爆発は、収まったか。それを確認した瞬間、視界が傾いだ。

倒れそうになり、床に剣をついて踏みとどまる。柄に左手を添えて体勢を立て直そうとするが、殆ど力が入らない。
仕方なく右腕だけで踏ん張るが、体に力を込めると瓦礫の破片とひしゃげた鎧が食い込んだ腹の底から熱いものがこみ上げてきた。


「がは・・・っ!」


びちゃびちゃと赤黒いものが床に落ちる。・・・内臓をやられたようだ。
・・・・だが、まだ動ける。早く全員の無事を確認しなければ。


「誰か・・・・返事を・・・っ!!」


声を振り絞って呼ぶが、誰からも返事は返ってこない。気を失っているのか・・・・・・あるいは。
無事でいてくれ。・・・カトリは咄嗟にハワードが庇ってくれたが、位置が悪かった。
私もセシルとマーガレッタに降り注ぐ瓦礫を全部打ち払おうとしたが、爆発の規模が大きく、完全に防ぎ切ることはできなかった。
床に突き刺した剣を支えにして体勢を入れ替え、祈るような気持ちで瓦礫の山の中を見渡す。



「・・・・・・ッ!!!」



瓦礫の中から、ハワードの斧が横に突き出している。
セシルとマーガレッタも、あちこちに破片のつぶてを食らい、出血がひどかった。
まずはセシルとマーガレッタを診る。・・・・大丈夫だ、息はしているし、応急処置も何とか出来そうだ。
問題はそこの瓦礫の下に生き埋めになっているハワードとカトリだ。


(エレメス・・・!聞こえるかエレメス・・・!!)


もう一度エレメスを呼ぶ。・・・・この状況を伝えなくては。
エレメスも症状が進行しているかもしれないが、この状況では力を割いてもらうしかない。

・・・誰も死なせるものか。全員で、生きてここを出るんだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「ハァッ・・・ハァ・・・」


敵をすべて打ち倒すと、途端に虚脱感が襲ってくる。
やや負担が大きい技だとは言え、普段は何の問題もない技がここまで響くのか。
重い体を引きずって、気絶している獄長を担ぎ上げると関節がギシギシ軋む。
こいつはここで用を済ませてしまいたいところだが、さっきの爆発が気になる。先にあっちに行ってから――


(エレメス・・・!聞こえるかエレメス・・・!!)

(セイレン、無事か?さっきの爆発は何だ?)

(・・・登っている最中に崩れた・・・・その時は脱出したんだが、最後にダストシューターに詰まった爆弾が・・・・)


・・・何てことだ。まさかそこまで損傷していたとは。
爆発の規模も相当だったようだが、セイレンの声の乱れから判断しても被害はかなりのものだろう。
救助の難しさ次第では俺の方がもたない。場合によってはワクチン奪取を優先する事も考えたほうがよさそうだ。


(被害は?)

(・・・・セシルとマーガレッタは重傷。ハワードとカトリは・・・生死不明だ。2人とも瓦礫の下に・・・)

(・・・そうか。)


平静を装う低い声の端々に、深い自責の念が滲んでいる。
自分を責めるなと、不可抗力だと言ってもこの男の心には届かないだろう。
それよりも、今動けるのは俺たちだけだ。この状況を挽回するのは俺たちの仕事だ。
俺にとってもセイレンにとっても、今必要なのはその事だけだ。


(とにかく、今そっちへ向かう。俺たちは今出来ることをしよう。)

(・・・ああ。)

(それと、1ついいニュースがある。こっちの6人は解放して脱出に向かわせた。セニアも、他のメンバーも全員無事だ。)

(そうか・・・よかった・・・・)

(1階の敵はバリケードを作っている最中だったから、不意は突けたはずだ。あの6人なら問題ないだろう。)

(それを聞いて安心した。・・・ありがとう。)


そこで通信を終えて、俺は敵の死体を集めて武器庫から持ってきた焼却用オイルを振りかけ、火をつけた。
こうしておけば死体は燃えて、万一ここを調べに来ても素人なら傷跡から俺の脱走を推測することも出来なくなるし、獄長が拉致された事には気づかれにくい。
研究員でもあるこの獄長ならワクチンのありかを知っているはずだ。それを吐かせるまでは確保しておく必要がある。
俺は獄長を肩にかつぎ、勢いよく燃え上がる炎を背に再び3階の方へと走り始めた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





セニアは生きている。脱出の公算も高い。・・・それを聞いただけでも、かなり救われた気がした。
エレメスとの通信を終えてセシルとマーガレッタの方へ近づくと、2人の周りの床は血で汚れていた。
改めて傷の程度を確認する。・・・・1つ1つの傷はそれほど大きくはなく、急所にも当たっていないが・・・・数が多すぎる。


「くそ・・・っ!!」


確かに処置は出来そうだが、このままではまずい。助かるかどうかはマーガレッタが息を吹き返すかどうかにかかってくるだろう。
応急処置で間を持たせる、それ以上の事に関しては・・・私は無力だ。

・・・・・もし、私にもっと力があったなら。飛来する瓦礫を全て打ち払うだけの技量が私にあったならば。


「しっかりしろ・・・!死ぬんじゃないぞ・・・!!」


マントを破って傷口を縛り、その上からスリムポーションをかける。まずはマーガレッタ、そしてセシルに。
これではまだ不十分かもしれないが、まだ使い切る訳にはいかない。まだハワードとカトリが瓦礫の中にいるんだ。
処置を終え、まだ力の入らない左腕に1本だけスリムポーションを振りかけて、ハワードの斧が突き出している瓦礫の山へと向かう。


「しっかりしろ・・・!!」


半ば自分に言い聞かせるように叫び、瓦礫を持ち上げてどけてゆく。
ここで皆が死に掛けているのは私のせいだ。だから最後の最後まで、倒れる資格も打ちひしがれる資格もありはしないのだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





(し・・・・・りしろ・・・!!)


