「何てこった・・・・・」


さすがに俺たちも空は飛べない。階段がなければ上に行くのは無理だ。
ゲートのある階段の最上部だけは残っているが、瓦礫を積み上げて登るにはあまりにも高い。


・・・と、上を見ていると何かが目の周りを飛んでいる事に気づいた。蚊か何かのようだ。


だが完全に締め切られたこの研究所内で、そんなものを見たのはこれが初めてだ。
気がつけばあちこち刺されている。鬱陶しいので手で追い払っていると、カトリーヌが何かに気づいた。


「この虫・・・あそこで潰れてる容器から出てきてる・・・」


それは、薬品用のボトルを大きくしたような容器だった。上を良く見ると、ゲートの入り口の横に
何基かダストシューターのようなものが増設されている。これは、まさか・・・・・・


「ロードオブヴァーミリオン!!」


その虫の意味するものに気づき、カトリーヌが区画ごと虫を焼き払う。
他の四人は、突然の行動に驚いた様子でカトリーヌを見た。


「ははは、カトリーヌお前さんそんなに虫が嫌いか。・・・うわ、俺も刺されてる。」

「・・・私も刺されたようだ。」

「あーもー私まで!」

「・・・痒いですね・・・」


マズい。もう全員刺されたらしい。
・・・ここに来てあんなものをわざわざ落としていく理由・・・それは一つしか考えられない。


「今の虫は多分・・・私たちを殺すための病原菌か毒を持たせた虫・・・・・」


カトリーヌの呟きに、四人は愕然とした。


「何だと・・・・・」

「ウソでしょ・・・・」

「多分、病原菌か何かだろう。毒のエレメントは感じないから解毒術じゃ無理だ。早く脱出してワクチンを手に・・・・・・」

「!まずい、みんな伏せろっ!!」


何かに気づいたセイレンが地を蹴って飛び出した。その方向を見ると、ダストシューターから何かが落下してきていた。それに向かって剣を振るい、弾き飛ばす。
次の瞬間、爆発があたりを揺るがし、まともに食らったセイレンは防御体制を取りながらも思い切り柵に叩きつけられた。


「爆弾!?」

「おいセイレン!大丈夫か!?」

「ぐぅっ・・・・・・ま・任せろ・・・あの程度では私は死なん・・・」

「治療するわ。とにかく、向こうへ!」


俺たちがその場を下がった後も、爆弾は次々と落とされた。俺たちを近づけないつもりか。
しかし、推測が正しければこのままここに居ても犬死にだ。・・・・それならば。


「俺が壁を登って上に行こう。上の連中を片付けたら縄梯子を下ろす。」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「もう馬鹿っ!大勢に気づかれたらどうするの!」

「うるせー。俺が全員ブッ殺してやる。」


口を塞いで押さえ込んでいた私の手を振り払い、ラウレルが吐き捨てる。こんなやり取りももう三度目。
今度は大きな爆発音が聞こえてきた方に走ってゆく警備員に襲い掛かろうとした。まったく、慎重に行かなきゃいけないのに・・・・


「うああああ、二人とも落ち着いてー!」

「・・・・・・黙れよヘタレが。」

「ひぃっ」


一緒に彼を止めていたイレンドは、ラウレルにひと睨みされて後ずさる。
情けない・・・・・代わりにセニアかカヴァクが一緒ならよかったのに。そうでなければ・・・・・


「あーもう・・・兄さん助けて・・・・・・」


兄さんがいれば、全部うまく行くのに。・・・・でも、大丈夫だろうか。兄さんたちのいる階の警備は、きっとここの比じゃないはず。
・・・下から頻繁に爆発音や振動が来るようになってだいぶ経ってから、急に監視システムがダウンした隙に私はカギを外して独房を脱出した。
でも周りの牢にいる"コピー"たちは壊れているか、完全に兵器。・・・結局、同じブロックにいたラウレルとイレンドだけを助けたんだけど
ラウレルは出るなり奥の機械室に殴り込んでそこにいた研究員も機械もまとめて爆破してくれた。・・・こんな騒ぎでもなければ今頃捕まっている。
幸い、警報も働かなくなっていたのでバレる前に看守を倒す事は出来たけど、カウンターの下の武器ボックスのカギをいじっている間、気が気じゃなかった。


「とにかく、他の三人と、兄さんたちと合流するのが最優先なんだから。・・・・・・私だって気持ちは分かるけどさ。」

「うんうん、そうですよ!」

「・・・・・・クソっ、分かったよ。」


むすっとして目を逸らしているけど、どうやら少しは落ち着いてくれたらしい。
戦闘実験で会う時も思ったけど、とにかく熱しやすくて冷めやすく、顔にすぐ出るから分かりやすい・・・

・・・・・うん、もう一人がアルマじゃなくイレンドだったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
この二人が揃ったらもう、火に油としか言いようがない気がする。私一人じゃきっと、いや間違いなく手に負えない。
とりあえず、セニアやカヴァクがいれば何とかやっていけそう・・・・・そういう意味でも、早く合流したいんだけど。


