切り刻まれた死体が、点々と転がっていた。

それを顧みる者はなく、渡り廊下の向こうに見える光に引き寄せられるように彼らは歩いてゆく。
そしてまた、彼らの中の"聖職者"が不自然にがくがくと踊りながら血を噴き出して崩れ落ちた。
だが彼らは歩いてゆく。血の海の上をぱちゃぱちゃと、何事もなかったように。

しかし、目の前に忽然と現れたものを見て、彼らの関心は一気にそこへ引き寄せられた。
――それは敵。彼らの存在意義を表すモノ。暗殺者の姿をしたそれは、まるで霧の向こうに立っているように見えた。
全速で殺到し、得物を振るう。だがそこに待っていたのは毒霧だけで、彼らの求めた敵はまた忽然と消えてしまった。
再び向こうに見える光に視線をさ迷わせた彼ら。しかし、誰も動くことは出来なかった。

彼らの体は、地中から天を衝くように生えた不揃いな牙に縫いとめられていたのだから。

それは1本ではなかった。波打つように奔っては、彼らの肉を、骨を一方的に噛み砕いてゆく。まさにそれは、一方的な虐殺。
時折不自然に中断しながら、それでも一体、また一体ともがき苦しむ彼らを死に至らせてゆく。
やがて、彼らの全てが死に絶えると、屠殺場の中心からエレメスが姿を現した。


「あとは・・・北か・・・」


疲労した様子でそう呟き、ふらりと立つ。息は苦しく、視界がぼやける度に脳が揺れるような気がする。吐き気がどうしても消えなかった。
侮れない攻撃能力を持つ多数の相手を迅速に消すためとは言え、集中力の要る大技を連続使用していたエレメスは、いつ"発作"が来るか分からない状態だった。
多数を確実に、迅速に、一方的に。しかしその代償は大きく、先ほども何度か地中で意識を失いかけていた。


「くそっ・・・」


グラつく体に喝を入れ、ゆらりと姿を消して再び走り出す。南、西、東と潰して回り、残るはセイレンから最も遠い北側だけだ。
うず高くそびえる瓦礫の山の向こうから断続的に聞こえる戦いの音を聞きながら、エレメスは廊下を渡って北側へと向かった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





もう何体目かになる"鍛冶師"を斬り倒し、セイレンは血溜まりにがくりと膝をついた。
鎧は既に破壊され、薬はもう尽きている。左腕に突き刺さった矢はそのままに、さっき外れた肩を、顔をしかめてごきりと戻す。
腹からどくどく流れ出る血を止めようにも、マントは魔法を食らって炭になってしまい、血を止めるものはもうなかった。
手にした処刑刀はたっぷりと血を吸って、それでも飽くことなくセイレンの血すら欲するように手の中でざわめいている。
敵を探しに打って出ろ。そう囁くように心を掻き乱すざわめきを、仲間を見やって捻じ伏せる。


(まずいな・・・そろそろ危なくなってきた・・・・)


エレメスが攻めに転じてから、最初のように敵が立て続けに襲ってくるようなことはなくなった。
だがその1体1体は失敗作の量産型とは言え、彼ら6人の戦闘技術をトレースしたものなのだ。
大爆発とともに飛来する瓦礫を体を張って打ち払い、そのまま救助作業も行った満身創痍の体で受け切るには、あまりに激烈な攻撃能力を持っている。
さすがのセイレンも蓄積するダメージに手持ちの薬は温存できず、"症状"も相まってじわじわと体力を削られていた。


ぱきり。


瓦礫を踏んで現れたのは、"暗殺者"。
ありがたいことに狂人どもは隠行術の再現には失敗したようだ。セイレンは乾いた笑いを浮かべた。
立ち膝の体勢から腰溜めに構え、じりじりと対峙する。

"暗殺者"が、先に動いた。

一気に速度を上げて駆ける"暗殺者"の、一瞬の挙動を見極める。上か、前か。刹那に答えを弾き出す。
抜刀一閃、斬り上げる刃の軌道と跳ぶ"暗殺者"が交錯する、その一瞬。"暗殺者"は横の瓦礫を蹴って軌道を変え、一気に首へと飛びかかる。


「ぐぅっ!?」


咄嗟に左手のガントレットで首を狙って交差するカタールを打ち払うと、ガントレットがひしゃげる音と骨の砕ける生々しい音が聞こえた。
バランスを崩しながら着地する"暗殺者"。体勢を立て直し振り返るセイレン。一瞬早く、セイレンが片手で剣を振り下ろした。
散る火花。斜めに流れる処刑刀に、それでも僅かな手ごたえを感じる。一瞬怯んだ"暗殺者"に反撃の隙を与えず、返す刀を渾身の力で振り抜いた。
傷口から噴き出す炎に仰け反る"暗殺者"の心臓を貫き、剣を捻って息の根を止める。

だが砕かれた左手は、今度こそ剣を握ることが出来そうになかった。


「・・・っ、こんな時に・・・」


もう既に薬はなく、左手をすぐ治すことは不可能だ。もっとも手首が飛ばなかっただけまだマシなのかもしれないが。
両手持ちの処刑刀を右手一本で構え、その次にじわりと忍び寄る敵の気配に神経を研ぎ澄ます。
自分たちとどこか似た気配を持つ足音。これは"狙撃手"だ。セイレンは確信して瓦礫の影に身を寄せる。
姿を現し、近づいてくる。射線が繋がるまであと3歩、2歩、1歩・・・・・・