この声は・・・・セイレン、か?

やべぇな、耳がよく聞こえない。この物音は、セイレンが瓦礫をどけてるのか。
俺は一体どうなったんだ・・・?運悪くデカいのを食らっちまった後、立て続けに瓦礫が降ってきたところまでは覚えているんだが。
骨折も傷も、どこがやられたか考えるのすらバカバカしいが、この虚脱感はヤバいかもしれない。


「カトリ・・・・大丈夫か・・・?」

「・・・ぅ・・・」


カトリの様子は見えない。息はしているが、ひどく弱々しく苦しげだ。この圧迫された体勢ではうまく息ができないのかもしれない。
それに、今俺の手を濡らしているものは俺の血じゃない。カトリの血だ。


「ハワード・・・カトリ・・・聞こえるか・・・!?」


声が近くなってきた。どうやら今俺の頭の上の瓦礫をどけているらしい。
俺もデカい声を出すのは少し辛い。少しばかり意識を集中して、パーティで呼びかけることにする。


(聞こえるぞ・・・・カトリも弱ってるが、生きてる・・・・そのままその辺の瓦礫をどけてくれ・・・)

(ハワード!・・・分かった、今出してやる。)


そしてセイレンは、荒く息をつきながら瓦礫を一つずつ撤去しているようだ。
あっちの方は・・・セシルとマーガレッタは一体どうなったんだろうか。
そう考えているうちに、目の前にわずかな光が差し、そしてもうひとつ瓦礫が撤去されると体中ボロボロのセイレンが立っていた。


「ハワード!」

「よォ・・・ひでぇ顔だな・・・」

「・・・お互いにな。」


そう言うなり、早速頭の上からポーションをぶっかけられた。頭を伝って首や背中に流れてゆき、これが嫌がらせのように傷にしみる。
だが、ほんの少しだけ虚脱感が薄らいだ気がする。痛みのせいか普通に薬が効いたお陰かはよく分からんが。


「・・・そっちの2人の様子は・・・どうだ・・・?」

「細かい破片を何発も食らって出血がひどい。・・・・応急処置はしたが、マーガレッタが目を覚まさない限りは・・・・」


言葉の端に、言いようのない悔しさが滲み出ていた。・・・まったくこいつは・・・
突然の爆発で飛んでくる破片の全てを剣で捌き切るなんて、いくらお前でもあまりに無茶だろうに。


「心配すんな・・・殺したって死ぬようなタマじゃねぇだろ・・・あいつらも、俺らもな・・・」

「・・・ああ。」


そこでふと、その2人がその辺で寝ているのを思い出した。
・・・やれやれ。我ながら大概暢気なモンだが、セイレンと足して2で割りゃ丁度いいだろう。


「あー・・・そうだ。」

「どうした?」


何かあったのか、と真面目な顔でこちらを見るセイレンと視線が合う。
俺は努めて不敵に笑い、冗談めかして言った。


「・・・今の話・・・内緒にしとけよ・・・特にマーガレッタには、な。・・・・・後が怖ェ。」

「あぁ、そのつもりだ・・・私も肯定してしまったしな。」


ようやく少し、声が明るくなった気がした。・・・まったく、こいつは背負い込み過ぎるんだ。
・・・しかし、ああは言ったものの実際のところそううまく行きそうにはなかった。
抱きかかえた腕から伝わるカトリの呼吸が、少しずつ少しずつ弱くなっている。早くここから出してやらないと危ないかもしれない。
僅かな光が差し、見えるようになったカトリの顔色は蒼白だった。瓦礫は少しずつ撤去されてきている。・・・だが、間に合うだろうか?


「これは・・・・・」


瓦礫をどかそうとしていたセイレンの手が止まった。
暫く考えて別の瓦礫に手をかけるが、それをどかすのも途中でやめてしまった。


「マズいことになった・・・・」

「・・・どうした?」

「瓦礫のバランスが微妙すぎる・・・これは下手に動かすと・・・」

「ちィ・・・」


畜生、恐れていた事が・・・特に今の俺たちにとって、これ以上最悪の展開はない。
瓦礫の山はいわば不安定な積み木のようなもの。バランスが崩れれば一気に崩壊する。
今の傷の状態でそれを食らえば命はない。俺も、カトリもだ。
だがじっくり撤去している時間もない。時間が経てばそれだけ症状は進行してしまう。


「・・・・・・・・・」


こうしている間にも出血は続き、カトリの呼吸は徐々に弱まりつつあった。
症状も進行しているのか、体がひどく冷たかった。・・・このままでは死ぬ。マーガレッタもどうなるか分からねぇ。