「どの牢も空っぽですね・・・」

「こっちじゃなさそうだね。」


手術室から引き返して真っ直ぐ進み、牢のある区画を探していたんだけど、あるのは空っぽの牢ばかり。
確かにそこに"コピー"たちがいた形跡はあるけど、オリジナル用の牢ではないように見える。


「・・・なぁ、おかしくねぇか?」


牢獄を見回して、ラウレルが呟いた。


「空なだけなら分かるけど、何で全部開いてんだよ?」

「・・・確かに。」


言われてみれば、牢の扉は全部開いている・・・どうして開いてるんだろう。
何か、嫌な予感がする。私はこの奥にある部屋の様子を見てみることにした。


「ちょっと、待ってて。」

「?」

「ん?何だよ?」

「すぐ戻るから。」


二人を待たせて、部屋の奥へと駆ける。・・・・空気に、血の匂いが混じった。
聞こえてくる、麻酔銃の発射音。肉を抉り骨を砕く嫌な音。恐る恐る、壁の向こうを覗くと・・・・・


「・・・・・・・・ッ!!!」


思わず跳び退り、逃げ帰るように二人のところへ戻る。
心臓がどくどくと跳ね上がり、嫌な汗がじわじわと滲んでくる。


「・・・どうした?」

「大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」

「・・・・・・・っ」


唾を飲み込み、顔を上げる。呼吸を落ち着けて、言わなければ。


「・・・処分・・・されてる・・・・」

「何?」

「ここにいた"コピー"がみんな・・・あっちの部屋に集められてジェミニに殺されてた・・・・」


驚きと戦慄に、二人が表情を歪めた。


「な・・・・どうしてそんなことを・・・!?」

「・・・・・畜生・・・・・姉貴達みたいに暴れる前に、俺たちを・・・・クソが、やられる前にッ!!」

「落ち着いてったら!・・・それより早くしないと、セニア達が危ないよ。」


言って、耳を澄ます。奥の部屋からの音が・・・・・消えた。


「来るよ、急いで!」

「はい!」


急いで角を曲がり、部屋の外へ出る。でも道は分かれている・・・どの道を行くか一瞬迷っていると、ラウレルが私を追い越した。
そしてまた、私たちが入っていた牢獄の方向へ走り出す。


「ちょっと、どこ行くの!?」

「バカ、戻って手術室の裏を回るんだよ!他の道の方はソファとか置いてて、何か違うだろ!!」

「バカって・・・」

「あああああっ、だから二人とも落ち着いてー!」


なんか腹立つけど、ついでに言い方も腹が立つけど、なるほどと思ってしまった。
だから、そのまま私もついていった。ラウレルと違って、私は子供じゃないんだから。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





瓦礫の中から使えそうなものを探し、俺たちは即席の縄梯子を作った。
ロープ状のものは以外と残っておらず、しかもかなりの長さが必要だったため大分時間がかかった。
その間、ハワードだけは別行動で瓦礫を漁り、それから暫く槌を振るって何かを作っていた。
そして、縄梯子が完成すると、作っていたものを俺のところに持ってきた。


「こいつを使え。足場があれば早く上れるだろ?」

「これは・・・」


柄の長い小型の短剣。これを足場に使えば、すばやく壁を登る事が出来る。


「悪いな、助かる。・・・じゃあ、援護は頼むぞ。」

「おう、行ってこい。」

「任せなさい!」


五人が通路に近づくと、早速ダストシューターからの爆撃が始まった。
立て続けに落下してくる爆弾。しかしそれに矢が、槍が、魔法が、トマホークが突き刺さり、着弾前に爆発する。
その隙に、俺は姿と気配を消して壁に飛びついた。ハワードに貰った足場を打ち込み、壁を登ってゆく。
空中で撃墜される爆弾は俺により近く、爆発音に聴覚はマヒし、背中を叩く爆圧に頭はグラついた。
時折破片も当たるため、この足場がなければかなりキツいところだった。
歯を食いしばり、上を目指す。下では四人が散開し、通路の上にセシルが躍り出たところだった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





それが落ちてくる爆弾だろうが、はるか上にあるダストシューターの口だろうが、私には関係ない。
狙って、撃って、吹っ飛ばし、敵の爆撃範囲の穴に回りこんでダストシューターの口に矢を突き立てる。
その一つ一つが私のリズムを作り、その一つ一つが私のエンジンを加速させる。
エレメスの位置に一番近いダストシューターの口に、四本目の矢を突き立てると、爆弾が詰まった。エレメスがスピードを上げる。

その分のスペースに皆が集まり、援護射撃。私はまた爆撃範囲の穴を転げまわって別の口を塞ぎに行った。
ちらりと天井を見ると、エレメスは靴に仕込んだ刃と両手に持った短剣を天井に突き込み、這うように移動している。
もうひとつ、ダストシューターの口を塞ぐ。ここまで来れば簡単だ。次々と矢を撃ち込んでゆく。
エレメスはその間に、慎重にゲートの上まで移動すると、音もなくゲートの前に着地した。
陽動としてはちょうどいい時間だったかもしれない。そう思って最後に残ったダストシューターに向かって弓を引く。