「おおおおおおおっ!!」


先手を打つように地を蹴るセイレンに、"狙撃手"はぴたりと照準を合わせた。
風を切り、散る火花。鋭い音を立てた矢は折れながらもセイレンの脇腹にどすりと突き刺さる。

だがセイレンは呻きもせず止まりもしない。

肩、脚、腕。避けられず、しかし急所は貫かせず、痛覚すらも振り切って。
放たれた直後の矢を速度に乗る前に叩き落し、自分の間合いに"狙撃手"を捉え――しかしそこで視界が歪んだ。
その隙に易々と狙撃手は後退し、罠を仕掛けて弓を引き絞る。


「ちィ・・・!」


そしてセイレンは――構わず罠へと踏み込んだ。衝撃とともに脚にまとわりつく氷を破り、白く凍える具足を蹴って、ひたすら前へと突き進む。
左腕は捨てた。鎧の甲で矢を受けると、矢は左腕の鎧を貫き、腕を半ばまで切り裂いた。だがセイレンは鮮血をなびかせて、再び間合いへと踏み込んだ。
遮るように構える弓もろともに、薙ぎ倒すように一撃。同時に放たれた矢が、セイレンの右胸に突き刺さる。


「が・・・はッ・・・・!!」


がくりと傾いだ体を、しかし倒れる直前で立て直す。一方の"狙撃手"は――ぐらりと頭を巡らして、たたらを踏んでいた。
ぼたぼたと血を吐き出しながら、セイレンはにやりと嗤う。先ほどの一撃はただの一撃ではない。強い衝撃で神経を痺れさせるための一撃だ。
踏み止まった足をもう一歩、前へ進めて全身の力を振り絞り――


「があああああああああああっ!!!」


そして横薙ぎに"狙撃手"を腰から両断した。上半身は飛んで崖の下に落ち、残された下半身はくず折れて、折り重なる死体の山に加わった。
セイレンもその場で崩れるように膝をつき、びしゃびしゃと血の塊を吐く。右の肺が潰れて、もうまともに呼吸することは出来なかった。
だがセイレンの表情には、安堵の色が浮かんでいる。敵の気配は、今の"狙撃手"で最後だったのだ。
廊下を渡っていない敵はエレメスが倒してくれるはずだ。きっともうすぐ、戻ってくるだろう。
ぼろきれのようになった体を瓦礫に預け、天を仰ぐと天井に開いた大穴が見えた。


「セニア・・・・」


また、生きて会えるだろうか。いつも自分の後ろをついてきた、強がりで健気な妹の顔が浮かんだ。
じわりと襲ってくる眠気を感じ、抗うように身を起こす。まずはエレメスが戻ってくるまで、持ちこたえなければならない。
そう考えて立ち上がろうとした時、セイレンの耳に小さなうめき声が聞こえた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





6体の実験体が遂に中央まで突入してきた、との報告を聞いて警備隊の統括官代行は顔を青くして歯噛みした。
3階の実験体との戦闘で主戦力の殆どを失い、最後の戦力を集中させた回収部隊までもが消息を絶った彼らには、あの6人の相手は荷が重かった。
苦肉の策で実験室から引っ張り出した秘密兵器"ウィレス"にしても、警戒されて今のところ全く効果が上がっていない。


『こちら奇襲チーム!・・・やはり回収部隊は全滅のようです。』


敵の背後を突かせるついでに調査に向かわせたチームから、代行にwisが来た。
どうやら先ほど始めた監獄の調査を終えたようだ。


『他に、状況は?』

『武器庫から武器が奪われ、死体も全て集めて焼かれ、イグドラシルによる処置が不可能です。』


この報告に代行は更に青くなった。データによれば回収部隊の戦力をもってすれば十分に制圧は出来るはずだった。
武器が奪われていたのは聞くまでもないが、その戦力差をひっくり返してそこまでやる余裕があった事に愕然とした代行は、少しでも戦力を補充しようと考えた。


『三階上の封鎖部隊と合流してこちらへ急行せよ。敵はもう中央まで迫っている。』

『了解。』


通信を終え、封鎖部隊のホフマン班長に連絡を取ろうと代行はwisのチャンネルを変えた。
するとそこに血相を変えて警備員が1人、飛んできた。


「代行!奴ら迷わず真っ直ぐこちらを目指してきます!」

「何だと!?」


そんなバカな。奴らは上に通じる道など知らないはずなのに。しかし驚いた後に代行はその理由に気づいた。

――鷹の目だ。

半透明の隔壁が幾つか立ちはだかっていれば奥の様子は普通だと見えないが、カヴァク=イカルスには鷹の目がある。
はるか遠くを見通す弓手特有の眼力。それを持ってすれば、隔壁の先を見通せても不思議はない。


「迎撃急げ!散布用意!!」


慌てて陣頭指揮をとり、迎撃体勢の構築を急ぐ。ホフマン班長への連絡などしている暇はなかった。
どうせ奇襲チームが到着すれば分かること。第一、この調子では彼らは間に合いそうにないのだから。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





朦朧とする意識の中、誰かが自分を呼んでいるような気がして、セシルは重たい眠りの中から這い出そうとしていた。
意識にもやがかかっていて、呼ぶ声が誰なのかはよく分からなかった。
でもその声が必死に自分を揺り起こそうとしているようだということは分かった。


(・・・ああ、そう言えば私今まで何してたんだっけ?)


前後の記憶が混乱して、セシルは今自分がどんな状況にいるのか思い出せなかった。
暫く思考をさ迷わせ、自分が縄梯子から飛び降りたことを思い出す。
そしてその後、目を覚ましてからまた天井が爆発したことを。

じゃあ、他の皆は一体どうなった?