・・・ああ。だったらやるしかねぇか、畜生。セイレンが上の瓦礫をどけてくれた今なら、多分なんとかできる。



「・・・セイレン。もう、それで十分だ・・・」

「・・・何?」



どうやら俺はこれまでかもしれねぇ。・・・・すまねぇ、アルマ。だがこうする他に道はなさそうだ。
もし奇跡の一発逆転で俺も生きて帰れたら、買い物でも何でも付き合ってやるから、勘弁してくれねぇかな。


「アルマに会ったら・・・あんまり無駄遣いするんじゃねぇって言っといてくれ・・・」

「ハワード!?一体何をする気だ!?」

「う・・・おぉ・・・!!!」


残りの力をありったけ振り絞り、背中で瓦礫を押し上げる。すると体の上に多少あった空間が早速崩れ始めた。
内部で崩れ落ちてきた瓦礫が背中を直撃し、体中の骨が悲鳴をあげる。背中に刺さった鉄骨がぞぶりと食い込み、口から血が溢れる。
・・・だが堪えろ、ゆっくりだ。一気に食らって崩れ落ちるようなことがあれば、カトリも死ぬ。


「よせ!ハワード!!」

「・・・カ・・・カトリが・・・・やべぇ・・んだ・・・・この・・・ままじゃ・・・!」


もう少し背中を押し上げると、俺とカトリの間に十分な隙間が出来た。
体のあちこちで筋肉が断裂した気がしたが、もう痛みも何もかもどうでもよくなっている。まるで夢の中にいるように現実感がなかった。
ぐったりと力を失っているカトリの体を抱えて、瓦礫の外へ。セイレンの方へ差し出した。


「た・・・頼む・・・ぞ・・・!」

「分かった!だからハワード、少し待っていろ!!」

「う・・・ぐふっ・・・!」


ごぶりと血が溢れて俺の口を塞いだ。・・・ダメだ。そろそろ耐え切れねぇ。
霞む視界の中、少し離れた場所にカトリを横たえて、セイレンが飛んでくる。
・・・・バカ野郎、もう無理だ。俺が倒れたらここは崩れるぞ。そしたらお前まで巻き込まれちまうじゃねぇか。



「さぁ、出るぞ!しっかりしろっ!!」

「ぐ・・・・行け。俺はもう・・・・ここまでみてぇだ・・・崩れる前に・・・・早く・・・」

「ふざけるな!!」



もやのかかった意識を引き戻すような大声で、セイレンは俺を一喝した。
そして片手で俺の腕を掴み、もう片方の腕で俺の上に覆いかぶさる大きな瓦礫を支える。



「この程度の傷で死ぬ気か!?全員でここを出ると言っただろう!上にいる妹達と一緒にだ!!違うか!?」

「・・・・・・・・・・・・」

「私にもっと自分を大切にしろと言ったのは貴殿だろう!だったら自分も最後まで足掻け!!足掻き通して、生きて帰るんだ!!」



・・・・・ああ、そうだったな。まったく、その言葉を逆にお前から言われるとは。

・・・そうだ。俺にはアルマが待っている。ああ見えて根は結構寂しがりなんだ。まだもう少し傍にいてやりたい。
こんな所でくたばってる場合じゃねぇ。・・・覚悟決めちまってる場合じゃねぇよな。


「・・・ったく・・・」


目ェ覚めたぜ、セイレン。ありがとよ。
・・・俺も最後まで足掻いてやる。そして生きて帰るんだ。


「・・・・・何がこの程度だ・・・・人の気も知らねぇで勝手なこと言いやがって・・・・・・」

「そんな軽口が出るなら死にはしない。さぁ、掴まれ!」

「・・・言って・・・くれるじゃねぇか・・・・だが、ちょっと・・・待ってろ・・・っおおおお!!!」



俺の上の瓦礫はセイレンが支えている。その分俺は両腕で体の下の瓦礫の塊を掴み、一気に力を込めた。
背中に刺さっていた鉄材が徐々に、そしてずるりと抜ける。その時引っ張られた瓦礫が内と外で崩れ落ち、俺の体をずしりと圧迫した。


「・・・・おごぁッ!ぐはッ!!」


内臓を圧迫されて少し派手に血を吐き出し、気管に入ってさらに咳き込む。
体がギシギシ軋んで今にもブッ潰れそうだが、もう俺の体に刺さっているものはない。

・・・・これで。これで出られる、はずだ。


「ハワード!大丈夫か!?」


まともに息はできない。だが気力を振り絞って顔を上げてセイレンの手を掴む。
瓦礫がずたぼろになった背中に刺さらないまでも食い込んで、思わず俺は顔を歪めた。


「・・・・この、程度・・・大した・・・ことねぇ・・・・だから、早く、引っ張れ・・・・!」

「・・・よし、行くぞ!!」


片手でセイレンの手を掴み、片手で瓦礫を押さえて踏ん張った。セイレンは俺の腕を引っこ抜きそうな勢いで引っ張る。
抉れた背中をごりごりと瓦礫がこすって痛みのあまり目も耳も何もかもが眩み、熱病にうかされたように体中が熱く、そのくせ体の中に空洞が出来たように寒かった。
引っ張られるほどにどこかの骨が砕け、瓦礫から這い出るほどに溢れる血が呼吸を塞いだ。・・・だが少しずつ、体は瓦礫の下から抜け始める。



(もう少し・・・もう少しだ・・・!)