その時、一瞬私の目の前が真っ白になり、意識が飛んだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





爆発が、目を灼いた。斜め下からの爆発に対応できず吹っ飛ばされ、しかし何とか落下は免れる。
セシルが落ちてきた爆弾ごとダストシューターを撃ったらしい。一体何をしている。しかし下の様子を見て怒りは焦りに変わった。


・・・頭を押さえてうずくまっているのが二人いる。セシルと、カトリーヌだ。


まさか、もう効いてきたのか。体力のない二人が先にやられ始めたか。・・・となると次に危ないのはマーガレッタと俺だ。
あの虫は俺たちに何をしたんだ?あまりにも症状が出るのが早すぎる。このままではすぐに・・・・・
急がなければ、時間がない。二階へのゲートは別電源で動いているようで、ロックは健在だった。パスを知る術も今回はない。
だが、今までもどんな場所へだって潜入して標的を消してきたのだ。俺は急いで作業に取り掛かった。

まずはパス入力コンソールの蓋をこじ開け、配線を慎重に繋ぎ変える。すると意外にもあっさり、一つ目の扉は開いた。
更に配線をいじり、扉を開いたままの状態に設定した。トラップの発動に備え、階段室の瓦礫でつっかえを作る。
中を覗くと、今度はセンサーのようなものが仕掛けられた扉がある。・・・今度は小細工が効きそうにない。
ここに連れてこられた後、何かを体に埋め込まれた事がある。恐らくそれがこのセンサーに反応するのだろう。
ならばこっちも「正攻法」で落とすしかない。懐から、赤い鉱石を取り出し、ゆっくりと歩を進める。


(3・・・・2・・・・1・・・・・)


数えて、室内に入るとセンサーの光が投げかけられる。それはサイトと同じ効果を持って俺の姿を暴いた。
ここまでは予想通り。その「個室」に赤い鉱石を放ると同時、後ろに跳ぶ。
がぎり。分厚い隔壁が瓦礫で作ったつっかえに噛み付いた。
たった今跳んで超えたゲートの出口を地面から生えた鉄串が貫いたのと、着地した俺が床を掌で叩いたのはほぼ同時。
下に落ちるように俺は姿を消し、個室の中には紫色の毒霧が充満した。

その毒霧は、浸食の属性を持つ毒のエレメントそのもの。故にそれは生体だけでなく、あらゆる物を腐蝕する。
そう、毒霧を切り裂くように上下左右前後から現れた分厚いギロチンでさえ、腐蝕からは逃れられない。
そしてその分厚い刃に向けて、俺はカタールを奔らせ"牙"を放った。

立て続けに放たれた"牙"は蝕まれた刃の軌道を歪め、歪んだ刃は耳障りな音を立てて壁に、扉に、床に突き刺さる。
隔壁は滅茶苦茶に歪み、迎撃システムはもはや機能しない。だが警報だけは、生きていた。
けたたましいアラームが鳴り響く。しかし今の騒ぎでどうせバレている。それにどの道一刻の猶予もないのだ。
突進するように走り、そのまま歪みの激しい部分を数箇所、錐で刺し貫く。
とどめに毒を塗ったギンヌンガガップをそこに根元まで突き込み、カタールを抜いて大きく息を吸い込み、止めた。

既にボロボロになっていた隔壁は、やけに鋭い音を立てて、八条に切り裂かれひしゃげ飛んだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「来たぞ!!」

「畜生、化け物がぁっ!!」


隔壁を突き破り、ダストシューターのコンベアの上から放たれた魔法をハイドでかわし、そのまま待つ。
するとしびれを切らした警備員が、上がり口に燃え上がるファイアウォールを盾に、サイトを焚いて近寄ってきた。
だが"牙"の射程はサイトより長い。そのまま奴らを"牙"で串刺しにする。後続はたじろぎ、更に炎の壁を張って後退した。


「ダメだ、下がれっ!」

「来るぞ!隊列を立て直せ!!」


加速して駆け上がり、一枚目を跳び越えて立ちはだかったジェミニを抜き去る。
ステップの勢いで二枚目のファイアウォールを突破し、前衛の首を剣ごと刎ねて、詠唱を紡ごうとした警備員に石を投げつけた。
背後からのジェミニの手刀をいなしてコンベア下に蹴り落とし、衝撃で詠唱を止めた警備員の口の中にカタールを突き込む。
アゴから上が吹っ飛んだ死体が派手に血飛沫を撒き散らし、そのまま俺が姿を消すのを見ると警備員どもはサイトを焚くのも忘れて逃げ出した。
あとは馬鹿馬鹿しいほど簡単だった。見えない敵に逃げ惑う烏合の衆に、刃を滑り込ませて処理する。


『・・・・・ら・・・収・・・・・・チーム・・・・・・せよ・・・・』


音のする方を見ると、隊長らしい男の手にwisが握られていた。
さっき殺したこの男の断末魔を思い出し、普段の声を推測して声色を変え、応答する。


「こちら封鎖チーム。潜伏していた実験体の撃退に成功。ゲートが破損したが爆風で向こうも落下した。現在異常なし。」

『了解。引き続き撤収作業を続ける。』


警報も監視システムもまともに作動しない。頼れるのはこいつだけという訳か。
手早く血痕を始末し、死体をすべてダストシューターの中に放り込む。
どうやら敵の多くは撤収作業に移っているようだ。下に戻って縄梯子をかけたら、すぐに戻ってヒュッケたちを助けに・・・・・・・