「セシル・・・・!!」


「セイ・・・レン・・・?」



セシルが目を開けると、そこにはセイレンの顔があった。ぽたり、ぽたりと何か暖かいものが体の上に落ちてくる。
セイレンは意識を取り戻したセシルを見て安堵の表情を浮かべたが、その顔は血塗れで土気色だった。


「よかった・・・・やっと気がついたか・・・・」


その言葉を聞いた後、自分の体の上に落ちているのがセイレンの血だと言うことにセシルは気づいた。
セイレンの体には何本もの矢が食い込み、鎧は壊され、どこからが火傷でどこからが刀傷なのか分からないほどの傷を負っている。


「セイレン・・・ッ!?」


あまりの姿にセシルが身を起こそうとすると、全身のあちこちに激痛が走って咳が出た。
咳き込むごとに骨が軋み、口に当てていた手に赤いものがついた。・・・爆発の時に飛んできた破片が、あちこちに突き刺さっているのだ。
それに加えて宙に浮くような浮遊感に包まれて力が入らず、結局セシルは起き上がれなかった。


「・・だい・・・丈夫か・・・・?」

「バカ・・・ッ!あんたこそ・・・その傷・・・!!」

「"コピー"の襲撃を受けた・・・・大丈夫だ、エレメスが・・・・後続は絶ってくれる・・・・」

「もういい・・・!もういいから喋るな・・・っ!」


呻くようにそう言ってぐふ、と口の端から血を流すセイレンに、セシルは今にも泣きそうな顔で叫んだ。
そしてマーガレッタを呼ぼうとして周りを見渡し――気づいてしまった。


「・・・う・・・・そ・・・でしょ・・・・?」


ハワードは拳を握り締め、歯を食いしばって息絶えていた。必死でもがくような表情のまま、ボロボロの背中を見せて倒れている。
まるで眠っているようなカトリーヌも、もう息をしていなかった。うっすらと涙の跡が残る頬は、まだ柔らかいのに。
言葉が出てこなかった。目の前の光景を理解することを、心が必死に拒絶していた。


「いや・・・・嘘でしょ・・・・マーガレッタ・・・・!!」


逃げ道を求めるようにセシルはマーガレッタの姿を探す。マーガレッタならきっと無事なはずだ。
マーガレッタならみんなを治してくれる。きっと間に合う。まだ間に合うんだ。

・・・そしてセシルはマーガレッタを見つけた。浅くはない傷を負い、気を失っているマーガレッタを。


「・・・セシル、すまない・・・・私の力が・・・足りなかったせいだ・・・・・」


かすれた声で呟くセイレンの言葉を聞いて、セシルは思い出した。
爆発の瞬間、セイレンが剣を抜いて自分とマーガレッタの前に立ち塞がったことを。
そして今にも命の灯が消えてしまいそうなセイレンの体中を、ぼろぼろに引き裂いているこの傷の意味を悟った。
セイレンはあの爆発と瓦礫から体を張って自分たちを守り、更にここで累々と横たわっている"コピー"たちとも戦い抜いた。
そしてそのお陰で自分も、そしてどうにかマーガレッタも生きているのだという事をセシルは悟った。


「バカ・・・っ!!何であんたはいつもそうなのよ・・・!何様のつもり・・・!?」

「・・・セシル・・・」

「これ以上どうしようって言うのよ・・・もう休んで・・・・あんたまで死んじゃったら・・・・私は・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」


セシルの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれはじめた。
ごめんね、ごめんね、と嗚咽交じりに繰り返すセシルをセイレンは何も言わずに見つめる。
そして心配するなと言うように、まだ幾分無事な右手をセシルの手に重ねた。


「死なないで・・・・死なないでセイレン・・・・・」


顔をくしゃくしゃにして、セシルは力の入らない手でセイレンの手を握り締めた。
遠くから響く戦闘の音に混じって、セシルの嗚咽が闇の中に溶けていった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





小部屋に引き込んだグループを始末し終え、エレメスは水場を歩いてくるもうひとつの緩い集団を見つけた。
その中に"聖職者"は一体しかいないが、"狙撃手"と"魔導師"が多かった。これだけいるとサイトが多すぎてやりづらい。
"聖職者"と違って必ずしも全排除しないと面倒という訳ではないが、狭いところに3体以上もいると敵をコントロールしづらかった。
クローキング状態から、さらに深く"潜る"。目の奥がチリチリ張り詰めるような緊張感と裏腹に、腹の中から蝕まれていくような虚脱感が襲ってくる。


(・・・そろそろ限界だな・・・早めに片付けなければ・・・)


集中力を保ったまま階段を半ばまで降り、集団の中で毒霧を撒く。
普通ならこんな事をすればすぐ敵に認識されて袋叩きにあうものだが、エレメスの"インビジブル"ならそれが可能だった。
敵の"聖職者"は早くも手当たりしだいに周りの全員にヒールをかけ始める。これで余計な援護は絶つことが出来るだろう。

紫煙の中で光を目指して蠢く敵の真っ只中、足音だけが聞こえる不気味な静けさ。
その中で熱も音もない火の玉が消える時をただ、エレメスは闇に佇んでピリピリと待っていた。
例えて言うならば、それは溺れかけた者が息の続くうちに水面に出ようと泳ぐ時の焦燥感のような。
普段は多少消耗が大きめというだけの技なのに、"症状"が進んだ今ではまさに時間との戦いだった。

そして炎が立ち消える直前、エレメスは食らいつくように襲いかかった。

一気に八箇所を切り刻み、内臓をかき回して首を刎ねると、その間にサイトの切れた二体目に跳びこむように斬りかかる。
魔力や集中力を使えば使うほど"症状"は進行する。張り詰めた神経は限界まで引っ張られたゴムのように悲鳴を上げた。


(あと一撃――!!)