自分に言い聞かせて、襲ってくる眠気を振り払う。力を失っていく手に、腕に、全身に力を込める。
帰るんだ。俺は帰るんだ。帰って、久々にアルマの買い物に思い切り付き合ってやるんだ。
はしゃぐ顔が見たくて、つい色々買ってやっちまったりして。それで後でサイフ覗いて後悔する。それもいいじゃねぇか。そうだろう?
だから畜生、もっと力を・・・力を入れろ。進まねぇだろうが。折角痛みがなくなってきたのに。


「も・・・・・・しだ!・・・う・・・こし・・・あ・・・も・・・け・・・ぞ!!」


セイレンが何か叫んでいる。畜生聞こえねぇ。何て言ってるんだ。
・・・・・やべェ、目が見えなくなってきた。ふざけんな。

まだだ。

畜生。もう少しなんだ。

アルマが。アルマが待ってるんだ。


アルマが・・・・・・





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「もう少しだ!もう少しで足も抜けるぞ!!」


声をかけながら、その傷口に戦慄する。瓦礫の直撃を受けた背中は肉が抉れ、骨が見えている傷口まであった。
ポーションをかけてやりたいが、両手が塞がっている。瓦礫を支える左腕は動かすわけには行かず、右手はハワードに握り潰されそうだ。
とにかく、ここから出してやろう。この手を振り解く訳には行かないんだ。


「頑張れ・・・っ!!」

「・・・・・・・・・」


早くしなければ。鼻をつく濃密な血の匂いが危険な状態を物語っている。いくらハワードでもこの状態は危険だ。
瓦礫に挟まれた足を、最後に力を込めて強引に抜くと生々しい音がした。・・・足が折れている。
だがこれで治療が出来る。支えていた重い瓦礫を落とすとその周辺が崩れてきた。ハワードに当たらないよう、それを左右に捌いてポーションを取り出した。


「抜けたぞハワード!待っていろ、今治療する!!」


もう止血がどうのという状態ではない。直接ポーションをかけて、あとは生体改造で増幅された回復力に賭けるしかない。
私の分、ハワードの持ち物で何とか無事だった分、他の皆の分もありったけ集めて出血のひどい部分を中心に振りかける。
だが徐々に私の手を握る力は弱まってゆく。さっきまでは弱まってもまた握り潰されそうなほどの握力で私の手を掴んだが、今度は弱っていく一方だ。


「おい!どうしたハワード!!しっかりしろ!頑張れ!!」

「・・・・・・・・・」


うわごとのように、堕ちてゆく意識に抵抗するように、ハワードは何かを呟いていた。
しかし、その手の力はだんだんと弱っていき――



「ア・・・・ルマ・・・・・・」



搾り出すように呟いて、ハワードの手から完全に力が抜けた。



「ハワード!!!」



呼びかけても、叱咤しても、もうそれ以上ハワードは動かなかった。
嘘だろう。ふざけるな。こんな事があってたまるか。
思考がループする。床に拳を叩きつける。瓦礫が砕け散り、土埃が辺りに舞った。


「くそっ!!ハワード!!!返事をしろ!ハワードッ!!!」


返事など返ってくるはずもない。どう見ても致命傷だった。一縷の望みも、"症状"も同時に進行する今の状態では薄すぎた。
呼びかけだけが空しく響き、やがて場違いな静けさが辺りを支配する。
大穴の開いた天井から注ぐ無機質な光が、墓標のような瓦礫の山を浮かび上がらせていた。

・・・・・ハワードはもう、息をしていなかった。


「・・・・・ッ!!!」


遂に仲間を1人死なせてしまった。マーガレッタも目を覚まさない以上、蘇生出来るかどうかも分からない状態だ。
血と埃の匂い以外に何もない、何もかもが死に絶えたような静けさがのしかかってくる。


「・・・・・・・・」


だが。

・・・だが振り向くなセイレン。まだお前には守らなければならないものがある。
セシルを、マーガレッタを、そしてカトリを守らなければならない。
まずはカトリの手当てをしなければ。・・・死なせる訳には行かない。ハワードが命がけで守ったのだから。


「・・・しっかりしろ。頑張ってくれよ、カトリ。」


気を失ったままのカトリを、抱き上げてそっとセシルの隣へ運んだ。
左足が折れていて、爆発と崩落の衝撃に耐えられなかったのか口からも血を流していた。
しかしそれより心配なのは症状の方だ。・・・虫に刺されてから、カトリは誰よりもひどく弱っていた。
だが今出来るのは傷の手当てだけ。カトリが持っていたポーションを少し飲ませ、それから肩の傷を止血する。
今度は左足の処置をするため、添え木になるものを探しにいこうとすると、カトリが意識を取り戻した。


「ハワー・・・ド・・・・?」

「カトリ!!」


ぼんやりと焦点の合わない視線を中空にさ迷わせ、それでも今まで守ってくれたハワードがいないことには気づいたようだ。
辛そうに息をつき、不安げな声で姿の見えないハワードの安否を気づかう。


