラインとして展開する上級戦闘部隊にボルゼブの命令を伝える。
隊長は驚いていたが、結局のところ封鎖作戦の決行を決めた。現実的に考えて、このままでは上まで突破される事が目に見えていたからだった。
矢継ぎ早に指示が飛び、必要な物資が即座にかき集められる。研究員がエレベーターを降り、研究室まで戻る頃には次の緊急放送が流れていた。



<<総員、戦闘配置。総員、戦闘配置。生体工学研究所内の研究員は必要なデータを回収し、直ちに脱出せよ。繰り返す――>>



研究員の脱出が終わり次第、このエレベーターも破壊されて埋められるだろう。
その上で特殊な保安魔法を施せば、霊的な存在は拠り代がなければここの出口を認識する事ができなくなる。
全ては研究のため。そして我々の生存のために。囮として下に残される一般警備員のことを頭の中から追い出し、彼はその場を立ち去った。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





生体工学研究所の陥落から、既に数ヶ月が経った。


レッケンベルはその後何度か再制圧の準備として調査員を派遣していたが、研究所内の状況が分かるにつれ再制圧は不可能との結論に達した。
見殺しにされた警備員がアンデッドとなって研究所内を徘徊し、更に実験などで殺されてきた生体兵器の"コピー"たちも実体化した亡霊となって徘徊していたのだ。
特に極秘資料の回収もままならなかった3階は戦闘能力の高い"コピー"の亡霊が多数徘徊しており、殆ど手のつけられない状況にある。
無論、エレメス=ガイルとセシル=ディモンによる破壊工作で水没した4階の探索やデータ回収など、夢のまた夢であった。

失われたデータは膨大で、最初の反乱でも多くの研究員が死亡しており、このままでは研究の再開もままならない。しかしレッケンベルも、全てを諦めた訳ではなかった。
傭兵に研究員身分のパスを発行し、能力に応じて研究記録の回収を行いつつ、別の形で施設を利用し始めていた。

1階に多く徘徊するアンデッド化した警備員はリムーバと名づけられ、サンプルとして時折採取されるようになった。
これを基本形に、死亡した検体を高度に武装・組織化されたアンデッド兵士として再利用するプロジェクトが立ち上げられ、一部は研究室内にも実際に配備された。
また、レッケンベルが研究員身分を与えて送り込む傭兵に紛れて外部の侵入者も増えてきたことを逆手に取り、"コピー"の亡霊が多く徘徊する2階のあちこちに
密かに記録装置を大量に配備してその亡霊や対侵入者用に配備したジェミニS-58との戦闘記録を採取するなど、限定的な形での利用は進んでいた。


だが、やはりレッケンベルは施設の制圧どころか、重要な資料及び機材の回収も何ひとつ出来てはいなかった。
それは単に、研究所内に溢れ返る警備員や実験体の亡霊が強力だから、と言うだけではない。
ここには守護者がいるのだ。この危険で忌まわしい施設を放置して天に昇ることを良しとしなかった、12人の恐るべき守護者が。





「・・・ったく、最近の侵入者は逃げ足速ぇな。」


こちらをひと目見るなり一目散に飛んで逃げた侵入者のいた場所を見やって、赤い髪の少年が退屈そうに鼻を鳴らした。
そんな様子を見て、身の丈に似合わないサイズの斧をかついだ少女が少し呆れたように言う。


「そりゃそうよ。最新の武器とかお金になりそうなもの狙ってくる侵入者も、武者修行が目的の侵入者も、あたしたちなんか狙ってこないもん。」

「それにほら、僕らの一番の仕事は侵入者を倒すことそのものじゃないだろ?」

「ま、そうだけどよ。」


今もどことなく死臭が漂う研究所の片隅から聞こえる、少年少女の会話。
ただ彼らが普通の少年少女と違うのは、彼らがここに溢れ返る亡霊たちと同じ姿をしているということ。


「でもさぁ・・・」


しかし壁に寄りかかってため息をつくポニーテールの少女は表情豊かで、とても亡霊のようには見えなかった。


「なかなか尻尾出さないよね、奴らも。」

「僕たちも一応、警戒されてますからね・・・」


彼らが"コピー"の亡霊たちと決定的に違うのは、生者と変わらぬ心を保っているということ。
それは元々彼らが持っていた、エインヘルヤルともなり得る強い資質と、皮肉にも生体兵器として改造される過程で付与された強大な力に支えられていた。
彼らは亡霊たちの"オリジナル"。生前に精神を「初期化」され、刷り込まれた技術と思考を通じて擬似的に姿をとっている亡霊たちとは全く違う存在だった。