二体目にとどめを刺した次の瞬間、エレメスは本能だけで跳んでいた。
"インビジブル"の維持の限界。ともすればブラックアウトしそうになる視界の中で不安定にエレメスは跳び退った。
背中が壁にぶつかり、目の前を見ると"鍛冶師"が迫っていた。いやに狭い視界の中で横薙ぎの一撃をぎりぎり避け、階段を駆け上がる。
そこで背後にただならぬ気配を感じ、地中に潜ろうとしたエレメスに――雷球が突き刺さった。


「―――――!!!」


声にならない叫びをあげて、エレメスは階段の上へと吹っ飛ばされた。
頭のてっぺんから爪先まで駆け抜ける電流に、体中が沸騰するようだった。生体改造される前なら確実に死んでいただろう。
床の上にどさりと投げ出され、転がって何とかふらりと立ち上がった。自分の皮膚が焦げる匂いが鼻をつく。


「がは・・・っ!くそっ・・・これは・・・・・・」


何とか意識の均衡を取り戻し、煙を上げる体を引きずって再びエレメスは姿を消した。
一瞬遅れて血飛沫が上がり、最後の"魔導師"の体が傾ぐ。接近さえしてしまえば、エレメスのスピードは詠唱を許さない。
"魔導師"の向こうから飛んでくる矢を紙一重でかわし、"魔導師"に追撃を入れると同時に後ろから迫った"鍛冶師"を跳び超え、着地と同時に"牙"を放つ。
突き上げられて絶命する"魔導師"の向こうに"聖職者"が現れた。次の標的。しかし再び姿を消す前に、エレメスの体が急に鉛のように重くなった。


(速度減少か!)


ただの速度減少ではない。この"聖職者"が使うこの術は普通の数倍の威力を持つとんでもない物だ。
急に動きの鈍ったエレメスの脇腹を、"狙撃手"の矢が抉っていった。
ぎり、と歯を食いしばり、今度こそエレメスは姿を消して階段を降り、そして"聖職者"の足元から"牙"を奔らせた。
当然のように"聖職者"は素早くニューマを展開して"牙"を無効化する。

だが、それこそがエレメスの狙いだった。

姿を現し"聖職者"に刃を振るうエレメスを"狙撃手"たちの集中砲火が襲い、しかしエレメスを引き裂くはずのそれはニューマに弾かれ逸れてゆく。
そしてそのまま"聖職者"はセイフティウォールを出すこともままならず切り刻まれて息絶えた。それと同時にエレメスは地中に潜る。


「グリムトゥース!!」


毒で弱った"狙撃手"たちを殺し切るのにそう時間はかからなかった。続いて残った前衛数体を小部屋に誘い込み、こちらも始末する。
全てを倒し終わったエレメスは再び姿を現し、倒れそうになって壁にもたれかかった。頭がずきずき痛んで、体が空に溶けていきそうなくらいフラフラする。
焦げ付いた服は皮膚に焼け付いて一体化しており、剥がす時はなかなか覚悟がいりそうだ。
法術の効力が呪いのようにのしかかる体をひきずり、少し歩くと視界が急に斜めになった。
一瞬ブラックアウトする視界。気がつけば床に倒れていた。頬の下で生暖かい血がびちゃりとはねる。


「・・・力を使いすぎたか・・・」


舌打ちしてもう一度慎重に身を起こし、壁に寄りかかったままポーションを飲み、傷口にもかける。
・・・確かに少し体は軽くなったが、以前戦闘実験で受けた傷を治した時より明らかに効きが悪いのが分かる。
これも"症状"のひとつだろうか。エレメスはそんなことを考えながらふらりと立ち上がった。
累々と横たわる敵の死体に躓きそうになりながら重い一歩を踏み出し――



向こうを見ると、吹き抜けになった天井付近の空間が、銃声とともに僅かに照らされ浮かび上がった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





その時何が起こったのか、私には分からなかった。

分かりたくもなかった。

銃声がして。繋いだ手から衝撃が伝わって。

「にげろ」。セイレンの唇がそう動いて。



・・・・・・そして、その手が力をなくしてだらりと下がって。



「う・・・・・ああ・・・・あ・・・・・」



声がでない。声がでない。

私は気づかなかった。どうして。どうして。どうして気づかなかった?



(セイレン!無事か!?)



エレメスの声が、頭の中に響いた。

・・・・ああ、ついさっきまで続いていた戦闘の音がいつの間にか止んでいる。

上にいる敵の姿や気配どころか、そんなことにすら気づかなかった。なぜ?