「ハ・・・ワード・・・は・・・?」

「・・・・・安心しろ、ハワードも無事だ。」


私がそう言うと、カトリはふっと表情を緩めてゆっくりと目を閉じた。
安心してくれたようだ・・・意識が朦朧としているのが、幸いだったのかもしれない。


「・・・あまり喋るな。無理せずゆっくり休め。」


平静を装ってそう言い、もう一度骨折したところにポーションをかける。
けふ、と弱々しく咳をすると、カトリはまた少し血を吐いた。・・・ポーションは飲めるだろうか。
苦しそうにひと息ついたカトリの顔をふと見ると、頬をひと筋の涙が伝っている。
やはり、ハワードが無事ではない事が分かってしまったのだろうか。・・・・・・だが、そうではなかった。




「・・・・ラウレル・・・ごめん・・・・ね・・・・・・」




小さく、そう呟いた。悪寒が背筋を駆け上がった。
まさか。そんなまさか。私は必死で繋ぎ止めるようにカトリの手を握り締めた。


「待て!!諦めるな!!全員でここを出るんだろう!?」


既に喋る力はなく、それでも弱々しく私の手を握り返すカトリ。
しかしその手からもやがて力が抜けていき――


そして緩やかに、カトリは呼吸をするのをやめた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





怒りと絶望に染まった叫びが、下から響いてきた。・・・・セイレンの声だ。
普段のセイレンからは考えられないような、慟哭に近い叫びだった。

・・・まさか、誰か死んだのか。

半恐慌状態でこちらの状況を聞いてくる1階の警備員に"ホフマン班長"の声で嘘の報告を終え、早めに会話を切り上げる。
この状況で妨害が入ると厄介とは言え、少し時間を使いすぎた。通信を切って走りつつ、呼びかける。


(悪い、遅くなった。今上に着く。)

(・・・・・・・・・・・エレメスか。)

(・・・状況はどうなった?)

(・・・・・・・・・)


沈黙が返ってくる。その間に中心部に着くと、ベルトコンベアの下が爆発で吹っ飛んで大穴が開いていた。
・・・・やはり、かなり大規模な爆発だったようだ。状況は最悪に近いかもしれない。
やがてセイレンは心に錘をつけて鎮めるように、低い声で淡々と状況を報告してきた。


(・・・ハワードと、カトリが死んだ。セシルとマーガレッタもまだ目を覚まさない。)


・・・何だと。

・・・・やはり、生き埋めになった2人が。
だがハワードが。あのハワードが死んだとは。


(・・・・・そうか、分かった。)


動揺を抑え込んで短く応答し、担いでいた獄長をおろして下を覗き込んだ。
横たわるカトリの前でセイレンが座り込んでいる。その後ろ、瓦礫の山の下にハワードが血まみれで倒れていた。
セイレン自身もボロボロだった。白銀の鎧はあちこちで歪み、流れた血がこびり付いている。
背を向けるセイレンに、その場で静かに"パーティ"で呼びかける。


(セイレン、大丈夫か?)

(・・・ああ、私はなんとか、な・・・・・・)

(大丈夫だ。マーガレッタが生きているなら、まだ巻き返しは効く。)

(・・・・そのつもりだ。防げなかったのなら、挽回するのが責任だ。)


半ば剣に寄りかかるようにしていても、その声には静かな怒りが漲っていた。
この研究所の狂人どもへの、そして恐らくそれ以上に自分自身への。
自責の念を慰めても、セイレンは傷つくだろう。ならばその重みを背に、ともに道を切り拓けばいい。


(ならば、ひっくり返そう。俺はこれから獄長を締め上げて必要なものを調達してくる。)

(分かった。ならば私は・・・・・・ ッ!?)

(セイレン!)


咄嗟に体を捻ったセイレンの肩を、矢が貫いた。その向こうに、弓を持った男が立っている。
・・・・弓手の適性を認められ、自我を破壊されセシルの戦闘データを植えつけられた実験体。量産型試作生体兵器、モデル"セシル=ディモン"だ。
警備隊がこの高台に兵を集結させる前に時間稼ぎのため配置した、制御不能の失敗作。
だが俺たちの所謂"コピー"であるこれらの戦闘力はジェミニのそれを遥かに凌ぐ。


(くっ・・・!こんな時に・・・!!)

(・・・まずいぞセイレン。高台の下からこっちに集まってきている。)

(何だと・・・!)


遠く高台の下の闇の中から、それぞれの武器を手にそれらは登ってくる。
人としての何もかもが狂わされ、処理不能の戦闘データで全てを埋められて尚、上階から注ぐ僅かな光に惹かれたのだろうか。
恐らくは本能的に、俺たちと同じように、自由を渇望して。


「エレメス、ここは守り切るぞ!」


剣で矢を防ぎながら"槍"を作り出し、セイレンは叫んだ。それとともに、ずしりと重い空気を纏う。
赤い殺意を迸らせ、攻撃に全ての集中力を練り込んで、怒涛のように"槍"を投げる。
スピードが身上の"狙撃手"も全てはかわし切れず、大砲と撃ち合う機関銃のように、鋼鉄の雨を降らせながら、やがて引き千切れるように吹き飛んだ。
セイレンは倒れない。常人が受ければ千切れ飛ぶような矢を受けて、それを鎧の継ぎ目から十数本も生やそうと、それでもセイレンは倒れない。