「!?・・・・ちィ・・・俺もか・・・っ」


一瞬ぐらり、と視界が歪んだ。呼吸が少しおかしい。体は火照るようだが、中心は冷え切っている。
だが、まだだ。まだ十分に動ける。何もかもが消えてなくなるまで、勝負は終わらない。
壊れた隔壁を通って下に降り、こちらを見上げるセイレンに手を振る。
・・・立っているのは三人。セシルとカトリーヌはサンクチュアリの中に寝かされ、マーガレッタが二人を介抱している。
俺は最初に床から飛び出したトラップの鉄串に縄梯子を固定し、みしみしと音を立てる階段室の残骸の縁からそれを降ろした。


「セイレン、俺は先に行って妹たちを解放してくる!後で合流しよう!」

「分かった、こっちは任せろ!妹たちを頼む!」


俺はすぐに二階へ引き返した。頭痛は増し、体が浮くようだが、その感覚を無理やりねじ伏せて、走る。
早く探し出さなければ。何しろ二階の地理は俺も知らないのだ。
妹たちと、そして出口を、セイレンたちと合流する前に見つけなければ。残された時間は少ない。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





暗く、高い天井から、頼りなげな即席の縄梯子が闇の底へと垂れ下がっている。
梯子の先に見える扉から僅かに漏れる薄明かりは、自由への渇望を誘う牢獄の窓のようで。
ハワードは強く拳を握ってそれを見上げ、そしてサンクチュアリの中に寝かされたカトリーヌに手を差し伸べた。


「立てるか?」

「う・・・・へい・・・き・・・・・」

「ととっ・・・ダメじゃねぇか。ほら、おぶされ。ちゃんとつかまってろよ。」

「・・・ごめ・・・ん・・・・・・」


体を起こそうとしてバランスを崩すカトリーヌを、ハワードが抱き起こし、手を貸して背中に乗せる。
一方、その横でセシルも弓を杖に立ち上がろうとしていた。
手足に力を込め、ずきずき痛む頭ではなく、腕と脚だけに意識を集中して。


「セシル、無理するな。」

「そうよ。ほら、カトリーヌみたいにおぶってもらえば?」

「平気よ・・・大丈夫だって・・・!」


ぎり、と歯をくいしばり、大きくよろめきながらも立ち上がる。
手を貸そうとするセイレンの手を遮り、足を踏ん張ってセシルは立った。
そして荒い息をついて顔をあげ、懸命に歩き出そうとする。


「誰にも、迷惑なんか・・・かけない・・・・平気・・だから、のぼ・・・・・」

「・・・バカね。」


ふらり、ふらりと今にも倒れそうなセシルを、マーガレッタが優しく抱きとめた。
それでも自分の足で立とうと抵抗するセシルの髪を、あやすように撫でる。


「は・・・離し・・・!離せ・・・・っ!」

「セシルはいい子ね。」

「っ・・!・・・バカに・・・するなっ・・・・!」


怒りに顔を紅潮させ、マーガレッタを突き放そうともがくセシル。
だがマーガレッタは微笑んで、優しく諭すように語りかけた。


「バカになんかしてないわ。・・・だってこんなに辛そうでも、私たちに迷惑をかけまいとしてくれてるんですもの。」

「わ・・・私は・・・・」

「さっきだって、あなたがダストシューターを塞ごうとしてくれなかったら陽動にはならなかったわ。
 私たちじゃ、あそこまで届かないもの。・・・だからゆっくり休んで、恩を返させて。」

「・・・・・・・・・・」


セシルの体から、力が抜けた。そんなセシルをマーガレッタはもう一度強く抱きしめて、悪戯っぽく耳元でささやいた。


「それにね、男なんて少し頼ってやった方がエンジンかかるんだから。少しくらい、甘えてやりなさい。」

「え・・・なっ・・・・」

「というわけでセイレン、この子お願いしますね。」

「あ、あぁ。」


マーガレッタはセシルをセイレンの背中に乗せ、ひと息つく。
セイレンの背中に乗ったセシルは、真剣な声音でセイレンの耳元に呟いた。


「・・・・セイレン、これで一つ・・・・あんたに借り、だからね・・・・」

「・・・・・」


気にする事じゃない、と言ってもセシルは聞こうとしないだろう。
しょうがないな、という顔でセイレンはそれに答えた。


「・・・・・分かったよ。だから生き残れ。生きてちゃんと返してくれよ。」

「・・・・ありがとう。」


ぽつりと一言呟いてセシルが顔を伏せたのを見て、マーガレッタはまた一息ついた。
・・・・と、セイレンがこちらを真剣な目で見つめているのに気づき、顔をあげる。


「どうしました?私の顔に何かついてます?」

「・・・マーガレッタ、貴殿も無理をしない方がいい。顔色が悪いぞ。」

「あら、女性に向かって顔色が悪いなんて失礼ね。私はいつもお肌ツヤツヤですよ?」


おどけるマーガレッタを、セイレンは見透かすように見つめる。真っ直ぐな視線に、マーガレッタも一瞬たじろいだ。
実際、気丈に振舞ってはいるが確かにマーガレッタの顔色は悪かった。立つ姿も、どこかおぼつかない。