・・・・・・泣いていたからだ。きっとそう。敵がいないなんて思い込んで、泣いていたからだ。

泣いていたから、気づかれた。泣いていたから、気づけなかった。

そのせいで、セイレンは――



「奇襲チームより本部へ!3階の実験体の脱走の形跡を確認!エレメス=ガイルの姿が見当たりません!!」



wisで連絡をとる、敵の声が聞こえる。



「・・・他5体は階下にて沈黙。一瞬、動きのあったセイレン=ウィンザーは射殺できた模様。女の声が聞こえたという者がいるので引き続き・・・・」



聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。



「・・・・・了解。階下の全個体を念のためもう一度殺処分します。・・・・再生処理・・・・分かりました。殺処分強度Bで対応します。」



全個体。

殺処分。

再生処理。

殺処分強度。



心が冷えてゆく。涙がひいてゆく。赤く、黒く染まってゆく。
もう何もかもどうでもいい。何がどうなろうと知った事じゃない。



――もういい。






 こ ろ し て や る 。






弓を握る。矢を掴む。吹き抜けになった廃墟の上からこちらを向く、十数個の銃口を見上げる。
そして爆発する感情をぶちまけるように叫んで無理やり起き上がった。自分が何と叫んだのかは分からない。もうどうでもよかった。
敵に狙い撃ちされることも、体中に刺さった破片の痛みも、意識に直接響くような頭痛も、何もかもどうでもよかった。



殺してやる。



上ずった号令とともに一斉に火を噴く十数個の銃口。かわし切れない。でも急所には当たらない。
こんな下手糞が。これだけ揃ってふらふらの私ひとり射抜けない、こんな下手糞がセイレンを。



殺してやる。



矢を番えて端から撃ち抜く。生き残った銃口が火を噴いて、熱いものが体のあちこちを引き裂いてゆく。
それでも止まらない。そんなものはどうでもいい。許さない。殺しても殺しても殺し足りない。
地獄に堕ちろ。腹の底から溢れてくる血を吐き捨てて、逃げ出す敵へと弓を引き絞った。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





封鎖部隊の担当区域への派遣に、しかし"ホフマン班長"のwisに事前の連絡はなかった。
いい加減怪しまれたのだろう、とエレメスは思った。元々こんな事になることを想定して打った策でもないのだから。
銃撃は数発続いて程なく止まった。すぐにセイレンに呼びかけたが、反応は返ってこない。

そして――その銃撃が招いた結果を知らせるように、セシルの慟哭が響き渡った。


再び銃撃が開始され、何条もの火線が瓦礫の山に注ぐのが見える。速度減少の法術で動きが鈍った自分の体がもどかしかった。
舌打ちして、無理やりにでもスピードを上げて渡り廊下に差し掛かると、銃撃に混じってどさりと何か重いものが落ちるような音も聞こえてきた。
どさり。どさり。どさり。どさり。立て続けに落ちてくるそれの正体は、渡り廊下を渡り切ったところで知れた。
目の前に落ちてきた、腹部の吹っ飛んだ敵の死体。目が覚めたばかりのセシルの状態はどうなのか分からないが、とにかく応戦はしているようだ。


(セシル!セイレン!)


コンベア上の敵は次々と撃ち落とされ、注ぐ火線は瞬く間に減ってゆくが、2人とも呼びかけには答えない。
瓦礫の山の横を走る。もはや上からの銃撃はなく、空を切り裂く音と敵が墜ちる音だけが聞こえる。

角を曲がり、ゆれる人影。血に濡れた長い髪。



「セシル!!」



矢を放ち、よろけて渡り廊下の脇の奈落の方へと倒れてゆくセシルをぎりぎりのところで掻っ攫う。
セシルをぎりぎり落下から救ったエレメスは、しかし自分の腕の中のセシルを見て愕然とするしかなかった。
ぼたぼたとこぼれ落ちる紅が床に。ぴちゃりと跳ねた赤が頬に。弱々しく咳をした、その唇からも。

・・・・これはもう、助からない。



「・・・・すまん。遅く、なった・・・・」

「エレ、メス・・・・」



致命傷だった。手持ちの薬で治療をしても、セシルは程なく息絶えるだろう。
マーガレッタの力がなければ、もうどうにもならない。いや、処置が遅れればマーガレッタでも難しいかもしれない。
立つ力を失い、ぐったりと寄りかかって見上げる虚ろな瞳は、もうまるで別人のようだった。



「・・・セイレン・・・・・私、の・・・・せいで・・・・」

「・・・・もういい。もういいから喋るな。」



感情を噛み殺すように遮るエレメスに、セシルはそれでも伝えようとした。

ショックに耐え切れず、ただ泣いていた私が悪いのだということ。
もうはっきりと言葉にすることも出来そうにないけど、カヴァクに伝えたいことが本当は沢山あるということ。
今までありがとう。一緒に行けなくてごめん。それでもせめて一言そう伝えて欲しいということ。
命がけで守ってくれたセイレンに申し訳ないということ。エレメスには生き延びて皆を守って欲しいということ。
他にもいろいろ。薄れゆく意識の中で、まどろみに飲まれてゆく想いの数々を。

でも、それはもう叶わなかった。
セシルの唇からは力なく息が漏れるだけで、もう言葉を紡ぐことは出来なかった。

それならばせめて涙は見せずに逝こう、とセシルは思った。

読めない表情の向こうから沈痛な思いが滲むこの暗殺者に、涙は見せずに逝こう。
もし本当にこれで最期ならば、最期くらいは自分らしくしていたい。
そして言葉にできなかったことのいくつかが、何となく伝わってくれることを祈って。


やがてセシルは観念したように口をつぐみ、ぼやけていくエレメスの顔を、焦点の合わない瞳で、それでも真っ直ぐ見つめた。
唇は言葉を紡げず、瞳は像を結ぶことができず。その切なさが涙に変わる前に。

セシルはゆっくりと目を閉じて、そのまま息を引き取った。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





見届けたエレメスは、セシルをそっと横たえて何も言わずに立ち上がった。
ほんの僅かの間、拳を握り締めてそこに立ち止まり、そして踵を返して中央に向かって歩く。
累々と横たわる"コピー"の死体の山を越え、瓦礫の山の中腹付近へ。
そこにはハワードとカトリーヌの横で、セイレンが宙を仰いで息絶えていた。