「この場は私が持たせよう。行け!」

「分かった。2人を頼むぞ!」 


1人ならば守りきるには多勢に無勢。だが2人なら事足りる。
まずは上に戻る手段を確保して、加勢するのはそれからだ。まずはロープかワイヤーを。
再び獄長を担いで走る。ついでにこいつを縛るものも必要だ。縛って上に転がしておこう。
下に連れて行って流れ矢にでも当たられてはまずい。奴にもまだ、死んでもらっては困るのだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





聞こえてくる足音に気を配り、私はマーガレッタとセシルを、そしてハワードとカトリーヌの亡骸を瓦礫の山の陰に移動させた。
私の本領はあくまで近接。故に挟み撃ちされた状態で周りの仲間を守りきるのは少し難しい。
角の向こうの"魔導師"の射線を遮り、渡り廊下の方からじりじりと距離を詰める"騎士"を誘う。
そこにいるのは狂気の研究の犠牲者。そして同時に私から採取された戦闘データの犠牲者でもある。

・・・こうなれば、もう元には戻れないのだ。


「・・・来い。せめて土に還してやろう。」


角を曲がる瞬間、一気に踏み込み四合打ち合わせて体勢を崩させる。
こちらが手負いとは言え、相手は私の流儀の模倣そのもの。何もかもが手の内だ。
押されて"騎士"は距離を取る。それを逃がさず追い縋る。間合いのうちに踏み込んで、一気に力を爆発させた。


「ボウリングバッシュ!!」


ボロボロの腕が壊れそうになるほどに、強烈な手ごたえが響く。
渾身の一撃はぎりぎり"騎士"の剣に受け止められ、しかしその受けた剣ごと"騎士"を吹っ飛ばす。
その先には"騎士"に続いてきた"暗殺者"と"聖職者"。一撃とともに体内に撃ち込んだ"衝撃"が衝突とともに解放される。
広がる衝撃は連鎖破壊を巻き起こし、辺りをまとめて吹き飛ばした。・・・それでも"騎士"はまだ倒れない。
とどめにもう一撃。衝撃波に翻弄される群れの中心を目掛け、"槍"を形成し振りかぶる。


「終わりだ・・・ッ!」

「・・・」


だが同じように"騎士"の手の中にも虚像のような"槍"が現れた。
まるで鏡を見るように私と似た構えで"槍"を振りかぶる目の前の"騎士"。そして"槍"は放たれた。


「おおおッ!!」


それぞれの手から放たれた槍が交錯し、到達する一瞬に剣を振るう。
空を切って飛ぶ穂先を剣でぎりぎり打ち払い、しかし完全には捌き切れず脇腹をかすめ、衝撃に吹っ飛ばされる。
その一瞬に"槍"が騎士の心臓に突き立ったのを確認し、そして角を曲がってくる"魔導師"の姿をみとめた。


(まずい!)


その場で踏み止まらずに瓦礫の脇に転がり込むと、そこを氷の蔦が直撃し一瞬にして瓦礫を氷像に変える。
角を曲がった"魔導師"の足元にはセシル達がいた。――気づかれる。


「こっちだっ!!」


詠唱に入る"魔導師"に"槍"を投げつけて走る。まともに食らって吹き飛ばされ、しかし瓦礫にすがって踏み止まる"魔導師"。
私の背後からは、気配も消さずに"暗殺者"が追ってくる。だがそれとは戦わず、血を吐きながらこちらに杖を掲げる"魔導師"を追撃する。
剣を抜いて、一気に間合いを潰す。――だが、一歩。剣の間合いに届かない。
その隙に詠唱は完成し、迸る氷の蛇が体の芯まで蝕むようにまとわりついた。
体を駆け上がる氷の向こうで、腹に大穴を開けた"魔導師"が、次の呪文を紡ぎだし、その身に雷を纏い始める。


「う・・・おおおおおおおッ!!!」


剣に炎の気を注ぎ、まとわりつく氷を破る。紡ぐ詠唱の最後の一句を切り裂くように、燃える剣を逆袈裟に薙いだ。
何の抵抗もなく"魔導師"の体を通り抜ける処刑刀。そのまま振り返って背後から急襲する"暗殺者"に向かって振り下ろす。
"魔導師"の絶命は確認するまでもない。生き物が炭になる匂いと、腕から背筋に伝わる剣のざわめきが教えてくれた。
相対するのは"暗殺者"。そしてその後ろから現れた"聖職者"。支援を背に、手数を武器に攻めてくる。
後ろの角からも敵の足音が聞こえてきた。早く倒しきらなければ。その時ふと視界の端に、ロープが揺れたような気がした。


「待たせたな。」


背後から何者かの攻撃を受けてバランスを崩す"暗殺者"。それを皮切りに私は畳み掛けるが"聖職者"からの支援はない。
"聖職者"はニューマの蒼い光と漂う毒霧の中で、見えない何かに木の葉のように翻弄されていた。・・・来たか、エレメス。
そのまま"暗殺者"を斬り倒し、剣に炎の気を注いで、逆側から迫っていた"鍛冶師"を相手にする。


「エレメス、考えがある!そっち側の敵を渡り廊下から遠ざけてくれ!」

「任せろ。」


これで後ろを気にする必要はなくなった。思い切って前に飛び出し、強烈な圧力で迫る"鍛冶師"に真っ向勝負を挑む。
"魔導師"のフロストダイバーを避けた、あの時の瓦礫の陰。あの位置から瓦礫の山の上の方までは両側の瓦礫が壁のようになっている。
あの位置ならば正面を塞げば射線は切れる。あの奥にセシル達を運べれば、うまく状況を打開できるかもしれない。
出血のせいか症状のせいか、こうなってはどちらか分からないが体が浮ついて吐き気がする。
頼むから、持ってくれ。いや持たせるんだ。例えどんな手を使っても、だ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