「とにかく、私は平気ですから。それにもう、誰の背中も空いていないでしょう?」

「確かにな。だから先に登れ。もし落ちても、その時は私が受け止めよう。」

「あらあら、私のスカートの中に興味がおあり?」

「なッ・・・!?」


艶然と返されて、セイレンは目をそむけた。少し赤くなった彼の顔を見てマーガレッタがくすくす笑う。
ばつが悪そうに口ごもったセイレンは、しかし唐突に剣を抜いてマーガレッタを見つめた。



「・・・上は見ない。この剣に誓って。」



あまりに真面目な顔をしてそんな事を言うものだから、マーガレッタは思わず吹き出してしまった。


「ぷっ・・・・あはははっ!」

「・・笑うな。」

「ごめんなさい。・・・悪かったわ。そこまで言ってくれるなら、先に行かせてもらいますね。」


ほっとしたように、セイレンは剣を収めた。マーガレッタはもう一度ひと息つき、ずっと心配そうにこちらを見ていたカトリーヌの方を見る。
目が合うと、カトリーヌは少し辛そうに、しかしほっとしたように微笑んで、ハワードの背中に顔を埋めた。


(まったく、皆カンがいいんだから・・・)


時折遠のきそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、ロザリオを握りしめる。


(セイレンの背中にはセシルもいる・・・これでもう、私も神に誓って落ちる訳には行かなくなったわね。)


全員、出発の準備が出来たようだ。ギロチンを片手にハワードが先頭に立つ。


「・・・よし、行くぞ。何か落ちてきたら俺がブッ壊す。破片が飛ぶかもしれねぇから、ニューマ頼むぜ。」

「分かりました。」


天井は遠い。上まで意識を途切れさせることなくたどり着けるだろうか。
・・・でも、行くしかない。一抹の不安を抱えながら、マーガレッタも縄梯子に手をかけた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





骨を潰すような音がして、断末魔が途絶えた。むせ返るような血の匂いの中、靴音が近づいてくる。
かつ、かつ、かつ、と嫌に規則的なその音は、ジェミニS-58の歩く音だ。ゆっくりと、アルマイアの牢に近寄ってゆく。
牢の隔壁は開けられていて、遮るものは鉄格子のみ。十体のジェミニの後ろで、五人の警備員が麻酔銃を構えた。
向かいの牢のひしゃげた死体に目をやり、青い顔をしてアルマイアがまくし立てる。


「ちょ、ちょっと待ってよ・・・・い、今私を殺してもいいの!?あんたたちの研究とやらも」

「撃て」


言葉を遮るように、アルマイアに何本もの麻酔針が突き刺さった。
ぐらり、とよろめいて壁に背中を打ち、そのままずりずりと座り込んでゆく。


「うっ・・・・・あ・・・」

「アルマイアっ!!」

「・・・安心したまえ。」


後ろに控えていた獄長が、口の端をつり上げて言葉を吐いた。


「君らは別の施設に移送される事になった。君らの馬鹿な兄上や姉上が散々に暴れまわってくれたお陰でね。」

「貴様・・・ッ!」


睨みつけるセニアの方を振り返り、牢の前まで歩いてゆく。
とても愉しそうに、神経質そうな顔を喜悦に歪めて。


「時間も人手もないから、量産型はここで殺処分だ。オリジナルの君たちのデータさえ取り続けられれば、こんな物は幾らでも作れるさ。」

「その口を、閉じろ。」

「おお、怖い怖い。そんなに怒らなくても他の三人のお友達も連れて行くよ。今頃回収部隊が向かっているはずだ。・・・君の兄上達は殺処分が決定したがね。」

「・・・・・・っ!」


一瞬、顔色を変えるセニアの反応に満足したように、獄長はにんまりと笑った。
動揺を見抜かれた事を悟り、セニアは食ってかかる。


「何が・・・殺処分だ・・・・・お前たちごときに倒されるような兄上ではないっ!!」

「クックッ・・・・そうかね?・・・もういい、撃て。」

「セニアーーーーーーーーッ!!!」


少女の声が、暗い監獄に反響した。
向こうの角から弾丸のように何かが突っ込んでくる。次の瞬間、麻酔銃を構えた警備員の体が揺れた。


「うがぁっ!?・・・くっ首がああああああっ!!」


血を噴き出す警備員を蹴り倒すと、その影は振り向きざまにセニアの方へ何か投げてよこした。
セニアが受け取ったそれは―魔法アカデミーが最近開発した雷の宝剣、シュバイチェルサーベル。


「ヒュッケ!?」

「さぁ、それを使って!!」


答える代わりに、受け取った剣を腰溜めに構える。そして一気に抜き放った。乾いた音を立て、頑丈な鉄格子が斬られて落ちる。
セニアはそのまま、麻酔針と一緒に撃ち込まれたジェミニの一撃を横っ飛びに跳んでかわし、転がって立ち上がった。