「でも確かにこの調子では、なかなか兄上たちの負担は減らせないな・・・」

「んー、仕方ないよそれは。・・・あっ、あっちでまた"コピー"が戦ってるみたい。」

「・・・よーし、今度は逃がさねェぞ・・・」

「ほら、ラウレル下がって。先頭は私だ。さぁ、行こう!」


不運にもひとり囚われた剣士の少女セニアと、彼女のために舞い降りた5人の友。彼ら6人が、実験の中心だったこの階を監視していた。
持ち出されようとする機材や備品があれば、それは研究の継続にとって重要なもの。それを発見して破壊するのが彼らの一番重要な仕事だった。
目を盗むような少人数で事を行うならば、それなりの精鋭揃いでなければ瞬く間に彼らに排除され、回収対象は破壊されるだろう。
しかし彼らを圧倒するほどの戦力を率いてそれらの回収を試みれば、彼らは切り札を呼ぶことになっている。

並ぶ者なき高みに立つ、彼ら6人の兄と姉を。




「セニア達の様子はどうだった?」


するりと上から降りてくる影に、白銀の鎧を纏う騎士は振り返りもせずに尋ねた。
他の4人もそれに気づいて、めいめいこちらにやってくる。


「ああ、しっかりやってる。・・・ラウレルが少し退屈そうにしてたがな。」

「・・・もう・・・ラウレル・・・・」

「はっはっは!相変わらず元気があっていいじゃねェか。」


あまり表情の見えない顔を少しだけ困ったように曇らせた小柄な女性は、今名前が出た少年の姉だった。
その横で豪快に笑う鍛冶師を見て、彼女は小さくため息をつく。


「だいじょーぶよカトリ。何たってうちの弟もついてるからね!」

「そうよ。セニアちゃんだけじゃなく、カヴァク君もついてるんですもの。」

「ん・・・」


腰に手をあてて自慢げに鼻を鳴らす彼女は6人の中でも1番の暴れん坊。
実際、彼女の弟のカヴァクはしっかり者だが、それが気性の激しい姉の反動だろうとは、誰もが思っているが口が裂けても言わない。


「さ、私たちも弟たちに負けないように頑張りましょう。セイレン、今日はどうするのかしら?」

「あぁ、そうだな。」


優雅な物腰の聖職者に促されて、騎士はひとつ咳払いをした。
そして事前に決めておいた今回の戦闘配置を、素早く全員に伝える。


「エレメスは南ゲート、ハワードは東ゲート、カトリは西ゲートを頼む。セシルは北ブロックの東通路、マーガレッタは西通路を。」

『了解。』

「今回、フロアの巡回は私が担当する。では、解散!」


それぞれ別の方向へ散って行く彼らの行き先は、閉鎖された通路の向こう。
様々な目的を持つ者が侵入してくるフロア中央のゲートとは違い、これらの通路の向こう側からはレッケンベルの尖兵が"転送"によって侵攻してくることがある。
廃墟と化したこの階層と、水没した下の階層には運ばれ損ねた、或いは運び出された後水没した多くの重要資料が眠っている。
それを奪還するために、時折レッケンベルは国の内外から精鋭を募って討伐隊を編成し、それらのルートに直接送り込んでくるのだった。
勿論、正面突破で侵入してくる場合もある。そのためここに通じる通路だけでなく、ここにも1人が残ることになっている。


「・・・・さぁ、行こうか。」


すっ、と片手を上げると、彼の仲間と同じ姿の亡霊たちが、彼の周りに降り立った。
姿だけではなく纏う燐光までそっくりな、実体を持つ亡霊たちが。かつて敵として仕向けられた"コピー"たちの亡霊は、今やセイレン達の味方だった。
もはや意志も自我も失ったはずの彼らが自分たちに同調するのは、恐らく同じレゲンシュルムの犠牲者だからだろう。

彼らの死は、自分たちの戦闘データを再現するためにもたらされたもの。その罪の意識にセイレンは苦しんだ。
そんな自分たちに出来るせめてもの罪滅ぼしは、彼らを導いて共にレッケンベルと戦うことではないか、と彼は考えている。


今日も戦いが始まる。ここを再び手中に収めんとするレッケンベルや、研究記録や新型兵器を持ち出しかねない外部の侵入者たちとの。
剣を抜き放ち、僅かな光の漏れる高台を見上げる。かつて彼らを幽閉する牢獄だったこの場所は、今や彼らの砦となった。
そしてこの砦を出る時は、レゲンシュルムとレッケンベルが崩壊する時。その時は、ここに彷徨う亡霊たちも、彼らと一緒に。

その自由の日を渇望して、彼らは今日も戦い続ける――




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