"狙撃手"がどちゃりと足元に崩れ落ちた。渡り廊下の中ほど、刃を振れば当たる敵の真ん中で。
いくら敵が素早かろうが暗殺者には関係なく、いくら敵が並んでいても俺には関係ない。
その歩みの気配のみならず、全力の攻撃を放つ必殺の気すらも闇の中に溶かし込む隠行術の深奥。
面倒な相手は、あとはサイトを回している"魔導師"だけで、それもあと5秒ほど数えれば効果が消える。
数えて残り火の範囲に踏み込み、そのまま思うように刃を滑り込ませる。臓器を幾つか壊すと、"魔導師"も静かに倒れた。

そして距離をとり、姿を現す。


「来いよ。こっちだ!」


漠然と立ちながら敵の姿を探していた"コピー"の群れは、俺に気づいて殺到してくる。
遠く別方向から闇を切って飛んでくる"狙撃手"の矢を数発避けて再び姿を消し、距離をとって再び姿を現す。
これを数回繰り返して敵を遠くに誘導し、十分に引き付けた後、俺はセイレンのところへ戻った。


「・・・よく見つけたな。」

「ああ、さっき偶然な・・・」


瓦礫の山の頂上付近、少し瓦礫が平なところにセイレンはセシル達を運んでいた。
そこは両側に大きな瓦礫が並び、遠くからの攻撃を遮れる地形になっているため、正面さえ塞げばセシル達を守ることができる。
セイレンは最後にハワードの亡骸をそっと置き、足を引きずりながら降りてきた。


「・・・私はここを死守する。エレメス、貴殿は打って出て敵の数を減らしてくれ。」

「分かった。だがその前にこれを使え。」


俺の分のスリムポーションの2/3ほどをセイレンに渡す。
はっきり言ってセイレンは満身創痍だ。鎧の隙間からぼたぼたと血を垂らして息を切らしている。
"コピー"の猛攻に最後まで耐え切れるかと言えば、このままではかなり危ないだろう。


「いや、しかし貴殿の分が」

「俺には今持ってる分で十分だ。俺の技を忘れたか?」

「・・・・・恩に着る。」


律儀に軽く頭を下げて、やっとそれを受け取った。
これでこの場は安泰だ。後は俺が、俺の仕事をするだけでいい。


「じゃあ、ここは頼むぞ。俺は行く。」

「ああ、任せろ。」


気配を消し、瓦礫の山を回りこむ。まずは渡り廊下のこちらまで来た敵を消そう。それから渡り廊下の周辺を。
俺がいない間に他の方向から抜けた敵は、全てセイレンが処理してくれるはずだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





半透明の隔壁の向こうに、散布器を背負い防護服に身を固めた戦闘員が展開していた。
隔壁には蚊のような虫が大量にとまっている。小出しにして密かに散布しても気づかれていると見て物量で攻める気らしい。


「・・・これだけいると気持ち悪いなぁ・・・」

「だね・・・」

「そ、そんなことを言っている場合ではないぞ。」


露骨に嫌そうな顔をしているイレンドとヒュッケバインの前に、セニアが決然と剣を握り締めて進み出た。
しかしその表情は微妙にこわばり、口は堅く一文字にむすばれている。・・・この顔は、どう見ても。


「ふーん、セニアって虫苦手なのね?」

「な、何を・・・・剣士たるもの、虫なんか怖くないっ!」

「あはは、何それ?セニアちゃんかっわいぃ〜」

「こらっ・・・アルマっ!・・・・とっ、とにかく!」


ごほんと咳払いをして、セニアは他の5人の方に向き直る。
やはり図星だったらしく、少し顔が赤かった。


「カヴァク、ラウレル、途中までこの壁を壊してくれ。とどめは私が刺すから。」

「了解。」

「任せろ。」

「でもセニア・・・大丈夫?」


確かに強力な近接攻撃で大きな一発を加えないとこの壁は壊せない。だが近づけば虫が殺到した時相当に危なくなる。
威力的にはラウレルの魔法でも本来は申し分ないのだが、ここの隔壁の対術呪紋はかなり強力だった。
心配そうなヒュッケに、しかしセニアは引きつった笑みを浮かべてみせた。


「だ、大丈夫。ほら、私の服は肌が出ないし、それに髪も長いだろう?だから首筋も安全だし。」

「・・・いざとなればマグナムブレイクもあるし、確かにセニアが一番適任だね。」

「つか虫が怖かろうがンなもん知らねーよ。ビビる奴が悪りィんだよ。」


セニアの表情を見たメンバーが少し不安そうな顔をするのを見て、カヴァクがさりげなくフォローを入れ、ラウレルが実も蓋もない台詞を吐く。
一瞬、ちょっとショックを受けたような顔をしたセニア。しかし慌てたようにすぐ表情を引き締め、剣を握りなおす。
それを見たヒュッケバインが咎めるようにラウレルを思い切り肘で小突き、ラウレルはイレンドに宥められながら、ヒュッケバインに向かって中指をおっ立てた。
・・・・しかしさすがに少し気が引けたのか、ちらりとセニアを見て呟く。