白銀の鎧は破れ、体中に何本もの矢を生やし、片腕も折れ、焼け焦げた体に古い血と流れ出たばかりの血をこびりつかせて。
しかしそれでも、最後の力を振り絞ったのだろう。セイレンはマーガレッタを庇うように倒れていた。
そしてマーガレッタは――


その下でまだ、息をしていた。



「・・・・ゆっくり眠れ、セイレン。望みはまだ繋がっているぞ。」


空を睨むセイレンの目を閉じさせ、エレメスは低い声で静かに呟いた。
上を見やると既にロープは切断されており、しかし攻撃手段を失った敵も恐る恐るこちらを見ている。
だが、復活を不可能にするために上から何かを投下してくることも十分に考えられるだろう。
ここに立って攻撃を防ぐのは難しい。さすがに上は高すぎて、投擲短剣では届きそうになかった。


(ならばまずは、全員を安全な場所に運んでおくか・・・・)


意識を取り戻さないマーガレッタを抱き上げて、エレメスは瓦礫の山を降りた。
仲間はことごとく倒れ、最後の希望も目を覚ますかどうかは分からない。
しかし暗殺者の瞳にはまだ、静かな炎が宿っていた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「ラインまで退避!隔壁閉めるぞ、急げ!!」


機械の並ぶ最後の隘路は、広かった今までの道よりも簡単に制圧できた。道が狭い分、火力が行き渡って虫は届かず、敵も近づけないからだ。
敵もそれを意識していたのだろう。その道からはあっさり退いてその先のバリケードへと走りこんだ。
撤退してゆく敵の最後尾。それよりも速くヒュッケが、私を追い越し敵の間を縫うように疾走する。

狙いは――隔壁の作動スイッチ。


「これでっ!」

「な、速・・・・・」


ヒュッケが短剣を突き込むと、ばぢりと音がして焦げ臭い匂いが漂った。閉まろうとしていた隔壁が止まる。
散布器で"虫"を吹きつけようにも、口金を向けた時には既にヒュッケは退いている。
その戦闘員の目前に炎の壁が燃え上がり、それをくぐった矢の雨が炎を曳いて虫を焼いた。
先手を打たれて混乱する敵の只中に飛び込んで突っ切る。でもバリケードに逃げ込もうと走る敵には手を出さない。

彼らは、盾。そして――


「覚悟ッ!!」


地を蹴って、剣を上段に構えて跳ぶ。一斉に銃口がこちらを向いた。
それはそうだ。私は絶好の的。予想通りの一斉射撃が私を襲い――


「ニューマ!!」


蒼い光に弾を逸らされ、愕然とする敵の射手。彼らの前にはちゃらりと光る、黄金色の硬貨の輝き。
入り乱れる敵を盾に、高く跳んだ私を囮に、アルマがバリケードに肉迫していた。


「ひっ・・・」

「どりゃあっ!!」


アルマはそのままバリケードを一撃で粉砕し、後ろにいた射手まで吹き飛ばす。見るが速いか飛び込むヒュッケ。
私も崩れたバリケードの穴から飛び込み、裏側の敵を切り伏せる。気づけばイレンドも前に出て、杖で敵を殴り倒していた。
見た目にも性格にも似合わないけど、イレンドの杖術は私から見てもなかなかのものだと思う。
カヴァクはほぼ制圧したバリケードの後ろから、早くも向こうのバリケードに矢を撃ち込んでいた。
体の脇をかすめる銃弾から逃れて私たちもバリケードの裏へと回ると、乱れ飛ぶ雷と光弾が目を灼く。
バリケードの後ろではラウレルが、私たちが無視して進んだ敵をぼろくずのように焼き払っていた。


「・・・まだまだ潰し足りねェよこのクソ供。」


瞳に怒りを漲らせ、口の端をつり上げて、焦土を背にしたラウレルが凶暴な声で呟いた。
壊したバリケードの向こうには、更にもうひとつのバリケード。そして――

その先には、上り階段と鉄格子の降りた門。



「あの門さえ抜ければ・・・・・」



あの門さえ。あの門さえ突破すれば。
兄上たちのためのワクチンを奪える。この忌々しい研究も終わらせられる。
そして・・・・兄上と一緒に、みんなと一緒に脱出できる。


「・・・・うん。これでやっと・・・全部終わりにできるよ。」

「あぁ。灰も残さねぇよ。」


ヒュッケは噛み締めるように。ラウレルは吐き捨てるように。


「あとは手に入れるものを手に入れて、姉さんたちを・・・」

「そうだね。・・・僕の姉さんも無茶するからな・・・」


イレンドは穏やかに、カヴァクは少し苦笑して。


「早く合流したいね。そしたらもう怖いものナシだしね。」


そしてアルマは陽気に。皆それぞれに、でも同じように希望を語る。
自由は目前。この調子で上まで駆け上がれば、必要そうなものは全部揃えられるはず。
バリケードの陰から敵を見やり、目配せして武器を握り締める。


「さぁ・・・行くぞっ!!」


最後のバリケードに向かってニューマの光が立ち並び、そこに向かって飛び出した。
炎の壁を前面に、虫の群れを焼き払い、火力と支援を背に突撃する。
このまま正面を突き破って、上へ。そうすればあんな鉄格子くらいすぐに壊せるから。
虫をばら撒きながら突撃してくる敵を矢と炎と雷の弾幕が迎え撃ち、それを切り伏せながら私たちは前へと進む。


「くたばれッ!!」


ラウレルが杖の先に灯した火球をバリケードに投げつけると、爆炎がバリケードも辺りの虫も巻き込んだ。
でもバリケードは破壊されていない。今度のバリケードは今までのものより本格的だった。



「ちィ!」

「やっぱりここが最終ラインだ!一気に・・・・」

「まずい!!」



カヴァクの叫びに辺りを見回すと、開けた両側から散布器を構えた敵が殺到してきていた。
同時に正面でも、思った以上の数が散布器を構えてバリケードの後ろから現れた。
ずしり、と背後で隔壁が閉まる音。最後の隔壁が開いていたのはわざと・・・・・!?