「クソがッ!」


立ちはだかるジェミニの後ろから更に麻酔銃が二人に撃ち込まれた。だがそれは避けるまでもなく逸れてゆく。
ぼんやりと輝く薄青い光が、セニアとヒュッケバインを包んでいた。


「イレンド!」

「よかった、間に合っ・・・・・」

「下がれええええっ!!!」

「ひぃっ!?」


ラウレルの絶叫とともにファイアウォールがドン、ドン、ドンと立て続けに立ち上がった。
怯えるイレンドには目もくれず、杖を掲げて魔力を昂ぶらせる。


「死ねええええええええええっ!!!!」


光弾が乱舞し、雷が降り注ぎ、ジェミニS-58の体が沸騰するように弾けた。生臭いようで薬臭い、独特の臭気が鼻をつく。
そこにセニアとヒュッケバインが切り込み、隊列が乱れた。舞うように、薙ぎ倒すように二人が刃を振るう。
その脇を、スピードを上げたイレンドがアルマイアの牢に向かって走り出した。


「!何をしてる、撃て!!フロストぐあっ!?」


イレンドを止めようとした獄長の腕に、矢が突き刺さった。
見ると麻酔銃を持った警備員が全員やられている。一体どこから―


「ホーリーライト!」

「くそっ、奴らを潰せ!!」

「通さないよ!」


カギを壊してアルマイアの牢に侵入するイレンド。回り込むヒュッケバイン。
そして、ラウレルの爆撃の矛先が、うずくまる獄長に向いた。殺気に感づいた獄長も杖を掲げる。


「ライトニングボルト!!」

「マジックロッド!!」

「・・・ッ!!上等だあああああああああああああっ!!!!」


ラウレルと獄長の間に光弾、雷光、氷の蛇が迸る。釘付けになる二人の間でセニアがジェミニに押され始めた。
獄長は耐凍服を着ているらしく、フロストダイバーが効かない。ラウレルは火力で無理やり押し切ろうと、立て続けに魔法を詠唱した。
サンダーストームをスペルブレイカーで、それ以外をマジックロッドで防ぐ獄長。それでも押されるが、薬を飲みつつ耐えてラウレルを抑えていた。
奮戦するヒュッケバインの後ろでイレンドがアルマイアにキュアをかけ続ける。鉄格子の後ろの人影は、舌打ちして弓を引き絞った。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





崩れる。ファイアウォールの枚数が減り始めたのを見てそう思った。セニアの負担が増えている。
打ち合わせどおり牢に入ったままラウレルの派手な攻撃に紛れて狙撃してきたけど、ジェミニ四体を壁にした獄長は仕留めきれなかった。
最初は混乱していた獄長も視線からすると気がついたようだ。獄長もラウレルの火力に押されて負傷しているけど、こっちもそろそろ進むジェミニを抑えられない。


「ぐあっ!・・・・・・ブッ殺してやる!!!」


ラウレルがジェミニの一撃を食らって負傷した。足元にセイフティウォールを敷き、激昂して魔力を爆発させる。
・・・・・これはマズい。既にカギが壊されている鉄格子を開け、矢筒から数本抜いて走る。


「ライトニング・・・」

「スペルブレイカー!!」

「〜〜〜〜〜ッ!!!!」

「くっ・・・ラウレル!」

「落ち着けラウレルッ!!」


弓を引いて矢をばら撒き、追撃にかかるジェミニを牽制し、続けてセニアに援護射撃。
セニアに腕を切り落とされたジェミニが、今度こそラウレルの怒りの連打に沈んだ。
続けて切り結ぶ。一気に三体もの相手をしていたセニアもあちこちボロボロだ。


「大丈夫か?」

「ハァッ・・・ハァ・・・」

「セニアッ!」


そのセニアの横にヒュッケが降り立った。続いて柔らかい光がセニアを包み、傷を癒す。
反対側には、アルマイアを治療して戻ってきたイレンド。そして・・・・


「うふふふ・・・・・おはようございます獄長さん。よくもやってくれましたね?」


にっこりと可愛らしく営業スマイルを浮かべ、ごっつい両手斧を振りかぶるアルマイア。
その笑顔を全く崩さないまま、獄長を守るジェミニに向かいごきりと重い一撃を振り下ろす。
数は未だに向こうが多いが、形勢は逆転した。六人でぐるりと取り囲む。
・・・だが、獄長は余裕の表情を崩さない。


「くくく・・・勝った、というような顔をしているな?」

「何がおかしい!」

「危ないっ!!」


足音に気づいたイレンドがセニアとラウレルの間にニューマを張り、僕とヒュッケバインは飛んで来たものを避ける。
飛んで来たのは麻酔針。ジェミニの規則正しい靴音が聞こえてくる。


「いたぞ!あそこだ!」

「あれは・・・!!」

「・・・そう、君らを回収に行った部隊だよ。戻ってきてくれたようだねぇ。」


十体のジェミニと五人の警備員が素早く展開して行く手を塞いだ。形勢は再び逆転・・・・・どうする?