「・・・まぁ、カヴァクが言う通りお前が一番適任だしな。ブッ壊す前に言えばセイフティウォールかけてやっから、ビビんじゃねーぞ。」

「だから私は虫なんか怖くないと・・・・でも、ありがとう。」

「フン」


ふっと表情を緩めるセニアに、少し照れくさそうに目線を明後日の方向に反らすラウレル。
そしてそれを後ろからにやにやしながら見ているアルマイア。その様子を怪訝そうにちらりと見て、セニアは隔壁に向き直った。
目を逸らしたくなるような数の虫に一瞬息を飲みながらも、気合いを入れるように声をかける。


「さぁ、行こう!」


ラウレルの爆撃が隔壁を揺るがし、次々と突き立つカヴァクの矢から細かいヒビが少しずつ広がった。
たかっていた虫も火球が直撃した熱で灰になり、隔壁そのものも少しずつ歪みはじめた。
やがて撃ち込まれる矢の刺さり方が少しずつ少しずつ深くなり、そして隔壁はヒビで覆われてゆく。
そしてラウレルが肩で息をし始めた頃、セニアはラウレルに声をかけた。


「ラウレル、頼む!」

「セイフティウォール!!」


隔壁に接するように半透明の絶対障壁が立ち上がり、高く掲げた切っ先に火の粉が宿る。
強く踏み込み、その剣を隔壁の真ん中へと袈裟切りに振り下ろすと、貫通した切っ先から爆発が起こった。
ぼろぼろになっていた特殊隔壁はまるでガラスのように砕け散り、隔壁の周りにいた虫がぞわりと飛んでくる。


「・・・・・ッ!」


自分を狙って障壁に張り付く虫の大群に一瞬身を引きかけるが、躊躇は一瞬。
それらをマグナムブレイクできれいに吹き飛ばし、後続は炎の壁が絶つ。横を抜けた虫はヒュッケバインがインベナムで落としていった。


「セニア、下がって!」


バリケードの向こうに陣取っている敵の陣地で何かが光り、咄嗟に剣と鎧で身をかばう。
強い衝撃とともに鎧にめり込んだのは銃弾。イレンドの張ったニューマに下がると、すぐ横にカヴァクとラウレルも来ていた。


「僕らが援護する。さぁ!」

「分かった!」


ラウレルは火球を投げ込んで虫を焼き払い、カヴァクはバリケードの向こうの射手を狙撃する。
燃え盛る炎の向こう、弧を描き、時には間を貫き通し、そして矢のシャワーを降らせる。
炎を燃え移らせた矢は即席のバリケードに火を放ち、軌道上の虫をも焼き殺した。
そして近辺の虫が大方焼き尽くされる頃、敵の隊長の声が爆音に混じって僅かに聞こえた。


「埒が明かん!突撃部隊、前へ!!」


さぁ、出番だ。

イレンドが張るニューマの位置まで、セニアは覚悟を決めて走り抜けた。
燃え盛る炎が起こす熱風に煽られ、撃ち込まれる弾丸に襲われ、しかしそれより恐ろしいのはぞわりと固まって寄ってくる虫の群れ。


「マグナムブレイクッ!!!!」


渾身のマグナムブレイクがひと塊の虫の群れを吹き飛ばし、密度が減ったところでヒュッケバインが飛び出した。
サポートのつもりかニューマには入らず、あぶれた虫を毒で叩き落し始める彼女に、敵の射撃部隊が狙いを定める。


「単一目標に火力集中!撃て!!」


だが号令の後に起こったのは銃声ではなく悲鳴だった。射撃のために身を晒した射手たちが、額を、喉を、銀色の矢に撃ち抜かれていた。
――ヒュッケバインは陽動か。敵がそれに気づいた時には、カヴァクが次の狙撃ポジションに回りこみ、矢を放っている。
射手の壊滅を待つまでもなく、セニアは敵の前線に肉迫。一撃目で敵の斧をはね上げて胴をかっさばき――

異変に気づいて、火の粉を纏う剣を足元に振り下ろした。


「これは・・・!!」


突撃してきたセニアに対し、敵は斧を振るうのではなく、散布器のホースを向けていた。
吹きつけられたそれを爆風で打ち落とすと、大量の虫がジュッと音を立てて燃え尽きる。
背筋を走る悪寒に、思わず後退するセニア。だがそこには既に仲間が隊形を整えて揃っている。

何も変わらない。後ろに控える頼もしい仲間たちの存在が、セニアを再び前へと進める。


「・・・行くぞ!薙ぎ倒せ!!」


敵が何を使ってこようと、何も変わらない。この程度なら火力で圧倒できる。
セニアが切り込み、アルマイアとヒュッケバインがそれに続き、ラウレルが爆砕し、カヴァクが狙撃し、イレンドが守る。
いくら新兵器を使おうと、当たる前に焼き尽くし轢き殺せば何の問題にもなりはしないのだ。

勢いに乗って突き進む。すぐそこに三つ目の角があった。突き当たりの部屋は普通の小部屋のようだ。
角を曲がって退却してゆく敵を追う。これならば全員で脱出できるかもしれない。誰もがそう思い始めていた。
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