「放射!!!」



号令とともに、黒い塊が私たちに襲い掛かってくる。それの正体が何なのか考えたくなくても、不快な羽音が嫌でもそれを知らせてくる。
それは辺りが暗くなるほどの・・・・・・・虫の大群。


「・・・・・・ッ!!!」


全身が総毛立って何も考えられない。ただ剣をめちゃくちゃに振り回し、爆風で虫を吹き飛ばした。
爆風が収まる端からぞわりと寄ってくる。耳障りな羽音を立てて、目に、鼻に、口に入り込んで血を吸おうとする虫の群れ。
服にびっしりと虫がとまって服が真っ黒になる。顔にとまった虫が歩き回り、耳にまで。首からも服の中に入ってこようとする。


「いやぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」


頭のてっぺんから悲鳴をあげた。周りなんてもう見えてなかった。ひたすらマグナムブレイクを撃って虫を吹き飛ばす。
平静を取り戻せない自分が情けない。でも半狂乱の自分に、それを叱咤する自分の声は届いていない。
私にはもう、虫と一緒に突っ込んでくる敵と戦う余裕なんてなくなっていた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





悲鳴をあげてひたすら虫を吹き飛ばすセニアの前に、そして左右を固める私とアルマの前に炎の壁が立つ。
でもとても防ぎきれなかった。炎の壁と炎の壁の間は大きく開いていて、そこから大群がどんどん寄ってくる。
ラウレルは虫にたかられてもう詠唱どころではなくなっていた。カヴァクの掃射も角度が広すぎて追いついていない。


「突撃!!」


それを狙って敵が突っ込んでくる。虫はもう毒でも落としきれず、胸に、お腹に虫がびっしり張り付いて私はそれを慌てて叩き落した。
その隙に私の前まで迫る敵。振りかぶった斧をぎりぎり避けて短剣を翻す。1人倒す間にたかった虫がちくちくと一斉に刺してきてもの凄く気が散る。
合間に虫を叩き落していると、更に次が襲い掛かってきた。私はたまらず虫を振り払いながら後退した。


「だあああああっ!!ウザってぇ!!!」


強行詠唱に切り替えたラウレルが念動力で周りの虫を吹っ飛ばし、私の方に突っ込んできた敵に光弾を立て続けに撃ち込んだ。
穴だらけになってくず折れる敵。そのままラウレルは念動力で虫を散らしながら前に出てくる。
そして何かがばさりと私の肩を包んだ。


「ンな格好してるからそうなるんだよ。気になるんならこれでも着てろ!」

「・・・・あ、ありがと。」


ラウレルがマントを貸してくれた。少し動きにくいけど、素肌にたかられるよりはずっとマシ。
私は素直にそれを借りることにして、着ている間少しだけ前線をラウレルに任せた。
真っ黒になるほどたかってくる虫を念動力で無理やり吹っ飛ばし、その隙に雷と光弾で弾幕を作る。
でもその連打が何故か、今回は一瞬止まった。虫がたかったから?・・・いや、それならまた念動力で吹っ飛ばせば・・・・


「ラウレル!」

「ちィ!」


手が緩んだ隙に突破してきた敵の斧を、ラウレルがぎりぎり杖で受け止める。
詠唱に入ろうと息を吸い込むと、口の中に虫が飛び込んだ。


「うがっ!・・・ゲホッ!ゲホッ!」

「死ねっ!!」

「危ない!」


そのままラウレルの杖を弾いた戦闘員の下腹に浅めに短剣を突き込み、素早く抜いて心臓を抉った。
倒れる体を払い捨て、後ろを見るとラウレルがようやく虫を吐き出したところだった。・・・いけない。だいぶ刺されてる。


「大丈夫!?」

「クソがっ・・・、ウザってぇもん撒きやがって・・・・」


マントのおかげでだいぶマシにはなった。もうこうなったら、ある程度刺されてもたかられても仕方ない。
開き直って前を向き、斧をかわして短剣を振るい、こちらに向けられた散布器の口金を叩き落として火花を散らす。
セニアの奴は何やってんだ、と呟いたラウレルが私の周りの虫を散らし、敵の陣地に雷を落とした。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「いやっ!やだぁっ!来ないでっ!!」

「セニア!セニア落ち着いて!!」


ダメだ、このままじゃ危ない。普段からは考えられないほど、セニアは恐慌状態に陥っていた。
立て続けにマグナムブレイクを撃つセニアは今のところ虫も敵も寄せ付けていないけど・・・・これじゃ隙だらけだ。
もう敵はタイミングを合わせようとし始めている。次は多分・・・・・集中攻撃を食らうだろう。
爆風が収まる瞬間、僕はセニアの前に出た。同時に敵も、地を蹴る。


「ホーリーライト!!」

「ばッ!?」


爆風の跡、虫が吹き飛ばされたスペースに飛び込み先頭の敵に一撃。
顔面から煙を出して倒れる味方に当たり、バランスを崩した敵の方へと踏み込んだ。
虫が目に入らないよう、薄目をあけて杖を突き上げアゴを捉える。確かな手ごたえとともにガスマスクが吹っ飛んだ。
そこから体の捻りを加え、一気に杖を振りぬいた。