「さぁ、チェックメイトだ。おとなしく捕まりたまえ。」

「くっ・・・!」


号令とともに、十体のジェミニが一列になってこちらに進んでくる。
同時に、獄長の前に立つジェミニも距離を詰めてきた。覚悟を決めたように、セニアが前に出る。


「カヴァク、ラウレル、イレンドは援護を頼む!ヒュッケとアルマは私に続けッ!!」


地を蹴って正面のジェミニを刺突し、突き放してマグナムブレイク。そこにヒュッケバインとアルマイアも襲い掛かる。
一点集中突破。僕は立て続けに矢を撃ち込めるが、ラウレルは獄長のスペルブレイカーで魔法が半分も撃てず集中が乱れてきていた。
イレンドはヒールで手一杯。一人あたり三体分ほどの集中攻撃を受ける前線の三人。
傷ついていたジェミニ一体を瞬殺し次の標的を潰しにかかるが、包囲してくる敵に対し突破口はあまりに小さかった。


「クソがああああああああっ!!!」

「仕方ない・・・!」


このままでは、射撃部隊にスキを突かれる。辛うじて前線に一個置かれたニューマの場所まで、矢を番えて走った。
まず先に、敵の射撃部隊だけでも倒す。早撃ち勝負ならば負ける気はしない。
立て続けに飛んでくるジェミニの攻撃をかわし、先頭に踊り出て弓を引き絞った。
正面で麻酔銃を構えていた警備員が倒れる。続いて次々と射撃部隊も、隊長も倒れていった。



・・・・・・・僕はまだ、矢を射ていないと言うのに。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





鼻先をかすめる回し蹴りをかわし、ひと呼吸で一気に二度切りつける。
重い泥を切るような感触。頬をかすめる反撃の刺突がびりびりと熱い。横からの攻撃を体を捻ってかわし、牽制して距離を取る。


「でぇいっ!!」


入れ替わるように突っ込んだアルマの斧がめり込んでジェミニを後退させる。その隙を突き、一気に飛び掛ってこめかみに短剣を突き刺した。
媒液を体中から流していたジェミニは今度こそ灰になって崩れ落ちる。カウンターで蹴りを食らっていたアルマを癒しの光が包むのを見ながら、着地。
視界の端には、ファイアウォールをまともに出せず苦戦するラウレルと、援護に入るセニア。
私も追撃を受け止めたアルマの援護に入りながら、ちらりと敵の射撃部隊の方向を確認すると、ニューマの中のカヴァクが構えた弓を下げて立っている。


「カヴァク!?」

「何か分からないけど、奴らが急に!」

「え・・・?」


言いながらジェミニ二体の刺突をぎりぎりかわし、矢を放って反撃する。
見ると、敵の射撃部隊は全員血を流して倒れていた。でもあれはカヴァクがやったんじゃ、ない・・・・・?


「ヒュッケ、危ない!」

「ぐうっ!」


避けきれず、右肩を衝撃が貫いた。よろける私をすぐに癒しの光が包むが、体勢は崩れたまま。
そこにカヴァクと戦っていたジェミニが狙いを定め、上半身だけ二体に分かれて腕を振り上げた。


(しまった!)


やられる。衝撃に備え、身をかばった。
でも次の瞬間、ジェミニが振り上げた腕の先は冗談のようにどこかへ飛んでいった。


「・・・え?」


それは、一瞬の出来事だった。

瞬きする間にジェミニの首が消え、体が分かれ、腹が裂け、灰になって崩れ落ちた。
するとまるで灰になったジェミニが床に乗り移ったかのように床が刺々しく躍り、その棘は歪な串になって私たちを囲む他のジェミニに次々と突き刺った。
空中に持ち上げられたジェミニの体が、媒液を噴き出してびくびくと跳ねる。

・・・こんな事が、出来るのは・・・



「悪いな・・・遅くなった。」



・・・・・・そう言って私の頭を撫でる手と、その声は。


「兄さん・・・・・!」

「・・・よくやったな。もうここまでやってるとは思わなかったぞ。」


・・・嘘じゃない。夢じゃない。兄さんが生きてここにいる。私の隣に立っている。
思わず涙が溢れそうになり、息を飲んで止める。今は・・・泣いてる時じゃない。それに―

セニアが思いつめたような表情で、ラウレルが食い入るような目で兄さんを見ていた。
他の五人は無事なんだろうか?・・・・・思わず見上げた兄さんの横顔は、どこか顔色が悪いように見えた。