「あガッ!!」


ごきり。横殴りの一撃で首をへし折りそのまま床に叩きつける。杖の先から赤い血がぽたりと落ちた。
ばらばらと降りかかってくる虫が襟からもぞもぞと背中に入ってくる感触に身震いしながら、まとめて襲ってくる敵を迎え撃つ。


「イ・・・イレンド・・・?」


寄ってくる虫の群れに身を竦めながら、少し正気を取り戻した声音でセニアが呟いた。
囲むように回り込んでくる敵の中央に思い切ってタックルをかまし、陣形を崩して殴りつけ、囲みから――


「ぐぅっ!」

「イレンドッ!」


敵の斧が浅く背中を削った。たたらを踏んで踏み止まり、なんとか追撃を受け止めたけど虫が飛び回っていて殆ど目が開けられない。
薄目で敵を確認し、打ち合いながら退く。後続に囲まれる前に――



「イレンド・・・・ごめんなさい。」



僕の後ろから、一気に前へ。虫の群れの中を突っ切って後続を爆風で吹き飛ばし、そのまま返す刀で僕と戦っていた敵も斬り伏せた。
その時僕を振り返ったセニアは、もういつものセニアだった。歯を食いしばり、息を飲んで、剣を構える肩はまだ震えているけれど。


「・・・もう、大丈夫ですね。」

「大丈夫。・・・すまなかった。」


少し震えた、でも今度こそ落ち着きを取り戻した声音。肩に手を置いて祝詞を唱えると、少し震えが止まったような気がした。


「あともう少し。頑張りましょう!」


敵をセニアに任せて消えたニューマを再び置き、動きが乱されて押され気味のヒュッケと、体中虫にたかられたまま撃ちまくっているカヴァクにヒールを飛ばす。
首や背中を何とも言えない痒みが駆け巡り、耳元にまとわりつく耳障りな羽音と案外太い針の痛痒さが集中力を掻き乱してくる。
それでも虫を物ともしないアルマとカヴァクは、もうすぐ敵を全滅させそうだった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





虫を防ぎきることはとっくに諦めてる。あたしは厚着だからまだヒュッケよりマシだし、元々受け止めて押し切るタイプだから。
うざったいし気持ち悪いけど、細かく素早く動いてかわすようなタイプじゃないから、そんなに防御は崩れない。それに――


「ぐぁあ!!」

「くそっ!何なんだあいつは!!」

「がぁっ!?」


カヴァクはびっしり虫にたかられながら、それを振り払いもせず機械のようにひたすら撃ちまくってる。
射撃部隊も大方倒してあたしへの援護射撃も完璧。・・・あんな集中力を見せられたら、怯んでる訳にはいかないでしょ。
悪寒を振り切って金貨をばら撒き、構えた斧ごと吹っ飛ばす。抜けた1人はカヴァクに任せ、次の敵に先手を打った。
1人くらい抜けたところで蜂の巣になるだけだ。その1人に続こうとする3人に向かって斧を振りかざす。


「ホーリーライト!!」


衝撃音が響いて抜けた1人が吹っ飛ばされた。明後日の方向に飛んだ矢が私と対峙する敵の向こうへと消えてゆく。
一体何が。でも振り返ってる暇なんてない。そのまま最初の1人を吹っ飛ばす。


「がはァ!!」

「ち・・・畜生もうダメだ!逃げろ!!」

「くそっ・・・!」


残りの2人は逃げてゆく。これでこっちは片付いた。
それにしても・・・・・


「カヴァク!大丈夫?」

「・・・ああ、僕は問題ない。それよりヒュッケの方を!」


そう言って初めて虫を振り払い、射撃部隊の片付いてないセニアの方へと走る。
・・・何かもの凄く顔色が悪かった気がする。まさかエレメスさんの言ってた症状がもう・・・?
駆けつけてみると、ラウレルはもっと酷かった。念動力の強行詠唱で虫を吹っ飛ばしては、ゆらりとよろめいて魔法を撃っている。


「ちょっと・・・ラウレル、大丈夫なの!?」

「・・・あ゙ー・・・屁でもねぇよ・・・・クソがっ・・・!」


吐き捨てるようにそう言って肩で息をしながら、苦戦するヒュッケに近づく敵へと魔法を撃ち込む。・・・でも、いつものラウレルの勢いがない。
ラウレルが貸してあげたのか、ヒュッケはマジシャンのマントを着て、時々ばさりと虫を追い払いながら敵の相手をしていた。
ちょっと意外な光景に一瞬それを眺めていると、ラウレルが苛ついた声で怒鳴った。


「いいからとっとと行けバカ・・・っ!!」

「・・・分かってるよ。」


勢いが衰えても変わらない口の悪さに少しムッとしながら、ヒュッケを手伝いに前へ出る。
ヒュッケも少し顔色が悪かった。虫に刺されたあちこちが赤く腫れて、少し血が出てる。


「だいじょぶ!?」

「アルマ・・・ごめん。」

「謝んないでよ。とにかく、もう少しだよ!」

「・・・うん。」


そのまま2人で前に出る。セニア達の方も押してるし、もうすぐ崩せそうだ。
バリケードも炎をあげて燃えている。・・・あともう少し。もう少しでここを突破してワクチンを手に入れられるはず。
そしたらみんなを治して、3階にいる兄ちゃんたちも治して、全員でここを出てやるんだ。
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