「さて・・・獄長殿。妹たちが長いこと世話になったな。」


私たちが入れられていた粗末な独房を一瞥し、兄さんが獄長の方へ歩み寄った。


「え、え、えエレメス=ガイル!!どっどうしてお前がここにっ!!?」

「・・・これがお前らの研究成果さ。俺たちをそう作ったのはお前らだろう?」

「くっ・・・来るな・・・・・来るなぁぁあああ!!!」


余裕の表情から一気に青ざめた獄長が甲高い悲鳴を上げ、私たちを囲んでいたジェミニを自分のもとに呼び寄せる。
包囲が解け、兄さんと獄長が対峙する形になった。


「お前達は先に行け。ここを出たら全員、上で会おう。」


『全員』。その言葉に、希望と不安とが交錯する。
他の五人はここにいない。でも、この言葉が本当なら・・・・・


「ヒュッケ、よく聞け。」


兄さんの声が、考えを中断させた。声を潜めて私の耳元で囁く。
そして最後に優しく私の肩をたたき、ゆらりとカタールを抜いて待ち構える敵の前へと進み出た。


「行け。」

「・・・・・・うん。」


走り出してしまうのが、何故かとても怖かった。
行かなければならない。兄さんが負けるはずはない。全部分かってるはずなのに。


「エレメスさん。」


私の後ろから、イレンドの声がした。本当にあのイレンドなのかと思うほど、強い声だった。


「姉を、皆さんを、よろしくお願いします。」


兄さんは何も言わず、片手を上げて応えた。
イレンドが祝詞を唱え、祝福の光と風が兄さんを取り巻く。


「・・・幸運を。」


振り切るように、イレンドは走りだした。
・・・セニアが私を待っている。私も行かなければ。


「上で、会おうね。」


一度だけ兄さんの方を振り返り、そして私も走り出した。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 





「どこ行くの?」

「うるせー。」


アルマイアの問いには答えず、ラウレルは一人で歩いてゆく。
他の四人はまだ部屋の中にいた。ラウレルとアルマイアだけが廊下に出ている。


「怖くなって、一人で逃げ出す気?」

「俺が?ハッ、頭悪いんじゃねぇの?」

「じゃあ、お姉さんを探しに行く気だ。」

「関係ねぇだろ、ゴチャゴチャうるせぇよ。」


そこまで言って、アルマイアは足を止めた。
にっこりと笑って、言葉を放つ。


「あなた、子供ね。」

「なんだと・・・・・?」


ゆらりとラウレルが振り返る。瞳に炎を、杖に雷を宿して。
灼けつくような怒気に、しかしアルマイアは笑顔を崩さない。


「ほら、怒った。大体、あたし達が今するべき事って何?エレメスさんもここに来てるのに、あたし達が探しに行く意味なんてあるの?」

「理屈じゃねぇんだよ!こんな時に何言ってんだよてめぇ!!」

「こんな時なのに理屈で行動できないから、子供だって言ってるんだけど?」

「・・・・・・・・ッ!!!」


微笑むアルマイア。引き攣った顔で、口の端をつり上げるラウレル。
怒気が殺気へと変わる、その瞬間。


「・・・こんな時に仲間を挑発するのが、理屈で行動するって事?」


一触即発の雰囲気に冷水を浴びせるような、冷静な声が響いた。
振り返るとそこに居たのはカヴァク。淡々とした口調で彼は続ける。


「アルマの言うことは正しいよ。でも、そんな言い方は間違ってる。ラウレルの気持ちは分かるはずだろ?」

「・・・・・気持ちはね。」

「なのにそんな言い方をして怒らせても、何の解決にもならないと思わない?」

「・・・・・・・・・・・」


そして、まだアルマイアを睨んでいるラウレルに向き直る。


「ラウレルもラウレルだよ。心配なのは皆一緒なのに、そういう事するからアルマもあんな事言ったんだよ。」

「・・・・・・・・・・」

「それにラウレルなら、今どうすれば僕らにとっても、エレメスさんにとっても、姉さんたちにとってもいいか分かるだろ?」

「・・・・・・・・・・」


黙り込む二人を諭すカヴァク。後から来た三人も、黙ってその様子を見ていた。
・・・やがて、アルマイアが口を開いた。


「・・・確かに、言い過ぎたよ。ごめん。」

「だってさ、ラウレル。」

「・・・・・俺も、頭に血ィ昇ってたわ。俺らが脱出にかかれば、姉貴たちも動きやすいのにな。」


やや気まずそうに一応の仲直りをする二人を見て、カヴァクは後ろの三人に目配せした。
頷いた早速イレンドが全員に支援魔法をかける。


「よし、皆行けるな?」

「あ、待って。兄さんから、幾つか伝言があるから。」


そう言ってヒュッケバインは皆を集め、周りに何もいないか確認して幾つか必要な事を伝えた。
蚊のような虫に刺されないよう注意すること。もし刺されたら研究員を絞めあげてワクチンを手に入れること。
現存するS-58ジェミニの殆どは恐らくここまでの戦いで殲滅しているということ。
階段が破壊されて手間取ったが、とりあえず全員生きているということ。


・・・そして、上の階に続く階段の位置を。


「階段が・・・しかも近いのか!」

「しっ、静かに。・・・しかも、まだ体勢は整ってないみたい。行くなら今だよ。」

「とにかく、行こう。この状況なら多分、突破できる。そして・・・・・」


突破への希望。兄や姉の安否への不安。しかし彼らの決意は固まった。
可能な限り素早くここを突破し、あわよくば念のため全員分のワクチンを奪う。

六人は走り出した。エレメスから道を聞いたヒュッケバインが先頭に立つ。


(兄さん・・・・・)


心配はいらない。振り返るな、必ず生き残れ。
最後にそう言った兄の少しやつれたような横顔が、彼女の心に引っかかっていた。
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